市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
急増する前立腺がんに威力を発揮するIMRT
よく理解して、上手に利用するには
【前立腺がんに対する強度変調放射線治療】

京都大学医学部附属病院 放射線治療科
溝脇 尚志

 本日は前立腺がんに対する]線外部照射の最新技術をご紹介します。]線外部照射は最も一般的な放射線治療方法で、体の外から]線を照射する治療法です。前立腺がんに対する]線外部照射は広く普及しており、最大の利点は治療を受ける側の負担が極めて小さいことです。手術や小線源治療で必須となる麻酔や切開/穿刺等は必要なく、基本的に治療台の上に寝ているだけで終了します。逆にデメリットは、総治療期間が約2ヶ月間と長いことです。1回の治療は15分程度なのですが、1日1回、週5日で合計35〜39回程度(7週間〜8週間)の治療が必要です。副作用も重篤なものは少なく、最も問題となる直腸出血の頻度も加療を要するものは10%程度であり、出血したとしても「痛くない痔」の状態でほとんどの方が日常生活に影響がない状態で経過します。また、手術で多く見られる尿失禁や小線源治療で比較的頻度の高い排尿困難等の尿路症状は一般的に軽微です。

 さて、最新の]線外部照射法が強度変調放射線治療(Intensity-modulated radiation therapy:IMRT)です。IMRTは、コンピュータ技術を放射線治療分野に応用することによって、旧来の照射法では実現できなかった腫瘍への放射線集中と腫瘍周囲の正常臓器の保護を可能とする最新の照射技術です。IMRTの技術的詳細につきましては京都大学放射線治療科のホームページ(http://radiotherapy.kuhp.kyoto-u.ac.jp)をご参照下さい。IMRTは、2008年4月より原発性の前立腺腫瘍、頭頸部腫瘍、中枢神経系腫瘍に対して健康保険が適用され普及が進んでおります。中でも前立腺がんは、現時点でIMRTのメリットが臨床上最も明らかにされているがんであり、IMRTの非常に良い適応であります。

 ここで一つ重要なことは、IMRTは]線照射技術の一つであり、使用される]線そのものはIMRT以前の放射線治療に使われるものと同じものです。従いまして、IMRTそのものは治療結果を保障するものではありません。前立腺周囲のどの範囲までどの程度の放射線を照射し、放射線に弱い直腸や膀胱の線量をどの程度まで抑えるかということ(=治療計画)が治癒率や副作用の頻度を左右します。これは、外科手術に置き換えると容易に理解していただけると思います。すなわち、メスのブランド(=照射方法)より誰がどのような手術を行うか(=治療計画内容)がより重要であるということです。もちろん、特殊な良い道具を用いないとできない手術もあるのと同様に、通常の照射法での治療が難しい場合でもIMRTをうまく活用するとより良い治療が可能となります。

 前立腺がんにおいては、従来の外部照射法である三次元原体照射( 3D-CRT)の治療成績は既に良好です。京都大学における3D-CRTでは、平均観察期間約6年で、手術や小線源治療の適応となる限局性がん(がんが前立腺内にとどまる状態)の方の約80%は再発なく経過しており前立腺全摘術や小線源治療と同等の治療成績です。また、手術での根治が難しい前立腺外へ進展する局所進行がんの方でも約60%の方が無再発です。

 前立腺がんは、3D-CRTのノウハウの蓄積が豊富な施設が比較的多く、IMRTの治療計画に3D-CRTの経験の応用が可能であるため、IMRTを始める施設にとって取り組みやすい領域です。京都大学では、IMRTに移行することにより、被膜外浸潤を伴う進行例中心に治療成績の改善が見られており、逆に直腸出血頻度は半減しています。現時点でのIMRTの治療成績は報告されている粒子線治療成績と比較しても勝るとも劣らないものです。

以上のごとく、前立腺がん治療におけるIMRTは、限局性前立腺がんから局所進行前立腺がんまで幅広く守備範囲に含め、最小の負担で良好な治療結果が期待できる優れた治療法です。特に、時間の余裕は比較的あるが、メスを入れられたり針を刺されるようなお体に負担のある治療は避けたいと考えられる方にぴったりの選択肢であると思います。


そこが聞きたい
Q平成15年(2003年)11月に日本放射線腫瘍学会の学術大会の最後を飾る市民公開講座が行われ、その時の大会長の山下先生(「市民のためのがん治療の会」創立委員、前・癌研有明病院副院長)のお考えで「がんは放射線でここまで治る」というシムポジウムが行われました。これは私たちが企画したもので、その中で溝脇先生にもご出壇いただき、当時、IMRTの治療がはじまったばかりでしたでしょうか、実際にIMRTで治療された方の体験談を受けてそのお話をしていただきました。そうしましたら先生が壇上から降りられた途端に溝脇先生がたくさんの患者さんたちに取り囲まれたのを今でもはっきり覚えております。

