市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
がん患者に食の楽しみを!

『おいしくて食べやすい食事ケアフードの普及を目指して』


NPO法人医療福祉ネットワーク 理事長
前千葉県がんセンター長
竜 崇正
 食は人間が生きていくのに絶対に欠かすことのできない必要最小限の糧である。しかし他の動物と異なり人はタダ食するのではなく、「料理」を楽しんで食べるという文化活動をしながら、命の糧を得ているのである。「如何においしいものを食べるか」は人生の活力の基でもあり、生きる目的そのものでもある人も少なくない。

 そんな人が心ならずも「がん」になった時、命の危険にさらされるだけでなく、自分の生きてきた基盤の全てが崩壊する危機になる。手術や放射線治療や抗ガン剤治療を駆使して、まずは絶対に「がん」に命を奪われないように懸命の努力をすることが、私達の使命であった。私も外科医として創意工夫を凝らした手術により多くのがん患者さんを救うべく努力をしてきた。手術により臓器を摘出しても、人には適応力があり、また前と変わらない生活に復帰できる患者さんも多い。そのため私達医者は、「まず救命」を目的に医療行為を行い、救命され通常の生活に戻れば、満足をしていた。しかし、患者さんは完全に普通の生活に戻ったのではなく、我慢をして何かをあきらめて、「普通の生活もどき」に戻った人が多いことを知った。私の母親は15年前に胃がんで胃全摘出を受けた。当時私が外科医として働いていた千葉県がんセンターで、術者は私の最も信頼する外科医にお願いした。幸い2週間程度で退院でき、私はホットした。しばらく全粥を食べて3か月後には普通食が食べられ、元の明るい母に戻るだろうと、私は喜んでいた。しかし、母は病院の臭いや、病院食に耐えきれずにいたので我慢できずに2週で退院したのだった。息子の私に配慮して外科部長の良い母親を演じていただけだと言うことに、私は気がつかなかった。病院でなく普通の家に戻って、孫の笑顔に取り囲まれた方が早く良くなると、母は十分食べられず体力も無いまま退院を決断したのだ。私の実家も開業医だったので母はその臭いになれていたと思うのだが、病院の臭いから解放され、孫達に囲まれて母は元気になっていった。しかし、食事前になると母はため息をつくばかりで、なかなか食べられるようにならなかった。食欲がないこと、うまく飲み込めないこと、すぐ詰まってしまうこと、せっかく食べた少量の食事をはき出してしまうことも多かった。母は自分の食べる食事を小分けにして作り置きし、そのつど電子レンジで暖めて食べていたが、家族とは別の食事内容であった。4年後に心筋梗塞で急死したが、亡くなるまで食を楽しむことはできず、慢性的な低栄養と脱水が原因だったと思っている。夫も5人の子供全員が医者であったにも関わらず、母の残りの人生で楽しい食を味わえなかったことは、私の中でトラウマとなって残っていた。

 それから十数年が過ぎ、千葉県がんセンター長となり、がんとなった方を一刻も早く治療し、またがん患者さんの心に向き合い、千葉県から一人のがん難民を出すことの無いように努力をしてきた。全力投球で、平成21年3月に定年を迎えたが、徹底的な低医療費政策の中で「医療崩壊」がすすみ、現場からの医師や医療従事者、患者が声を上げない限り「医療崩壊」は止まらないと考え、自然発生的に集まった仲間と「医療構想・千葉」を立ち上げた。私も含め今までの医者は、厚生省の命令を忠実に実行するロボットであった。役人の作った原案に賛同する御用学者により誘導されてきた政策や通達に忠実に従ってきた結果の、医療崩壊である。いろいろな現場からまず声を上げて意見交換をし、それを行政や政治に反映させる組織が必要と考えたのである。平成21年6月に「どうする千葉の医療崩壊」というシンポジウムを開催した。医師や看護師などの医療従事者だけでなく、患者体験者、政治家、ボランテイア、いろいろな方が参加して頂、それぞれの現場からの悲痛な声があがった。そんな中、患者の立場を尊重して医療や歯科医療に繋ぐ活動をしていた、医療ライターの鈴木百合子さんと知り合った。そして歯科の先生達と嚥下機能研究をしていること、そして患者さんにとって食べやすい食事を考えようと、料理研究家やホテルエドモントのシェフの石原さんと活動を開始している事を知った。口が空けられず、食べられない期間が長い歯科の領域の方がチューブ栄養などでは医科より進んでいることは知っていたが、嚥下研究も医科より進歩しているのかと驚いた。

