市民のためのがん治療の会
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『乳がんに対する全乳房切除術と乳房再建』


滋賀県立総合病院 放射線治療部長
山内 智香子
やんごとなきお方の乳がん手術もあってか、このところ乳がんへの関心が高まっているようです。 10月は乳がん月間ということで例年この時期には乳がん関連のご寄稿をお願いしていますが、 今年は滋賀県立総合病院放射線治療部長の山内智香子先生にご寄稿いただきました。
ところがインプラントを留置している患者さんに、 リンパ腫(BIA-ALCL:ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)という悪性腫瘍が発生するという大問題が起き、 残念ながらわが国でもお一人の患者さんで発生したそうです。
切除された方が整容性を確保するために乳房再建を希望される方も多く、保険適用されたこともあり、 最近は乳房再建も増えているようですから、大変です。 どうぞこの情報をご参考になさってください。
なお、本稿は山内先生が当会ニュースレターNo.64にご寄稿いただいたものを、先生のご許可を得て「がん医療の今」にも掲載させていただきました。
(會田 昭一郎)

乳がんに対する手術と放射線療法の変遷

はじめに

‘乳がん’は日本女性が罹る‘がん’のうち、最も罹患率の高いものです。 乳がんの治療は、他のがんと比較しても、手術・薬物療法・放射線療法の組み合わせが非常に重要で、 また、乳がんに対する放射線療法は、様々な場面で有効な治療法であることがよく知られています。 今回、乳房の手術後に行われる放射線療法のなかでも、近年再び増加してきている乳房全切除術と放射線療法の関係について解説し、さらに乳房再建についても情報提供したいと思います。

乳がんの手術

乳がんに対する手術は1980年頃まで乳房と一緒に胸部の筋肉(胸筋)も切除され、腋窩(わき)のリンパ節も大きく切除されていました。 手術された胸壁は肋骨が浮いて見えるような状態で、リンパ浮腫も高頻度に起こり、整容性(見た目のよさ)にも機能性にもよくない状態でした。 その後、胸筋を残す手術が主流になり、その後は小さい腫瘍に対して乳房のがんとその周囲のみ切除する乳房温存手術も行われるようになりました。 また、腋窩の手術も、手術前にリンパ節転移がないと判断されるような場合には、センチネルリンパ節(乳房内から乳がん細胞が最初にたどり着くリンパ節)生検が行われ, 転移のない場合には広い範囲で切除する(腋窩郭清:えきかかくせい)ことを避けます。 これによってその後のリンパ浮腫や可動制限などの合併症は非常に少なくなりました。

乳房温存手術は1990年頃より急速に普及し、2010年頃には手術の約6割を占めていましたが近年ではやや減少してきています。 その理由の1つには乳房再建手術の進歩があります。 乳房を全切除した後に、ご自身の筋肉や脂肪を用いて乳房を再建したり、人工物を挿入したりする手術が普及してきています。

手術の種類と放射線療法

乳房温存手術後には残っている乳房の再発を防ぐために放射線療法を行うことが標準治療です。 乳房温存手術を受けた患者さんではほぼ全例に行われます。 浸潤性乳癌では乳房内の再発を約1/3に減らし、生存率も向上させることが知られています。 非浸潤癌でも乳房内の再発を1/2に減らします。

乳房全切除術後の場合でも再発リスクが高い患者さんでは放射線療法を行います。 乳房の腫瘍が5cmを超える場合や腋窩リンパ節転移があった患者さん(特に4個以上)で行われます。 その場合には胸壁と鎖骨上リンパ節(首の付け根)にも放射線を照射します。

乳房再建と放射線療法

前述のように、乳房再建術にはご自身のからだの一部(自家組織:じかそしき)を用いた再建法と人工物(インプラント)を用いた手術があります。 自家組織再建の主流は腹部の脂肪と皮膚を乳房へ移植する方法と背中にある広背筋という筋肉を移動させる方法が主流です。 インプラントによる再建では、はじめにエキスパンダーという皮膚を伸ばす袋を胸の筋肉の下に入れます。 数ヶ月間かけて皮膚を伸ばした後、インプラントに入れ替えます。