A 当時、わが国においてIMRTを日常臨床で行っていた施設はきわめて少なかったために、多数の方にご質問をいただいたのだと思います。

Qそのシムポジウムをまとめたのが「がんは放射線でここまで治る」という当会発行の本にまとまり、溝脇先生にもご執筆いただきました。その節はありがとうございました。(「がんは放射線でここまで治る」(送料共1,000円)はこのホームページの「推薦図書一覧」をご覧ください) IMRTの体験者の方にもご執筆いただきましたが今もお元気で、第一線でご活躍でなによりですね。

A 京都大学では、現在までに3D-CRT/IMRTで約900名(内IMRTは約500名)の前立腺がんの患者さんを加療させていただきましたが、多くの方がお元気に過ごされておられます。特に、手術可能な限局性がん(B期)の患者様の大多数は、5年以上の長期にわたって無再発で経過されておられます。

Qあれからもう7,8年になりますので、保険にも収載され、ずいぶん普及してきたようですね。

A 現在では、健康保険適応にもなり急速に普及しはじめておりまして、より多くの患者さんに治療を受けていただけるようになりました。ただ、わが国における放射線治療に携わる医師、物理士や技師の数は未だ少なく、更なる普及には人材の育成が急務となっております。

Q非常に優れた治療システムですが、当初は、その分IMRT以外のシステムと比較して、治療計画、線量計算、実際の運用等々に医師をはじめ医学物理士、線量計算担当など、専門的には分かりませんが、かなり高度の知識・技能等をお持ちの専門家を必要とすると言われておりましたが、そういう面でもノウハウの蓄積やその後の研究等などで改善されたのでしょうか。

A 本文でも触れましたが、前立腺がんに対する外部照射における経験の蓄積が適切な治療計画の立案に必須です。その上に、IMRT特有のノウハウが必要となります。IMRTの治療計画プログラムは年々改良され、現在では京都大学での前立腺IMRTの治療計画立案に要する時間は、1件当たり1−2時間程度まで短縮されました。2000年にIMRTを立ち上げた当初は毎週土・日をつぶして1件の治療計画を行っていたことがうそのようです。しかしながら、専門知識を有する人材(医師・物理士・技師)ままだまだ不足しており、IMRTの更なる普及の一助として、京都大学での経験を伝えるべく定期的なワークショップの開催などの努力を続けております。

Q先生もおっしゃる通り、IMRTの治療の辛い点は、治療期間が長いことです。患者の立場からすると、治療する間の通院は大きな問題です。大都市ならまだしも、過疎地などでは大変です。東京だって私は東京の西の方に住んでおりますが、たとえば都心に2カ月ぐらい通うということになると結構大変で、命にかかわることだから我慢せい、とも言えません。私はこういうことのために、簡易な安い宿泊施設なども必要ではないかと思っておりまして、患者会の活動の一つではないかと思っております。がん難民といわれますが、病院間の格差是正だけでなく、治療に通えないというのも大きな問題なんです。

A ご指摘のように、前立腺がんに対するIMRTを含む外部照射は通常一回2Gy程度の標準分割法で行われております。このため、治療に約2ヶ月を要しますのでお忙しい方にとっては時間の確保が難しいのは事実です。このため、最近では1回線量を2.5Gy〜3Gyにする試みがなされており中期の成績が報告され始めています。さらに、小線源治療に対抗して5回/1週間に短縮する試みもあります。しかしながら、前立腺がんの場合、出血などの尿路系の合併症は治療後5年以上経って発生することもまれではなく、これらの短期の照射が安全であるかは、10年程度経過を追わないと本当のところはわかりません。一方、2Gyの標準分割法の歴史は長く信頼できるデータの蓄積がありますので、現時点では多くの施設がこの方法を取っております。将来的に短期照射法の安全性と有効性が証明されれば標準療法となる可能性がありますが、現時点では試験的要素がある方法です。
一方で、よく言われますように、癌の治療は初回にベストな治療を行うことが最も重要で、やり直し(再治療)が行える場合は極めて少ないのが現実です。がん治療は命にかかわる選択ですので、納得できる治療を選んで治療に必要な時間を確保いただくことが大切と思います。幸いわが国では遠方の方は入院治療も可能であり、京都大学にも九州、関東、東北など近畿圏以外からの患者さんも入院で加療を受けられておられます。
とは言ってもどうしてもご家庭やお仕事の関係で2ヶ月も通院や入院ができない方もおられると思います。早期の前立腺がんは、外部照射以外にも手術療法や小線源療法でも同様の治療成績が期待できます。治療期間や合併症でそれぞれ一長一短がありますが、特に時間的制約が大きい方には短期間で治療可能な小線源治療もお勧めできる治療方法です。