 それで、鈴木さんに連れられ看護師さんや消化器外科の医師、抗ガン剤治療中の患者さんと、東京飯田橋のホテルエドモントのフランス料理店「フォーグレイン」を訪れた。前菜からデザートまでフルコースの同じ食材を、テリーヌやジュレなどのフランス料理の手法で柔らかく食べやすくしたものだそうだ。とろみ剤などの人工物はいっさい使っていないとのこと。まず前菜のトマトで驚いた、新鮮な香りと味が口一杯に広がった。牛肉の赤ワイン煮込みや、タマネギのピューレ、など料理に音痴な私でも、素材の味や香りがしっかり感じられる、のどごしがさらっとして食べやすかった。圧巻はデザートのパイナップルのジェラートだった。新鮮な甘酸っぱさが口の中に広がる。抗ガン剤治療中の患者さんも笑顔で一杯、参加した全員が笑顔で溢れた顔を見合わせあった。

 母親に食べさせたかったな、この前がんセンターの廊下ですれ違った「どうしたら食べられますか?」と聞いてきた放射線治療後の患者なら食べられるかも、と多くの患者さんの顔が浮かんだ。現在医療の現場では、食事をミキサーにかけ、とろみ材を混ぜて食べやすくする工夫が一般的である。これでは素材の香りも味も感じられない。素材の味や香りを生かしているこの「ケアフード」なら、多くのがん患者さんに受け入れられるに違いない。体に電気が走った。よしこれだ!患者さんに種々食べてもらって、がん患者さんがおいしく楽しく食生活を楽しむ活動を始めようと考えた。丁度タイミングも良く、千葉県がんセンターでも中川原センター長を中心に「がん患者さんの味覚や嗅覚の変化を検討しておいしいレシピを提供する」の研究をキッコーマンと共にスタートさせようとしている時だった。

 2010年7月26日に私が理事長をするNPO法人「医療・福祉ネットワーク千葉」と千葉県がんセンター主催で「特別企画セミナー・患者さんと家族を笑顔にするケアフード」を開催した。石原シェフが「お客さんの要望に応えるのがシェフの役目」と客の要望に応えたのがケアフードに取り組むきっかけとなったこと、食の素材を生かす料理の作り方を説明し、皆で試食会を行った。反応は上々で、その場で9月5日に行われる「千葉県がん患者大集合」に300食提供して反応や改善点などをアンケート調査しようと、決まった。また石原シェフの了解も得て、レシピもNPO法人「医療・福祉ネットワーク千葉」で公開することとなった。

 千葉県がん患者大集合でも講評で、アンケートにより多くの貴重な意見が集められた。喉頭がんで声を失った患者さんは、この食事があればもっと勇気を持ってがんと戦えると、感激していた。皆の顔が笑顔で溢れていたのがとても印象的だった。

 現在、千葉県がんセンターにおいて、抗ガン剤治療中の患者さんや緩和ケアーを受けている患者さんを対象に、状況に応じた最適なケアフードに関しての調査研究を準備中である。

 また12月8日午後2時から4時まで、飯田橋のホテルエドモントで「患者と家族が楽しむクリスマスランチの会」を開催予定となっています。ケアフードはワインにも合うので是非おいで下さい。参加費は半額NPOが負担しますので一人2000円です。 お申し込みと、ケアフ-ドレシピ参照はホームページまでお願いします。
(http://www.medicalwel.com)


そこが聞きたい
Q竜先生はNPO法人「医療・福祉ネットワーク千葉」などでどこでもマイカルテや今回のケア・フードなどについて精力的に活動しておられますが、患者の立場からも大変立派なご活動だと敬意を表したいと思います。

A 現場に働く医師の立場から「こういう事がやれたらいいな」という提案をして、それを患者や医療者や行政や政治家、などは立場を越えて議論する場を作りたいと思ったわけです。

Q 先生のおっしゃる通り、当初はとにかく命を救わなければということですが、病院ではとりあえずは救命できれば一件落着ということで、退院ということになるでしょうが、患者にとってはそれ以後の問題の方がもっと大変です。

A それはその通りですが、医師の方は目の前の業務に追われて精一杯です。病気になった後は、その人自身の「生き方」が問われると思います。我々医療者も患者さんの苦痛などを教えてもらって、共に解決策を作り上げていくしか方法がないと思います。誰かにお願いしても、恨んでも解決しない。

Q 私も舌がんですので、しかもものすごく大きくなっていたので、小線源の組織内照射で治療しましたが、膨隆していた部分をそぎ落として線源を刺入しました。ですから一時期は剣歯が傷口に当たって潰瘍化して、摂食が非常に困難でした。

