市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
がん放置療法」は「市民のための」がん治療か

『治る可能性のある患者を“放置”するのは罪深い
~近藤先生、それは科学の否定です~』


日本医科大学武蔵小杉病院
腫瘍内科部長 勝俣 範之
近藤誠先生の「医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法 」が、2013年 年間ベストセラーの第1位にランクされ、100万部を突破したそうだ。同書はまた、昨年10月の第60回菊池寛賞を受賞した。 私が市の図書館にこの本を予約したのは昨年の6月半ばだから、もう7カ月になる。市でも超人気書籍なので3冊用意しているそうだが、予約状況を見るとまだ16番目だ。これほどまでに人口に膾炙するということは、それだけ多くの市民ががん医療の今に不満と不安を感じている証左であろう。
一方、本書を信じて放置療法を行ったために、治るものも治らず、残念な結果になった方々がおられるとすれば、重大問題だ。
当会ではすでに昨年6月19日に武蔵浦和メディカルセンター多田智裕先生
『「医療の限界」をタブー視せずに議論しよう~「がんもどき理論」と乙武さん入店拒否騒動について思うこと~』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20130619_tada
を、また、7月3日から3回連続で北海道がんセンター名誉院長西尾正道の
『「がんと闘うべきか否か」について 患者よ、がんと賢く闘え』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20130703_nishio
を掲載、読者の皆さんに近藤先生の著作と両方ご覧になって情報を自分なりに構築していただくことを試みた。
その後も近藤先生のご著作は上記以外に次々に出版されており、もう一度違う角度からの見解を掲載することとした。
なお、本稿は勝俣教授が婦人公論2013年11月7日号にご寄稿されたものをご厚意により転載させていただいたものです。ここに感謝申し上げます。
進行する不安を抱えてわざわざ放置するのですか
 あなたはもしがんが見つかったら、治療をせずに放っておきたいと思いますか? 初期の小さながんは、ほとんどの場合、簡単な手術でとってしまうことができます。進行する不安を抱えながら、わざわざ放置する方法が正しいとは思えません。また、近藤先生は、例外はあるとはいえ抗がん剤を使うなと言っています。しかし手術や抗がん剤を「間違っている」と否定することは、診療ガイドラインを、さらには科学を否定することにほかなりません。
 近藤先生の“がんもどき”理論が話題になっています。確かに病理学的に定義されているがんでも、臨床的には進行しないがんがあることは事実です。“がんもどき”と呼ばないだけで、ステージ0の上皮内がんは放っておいても進行しない可能性があり、治療するかどうか議論は分かれます。でも、ステージ0でも、中には進行がんになるものも隠れている。私は死なないものもあるからといって、治せるはずのものをわざわざ放っておくことは勧められません。
 実際、『がん放置療法のすすめ』を読んで近藤先生のところへ行き、治療しないことを選んだ患者さんが、がんが転移してしまってから、「どうすればいいでしょうか」と私のところに来たことがあります。最初にしっかり治療すれば3~4割は治る可能性があったケースです。医師は患者に最善の医療を提供することが法律で義務付けられています。「治療する」という選択肢についてもきちんと説明する義務があるのに、それをしないのは、説明義務違反にあたるのではないでしょうか。

抗がん剤が悪いのではなく使い方が問題
 近藤先生は抗がん剤が効かないことを示す根拠の一つとして、進行期肺がんで、抗がん剤治療と無治療を比べた臨床試験を紹介しています。そして抗がん剤治療をしたほうが生存期間は長いという結果に関して「何らかの人為的操作が加わったと考えられる」と断言し、抗がん剤の延命効果を否定しています。しかし、どんな「人為的操作」なのか、科学的根拠は示されていません。
 確かに抗がん剤は毒ですから、悪者にされやすい。でも、抗がん剤を否定してしまうのではなく、本来は、うまく使うことこそが重要なのです。抗がん剤は、「副作用があっても使うメリットがある」場合に使うもの。メリット・デメリットをしっかり説明し、がんのタイプ、ステージ、患者さんの希望を総合的に判断して、一緒に治療方針を決めていくべきであって、一概に何がいいとか悪いとか言える話ではない。
 近藤先生は急性白血病や悪性リンパ腫など「血液のがん」の多くには抗がん剤が効くけれども、肺がんや胃がんのような「固形がん」には効かないと主張しています。しかし、この病気は抗がん剤が効く、それ以外はすべてダメなどと病気で分けることはできません。たとえば、90歳の白血病の患者に抗がん剤を使うかどうか。本人と相談して、治療しないという選択をすることは、いくらでもあります。高齢で合併症がたくさんある人、脳梗塞で寝たきりの人、人工透析をしていて心臓に合併症があるなど治療によるリスクがある人に対しては、経過観察することはよくあります。私たちは、それをわざわざ“がん放置療法”とは呼ばないだけ。治療方針は個々の患者さんによって違うのです。

