市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『ASCO(米国臨床腫瘍学会)2019報告』


昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科部門主任教授
角田 卓也
3月29日からアメリカのアトランタでAACR(米国がん学会)の年次総会が行われました。 この総会に参加されました昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科部門の角田卓也主任教授にその模様を「がん医療の今」No.393でレポートしていただきました。
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20190611_tsunoda
今回はASCOにも参加されましたので、レポートをお願いいたしました。
(會田 昭一郎)

6月1日から5日までシカゴで開催されたASCO(米国臨床腫瘍学会)2019に参加してまいりました。 世界でも有数の規模を誇る学会で、今年は4万人超の参加者だったようです(写真1)。 品川や浜松町の通勤時間帯の混雑を彷彿させる景色です。


いつもASCOが開催されるシカゴの街を訪れて驚くのは日本では許されていない治療薬の広告がたくさん目に付くことです(写真2)。 今回、私が目に付いた看板は8枚(種類)あり、そのうち6枚は免疫チェックポイント阻害剤のものでした。 残りの2枚は分子標的薬でした。製薬会社が如何にがん免疫療法に注力しているかが感じられます。


一方、シカゴオヘヤ空港の電車の駅のプラットホームでJames Allison先生と本庶佑先生のノーベル賞をお祝いする看板もあることには驚きました。 長年、がん免疫療法を専門としている私にとってとても嬉しい光景でした(写真3)。


さて、ASCO2019に参加した私のインプレッションです。 予想通りですが、がん免疫療法はいよいよがん治療の主役になってきたということです。 すなわち、がん薬物療法において、最も強力で有用性の高い治療であり、最初に用いる薬剤であるファーストラインで、 免疫チェックポイント阻害剤であるがん免疫療法が従来のファーストラインを凌駕するデータが発表されました。 頭頸部がんにおいてこれまでのファーストラインであったEXTREMEレジメンと言われている分子標的薬と抗がん剤の併用より臨床的有用性が高いデータがでました。 これでがん免疫療法がファーストラインとなったのは、メラノーマ、非小細胞肺がん、メルケルセルがん、扁平上皮皮膚がん、尿路上皮がん、腎がんに次いで7癌種目です。 今後は、免疫チェックポイント阻害剤と種々の薬剤との併用療法による大規模臨床試験の結果待ちです。 免疫チェックポイント阻害剤が、がん治療法主軸となって展開していくと考えられます。 また、小規模の探索的臨床試験ではたいへん良い結果が出ており、手術との併用、すなわち術前補助免疫療法、術後補助免疫療法による臨床的有用性の大規模臨床試験の結果が待たれるところです。

また、免疫チェックポイント阻害剤の成功により、免疫関連分子が創薬の対象となることが証明されました。 PD-1、PD-L1、CTLA-4以外の新規免疫関連分子についても精力的に探索的臨床試験が実施され、創薬化に期待を持たせる良い結果が出てきております。


私がASCO2019で特に注目したシンポジウムは6月3日に開催されたASCOとAACR(米国がん学会)のJoint Sessionとして、 「Histology-Agnostic Clinical Trials and Approvals」というタイトルのセッションでした。 日本語に翻訳すると、「組織に関係ない臨床試験と承認」意訳しますと「がんの種類の関係ない抗がん剤の臨床開発とその承認」です。

演者は、米国の薬の規制当局であり、日本では厚労省やPMDAに相当するFood Drug Administration(FDA)、 Payer(お金を拠出する側)Insurance industryに属する医師、アカデミアでの抗がん剤開発者、また免疫療法開発者の4人がそれぞれの立場から発表がありました。

従来抗がん剤は原則としてがんの種類を組織学的に決定し、肺がんであれば肺がんに対する、乳がんであれば乳がんに対する抗がん剤を使用することが常識でした。 しかし、遺伝子研究が飛躍的に発展し、がんが分子生物学的に解明されてくるとこれまでの臓器別の考え方では対応しきれない臓器横断的に薬効を示す新規の抗がん剤が出てきました。

