市民のためのがん治療の会
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『がん診断と治療用放射性銅-67医薬品の国産化に向け』


株式会社千代田テクノル 川端 方子
量子科学技術研究開発機構 永井 泰樹
がんの放射線療法には、健康診断で受けるX線の間接撮影のようなイメージの外部から放射線を照射する外部照射や、 編集子の舌がんの治療で行われた、がん組織に密封小線源を刺入する組織内照射のほかに、放射性医薬品を患者さんの体内に投与しがん細胞部を体内から照射する内用療法がある。
当会では既に「がん治療の今」で、『特殊な放射線治療:アイソトープ治療について』(No.32;島根大学 放射線治療科 内田伸恵先生)、 『テクネチウム-99m放射性医薬品の安定供給の現状と課題』(No.45;社団法人日本アイソトープ協会中村吉秀事業本部長)、 『骨転移の痛みに対する塩化ストロンチウム(Sr-89)』(No.48;東京医科大学 放射線医学教室 吉村 真奈先生)、 『新しい注射による放射線治療~前立腺癌骨転移に対する新規治療薬:ラジウム-223(ゾーフィゴ)』(No.299;JCHO東京新宿メディカルセンター 副院長赤倉功一郎先生)などを取りあげてきた。
今回は銅-67について株式会社千代田テクノル 川端方子先生、量子科学技術研究開発機構 永井泰樹先生に貴重なご報告をいただきました、御礼申し上げます。
(會田 昭一郎)
*上記ご寄稿者のご所属等は、ご寄稿時のものです。内容は「がん治療の今」バックナンバーhttp://www.com-info.org/medical.phpでご覧いただけます。

1)はじめに

がんの無い社会に向けて、がんの早期診断と早期治療が益々重要になっています。

がん診断では、放射性同位体(RI)を特定の臓器や細胞に集積しやすい医薬品と合成(標識)した放射性医薬品を用いた核医学診断法が威力を発揮しています。 人体に投与された放射性医薬品は、がん細胞部に集積しそこからガンマ線(光の仲間である放射線)を放出します。 放出されたガンマ線は体外に置かれたガンマカメラ(検出器)で検出されて画像化されます。 患者さんそしてまた患者さんのご親族は、その画像を視て状況を理解され納得してその後のがん治療に臨まれることになると期待されます。 その意味ではこの核医学診断法は患者さん及び患者さんのご親族にやさしい低侵襲の診断として大切な役割を担っていると考えられます。

一方、がん治療では、放射性医薬品を患者さんの体内に投与し、 RIから放出されるベータ線(電子線の一種)やアルファ線でがん細胞部を体内から照射する医療(内用療法)が患者さん及び患者さんのご親族にとって生活の質を保持した低侵襲の治療として効果を発揮しています。

ところで、医薬品のがん細胞への集積性や治療効果そして副作用は個人差があることが知られています。 がんの無い社会に向けたこれからのがん治療は患者さん個々人に応じた「個別化医療」が重要とされています。 放射性医薬品が持つ上記特徴を生かした核医学診断と治療は、「個別化医療」を進める上で重要な役割を果たすと考えられています。

放射性銅-67は、「1人の患者さんに、1種類の銅-67医薬品を用いて診断と治療が行える能力を持つRI」であり理想的なRIと考えられています。 この能力はとても大切なことです。患者さんのある医薬品に対するがん細胞と正常細胞への集積の量を反映する画像化された診断情報は、 同じ医薬品を治療に用いることができればその患者さんに最適の治療が行えることに繋がるからです。 そのため、銅-67医薬品の実用化を目指して高品質の銅-67を大量に製造する研究開発が30年余にわたり世界中で行われてきました。 しかし、研究者の努力にもかかわらずその製造法は未だ確立せず、銅-67医薬品の研究開発が停滞する状況が続いています。 私達は、加速器を利用した銅-67の新しい製造法を提案し、実験によりこの製造法による銅-67が上記要求を満たすことを明らかにしました。 更に大腸がんを移植したマウスにこの銅-67を投与した実験を行い、銅-67が腫瘍部に顕著に集積することを発見しました。 本稿では、放射性銅-67に関する我々の最新の研究成果をご紹介します。

