市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
常にブレイク・スルーを求める患者たちにとって、最先端放射線治療とは
『最先端放射線治療とがん治療』
北海道大学大学院医学研究科 放射線医学分野
白土博樹
  たとえば、肛門がんに対する化学放射線治療は、今では手術より優れた治療法であること、同疾患の第一選択であることがよく知られていますが、15年ほど前は、日本ではまだあまり知られていませんでした。ある女性の患者さんが北大病院に紹介されてきた時、私が研修をしてきたイギリスでこの治療法がすでに一般的でしたので、是非、同治療を受けられるようにお話しましたが、迷った末に、「やはり手術をしたい」という決断を外来看護師に伝えてきました。私は、あきらめきれず、ご自宅まで電話をして説得したところ、化学放射線治療を選択されました。当時は、まわりのスタッフも疑心暗鬼で、私の強引な態度に辟易しておりましたが、患者さんは今も外来に元気に通われており、その方の話題になると、みんな「あれで化学放射線治療の威力がわかった」と言ってくれます。

 普通は、上の例のように「エビデンスがあるのはこちらの治療方法です」というほうが、医師も患者さんも納得して治療が受けられることが多いので、まず、よく世界的な情報を把握したうえで、標準治療を選択することを、私は患者さんにお勧めしております。逆に言いますと、今日の話題である「最先端放射線医療」に関しては、最先端なだけにエビデンスが少ない、熟していない治療法である場合もあり、「最先端だから良い」という思い込みをすると無理をした治療を受けるという危険性をはらんでいます。一方で、医療側と患者側が、最先端医療にチャレンジすることで、医療が少しずつ進歩してきたのも、まぎれもない事実です。

 18年ほど前に、3歳くらいの男の子の目の腫瘍(網膜芽細胞腫)が紹介されてきました。従来の照射方法だと10年以上たってから眼窩(目のまわり)の骨格の発育障害が起きることが必須でしたが、それを避けるために骨への線量を下げようと思い、30日間の治療日毎、患側の網膜を中心に、患者台の角度を10度づつ変えて照射する方法を使ったことがあります。数日間治療計画に関して技師さんと激論を交わした後、患児を毎回小児科医と看護師が寝かせ、眠った瞬間を狙って技師が素早く位置合わせをして、小さく絞ったビームを腫瘍だけに照射しました。この子には、その後、外来で時々診察しておりますが、二十歳を過ぎた今でも、目の周囲の骨格はまったく正常で、会うたびに、小生は心の中でガッツポーズをしております。ただ、ご本人は、特にイケメンになったわけではないので、そんなにうれしいようではありません。また、20年前に同じく大学病院にいたスタッフの方はかなり減っており、まわりは私ほどには大きく感動してくれず、「また、あの自慢話か・・・」という目で私を見ているような気もします。

 この子への治療法は、今では、専門医とスタッフさえいれば、いろいろな施設で可能だと思いますが、当時はかなりの勇気と、周到な準備と、ご家族との信頼関係が必要でした。今であれば、臨床試験のガイドラインがしっかりしており、アイデアを病院の倫理委員会にかけて承認を待つまでに1か月は必要です。医師がふと思いついたアイデアを患者さんに試すというリスクが減ったのは良いことなのですが、医師が自分で考えた治療法を実際の医療に繋げるためのチャレンジ精神を生かすことのハードルは、かなり高くなっております。

 実は、最近は、最先端放射線治療へのチャレンジは、患者さんのほうが積極的な場合が多いように思います。これは、手術に比べて、放射線治療のほうが低侵襲である(安全である)、ということが知られるようになってきたからだと思います。たとえば、脳に近いところにできる聴神経鞘腫や頭蓋底髄膜腫では手術が難しい場合も多く、術後の顔面神経麻痺などの頻度も高かったのですが、かつては手術なしに放射線をかけることはありませんでした。しかし、患者さんはどんどんインターネットなどでこれらの腫瘍に対する画像診断の進歩と、手術なしでの放射線治療(定位放射線治療)の圧倒的な安全性を知り、病院を自分から選ぶようになっていき、結果として定位放射線治療が一番選ばれるようになりました。また、検診などで発見される機会が増えた早期の肺がんに関しては、一般的には手術が第一選択ですが、体幹部定位放射線治療という方法で手術に劣らぬ治癒率が発表されつつあり、しかも副作用が少ないために、お年寄りの方には手術よりも放射線治療を勧める内科医が増えてきました。いままで直腸からの出血の副作用があった前立腺がんや、唾液腺障害が多かった頭頸部がんに関しても、最先端放射線治療である強度変調放射線治療(IMRT)が保険適応となり、安全性が増して、治療患者数が増えつつあります。さらに、まだ高度医療ながら、最先端の陽子線治療や炭素線治療の患者さんも増えています。インフォームド・コンセントが必須の現在では、手術の選択肢のあることを、かならず患者さんにお伝えしているはずなので、最先端医療の情報をご自分で把握した上で、チャレンジを惜しまない患者さんが増えているのが、現在のがん治療の姿ではないかと思います。

 ただし、いうまでもなく、“最先端放射線治療”というのは、99%の“標準的治療”の上にあって、はじめて1%の正しい役割を果たせるものがほとんどですし、高価な治療法も多いです。挑戦的なあまり、“最先端装置=すべてにおいて最高”という誤解しないように、よく考える必要があります。いわば、優れたハイブリット自動車は、本質的にはハンドルやブレーキやタイヤなどの性能が重要で、そのうえで燃費が良い場合にはお勧めの車になりますが、燃費が良いだけで他の性能に欠陥があればお勧めできないわけです。我々のような大学の教官は、1%の向上のために100%の努力をし、99%の基本部分の教育のためにさらに100%の努力をする・・・という理想像を胸に秘めておりますが、なかなか両立は難しく、自分の不甲斐なさに背中が丸まってしまう今日この頃です。
略歴
白土 博樹(しらと ひろき)

昭和56年、北海道大学医学部卒業、平成1〜5年、帯広厚生病院、昭和61〜62年 カナダ バンクーバー ブリチッシュコロンビア大、昭和62〜63年 英国クリステイー病院(マンチェスター)、平成18年 北海道大学大学院医学研究科放射線医学分野教授


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