腫瘍内科医が圧倒的に足りない
 日本の抗がん剤治療は、その95%以上を外科医が行っています。外科医は抗がん剤の専門家ではないので、全般的に使用量が適切ではなく、副作用対策も十分に行われていない傾向があります。もちろん、外科の先生が悪いわけではありません。外科医が手術から抗がん剤治療まですべてを行うことに無理がある。つまり、抗がん剤治療のプロである腫瘍内科医が少なすぎることが問題なのです。
 現在、日本には腫瘍内科医が1000人しかいません。あと5倍は必要ですが、育てるのに10年はかかる。腫瘍内科医は、すべてのがんについての知識をもつ必要があります。しかし多くの腫瘍内科は、呼吸器内科や消化器内科などからの寄せ集めで成り立っており、たとえば呼吸器内科出身の腫瘍内科医は肺がんだけ、消化器内科出身だと消化器がんしかわからない、ということが起こってしまう。きちんとした腫瘍内科医を育てるには、全国の大学に腫瘍内科の講座をつくることが喫緊の課題です。
 では我々腫瘍内科医がどのように治療方針を立てるかというと、まず個々の患者さんに対して、抗がん剤を使うべきかどうかを吟味します。抗がん剤は必要な人にしか使いません。そして、使うなら最大限に副作用を減らす努力をします。吐き気やしびれ、だるさなどの症状をマネジメントして、QOLをいかに保つかを考える。また、残された時間が限られていることがわかったら、最後の最後まで抗がん剤治療を行うということはしません。「せめて最後の3ヵ月は自分の時間を大切にしたい」と誰もが思うでしょう。我々は治る患者ばかりを相手にしているわけではありませんから、ゆくゆくは亡くなる人もいる。そうしたときに、無駄な抗がん剤は使わないで最後までその人らしい生き方ができるようサポートするのです。この適応を見極めるのが重要なのであって、亡くなる直前まで抗がん剤治療を続けるのは腫瘍内科医の恥だと思っています。
 だからと言って、「抗がん剤は毒だからやらないほうがいい」という近藤先生の主張は論外です。患者さんを間違った方向に導かないでほしい。治る可能性のある人に対して治療しない、というのは罪深いことです。

早期発見・早期治療だけでいいのか
 がんについては、早期発見・早期治療ばかりが強調されていますが、私は「検診さえやっておけばよい」というメッセージは間違っていると思います。この点については、近藤先生の意見に部分的に賛成です。
 検診の一番の問題は、がんでない人をがんと診断してしまう可能性があること。過剰診断しないよう、精度管理をきちんとする必要がある。乳がん検診に関しては、近藤先生がいうように否定的な議論があることも事実です。でも、否定的な結果が一つ出たからといって、全面的に検診を止めるべきだということにはなりません。何度も同じような結果が出て、科学的なコンセンサスが得られてから、客観的かつ冷静に判断していくものだからです。
 もちろん、検診の啓蒙は大事ですが、あまりにその重要性ばかり強調すると、がんにかかった患者さんが「検診をしなかった自分が悪い」と思うようになります。周りの者も「検診をしなかったから悪い」とレッテルを貼るようになるかもしれません。がんになったことが悪いことをしたかのように扱われるのは、どうかと思います。誰もががんにかかる可能性があるなかで、本当に大切なのは、がんになった場合にも、がんと共存しながら、患者が安心して暮らせる社会をつくることだと思います。
 忘れてはならないのは、がんになっても、治療を続けながら生き続けた人たちの存在です。たとえば、2011年にがんで亡くなった、元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さん。彼女は乳がんを発症し、その後再発を繰り返しながらも治療を続け、19年間もがんと共存しました。その間、仕事もなさっていた。
 しかしメディアで伝えられたのは、亡くなる直前に息も絶え絶え語られたメッセージの録音だけ。これでは、がんは怖い病気、死んでしまう悲しい病気というイメージしか伝わらない。どのようにがんと闘い、共存しているかという情報こそ、大切にされるべきだと思います。がんと闘っている人は、“がんに負けた人”ではない。そういう共通認識を誰もが持てる社会にしていきたいものです。

文芸誌ではなく学術雑誌に投稿すべし
 日本のがん医療のレベルは、海外に比べて遅れている面はありますし、近藤先生が正しいことを主張して医療界を変えてきた実績があることは認めます。彼はアメリカに留学して早くから乳がんの温存療法を見てきて、日本でそれを進めようと学会の先生方に進言したのです。ところが、それが却下されてしまった。今では日本でも温存療法が主流になりましたが、日本の医学界は早くから近藤先生を締め出したという経緯がある。
 また、個人的な経験ですが、私が研修医のときに「インフォームド・コンセント」(治療に関する具体的情報を得たうえでの同意)の概念について教えてくれたのは近藤先生でした。1989年当時、日本ではまだその考えが根づいていませんでしたから、そのときは、「すごい先生がいるものだ」と思ったものです。
 だからこそ、近藤先生が自分の理論が本当に正しいと思うなら、日本のがん治療を変えるために、正しい行動をしてほしいと思うのです。一般書を出したり、一般の雑誌に寄稿することでは、医学界は変わらない。先生には英語で医学論文にまとめて、海外の雑誌に投稿してほしいのです。科学的に価値がない論文は投稿しても載せてもらえませんし、医学論文では感情的・抽象的な表現は使えません。そういったものをすべて排除して、きちんとした論文にまとめてほしい。そこで初めて専門医として対等な議論のテーブルにつくことができるのです。
 
略歴
勝俣 範之 (かつまた のりゆき)

1988年 富山医科薬科大学医学部医学科卒業、大隅鹿屋病院研修医
1989年 茅ヶ崎徳洲会病院内科レジデント
1992年 国立がんセンター中央病院内科レジデント
1997年 国立がんセンター中央病院第一領域外来部乳腺科医員
2003年 国立がんセンター中央病院薬物療法部薬物療法室医長
2004年 ハーバード大学公衆衛生院留学
2004年 国立がんセンター中央病院第二通院治療センター 医長
2010年 国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長
2011年 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

所属学会:
日本臨床腫瘍学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本内科学会
American Society of Clinical Oncology
専門領域:
内科腫瘍学全般、抗がん剤の支持療法、乳がん、婦人科がん化学療法、がんサバイバー支援など

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