市民のためのがん治療の会
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とくに注目すべきことは胎児と子どもに発症してくる先天障害、悪性腫瘍、免疫異常などの晩発障害

『「低線量」内部被曝による健康障害』


岐阜環境医学研究所
松井英介
 人口密集地震国で起るべくして起った原発事故。それがもたらした人類史上かつてない規模の放射線汚染に直面した今、私たちに最も求められているのは、放射線被曝とくに内部被曝を常に意識すること。とくに胎児と子どもに発症してくる晩発障害(先天障害、悪性腫瘍、免疫異常など)に注目することだ。

 厄介なのは、今も自然・生活環境に放出され続けている放射性物質は見えないし匂わないことだ。それによる大気と水と土の汚染はすでに地球規模で拡がっており、今後長期間持続する自然生態系撹乱と健康障害をもたらすと考えなければならない。

 25年前、チェルノブイリ原発事故を身近に経験したウクライナやベラルーシのみならず、ヨーロッパ各国の人びとは、今回の事故を知ったとき、きわめて迅速に反応した。ドイツでは、原発政策の転換を求める25万人、さらに引き続いて16万人の大デモンストレーションが行なわれ、メルケル首相は全原発を停止させると言明した。さらに自然エネルギーによる小規模発電所などが自由に電力をやりとりできるようにするため、大手電力会社から独立した送電網の整備に多額の税を投入することを決めた。

 日本政府は一時的に浜岡原発を止める方針を示したが、東電事故の収束の目処すら立たない中、福島の子どもたちの安全確保の手立てもとらないまま、玄海原発をはじめ停止中原発の再開を急いでいる。日本は内部被曝に最も鈍感な国といわれる所以だ。

 


内部被曝
 放射線被曝は、外部被曝と内部被曝に分けられる。

 外部被曝はおもにγ線による。γ線は組織を貫く力は強いが、体内で遺伝子に傷をつける頻度は、α線、β線に比べて、格段に少ない。これに対して、α線は、体内で飛ぶ距離は短いが、遺伝子に傷をつける力は非常に大きい。β線はα線に比べれば弱いが、γ線よりははるかに大きな力で遺伝子に傷をつける。α線とβ線が内部被曝の主役だ。これらが体の中に入ったとき、どれだけ吸収され、どう減弱していくかを示したのが図1だ。α線は、ある点まで来たときに一挙にエネルギーを放出して、急激に減弱する。それに対して、β線は、周囲の細胞に影響を与えながら、数ミリから十数ミリ飛んでエネルギーを失う。

 α線は飛程(飛ぶ距離)が短く、紙一枚通さないので、α線を浴びても問題はないというひとがいるが、とんでもない話だ。空気中だと数ミリでエネルギーを失い、それ以上は飛ばない。水や人間の体の中だと、約40ミクロンメートル(ミクロンは1000分の1ミリ)飛んで、エネルギーを放出する。そのときまわりの細胞にとても強い影響を与える。

 酸素を運ぶ細胞である赤血球は約8ミクロンメートルで、リンパ球も同じような大きさだ。たとえば、数ミクロンメートルとか数10ナノメートルくらいのウラン粒子が体の中に入った場合を考えてみよう。酸素などとのくっつき方によって水に溶けるか溶けないかが決まるが、ウランが体の中に入り、あまり水に溶けないかたちで一カ所にとどまった場合、絶えず四方八方にα線を出す。たとえばウラン238の5ミクロンの粒子は、17時間に1回の割合で崩壊してα線を出す。一日に一回か、二日に三回で、年に五〇〇回にも達する。



図1アルファ線、ベータ線、ガンマ線の減弱曲線


ECRRの内部被曝モデル
 上で見たように、内部被曝は、呼吸や飲食に際し体内に取り込まれた様々な放射性物質の極微小粒子から、長期間にわたって繰り返し照射される、おもにα線とβ線による被曝をいう。これを、γ線やX線による、一時的な外部被曝から明確に区別するべきだと提唱したのが、ECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)だ。(図2)。

 体内に取り込まれた小さな粒子から四方八方に放出されたα線とβ線によって、近隣にある多数の細胞は長期間にわたって、至近距離から繰り返し貫かれるので、一時的なγ線やX線による外部被曝より影響が大きい。細胞には染色体の傷を治す機能があるが、繰り返す被曝によって異常な染色体結合が生じ、その形質が次々に受け継がれ、先天障害やがん化の要因となる。チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシの高濃度汚染地域などでは、先天障害のほか乳がんや甲状腺がんの多発が報告されている。



図2 ECRRの外部被曝モデル(上)と内部被曝モデル(下)


