市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
長期低線量被曝をもっと知ろう
『長寿命人工放射性物質による長期低線量被曝と非がん疾患
〜27年目のチェルノブイリはフクシマの未来の鏡〜Part1』

大和田幸嗣
3・11の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故から2年。すでに被災地以外では次第にその悪夢のような記憶も薄れ、風化しつつある。だが、匂いも、味も、何も感じることのできない放射能は「除染」というまやかしでは排除することはできず、「散染」され「移染」されているに過ぎない。それだけではない、原発事故現場からは今も放射能を出し続け汚染した空気と水が垂れ流されている。
「がん医療の今」では「安全」を喧伝するいわゆる「官製情報」に対し、何度もこの問題を鋭く糾弾し続けている。「官製情報」でよく言われることの中に、この程度の線量は、肺のエックス線間接撮影程度だから安全だ、という情報提供がある。だが、被ばく量は、線量、線源からの距離、被ばく時間の積だから、たとえ線量が少なくても、24時間、365日被曝し、汚染した食品を摂取し、汚染した水を飲んでいれば、内部被曝も含め、被ばく量は膨大になろう。匂いも、味も、何も感じることのできないのが放射能、チェルノブイリでは強制退去地域と同程度の線量の所に、既に2年も生活してしまっている人々が大勢いる。
今日は無事かも知れないし、1カ月後も大丈夫かも知れない。だが、1年、3年、5年、10年後はどうか。 4半世紀を経たチェルノブイリ事故の悲劇の実態を踏まえ、昨年8月に緑風出版から『原発問題の争点』を上梓された大和田幸嗣先生に今週と来週の2回にわたってご寄稿いただいた。           (會田昭一郎)
1 「フクシマ(福島原発事故)を忘れよう」との偽りの大宣伝

 2011年3月11日の福島第一原発事故により50年にわたる「原発安全神話」が崩壊した。 福島原発事故は人類史上最悪の原発事故である。人類と核が共存できないことを明確に示した。平和利用の名の下に広島・長崎の悲劇を越える被害をもたらし、被爆国日本でその悲劇を繰り返してしまったことに私たちは深く反省しなければならない。現在も放射能を出し続け汚染した空気と水を世界に垂れ流している地震大国日本。我が国の国際社会に対する倫理的責任は、核に頼らないエネルギー政策の実現、脱原発の道を歩んでこそ果たされるのではないか。

 しかし、原発推進勢力は、国際原子力機関 (IAEA)、世界保健機関 (WHO)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、国際放射線防護委員会 (ICRP)などの国際権威機関と科学的装いのもとに福島原発事故健康被害を次の様に結論する(Nature 2012年 5月24日号p423)。
@福島事故で放出された放射能による健康被害は、全身で100mSv以上被曝した原発事故処理作業者では発がんリスクが僅か上昇するくらいである。A原発から〜30km圏内の14万人市民の被爆線量は10mSv以下(浪江と飯舘住民は10〜50mSv)であり政府よる迅速な避難と対策により殆ど問題にならない。B最大の健康被害リスクは事故後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)からくる疾病が問題である。これらは被曝とは因果関係は認められないとして、低線量による内部被曝の問題を全く無視か隠蔽しようとしている。 2012年夏、東京女子医大病院(甲状腺治療の基幹病院)が、「患者の皆さんへ、当病院で放射被ばくに関する検査や治療は行っていません」とう貼紙を出したのが一つのいい例である。

 呼吸や飲食によって身体の内部に取り込まれた放射性物質が細胞や組織に影響を与える内部被曝が、福島県に留まらず250 km離れた東京を含めた広域に広がっていることが、母乳,尿、ホールボデーカウンター(WBC)による全身検査等から証明されている。政府、厚労省は2012年4月1日から放射性セシウム137(以下Cs137と略)の新しい食品基準値を実施した。「一般食品」、「牛乳と乳児用食品」、「飲料水」それぞれに1kg当り100ベクレル(Bq)、50Bq、10Bq、 「主食の米」、「肉」、「大豆」は暫定基準値500Bq/kgに据え置くとした(2012年9月と12月にそれぞれ改められ現在は100Bq/kg)。この食品安全基準値を守れば「今すぐにではなく」、長期(10〜30年)に渡って健康被害が起こらないのか否かの判断基準を何処に求めたらいいのだろうか。

2 チェルノブイリ原発事故後のベラルーシ、ウクライナ両共和国に見られた非がん性疾患

 チェルノブイリ原発事故から10年後の1996年、IAEA、WHO、UNSCEARと欧州連合(EU)の四者による国際会議において「原発事故と因果関係が明確であるのは、小児甲状腺がんのみであると」総括した。旧ソ連のベラルーシでは事故前10年間の小児甲状腺がんは7人だったのが、事故から10年後には508人に激増している。しかし、ベラルーシとウクライナ両共和国の現場の医師達が報告した放射線の影響によると考えられた増加した多岐にわたる疾病、無気力症(ぶらぶら病症候群)、白血病、心臓病、若年層の老化(高血圧、白内障)、糖尿病、先天性形成不全、膀胱癌、免疫障害、染色体異常、精神遅滞や精神失調などは、IAEA、WHO、UNSCEARによりなかったものとして黙殺されてきた。