A舌が切除された人はもっと大変ですよね。「舌があるから我慢しろ」ではなくて、その苦痛があるからどうしたら良いか?という医療文化を、医者に頼るのではなくて。皆で作り上げていくことが大事だと思います。

Qボルタレンを胃に穴があかないギリギリまで服用して、鎮痛作用がある間に食事をかっこんで・・・。

A それ以外には生き残れないサバイバルゲームですよね。

Q私の場合は口の中の傷が治るまでの間のことですから、胃を全摘したり、食道を摘出したりしたのとは違いますが、それでも管理栄養士さんたちが色々調べて、嚥下補助剤などを紹介してくださいました。
A 病院でも、NST(栄養サポートチーム)が組織され、個々の患者さんの食事指導をしています。患者さんの不都合なことやご要望があれば、NSTに相談するのが良いでしょう。

Q私は消費者保護機関におりましたので、病人だけでなく、高齢化時代を迎え、嚥下補助剤などについて商品テストしようとしたこともありました。加齢に伴いだんだん咀嚼も困難になると、そういう問題も起こってきますね。

A 咀嚼や 嚥下の研究はあまり進んでいません。患者さんの病状や要望も把握して歯科医療とも連携しないとならないと思います。

Q結局、嚥下が困難になると、誤嚥を起こしたりして肺炎から残念な結果になることも多いようですね。

A 咀嚼や 誤嚥性肺炎も大きな問題ですが、ある意味それは避けられない。それを避け延命をはかるために、胃にあけた穴からから食事を入れる方法が終末期には一般的に行われています。これも医療費の高騰の原因になっています。

Qだからと言って、高齢者施設でそばまでミキサーにかけてドロドロにして出しているというのも、「餌じゃないよ」と言いたくなりますね。人間の尊厳にも関るのでは。

A 何しろ食べなければ死んでしまうので、味はともかく無理矢理食事を胃や腸に入れなければと言うことでしょうね。おいしく食べる研究や産業が振興すると良いですね。

Qとかく患者は特効薬とか、最新の治療技術を求めますが、もちろんそれも大事ですが、実はこうした「がん患者がおいしく楽しく食生活を楽しんで笑顔が見える」というようなことが、直接の治療に勝るとも劣らない治療効果を生むような気がします。

A そのための「ケアフード」です。患者さんや体験者の意見が反映されない限り、がん患者さんが食を楽しむ時代にはならないと思います。必要な人が必要な提案をすることが、産業がおきる基本だからです。是非12月8日飯田橋のホテルエドモントで行う「患者と家族が楽しむクリスマスランチの会」においで下さい。皆様の意見こそ、多くのがん患者さんの生活の質向上に役立つのです。

略歴
竜 崇正(りゅう むねまさ)

学歴及び職歴 
1968年千葉大学医学部卒業後、千葉大学第二外科入局、消化器外科学、画像診断の研究に従事。1974年国保成東病院外科医長、千葉大学医学部付属病院(第二外科)、千葉県がんセンター消化器外科主任医長、国立がんセンター東病院手術部長、千葉県立佐原病院院長を経て2005年から2009年千葉県がんセンター長。
2009年6月政策シンクタンク「医療構想千葉」設立、代表、2010年NPO法人「医療福祉ネットワーク千葉」理事長、筑波大学医学部臨床教授、千葉県がんセンター、千葉県立佐原病院非常勤職員、現職。
この間、2005年から2009年まで千葉大学医学部臨床教授。
公職等
千葉県がん対策審議会副会長、千葉県庁医師会会長、第45回日本胆道学会会長(平成21年9月)等歴任。
日本癌治療学会抗がん診療ガイドライン委員会評価委員、重粒子線ネットワーク会議評価委員

学会活動等
 International Hepato-Pancreato-Biliary Association 会員、International Gastro-Surgical Club 会員、International College of Surgeons 会員, 日本肝胆膵外科学会監事、日本胆道学会理事、日本腹部救急医学会評議員、日本臨床外科医学会評議員、日本消化器病学会地区評議員、日本肝癌研究会幹事、日本マイクロウエーブサージェリー研究会幹事、日本臨床解剖研究会幹事
専門領域
  消化器外科 特に肝胆膵外科, 肝胆膵の画像診断
著書 
 がん告知 患者の権利と医師の義務 2002年 医学書院、肝癌の治療戦略 A to Z 医学書院 2002等多数
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