乳房再建術が普及し始めた頃は、放射線療法と乳房再建術の併用は行うべきでないと考えられていました。 再建乳房に放射線を照射することによって重篤な合併症が起こる頻度が高く、最悪再建した乳房を再手術で失うこともありました。 ですので、手術前に術後の放射線療法が必要と考えられる少し進行した患者さんや、手術をしてみて進行しているとわかった患者さんは、 乳房再建術を諦めるか放射線療法を行わず再発のリスクを抱えながら過ごすかという選択を迫られることがありました。 また、再建していない胸壁に放射線療法を受けた患者さんは、その後に乳房再建を希望しても諦めていました。

その後、手術・放射線療法の技術進歩により、必ずしも再建乳房への放射線療法は避けなくてもよいということがわかってきました。 放射線照射を行うことで、今なお合併症は少し多くなりますが、安全性は徐々に改善してきています。 特に自家組織再建では再建乳房の合併症があまり増えないことがわかってきました。 また、一旦胸壁に放射線治療を受けた患者さんであっても、自家組織再建であれば比較的安全に行えるようになっています。 このように、‘乳房も完治も諦めない’時代になってきたことを喜ばしく思っていました。

人工乳房再建に生じている大問題

このように、乳がん患者さんにとっては喜ばしい時代になってきたと思っていたところにバッドニュースが飛び込んできました。 長期間、インプラントを留置している患者さんに、リンパ腫(BIA-ALCL:ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)という悪性腫瘍が発生することがわかり、残念ながらわが国でもお一人の患者さんで発生しました。 多くの場合インプラント留置から一定期間(平均9年間)経てから発症することがわかっています。 どんなインプラントにも発症するわけではなく、テクスチャードタイプという表面が少しざらざらしたものに起こり、表面がつるつるしたスムースタイプには起こりません。 残念なことに、わが国で保険診療として使用できるのは1社(アラガン社)しかなく、テクスチャードタイプでした。 現在、自主回収と製造中止となり、スムースタイプの製造再開が予定されています。 スムースタイプを用いるとリンパ腫の発症リスクは低くなりますが、破損やその他の合併症は増えることがわかっています。 現在、関係学会が他種インプラントの保険診療内使用認可に向けて努力していますがメーカーや時期は未定です。

詳細をお知りになりたい方は日本乳癌学会・日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会のホームページにて患者さん向けの説明やQ&Aを掲載していますので参考にされて下さい。

一日でも早く、わが国でインプラントによる安全な乳房再建が保険診療で再開できるように願うばかりです。

がんの情報について

がんの予防や検診、診断や治療など、ご自身でも情報収集することは大切です。 一方、正しい情報を効率的に収集することは難しい場合もあります。 最近は何でもインターネットで調べることが可能ですが、玉石混交で必ずしも正しいとは限りません。 信頼できる情報源をあたることが大切です。 国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービスのホームページ(「ganjoho.jp」で検索)や各種がんや生活などに関する小冊子の利用をお勧めします。 また、乳がんに関しては日本乳癌学会編、患者さんのための乳がん診療ガイドラインが役立ちます。 また、困ったことやわからないことがあれば、各都道府県で指定されている「がん診療連携拠点病院」に必ず設置されている「がん相談支援窓口」を利用されることをお勧めします。 その病院にかかっていなくても利用でき、電話やメールでも相談できることがほとんどです。 患者さんやご家族だけで悩まずに、利用してみてください。

おわりに

乳がんの手術と放射線治療について、概説させていただきましたが紙面スペースや著作権などの問題から図示は行っておりません。 さらに詳細についてお知りになりたい方は、本年7月に改訂されました日本乳癌学会編‘患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版(金原出版)’をご覧になってください。 なお、日本乳癌学会のホームページでは旧版(2016年版)であればどなたでも無料で閲覧可能です。 また、ご質問などありましたら、お気軽に筆者までご連絡下さい。



山内 智香子(やまぐち ちかこ)

1993年三重大学医学部卒業後、京都大学医学部附属病院放射線・核医学科に入局。滋賀県立成人病センター、京都大学医学部大学院、京都大学医学部附属病院助教を経て2009年より滋賀県立成人病センター放射線治療科科長。2013年から同センター放射線治療部長兼務。
日本医学放射線学会 放射線治療専門医・指導医・代議員、日本乳癌学会 乳腺専門医・指導医・評議員、乳癌診療ガイドライン委員会委員 (放射線療法小委員会委員長)
京都大学医学部臨床教授、日本がん治療認定医・指導医
滋賀県がん診療連携協議会相談支援部会部会長、診療支援部会部会員
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