2)RI内用療法と銅-67

がん細胞を致死する能力を持つ(ベータ線やアルファ線を放出できる)RIで標識された医薬品をがん細胞部に送り、 がんを致死する内用療法用に利用可能なRIの中、現在日本で保険収載されているものを表1に示します。 ヨーソ-131及びイットリウム-90らのRIが甲状腺及び悪性リンパ腫治療のため既に利用され効果を発揮しています。


表1 現在日本で保険適用されている治療用RIの物理的性質と用途(比較のため銅-67の物理的性質と期待されている用途を付記しています)
131I(ヨーソ-131)、89Sr(ストロンチウム-89)、90Y(イットリウム-90)、223Ra(ラジウム-223)。67Cu(銅-67)

ところで核医学診断と治療をより安全に高い信頼度で効果的に行うためには利用されるRIに対しては、 それぞれ表2に示す物理的及び化学的性質を持つことが期待されています。


表2 診断用及び治療用RIに望まれる物理的及び化学的性質
陽電子(PET用)は、放出されると直ぐにガンマ線を2個放出する。

人体に必須の金属元素である銅の同位体(原子番号を表す陽子の個数は29個と変わらないが中性子の個数が異なる原子核)には、 5種類のRIがありその中の4種はPET診断用に研究開発されています。 特に銅-64は、半減期が約13時間でありPET用RIとして多用されているフッ素-18の半減期1.8時間より長いため利便性が高く銅-64医薬品の実用化に向けた開発研究が世界中で進められています。

一方、銅のRI中で最も重い銅-67は、ガンマ線とベータ線を同時に放出すると共にその半減期は治療に適した2.6日の長さです。 ところで、がん治療では表2にありますように、がんの大きさに対応し正常細胞への影響を抑制した治療を行うことが大切です。 そのためベータ線の体内での到達距離(ベータ線のエネルギーを反映)が色々の種類のRIを準備し医薬品開発の道を広げておくことが大変重要です。 銅-67が放出するベータ線の体内での到達距離は平均0.7 mm程度です。 これは、表1のストロンチウム-90の到達距離の平均2.8 mmに比べ短いため比較的小さな腫瘍に対し正常組織への損傷及び副作用を少なくして治療が可能と考えられています。 がんの早期診断による早期発見それに続く早期治療に向けて、がんが小さい状態で治癒される時代に向けて銅-67は期待の大きいRIです。

一方、銅-67が放出するガンマ線の主なエネルギーはガンマカメラで高い感度で測定に最適の91keVと93keVと185keVの3本です。 そのため銅-67は、診断と治療の両方を可能にする理想的なRIであり、患者さんにとって1種類の銅-67医薬品で診断と治療を受けることができます。 銅-67は、がんの治療を行いつつその治療効果を治療にあたるお医者さんに加え患者さんそして患者さんのご親族が画像で確認できるのです。 患者さんにとっては安心と信頼を覚える低侵襲の治療法と言えるかと思います。ところで銅-64(半減期13時間)がPET用として世界中で研究開発が進んでいる旨を述べました。 詳細は文献に委ねますが私達は銅-64も銅-67同様に加速器中性子で製造できることを既に確認しています。銅-64と銅-67は化学的に同じ挙動を示します。 そのため、同じ医薬品を用いて、診断その後の治療へとつなげられると期待していきます。

銅-67医薬品の合成に重要な銅と医薬品との合成にかかわる研究(錯体化学)も前記の銅RIを用いたPET医薬品開発で幅広く研究されています。 そのため、治療で用いる銅-67医薬品開発のための化合物の選定も速やかに行えると期待されます。 実際、少数例ですが、悪性リンパ腫の患者さんに対してヨーソ-131(表1)で標識された抗体を投与した場合と銅-67医薬品を使用した場合の臨床比較試験が行われています。 ヨーソ-131は半減期が8日と銅-67の2.6日よりも長くそのためがん細胞へのベータ線照射が長く継続し治療効果は高いと期待されます。 しかし、実際には、銅-67はがん細胞部への集積がヨーソ-131より高くしかも長く持続することから、治療効果は銅-67が優れている結果が示されています。 なお、銅及び亜鉛は人体の必須元素ですが、体内での長時間の滞留や毒性そして骨や他の臓器に特異的に集積する特性も見られていません。(銅-67はベータ線を放出して亜鉛-67に変化します)。