 内部被曝モデルとして挙げられている事例をみてみよう。「原発廃棄物処理施設白血病」。これは、原発が生み出した放射性廃棄物処理施設の周辺、風下に見られる白血病の多発を指す。「アイルランド海岸の影響」というのは、アイルランド海に近いイングランドに再処理工場があり、そこから海に流された放射性物質によっての海岸近くの住民・子どもたちにみられた健康影響を指す。「チェルノブイリの子どもたち」は、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故で汚染された地域に多発した先天障害や甲状腺がんなどだ。(図3,4)。


図3 チェルノブイリ原発事故の被害者 多重先天障害を伴った子どもたち




図4 ベラルーシのおとなと子どもの甲状腺がん患者のチェルノブイリ事故以前のデータによる予測と実際


 「ミニサテライト突然変異」というは、染色体には、放射線によって傷のつきやすいDNA塩基配列の不安定な部位があり、その形質がつぎつぎに受け継がれていくことを指す。ミニサテライト配列はそのひとつで、がんや白血病などの原因になる(図5)。



図5 遺伝的不安定性の誘導の仕組み


 また、ミニサテライト突然変異とともに、最近の分子生物学の成果で知っておきたいのが、バイスタンダー効果だ。これは、細胞核内の遺伝子に直接放射線がヒットしなくても、細胞質や近隣の細胞をヒットしたことによって起こる生物化学的な変化が、遺伝子、染色体に影響し、さまざまな異常が起こすことを指す(図6)。



図6 バイスタンダー効果の仕組み


 ICRP(国際放射線防護委員会)は線量評価に、Gy(グレイ)やSv(シーベルト)を使っているが。これらの単位は、J/kg<吸収線量( Gy): 生体組織1kgあたり 1J のエネルギー吸収をもたらす被曝量 >で表されている、要するに、人間で言えば体重当たりの熱量だ。しかし、私たちの体の中で起こっている事象は、臓器組織の微小局所ごとに特異かつ複雑な生物化学的過程であって、いくつかの係数を掛けて補正したしたとしても、J/kgで表されるほど単純なものではないことを念頭におく必要がある。

 「原爆降下物によるがん」としては、ビキニ環礁などでの水爆実験の降下物による影響がある。第五福竜丸をはじめ、マグロ漁船に乗っていた漁師さんたちの発がんがその例だ。彼らに先天障害の子どもが生まれたことも、放射性物質による内部被曝が原因と考えられている。「『劣化』ウランによる湾岸戦争帰還兵士の障害」は兵士自身の問題と兵士の子どもたちのなかに先天障害をもった子どもが出てきていることを示している。「イラクの子どもたち」は、子どもたち自身が直接被曝を受けて、白血病とかいろいろながんを発症するということで、イラクだけでなく、アフガニスタン、旧ユーゴスラビアのコソボの子どもたちがその例だ。


身近な内部被曝の事例
 これらのほかに、通常運転中の原発周辺、風下(5キロメートル以内、さらに50キロメートル以内)住民、子どもたちに白血病が多発するなど健康障害の問題が起こっている。

 また、「フェロシルト」は、石原産業がチタン精製の過程で出てきた産業廃棄物を土壌補強材、土壌埋戻材として商品化したものだ。「フェロシルト」には、ウラン238とトリウム232が含まれている。この問題はまだ解決に至っておらず、撤去・除去されずに、かなり身近な土壌中に残っている。ウラン238が放出するα線が半分になるのに約45億年かかる。地球の寿命に近い長い時を経て、やっと半分になる。また、トリウム232の場合は約140億年ともっと長い。そういうものが私たちの身近な畑などに新たに持ち込まれているという現実はとても信じられないが、実際におこっていることだ。


クリアランス制度
 日本では、低レベル放射性物質は一般の廃棄物と同様に扱っても良いとするクリアランス制度が国会を通っているので、今のままではきわめて厄介な問題が起こってくることが予想される。放射性物質による汚染の、全国への拡大だ。今回の東電事故で大量に生み出された汚染廃材、ヘドロなどの処理が重要課題になっている。これは本来、原発事故というきわめて深刻な災厄をもたらした原因企業(東電、東芝、日立、三菱など)と国策としてこれを推進してきた国が責任をもって処理するべきものだ(原因者責任)。ところが、今のままだと、その処理を全国の地方自治体に押し付けようとの考えが主流のように見える。

 このままでは、放射性物質による汚染を全国に拡げる可能性が危惧される。この政策方針の差止めを求める裁判も準備されつつあるが、食品の安全確保とともに、クリアランス問題は、極めて火急の課題になっている。