 しかし、2009年のヤブロコフ(以下人名の敬称略)らの報告、2011年のウクライナ政府報告書、プフルークバイル等の核戦争防止国際医師会議ドイツ支部による本、ウクライナの科学者O.V. Horishnaの報告から、甲状腺がん以外のチェリノブイリの健康被害がいかに多いかがわかる[1〜4]。

 ウクライナ政府は2005年に、同国の「事故の犠牲者は264万人にのぼり、現在なお汚染地区に住み続けている人たちの87% は病気でそのうちの3人に1人は子ども」と発表している。

 2007年ウクライナ共和国の汚染地区からの移住者の死亡原因のトップは心血管系疾患であり89%と群を抜いている(図1A)。
ベラルーシ政府も「汚染地域に住む子どもたちの85%が病気」としている。2008年のベラルーシ共和国の住民死因のトップは心血管系疾患で52.7%と悪性腫瘍の13.8%の約4倍であった(図1B)。


2011年のウクライナ政府報告書「Safety for the future」の2008 年のデータによると事故後に年間5ミリシーベルト(mSv)以下とされる汚染地区で生まれ育った第2世代(31万9,322人)の健康は悪化し、慢性疾患が1992年では21.1%だったのが2008年では78.2%に達したとし放射線の影響と主張している。心疾患や膠原病など様々な病気が多発していると書かれている。

 ウクライナの小・中・高11年制の子どもたちは疲れやすいので、45分授業を低学年は35分、高学年は40分に短縮しておこなっている。コロステンの学校の13〜14歳の生徒18人中4人だけが健康で残りの14人全員が薬を飲んでいる。疾患の内訳は、@高血圧症(160以上)で時々意識を失う、A生来の慢性気管支炎と身体の関節炎、Bめまいとジストニア、C腸痛と胃潰瘍、D甲状腺肥大と痛足、E生来の心臓病と頭痛[5]。

 今日本政府が進め、学者、大手マスコミが喧伝している、20mSvの汚染地区への「除染し5mSv以下にさげ帰還させる」政策は、チェルノブイリの教訓に学ばず、福島県民と子どもたちの健康被害を無視した棄民政策以外のなにものでもない。ドイツ原発労働者の年間被爆許容線量は15mSvである。

3 長寿命人工放射性物質セシウム137(Cs137)の臓器蓄積と非がん性疾患

 無味、無臭、目に見えない放射性物質による健康被害を考える上で重要な問題は、Cs137が体内にどれだけの量どれだけの期間蓄積するとどこにどのような症状が現れてくるのかだ。特に放射線の感受性が10倍以上高いといわれる子どもではどうか。人で得られた結果を動物実験などで再現し科学的論拠とすることは可能か。この難問に答えたのが、ベラルーシ・ゴメリ医科大学元学長Y.I.バンダジェフスキー博士の報告である[6]。この報告により、博士はえん罪で逮捕され8年の禁固刑を受けた(スイス人医師のミシェル・フルネクスや国際人権団体アムネスティの働きにより6年で開放された)。これまで世界に知られなかったベラルーシの子どもたちの放射能汚染による健康被害に関する博士の研究成果の一部を以下に紹介する。

3−1  Cs137の広範な組織への蓄積と取り込みによる症候群

 図2は、1997年にゴメリで様々な病気で亡くなった子ども(52人)と大人(73人)を剖検し各臓器のセシウム137を測定した結果を示している。これまでの定説ではCs137は主に筋肉に蓄積されやすいとのことだったが、バンダジェフスキーはそれを覆し組織の違いによりCs137の蓄積量(ベクレル、Bq)も異なることを世界で初めて証明した。図2から以下のことが結論出来る。
(1)Cs137の各臓器への蓄積は一様でない。
(2)甲状腺は子どもと大人、両者ともCs137の蓄積が最も高い組織である。甲状腺は短寿命ヨード131(物理学的半減期8日)に加えCs137(物理学的半減期30年)の最低2つの放射性物質により他の組織より多く被曝する。
(3)細胞増殖が殆ど起こらないため再生が極めて難しい心臓や脳組織にも蓄積がある。
(4)こどもは大人より2〜3倍高い。


体内での蓄積量は、性別、年齢、生理的状態、また、各臓器の病態や疾患の型、病変の性質などによってばらつきがある。男性は女性よりはるかに多く蓄積する。このことは動物実験の結果やゴメリ州の住民の体内放射能測定で確かめられている。
 さらに各臓器へのCs137の蓄積量と病態との間に明確な関係があることが明らかとなった。心臓血管系疾患で死亡した患者の心筋の蓄積量は、消化器系疾患死亡患者より確実に高かった。感染症死亡患者の肝臓、胃、小腸、膵臓のCs137蓄積量は、心臓血管系や消化器系疾患死亡患者よりはるかに高かった。Csが甲状腺に与える影響は、脳下垂体−甲状腺系の機能の乱れから甲状腺がんの形成に加え、免疫調節系の乱れの疾患と関連する。子どもは2つ以上の疾病を併せ持つ症候群を示した。