この様な特性から銅-67の実用化への期待は高く、1980年代から高品質の銅-67を大量に製造する研究開発が世界中で続けられてきました。

3)銅-67の製造研究の歴史

銅の同位体の中で、銅-63(中性子の個数は34個)と銅-65は自然界に安定に存在しています。 自然界に安定に存在しない放射性同位体(RI)は、原子炉や加速器で人工的に生成されています。 例えば脳腫瘍の治療に利用されているガンマナイフは、原子炉で生成されたコバルト-60が、またPET用のフッ素-18は加速器で生成されています。

銅-67の製造法の研究開発は、主には原子炉で作られる中性子及び加速器で得られる陽子を用いて30年余り世界中で行われてきました。 その結果、図1に示されるように加速器からの陽子を亜鉛-68の試料に照射する製造法が推奨されてきました。


図1 加速器からの陽子を亜鉛-68試料に照射して銅-67を製造する方法とその特徴

この方法は原子炉より小型の施設で製造できる利点があります。 しかし、銅-67の製造量が少ない上にこの製造法で銅-67の製造が可能なのは、世界の数か所の加速器施設でありその製造量も年間44ギガベクレル程度とされています。 この量は、米国だけで必要と予測されている年間需要量44万ギガベクレルの1/10,000と少ない量です。 しかも銅-67の利用に際して不純物となる銅-64が銅-67の10倍以上も同時に製造され銅-67の品質がよくありません。 この様に現状では、がん治療に必要とされる製造量と品質を確保することができず、銅-67の診断・治療薬の研究開発は世界中で停滞しており、新たな製造法の確立が待ち望まれていました。

この様な折に、私達は図2に示しますように加速器で発生される中性子(加速器中性子)を亜鉛-68に照射して銅-67の製造する新しい方法を提案しました。


図2 加速器からの中性子を亜鉛-68試料に照射して銅-67を製造する方法とその特徴(我が国独自の製造方法です)

RIの製造に加速器中性子が利用され実用化されたことはありません。 しかし、加速器中性子を利用して宇宙物理にかかわる基礎研究を長年行っていた著者の一人が加速器中性子の魅力に着目しRI製造に利用することを発案しました。 {ところで、私達は診断用RIとして我が国で多用されているテクネチウム-99mのもとであるモリブデン-99の供給不安定の問題を解決するために、 加速器中性子を利用してモリブデン-99を製造する新方法を2009年に提案しています(後述)。 提案以来、モリブデン-99/テクネチウム-99mの研究開発を続けていますが、この研究を進めていく中で、加速器中性子が銅-67の製造にも有効であることを提案した次第です}。

そして、本製造法による銅-67の品質及び製造量にかかわる実験を行いました。 加速器中性子は、量子科学技術研究開発機構高崎応用量子ビーム研究所の加速器を用い生成しました。 その結果、表2に示しますように不純物である銅-64の製造量は銅-67の2%以下でした。 これは、従来推奨されてきた陽子を用いて製造する方法に比べ500倍以上品質が高い銅-67が得られたことを意味します。 また、銅-67の製造量は加速器技術の進展もあり陽子の製造量に比べ100倍程度の製造量が期待できます。 以上の結果、高品質の銅-67を大量に製造するという長年の課題に対し既存の製造法よりも格段に優れた方法を提案でき今後の研究開発に弾みをつける成果を得ました。


表2 従来法(加速器陽子の利用)と加速器中性子による製造法による銅-67の品質比較
加速器中性子で製造すると、半減期13時間の不要なRI銅-64、ガリウム-66、ガリウム-67、そして、亜鉛-65が陽子で製造する方法に比べはるかに少ないことが特徴です。
銅-67の製造量は開発済の加速器を新設することで100倍程度多く製造できます。