 ヨーロッパでは、1997年クリアランス法がEU議会に提出されようとしたとき、ECRRが低レベル放射性物資による内部被曝の危険性に警鐘を鳴らし、ストップをかけた。そのとき、EU議会は、ECRRをICRPから独立した公的な機関として認めたのだった。


隠蔽
 日本列島に暮らす人の安全と健康の維持を、最優先政治課題とすべき日本政府は、こともあろうに、今回の事故の後、様々な事実を隠してきた。マスメディアは東電・政府と足並みをそろえ、安全確保のため必要な情報を、住民の目から隠し報道しなかった。東電は3月11日の事故直後に福島第1原発1~3号炉でメルトダウンさらにメルトスルーしていた事実を5月12日なって公表した。日本で開発されたSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のデータを、日本の気象庁は4月半ば過ぎまで公開しなかった。


内部被曝を排除したICRP
 1946年に設立されたNCRP(米国放射線防護委員会)は、第1委員会:外部放射線被曝限度に関する委員会とともに、第2委員会:内部放射線被曝に関する委員会を設置した。1950年に設立されたICRP(国際放射線防護委員会)は、ほぼNCRPの陣容と並行して運用されたが、1952年には、内部放射線被曝に関する第2委員会の審議を打ち切ってしまった。 

 ICRP設立当初の内部被曝線量委員会委員長カール・Z・モーガンの言。「すべての放射性核種の最大許容濃度(MPC)を決定した。ICRPは、原子力産業界の支配から自由ではない。原発事業を保持することを重要な目的とし、本来の崇高な立場を失いつつある」。

 モーガンのこの記述は、非常に重要だ。ICRPは、その発足の当初から、α線とβ線による内部被曝を排除してきた。その理由は、人間のいのちと健康より産業界と軍の経費節減要求を優先させたから。換言すれば、原発作業員の安全を考慮すると原子炉の運転はできなくなるからだ。


人類史上最悪の公害から子どもたちを守る
 今回の東電事故は、日本歴史始まって以来、否、人類史上最悪の公害だと、私は評価している。最も深刻な被害を受けるのは、子どもたちだ。

 放射性物資による汚染地域では、すでに事故から4ヶ月以上が経過するというのに、子どもたちが暮らし学んでいる。これら福島の子どもたちを集団疎開させることを求めた裁判が起こされた。この裁判の証人として迎えられたクリス・バズビー氏(物理学者、ECRR科学議長)は、次のように述べている。

 「原爆で最も被害を被り苦しんだ国である日本が今、原子力産業に支配されているリスク機関の勧告に従うことで、この国の子どもたちとその親たちを破滅に追いやっているというのはとても悲しく皮肉なことです。日本が従っているリスク機関というのは、そもそも皆さんの国に原爆を落とした当事者たちに支配されているのです。」
「福島のみなさんが現在住んでいる場所は、放射能汚染の点ではソビエト連邦が強制退居地区とした地区に相当します。現在みなさんがガイガーカウンターで計測している放射能のレベルは、私の理解では年間1ミリシーベルトですが、それはチェルノブイリの強制退居区域の地表の汚染レベルに相当し、ヨーロッパの法律では違法になります。」「ヨーロッパの法律、つまりICRPの規定では違法だと言いましたが、本当の問題はこの限度そのものがそもそも間違っているということです。福島のような被曝にとって、ICRPのモデルは全く不正確で、ICRP自身もその不正確さを認めています 。(i)



 「現在の状況は、プルトニウムやストロンチウム90やトリチウムやその他多くの放射性物質、非常に危険なウラニウムも含みますが、これらが粒子の形状で存在しているということです。これらの放射線に汚染されたこの地域に住む子どもたち、親達、妊婦、動物その他あらゆる生き物の健康にものすごく高いリスクをもたらします。」「これらの放射線のいずれもガイガー・カウンターでは検出できません。ですから、みなさんが1ミリシーベルトを計測するとき、その1ミリシーベルトにこれらの放射線は含まれないのです。われわれはこれらの放射線があることを知っています。なぜなら、私の実験室でも、仲間の他の実験室でも(東京の)車のエア・フィルターから採取した放射線を分析したからです。このエア・フィルターを開けて、エックス線フィルムの横に置いて、そのフィルムを現像したら、フィルム一面に小さな白い点が見えました。小さな白い光です。これらは「ホット・パーティクル」(熱粒子)と呼ばれています。非常に小さいので目で見ることはできません。ガスのようなものです。それが自動車のエア・フィルターの中にあるのです。自動車は空気を吸い込みますから。人間も同じように空気を吸い込みます。すると、このホット・パーティクルは人間の中に入り込みます。肺や鼻や腸の中に入り込み、大きな被害の原因となります。」

