市民のためのがん治療の会
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電子カルテは、紙から電子情報になっただけか

『電子カルテとは?』


東京医療保健大学医療保健学部医療情報学科教授
津村 宏
 「電子カルテ」と言われると、診察室で医師が記入しているカルテをコンピュータ化したものと想像したり、情報システムの観点からは病院の中にある情報システム全体をイメージする方が多いでしょう。実際には、図1に示すように電子カルテは、病院の中にある情報システムの1つに過ぎません。病院内には、受診の受付や会計を行う医事部門システム、血液検査などを扱う臨床検査部門システム、レントゲン検査を受け持つ放射線部門システムや、リハビリテーションシステムなど様々なシステムがあり、それらが全てオーダリングシステムという情報システムを介して電子カルテに接続されています。この接続された全体のシステムは、病院情報システムと呼ばれています。

 さて、病院情報システムを構成する1つのサブシステムである電子カルテは、医師の記入するカルテを単にコンピュータ化したものではありません。電子カルテは、病院の中で一番重要な患者さんの診察から検査・治療まで全ての診療情報を、初診時からずーっと継続して蓄積し、いつでも必要なときに、端末のある場所なら診察室からでも検査室からでも、医師や看護師等の医療従事者に提供できるシステムです。



 電子カルテを考える前に、従来の紙のカルテには何が記入され、どのような問題があったのでしょうか。紙カルテは、医師が診察した患者さんの症状や診断結果・処置・処方などが記述されていました。検査データに関しては、血液・尿検査等の数値データは検査装置が出力した検査結果がカルテに添付されています。しかし、X線画像、心電図などの画像や波形などは、そのデータから読まれた結果(読影結果という)のみが記載され、実際の画像データ等はカルテとは別に管理されます。入院患者では、バイタルサインなどが毎日測定され記録されている看護記録などはカルテには含まれていませんでした。このため何か問題があると、それぞれの記録や書類を集めることをしなければならず、時間と手間が必要でした。当然、患者の治療に当たる専門職は、自分の専門以外の患者情報を把握することは困難でした。また、病院には数万から数十万人のカルテがあります。外来受診に見えた患者さんのカルテを即座に取り出す必要があるほか、例えば診療報酬請求では、この1ヶ月間に病院に来た患者さんのカルテを取り出して診療報酬明細書(レセプト)をまとめる必要があります。何処に記録や書類が存在するのか、どう区分して保管庫に格納するのか、非常に難しい管理が必要となります。

 電子カルテでは、医師が診察した結果を端末から入力します。紙のカルテでは紙上の何処に何を書くかは個々の医師の判断ですから、記述内容が全く統一されていませんでした。殆どの電子カルテは、画面上に用意されたSOAP形式の項目欄に記入します。SはSubjectiveといわれ患者の症状(自覚症状)、OはObujectiveといわれ医師や看護師の診察所見、Aはアセスメントで医師や看護師の判断、PはPlanで治療計画(処方等)などが記述されます。各項目に分類された記述欄があることで、カルテの見易さを確保し、記入漏れを無くし、更に記述内容の平準化が図れることになります。これにより他の医師や看護師などの医療従事者が見ても患者の状況の判断ができるだけの情報が提供されます。これらを統計処理することで治療法の評価なども行え、医療の発展に貢献するものとなります。
また、検査・処置・処方などの依頼(依頼情報といいます)依頼は、電子カルテ上のアイコンをクリックするだけで指示ができます。指示された依頼情報は、オーダリングシステムを通して病院内の様々な部門のシステムに伝達されます。オーダリングシステムとは、病院内で飛び交う医療情報の交通整理をしてくれるシステムです。依頼情報を受けた各部門システムは、依頼内容を実施したら、その結果情報(例えば血液検査なら各検査項目の検査数値の情報)と、実施情報(例えばX検査ならどのサイズで何枚撮影したかの情報)をオーダリングシステムへ通知します。

 医師は、オーダリングシステムを通じて結果情報(血液検査結果、放射線画像やその読影報告書など)を電子カルテに取り込み、それらを用いて診断し、治療計画を立てることができます。同じように放射線の画像、入院患者の看護記録、リハビリテーションの記録なども見ることが可能となります。また実施情報は医事会計システムがオーダリングシステムから受け取り、会計計算に利用されます。このように電子カルテは、患者さんに関しての診療情報の全てを1つの端末から見ることが出来ます。今までの紙のカルテでは実現できなかったことです。しかも電子カルテ図2に示すように、看護師、管理栄養士、理学療法師などの医療従事者もその権限の範囲内で患者さんの情報を診たり書き込んだりして、共有することができます。今までは医師からの指示だけで動いていたのが、情報共有で患者さんの状態の全容が把握でき、指示内容の意味を理解し、治療方針に対する提案なども可能となるほか、各職種間での役割分担などに役立ち、チーム医療を促進し、質の高い効率的で安全な医療を提供することに貢献しています。また、電子カルテは、電子化されたデータがシステムに保存されているわけですから、端末さえあれば何処からでも、しかも複数の箇所から同時に見ることもできます。カルテを探し回る手間や、カルテを診察室などへ運搬する時間の削減にもなります。

 また、患者さんにとっても電子カルテの画面を見ながら説明を受けることができるなど診療内容の理解にも役立つほか、検査待ち、会計待ちなどが最小限に抑えられ患者サービスの向上にも貢献します。

 このような電子カルですが、導入するには病院内に情報処理の技術者が必要なことと高価なため2000年代初めに予測されたほど導入されていませんでした。しかし、近年の価格が低下してきていることや、実際の電子カルテの効用が明らかになり、医療機関間の連携や診療報酬の請求のオンライン化などの電子化が振興しており、飛躍的に導入されていくと予測されます。




略歴
津村 宏(つむら ひろし)

昭和53年 東京工業大学工学部電子物理工学科卒業、日本電信電話公社横須賀電気通信研究所入社、 昭和58年 日本電信電話公社横須賀電気通信研究所知識処理研究部研究主任(人工知能の医療応用の研究)、平成17年3月 日本電信電話株式会社サービスインテグレーション基盤研究所主幹研究員を経て、平成17年4月 東京医療保健大学医療保健学部医療情報学科教授、現職。
平成8年 東京工業大学博士(工学)「医療診断支援システムへの知識処理の適用に関する研究」、平成15年社会福祉士、平成20年診療情報管理士。
日本医療マネジメント学会理事(広報委員長、個人情報保護委員長、等)、クリティカルパス情報流通委員会委員等
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