4)銅-67の分離・精製の研究

核医学診断及び治療用の放射性医薬品は、数ミリリットルの医薬品溶液として人体に注射されます。 その際、診断及び治療効果の高い放射性医薬品を使用することが大切ですので、医薬品中のRIの濃度が高い事が重要です。 銅-67は亜鉛-68を含む試料に加速器中性子を照射して製造します(図2)。 既存の加速器で製造される銅-67の重さは数ナノグラム程度です(1ナノグラムは1億分の1グラム)。この量は、亜鉛-68試料の100億分の1程度で非常に微量です。 そのため濃度の高い銅-67を得るには、亜鉛-68を含めて不必要な物質は銅-67と分離して取り除く必要があります。 原子番号が30の亜鉛と29の銅のように原子番号が異なる物質の分離には、化学分離の方法(カラムクロマトグラフ法)が昔から利用されています。 {カラムクロマトグラフ法は、金属イオン等の化学物質と反応する物質(樹脂)を筒状の容器(カラム)に詰め、 そこへ、金属イオンが溶けた溶液を通過させて化学物質を分離し、目的の化学物質を得る手法です。ただし、同じ銅の同位体間の分離は化学分離ではできません。 陽子を利用した場合、銅-64が銅-67の10倍製造されることが問題ですと述べました。その理由は銅-64が銅-67と分離できないためです}。 ところで、これまでの化学分離は試料の亜鉛の重さは1g程度以内を対象にしたものでした。 私たちは、高品質の銅-67を大量に製造することが目的ですので従来の30倍以上の重さの亜鉛が分離できる方法の開発を行いました。 そして、図4に示します様に中性子照射後、亜鉛-68中に微量存在する銅-67を、3種類のカラムを用いて分離精製するとともに90%以上の高い収率でカラムから取り出す方法の開発に成功しています。 亜鉛等の不純物が除かれ高品質の銅-67が得られたことの確認は、DOTAと呼ばれる薬品を用いて行いました。 その結果は図5に示されています。図5はDOTAに銅-67を100%結合する(縦軸)にはどれだけの量(横軸)の銅-67を要するかを表しています。 少ない量のDOTAで濃度の高い銅-67を得ることができれば、医薬品利用する上では製造法及び化学分離法を含め成功したといえます。実際、私達は品質のいい銅-67を得ることができました。


図4 高品質の銅-67を亜鉛から化学分離するための分離システム


図5 銅-67の品質試験結果

ところで、亜鉛には天然に安定に存在する同位体が5種類あります。 その中で亜鉛-68の存在率は約20%ですが、もし100%の亜鉛-68試料が得られれば用いる亜鉛の重さが同じあれば5倍の銅67が製造できます。 私たちは高品質の銅-67を大量に製造するために、i) 亜鉛-68がほぼ100%に濃縮され、ii) 不純物の少ない亜鉛-68の試料を用いています。 これらの条件を満たす亜鉛-68の試料は大変高価です。そこで、一度利用した亜鉛-68試料を再利用できるように開発を進めました。 加速器中性子を亜鉛-68に照射した結果銅-67に変化するのは100億分の1程度ですから、化学分離で銅-67を分離した後に亜鉛-68を高い回収率で回収できれば亜鉛-68は何度でも再利用できるはずです。 私達は現在95%以上の回収率を達成していますので製造工程における経済性も高いことが示されています。

5)銅-67の担癌マウス実験

私達は加速器中性子を用いて従来の製造法に比べ格段に優れた品質の銅-67を製造できることを発見しました。 今後、停滞している銅-67を用いるがん診断・治療用医薬品の研究開発が大いに加速されると期待しています。 ところで、我々は、銅-67医薬品の開発に際しては医薬品と結合していない銅-67そのもの(銅-67塩化物)が体内の臓器にどのように集積するのかを確認する実験を先ずおこないました。 この発想は、加速器で陽子による反応で製造した銅-64を用いたPET用の医薬品開発が進展している中で、 銅-64塩化物を用いた研究が米国を中心に展開され皮膚がんを移植したマウスに銅-64が多く集積していることを報告した文献を知ったのが契機でした。 銅-67ではこの種の研究は過去にはありませんでした。