 「日本の科学者は我々のような科学者、また、その他の世界中の科学者と同様に賢い人々ですから、このような実験はしている筈なのですが、自分の国の人々にその答えを伝えていないのです。結果として、この地域の人々は放射能を吸い込んだり、体内に摂取しているので、一刻も早く子どもたちをこの地域から安全な地域へ移すべきです。これは非常に深刻な問題です。」「この20年間にチェルノブイリの放射線を浴びた被爆者からわかった莫大な量の科学的証拠が明らかになってきました。チェルノブイリの放射線は福島の放射線と非常に似通っています。この証拠が示しているのは、科学者たちが今まで被曝線量限度として使用していたリスク・モデルが完全に間違っているということです。ある放射性物質の場合、その誤差は1000倍以上です。」「私は今まで24の裁判で専門家として証言してきました。これらの裁判でこの証拠が取り上げられ、すべて勝訴してきました。なぜなら、中立的な裁判官の前では、この証拠は強力で、主張が正しいことが証明されるからです。福島の子どもたちが病気になる前に、安全な場所に避難させられるよう、私は福島の市民を助けたいと思います。」

 今回のような低線量でこれほど長く続く被曝は過去の世界の歴史にあったでしょうか。との質問に対して。

  「ええ、あります。最も正確なアナロジー(類似)はチェルノブイリです。放射能が飛散したベラルーシ共和国のゴメルやロシア共和国の人々の被曝は福島と全く同じというわけではありませんが、非常に似ています。その健康障害はロシアの専門家によってとてもよく記録されています。ところが、国連やICRP所属の欧米の科学者は完全に無視したのです。チェルノブイリ事故以後に子どもと大人の健康障害の増加に関する報告が非常に多くなされました。特に子どもの間に甲状腺ガンが増加したことはご存知でしょう。多分みなさんがあまりご存知ないことは、同時に先天性疾患の子どもの増加がものすごいことです。今日現在でも、汚染地域の子どもたちで欠陥や健康障害のないのは5人のうち4人だけ?なのです。ありとあらゆる疾患ですから、福島の子どもたちをできるだけ早く疎開させることが重要課題なのです。」  年間20ミリシーベルト被曝したら、どんな障害が何年後に発生するのでしょうか。との質問に答えて。
「これが放射能が起こすことです。がんだけではないのです。ICRPのモデルではがんしか起こらないとされていますが、我々は多くの実験結果や研究結果を知っています。放射能がひき起こすことは老化を早めることです。どの程度の放射線を取り込んだかによりますが、老化を早める原因をひきおこします。放射線汚染地域に住み続けることはそれを悪化させることです。避難すれば、人間に被害をもたらす放射線被害を抑えることができます。

 さらにもう一つわれわれが学んだことは、これらの放射能障害は世代を超えて続くということです。ですからみなさんの子どもたちが病気になったら、その子どもたちも病気になり、またその子どもたちもという具合にずっと続くのです。放射能がもたらすもの、引き起こすものは「ゲノム不安定性」と呼ばれるものです。聞きたくないことですが、真実をお伝えしなければなりません。本当に深刻な状況なのです。一刻も早くここから避難すること以外、できることはありません。」


「低線量」内部被曝に注目を!
 「低線量」とカッコをつけたのは、原爆投下時のγ線と中性子線に比べれば低線量だが、体内に留まった微小放射性物質から照射されるα線とβ線は、近隣の細胞にとって決して低線量ではないからだ。最後に図7を記憶に止め、低線量領域のリスクを正当に評価して頂きたい。



図7 日本政府、ICRP、ECRRによるリスクモデルと見解の違い




『見えない恐怖 放射線内部被爆』
 このほど旬報社から内部被曝について、中高校生にも読んでもらえるように、やさしくまとめた本『 見えない恐怖 放射線内部被曝 』を出版した。今後の運動・問題解決の一助にしていただければうれしい。 



(編集注)『 見えない恐怖 放射線内部被曝 』(旬報社発行 四六判並製 172ページ)は「市民のためのがん治療の会」で取り扱っております。当会頒価1400円(送料とも)。このホームページの「推薦書籍」のページからもお申込みいただけます。(現在準備中)



<書評>  北海道癌センター 院長 西尾正道

 福島原発事故後、原子力や放射線に関する写真集や著書が店頭に並んでいる。しかし商売目当ての本から、本当に真実や主張を述べるために記した著書など、どの本を本当に読むべきかの判断は決して容易ではない。またテレビやインターネットで見かける専門家や有識者の人達の内容はほぼ予測可能な内容でさほど眼をひくことはない。その中で特筆して国民に読んで頂きたい玉稿で埋まった本が6月末に出版された。それが松井英介氏による『見えない恐怖―放射線内部被曝―』である。