ASCO2019時点では本邦でこのカテゴリーに入るのは、免疫チェックポイント阻害剤であるPembrolizumabのみでした。 マイクロサテライト不安定性といい、4つの遺伝子の働きが悪くなると、DNAの複製エラーが起こりやすくなることがわかっています。 マイクロサテライト不安定性陽性(MSI-H)のがんでは、マイクロサテライト不安定性陰性のがんより遺伝子の変異が数十倍多くなり、がんを認識・障害するリンパ球が活性化していると考えられています。 これまでに実施されてきた5つの臨床試験では、149人のMSI-Hの標準療法不応のがん患者に対し、奏効率(ORR)は40%、6か月以上奏功期間を示すものは78%であったと報告されております。 15種類の固形腫瘍のうち12種類で奏功したと報告されており、2017年FDAは世界で初めて、Pembrolizumabをがん種関係なく、MSI-Hの進行・再発の固形腫瘍に使用することを承認しました。 これはがん免疫療法ということを考えるとがんを直接に殺傷するのではなく、自分自身が持っているがんを排除する免疫力を再活性化するという作用機序から考えて納得のいくことです。

また、FDAは昨年NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がんについて、やはりがん種関係なくNTRK阻害剤であるラロトレクチニブ(Larotrectinib)を承認しました。 NTRK融合遺伝子とは固形腫瘍の数%程度に発現している異常な融合遺伝子であり、腫瘍の増殖シグナルに関与していることがわかっていいます。 NTRK阻害剤であるラロトレクチニブを使用した3つの臨床試験のNTRK融合遺伝子陽性の55人の患者さんでは、奏効率(ORR)は75%、6か月以上奏功期間を示すものは73%であったと報告されております。 12種類の固形腫瘍のうち8種類で奏功したと報告されており、2018年FDAは世界で2番目に、ラロトレクチニブをがん種関係なく、NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形腫瘍に使用することを承認しました。

ASCO後本邦では、別のNTRK阻害剤であるエヌトレクチニブ(ロズリートレク)が承認され、現在NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がんにがん種関係なく使用可能となっております(図1)。


これらはまさしく、最近わが国でもよく言われているプレシジョンメディスン(精緻な医療)の考え方です。 例えば、がんにある物質やある遺伝子異常(ここではAとします)があると臓器に関係なくある抗がん剤(ここではA’とします)が奏功する可能性があるということで、 肺がんの薬としてあるいは乳がんの薬として使用するのではなく、Aを持っている腫瘍であり、A‘が奏功するという考えです。 一見、たいへんよさそうに思えますが、実際のところ臨床効果が十分でなく、うまくいかなかった事例も多くあります。 図1にありますように、米国では1998年にHER2陽性乳がんに抗HER2抗体薬であるハーセプチンが承認されました。 そこで、HER2高発現の他のがん種でも治療薬として期待されましたが、現実には12年後に胃がんでその効果が証明されたのみで、大腸がんや肺がんでは有用でないとの臨床試験の結果でした。 がんの種類によってAのもつ役割や重要性(度)が異なるためであると考えられております。 このようにプレシジョンメディスンは万能ではなく、たとえ標的物質や遺伝子異常などが見つかったとしてもそれに対応する抗がん剤がまだまだ充足されていないというのが現状です。

最後に、分子標的薬は確かに強力な抗腫瘍効果はあり、短期的に見ればよく効くといえるものの、長期間みると必ず効かなくなります。 がん薬物療法の究極の目的が、「がんの完治」であるのであれば、その力はカンガルーテールを生み出す「がん免疫療法」であると考えます。


角田 卓也(つのだ たくや)

1987年和歌山県立医科大学卒業後、同大学第二外科助教を経て2000年東京大学医科学研究所付属病院外科講師。 同院准教授を経て2006年ワクチンサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2010年オンコセラピーサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2015年メルクセローノ株式会社、MA Oncology部長を経て2016年昭和大学臨床薬理研究所臨床免疫腫瘍学講座・教授、 2018年昭和大学医学部内科学部門腫瘍内科学部門・主任教授、昭和大学病院腫瘍センター長
1992-1995年City of Hope National Cancer Institute (Los Angeles)留学、同講師就任
医学博士(テーマ:腫瘍浸潤リンパ球の基礎的・臨床的研究)
Copyright © Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.