そこで、高崎の加速器で得られる中性子で製造した銅-67塩化物を大腸がん細胞が移植されたマウスに注射し銅-67の体内分布を調べました。 調査は、マウスの血液、肝臓、腎臓等の各臓器及び大腸がん(腫瘍)部への銅-67の集積率を銅-67投与後、一定時間(0.5~48時間)経過してから銅-67から放出されるガンマ線を測定して行いました。 その結果、銅-67は大腸がん(腫瘍)部に顕著に集積する性質を持つことを発見しました。 この予想外の結果は、銅-67それ自体が大腸がんの診断・治療に役立つ可能性を示唆するものです。

6)加速器で多量の中性子を発生させる方法

高品質の銅-67を大量に製造するには多量の加速器中性子が必要です。銅-67の品質は中性子の量には影響されません。 しかし、中性子は半減期が10分で不安定な粒子です。私たちは中性子を発生させるために、 安定な粒子である重陽子(陽子及び中性子が1個から構成される粒子)を加速器の中で高いエネルギーに加速して図3に示しますように炭素板に衝突させています。 (加速器で利用される陽子は、安定な粒子で電子と結合して水素として存在していますので加速器で水素ガスなどを用いて得られます)。

多量の加速器中性子を得るには高強度の重陽子を加速できる加速器が必要ですが、既存の加速器としてはまだ世界にありません。 しかし、日本の加速器メーカーは世界の最先端技術開発を行っていて目下私たちの必要とする性能の加速器は技術的には既に確立しています。 私たちは是非ともこの加速器を新設すべく予算獲得に努めています。 なお、この加速器中性子は、原子炉の中性子よりも10億倍以上エネルギーが高いため原子炉では製造できない様々なRIを製造できる可能性を持っています。

図3 加速器(左図)及び重陽子を炭素板に照射して中性子を発生する模式図(右図)
加速器中性子を利用する場合は、右図のように2個の試料を置いて、同時に2種類のRIを製造できます。 図では、モリブデン-100(100Mo)と亜鉛-68(68Zn)を置いて、モリブデン-99と銅-67を製造する例を示しています。 陽子を利用する場合は、通常この様な製造はできません。

7)銅-67研究のまとめ

低侵襲のRI内用療法を強力に進めていくうえで世界がその適切な製造方法の開発を待ち望んでいた銅-67の革新的な製造方法を提案しました。 そして、実際に実験を行い従来法の課題を克服する優れた方法であることを立証しました。 その製造法、即ち加速器中性子で製造し、本研究で開発した化学分離法で得た銅-67を医薬品無しで単独で大腸がん細胞を移植したマウスに投与しました。 そして、マウスの体内分布を調べた結果、銅-67が大腸がんに顕著に集積する性質も持つことを発見しました。 今回の研究成果は、停滞していた銅-67の医薬品開発を加速する重要な結果と考えられます。現在、日本国内に存在する既存の加速器では大量製造できません。 そのため、大強度の重陽子ビームを提供できる加速器を新設にむけ努力を続けます。一方、将来、国内で銅-67医薬品が認可されるためには、臨床効果を明確に示す必要があります。 そこで、既存の加速器を用いマウスを用いた治療試験を実施したいと考えています。



追記)テクネチウム-99mにかかわる日本と世界の課題

我が国で三大生活習慣病のがん、心臓疾患、脳疾患そして認知症等の核医学診断が、テクネチウム-99mを用いて年間70万件~90万件(毎日3000人)行われています。 テクネチウム-99mは、健康社会実現に向けてがんのみでなく全身の様々な疾患の情報を早期に高精度で迅速に得る上で大変重要なRIです。 半減期6時間のテクネチウム-99mから放出されるガンマ線は、ガンマカメラで検出され、画像化されて被験者の方の疾患部の画像情報を提供します。 テクネチウム-99mは、半減期66時間(2.75日)のモリブデン-99から「弱い作用」により自然に生成されます。 そのため、テクネチウム-99mは、先ず半減期の長いMo-99を製造し、自然に生成されるテクネチウム-99mを日々絞り出して(搾乳:ミルキングと呼ばれます)診断に利用されています。 ところで、わが国は、モリブデン-99の国産化は行っていませんので使用するモリブデン-99は全て輸入(毎週数回)され製薬メーカーでテクネチウム-99m 医薬品が作られて病院等へ送られています。 半減期が短いために備蓄ができないRIを国民の健康にかかわる重要なRIでありながら国産化ができていないことは大変残念なことです。 この様な事情で、モリブデン-99の安定確保はわが国の核医学診断で最重要課題になっています。