3−2 心電図異常とCs137体内蓄積量との相関

 子どもたちの心電図の異常は、Csの体内蓄積量がキログラム当り11〜23Bqでは約60%、37〜74Bqでは約90%になる。心電図の異常の頻度と体内蓄積量が比例することが明らかになった(図3)。
また、ゴメリ医大の18〜20才の学生でCs濃度が約26Bq/kgの場合の明白な心電図異常の割合は48.7%だった。このうちの女子学生1人が2年後死亡した。

 これらのことから、心電図の異常と体内蓄積量との相関は子どもから大人まで当てはまることが明らかとなった。心電図に異常が認められない、言わば健康な子どもの割合とCs137体内蓄積量とは逆相関することも明らかとなった。
 心電図異常の不整脈は、進行性の心不全、心筋梗塞から突然死に至る。実際、事故後突然死したゴメリ州の患者の剖検標本を検査したところ、99%の症例で心筋細胞の異常が確認された。


3−3 子どもの高血圧症の増加とCs137蓄積量との相関

 心臓血管系の異常は血圧の変化となって現れる。ゴメリ州ベトカ地区の学童でCs137蓄積量が多いほど、正常血圧の割合が低くなり、逆に高血圧の割合が高くなる。約120Bq/kgで小児高血圧の割合は25%であった。土壌汚染が555kBq/m2の地区に住む子どもの41.6%に高血圧症が見られることから外部被曝も影響しているようだ。

3−4 子どもの白内障の増加とCs137蓄積量との相関

 視覚器官は造血系とともに外部被曝とともに内部被曝にも非常に敏感な器官である。1996年、高汚染地区(555〜1,240kBq/m2)に住む子どもの90%以上に視覚器官に何らかの異常が認められた。子どものCs137体内蓄積量が21〜50Bq/kgでは白内障罹患率は15%だった。蓄積線量と罹患率に相関関係が見られた。動物実験からCs137が角膜の発育を阻害することが判明した。
 ウクライナ放射線医学研究所の調査によれば、2008年には被曝者の99.4%に白内障が認められた。白内障に加えて、被曝によって網膜血管障害や黄班変性などの加齢眼疾患が急増した。また、チェリノブイリ事故後に生まれた子どもに網膜剥離が認められた。これはこれまで前歴が無い。厚労省も、フクシマ事故処理作業者の累積放射線量が50ミリシーベルトを超えたら白内障検査費用を保証することを決定している。
 「水晶体混濁の斑点の数」が「被曝量と相関関係」にあることから被曝の程度の指標として従来の「染色体検査」法に代わって欧米では多く使用されるようになってきている[7]。子どもの白内障はCs137の体内蓄積量と相関するというバンダジェフスキー博士の発見が国際的に認められたことを物語っている。
 以上述べた高血圧や白内障に加えて、子どもの糖尿病の増加と免疫機能の低下は、被曝により子どもの加齢疾患、老化の加速化(早老化)が起こっていることを意味する。換言すれば、寿命の短縮が進行しているということである。

参考文献
1)A.V. Yablokov, V.B. Nesterenko, A.V. Nesterenko. “Chernobyl Consequence of the Catastrophe for People and the Environment.” Annals of the New York Academy of Science, Vol. 1181. Boston: Blackwell Publishing; 2009.
アレクセイ・ヤブロコフ、ヴァシリー・ネステレンコ他著/チェルノブイリ被害実態レポート翻訳チーム訳・星川 淳監訳『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013.4.26)
2)Ministry of Ukraine of Emergencies. “Twenty-five Years after Chernobyl Accident: Safety for the Future: National Report of Ukraine.” 2011.
3)核戦争防止国際医師会議ドイツ支部[著]『チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害−科学的データは何を示しているー』合同出版 (2012.3)
4)O. V. Horishna 著『チェルノブイリの長い影〜チェルノブイリ核事故の健康被害〜<研究結果の要約:2006年最新版>
http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf
5)馬場朝子・山内太郎著『低線量汚染地域からの報告〜チェリノブイリ26年後の健康被害〜』NHK出版(2012.9.)
6)ユーリ・バンダジェフスキー著・久保田護訳『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響: チェルノブイリ原発事故の病理データ』合同出版(2011.12)
7)平沼百合編集・翻訳『被ばく医療 病理診断基礎知識海外文献資料集』−ヘレン・カルディコット医学博士日本公演「医師・専門家向けセミナー」資料 (FRCSR 2012.11)


略歴
大和田幸嗣(おおわだ こうじ)
1969年横浜市立大学卒業。1974年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了(生理学)。理学博士。大阪大学微生物病研究所助手。西ベルリンのマックス・プランク分子遺伝学研究所研究員(1978〜1982)。1989年京都薬科大学助教授、2010年定年退職(教授)。専門はレトロがんウイルスと分子細胞生物学。がん蛋白質と細胞周期制御の研究。


Copyright (C) Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.