 私は長く低線量率小線源治療の臨床に携わり、また看護学校や診療放射線技師学校において放射線被曝の問題や放射線防護の講義も行ってきたこともあり、ICRPなどの国際的に権威ある機関からの勧告値や日本の放射線管理に関する法律にも一般人よりは知識を持っていた。しかしこの本を読んで、今までの疑問に思っていたことや考えていたことが、自分の中でよく理解でき、整理することができた。皆さんにとってもまさに「眼からウロコ」の本である。

 人類が人工放射線の世界に踏み込んだのは原爆投下の蛮行からであり、まだ65年しか経過していない。しかしその健康被害の発表は原子力推進の立場から修飾され、また不都合な真実は隠蔽されるという極めて政治的・経済的な立場からの内容で報告されてきた。特に内部被曝の深刻な被害は語られることが少なかったが、この問題をよく知れば、20世紀後半からの世界のがん罹患者数の増加も単に高齢化したためとは思えなくなる。今後、日本の原発が廃炉に向けて動き出すとしても、21世紀は放射性物質との闘いの時代でもある。中国やインドの電力はまだ原発によるものが1 ~2%であるが、中国は400基の原発を予定している。世界中各国が先進国並みの生活を目指し石油エネルギーの枯渇に向けて原発を主にしたエネルギー政策がとられ、事故により地球全体が放射性物質で覆われるリスクが高い時代なのである。こうした時代に生きる我々は放射線の被害を外部被曝だけでなく、内部被曝も考慮して科学的・医学的に分析し対応する必要がある。そのためには本書は内部被曝に関する入門書であるばかりではなく、今までの歴史的な事例を通じて放射線の健康被害を政治的な立場や思想・信条を離れて科学的に冷静に知るための格好の好著である。

 土壌汚染と海洋汚染による食物からの内部被曝が問題となってきたが、この戦いは数十年以上の長い闘いとなる。このため、内部被曝に関する正しい認識と対応が求められる。

 著者の松井氏は医師として多くの業績を残し、多くの名誉ある受賞も得ているが、長年研究してきた内部被曝の見識がこのような事故を契機に国民の眼に触れることは複雑な心境かと推測される。しかし真実は語られなければならないのである。皆様にぜひ一読頂きたく、初めての書評を記すこととした。  



(i) 2009年4月22日、ストックホルムで行われた討論会で、ICRPを退職したばかりの元ICRP科学議長ジャック・ヴァレンティン博士がICRPのモデルは放射線被曝の健康被害を予測するには安全ではないと認め、ICRPと国連の放射線防護委員会がチェルノブイリ事故の証拠を調査しなかったことは間違っていたと認めた。その結果、ICRPのリスク・モデルには大きな誤りがあると認めざるを得ないと述べた。討論会はネットで視聴できる。”Pr. Chris Busby, ECRR, versus Dr. Jack Valentin, ICRP, 1(2)”,
http://vimeo.com/15382750?utm_source=www.GreenMedinfo.com&utm_campaign=bda5197514-oct.news&utm_medium=email、アクセス日:2011年7月11日。

略歴
松井英介(まつい えいすけ)

岐阜県立医科大学卒業後、岐阜大学医学部放射線医学講座助手、講師、助教授。1981-82年 ベルリン市立呼吸器専門病院Heckeshorn病院留学。医学部退官後、愛知県犬山中央病院放射線科部長を経て、岐阜環境医学研究所・座禅洞診療所を開設、所長、現在に至る。この間、呼吸器疾患の画像および内視鏡診断と治療、肺がんの予防・早期発見、集団検診ならびに治療に携わる。
厚生労働省『肺野微小肺がんの診断および治療法の開発に関する研究』等、肺がんの診断・治療法の確立に関する研究委員、日本呼吸器学会特別会員・専門医、日本がん検診・診断学会評議員、日本呼吸器内視鏡学会特別会員・指導医・専門医、東京都予防医学協会学術委員など。
日本気管支学会第一回大畑賞(2001年)、第13回世界気管支学会・気管食道学会 最優秀賞(2004年)。
「Handbuch der inneren Medizin IV 4A」(1985年 Springer-Verlag)、「胸部X線診断アトラス5」(1992年 医学書院)、「新・画像診断のための解剖図譜」(1999年 メジカルビュー社)、「気管支鏡所見の読み」(2001年 丸善)など執筆。
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