モリブデン-99は、主には海外の5基の研究用原子炉で高濃縮ウランの核分裂反応による生成物として製造されています。 ところが、近年、世界需要の70%のモリブデン-99を製造してきたカナダとオランダの原子炉が高経年化により予期せぬ故障で長期間運転を停止し、モリブデン-99が世界中で不足する事態が生じました。 (2016年10月末をもってカナダの原子炉はモリブデン-99製造を停止しました)。 この事態を受け、また、テクネチウム-99mの世界の需要が今後も毎年数%の割合で増加すると予想されることから、 今後の中長期にわたるモリブデン-99の安定供給を図る製造方法の検討が世界中で始まりました。 丁度この頃(2010年4月)、アイスランドの火山灰により欧州の空港が閉鎖されたため、我が国では、モリブデン-99を含むRIの輸入が停止しました。 この出来事により、短半減期RIの輸送に伴うリスクも浮彫になりました。 これらの状況を受け、我が国でも内閣府が中心になりモリブデン-99/テクネチウム-99mの安定供給に向けて国産化を目指して様々な案が検討されました。 私たちは、2009年に加速器で得られる中性子を利用する新しいモリブデン-99製造法を見つけました。 そして、この方法で製造したモリブデン-99から現在市場で利用されているものと同等の品質を有するテクネチウム-99m医薬品の製造に成功しました。 これら結果についてはまた別の機会に紹介させて頂ければと思います。 なお、我々が提案している加速器中性子を利用するRI製造法は、従来は、原子炉で製造されてきたモリブデン-99及び加速器で陽子を用い製造されてきた銅-67を1台の加速器で製造できる革新的な製造法です。 RIの内用療法に基づく「生活の質の高い」低侵襲医療推進には様々ながんに対応して様々な医薬品に結合させるために多様なRIの生成が欠かせません。 しかし、従来の原子炉及び加速器で得られる陽子によるRI製造はこの要請に応えられず、現在新しい放射性物質は開発されていない状況です。 そのような中で加速器中性子を利用したRI製造法は多様RIが製造可能であり上記推進に貢献したいと考えています。


永井 泰樹(ながい やすき)

1943年京都で生まれ、その後は国の名水百選に選ばれ「うちぬき」水のおいしい愛媛県西条市で高校卒業までを過ごす。 1971年東京工業大学博士課程修了。1971年に大阪大学助手、その後、東京工業大学で助教授・同教授、そして大阪大学教授を経て2007年定年退職。 この間、1978年から1980年までドイツのユーリッヒ原子核研究所に滞在、異文化交流の貴重な経験をした。 大学に勤務中は、主に加速器を利用して原子核物理・天体核物理の研究を行った。 2007年より現在まで日本原子力研究開発機構、量子科学技術研究開発機構の客員研究員として、加速器を用いた医療用RIの製造研究に携わっている。 これまで、優れた指導者・先輩・同輩・友人・学生に巡り合えたのが大きな財産。趣味は、読書、映画鑑賞、囲碁観戦、スポーツ一般。

川端 方子(かわばた まさこ)

1974年石川県で生まれ、長野県松本市で高校卒業まで過ごす。1997年信州大学工学部卒業後、民間企業に6年勤めた後、生体医工学を学ぶ為にイギリスロンドンに留学し、 2005年インペリアルカレッジ工学部で修士課程、2009年クイーンマリーカレッジ歯学部で博士課程を修了した。 その後、ポスドク研究員として産業技術総合研究所、日本原子力研究開発機構において勤務し、2015年 株式会社千代田テクノルへ入社(兼 量子科学技術研究開発機構 協力研究員)、現在に至る。 加速器中性子を用いた医療用RIの製造研究に携わり、経験豊富な多くの先輩研究者の方々と共に研究活動ができる環境を光栄に感じている。 家庭では1男1女の母であり、個性豊かな2人の子育てに日々奮闘中。
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