Qとにかく市民のためのがん治療の会の活動でも前立腺がんについてのご相談が極めて多く、間もなく男性がんの1位になるというのも実感できますが、IMRTというとまず前立腺がんが思い浮かびます。が、それだけでなく、頭頸部腫瘍、中枢神経系腫瘍に対しても健康保険に収載され普及が進んでいるとのことですが、IMRTの優れた特性を生かしてもっと多くの例えば体幹部などのがんに対する治療が進み、健康保険に収載されることが望まれますね。

A IMRTは現在保険適応の前立腺腫瘍、頭頸部腫瘍、中枢神経系腫瘍にはもちろん有用ですが、さらに他の多くの部位、たとえば膵臓、子宮、脊椎などで有用性が報告されています。適応拡大のための更なるエビデンスを蓄積する努力が全世界で日々続けられており、わが国においても近い将来の適応拡大が望まれます。

Qところで患者は常になにか現状をブレイク・スルーすることはできないかと思っておりますので、たとえば化学放射線療法の有効性がいわれますがIMRTと抗がん剤との併用による治療などを含め、今後どのような進歩が考えられるのでしょうか。

A 放射線の効果を高める働きのある抗がん剤を放射線治療に併用する方法は、頭頸部がんや局所進行肺がん・食道がん、子宮頸がん等で有効性が証明され広く行われています。この抗がん剤を併用する化学放射線療法はがんに対する効果も高い反面、放射線の副作用が放射線治療単独の場合と比較して強く出てしまうことが問題です。IMRTは正常部分への放射線量を大きく抑えることが可能であり、化学放射線療法で問題であった副作用を大きく軽減可能です。この結果、より十分な治療をより安全に受けていただけることが期待できます。 また、IMRTの放射線をいろいろな場所へさまざまな強度で照射できる特徴を生かして、最新の画像診断技術でとらえた主な腫瘍部位や放射線抵抗性部位により多くの放射線を集中して効率良く安全な治療を行うことが研究されています。 また、IMRTの弱点を克服する試みも進んでいます。IMRTでは、時間差で異なる方向から異なる強度で照射された放射線を合算することによって治療計画どおりの線量分布を実現していることから、肺などの動く部位を治療すると計画通りの分布にならないことが弱点です。京都大学では、動く腫瘍を連続的に追尾しながら照射することによりIMRTの弱点を克服できる新しい放射線治療装置を共同開発中です。

Q患者が優れた治療法であるIMRTの治療を選択して、治療を受けたいと考えた場合に、調査によるとがん地域連携拠点病院でのIMRT設置率はあまり高くないようですが、どこに行けば治療が受けられるかなどの情報は、どこかのホームページなどで分かりますか。

A 先にも述べましたが、IMRT実施に向けての大きなハードルは人の問題です。現在市販されている放射線治療システムの多くは、ハード的にはIMRTに対応していますが、IMRTの施設基準として、放射線治療を専ら担当する常勤医師が2名以上、放射線治療における機器の精度管理、照射計画の検証、照射計画補助作業等を専ら担当する者などが必要条件で医師の経験年数も問われています。この基準は、日本放射線腫瘍学会認定放射線治療施設のうち「認定施設」と「準認定施設A」が満たしており、IMRTを施行している可能性が高いと考えられます。日本放射線腫瘍学会認定放射線治療施設の一覧は、日本放射線腫瘍学会ホームページ(http://www.jastro.jp/)に掲載されております。



略歴
溝脇 尚志(みぞわき たかし)
平成1年3月京都大学医学部卒業、同6月京都大学医学部附属病院医員(研修医)、 平成2年6月田附興風会北野病院放射線科医員、平成5年4月京都大学大学院医学研究科腫瘍放射線科学大学院生、平成9年4月天理よろづ相談所病院放射線部医員 、平成11年6月京都大学医学部附属病院放射線科助手、平成13年1月スローンケタリング記念がんセンター医学物理学教室客員研究員、平成14年7月から京都大学医学部附属病院放射線科助手、平成16年12月から京都大学大学院医学研究科放射線腫瘍学・画像応用治療学講師で現在に至る

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