市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
病院ランキング本のランキング本が必要?
『たとえ事実でも医療機関のHPに記載できないこと
〜生存率の公開は本当に国民・患者に正しい情報を与えることとなるのか?』

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田智裕
医療サービスの受け手である患者=消費者には、医療機関を選ぶ権利(ケネディ大統領の「選ぶ権利、The Right to choose」)がある。
が、せっかく集計された医療機関別の5年生存率情報も、本来国民のために生かされるべきなのに、十分な活用にはほど遠いようだ。
その上、こうした医療機関別の様々なランキングについては、大きな問題点があるようだ。 そこで今回、多田智裕先生のご意見を転載させていただいた。

このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35101
に掲載されたものを医療ガバナンス学会発行「医療ガバナンスNEWS2011年11月22日」に転載され、これに編集子が多田先生にお伺いしたQ&Aを付け加えたものです。

転載をご快諾いただきました多田先生並びに医療ガバナンス学会に、御礼申し上げます。 (會田昭一郎)
10月23日、「全国がん(成人病)センター協議会」は胃、肺、大腸、乳、子宮頸(けい)の5部位の癌について、 病院別の5年生存率を公表しました。
http://www.gunma-cc.jp/sarukihan/seizonritu/shisetsubetsu.html

受診する病院によって生存率が異なることが明らかになり、一部メディアでは「病院間で生存率に最大33%(肺がんの場合)差がある」との見出しで報道されました。
公表されたデータの解釈は後ほど触れますが、リンク先をチェックしていただくと、違和感を感じることがいくつかあります。まず、情報を閲覧する前 に「Q&A」および「データについてのコメント」を読んで、同意ボタンをクリックしないと情報ページにアクセスできないのです。
さらには、膨大な労力を払って集計されたデータにもかかわらす、各病院のホームページからこのデータにアクセスするリンクが張られていません。
データに詳細な注釈が付いていること、そして病院ホームページからこのデータにリンクが張られていないことの理由は何でしょうか。

おそらく大きな理由の1つは、9月28日に厚生労働省が公表した「医療機関のホームページに関するガイドライン」にあるのではないかと思われます。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002kr43-att/2r9852000002kr5t.pdf

そこには、「他との比較等により自らの優良性を示そうとする事項」は「仮に事実であったとしても優良性について国民・患者を誤認させ、不当に誘引するおそれがあるものでありホームページに掲載すべきでない」と明記されているのです。


●医療機関のホームページは過大広告や虚偽記載があふれている
現在の日本では、病院担当医の顔写真や経歴、診療実績などをネットで検索して自分で病院や担当医を選ぶのが当たり前の時代です。でも、実は医療機関のホームページは医療法規制の対象になっていません。そのため、ある意味、過大広告や虚偽記載があふれているのが実情です。一例として一番注目されることが多い、診療実績(どれだけ手術や検査を行っているか)の記載を見てみましょう。
多くの病院は手術件数を直近1年間の数値で記載しています。しかし、これを3年間分の件数で記載して、手術件数を多く見えるようにしている施設もあります。
検査件数については、診療所レベルだと2〜3倍に水増しして掲載している施設も見受けられます。困ったことに、新聞や雑誌などの「病院ランキング」では、アンケート用紙を各医療機関にファックスして、返答のあった件数をそのまま記載しているので、それが「○○新聞に掲載されました」とさらに正当化されてしまっていたりもします。
そのため、ホームページガイドラインが必要であることは間違いありません。でも、その内容は、あくまで「過大広告や虚偽記載をしてはならない」という一言に尽きると思います。具体的には、「実績を記載する際には直近の1年間の件数で記載するように」とか「実績はレセプト(診療報酬請求書)データに基づいた件数を記載すること」といったことを指導するガイドラインであるべきでしょう。
今回公表されたガイドラインには、「内容が虚偽にわたる、又は客観的事実であることが証明できないもの」はホームページに掲載すべきではないと記されていますが、診療実績については触れられていません。
その代わり、ガイドラインは、たとえ事実であっても「○○の治療では、日本有数の実績を有する病院です」と記載してはならないことを記しています。
私は、そういうガイドラインになるとは思っていませんでした。これでは、年間10件しか手術を行っていない病院と、年間400件も手術をやっている病院を、表面上は同じ宣伝文句になるように指導しているのと同じことです。


●実際には施設間の生存率の差はほとんどない
医療情報を公開することには、医療従事者側からも根強い批判があります。冒頭の癌の生存率公開に関しても、「生存率の差で病院の優劣を判断するのは誤解を生むだけ」との意見もあります。
確かに、早期癌の患者を多く手術すれば(そして進行癌の患者を断れば)、病院の実力とは関係なく施設の生存率は上がります。
実際のデータを見てみましょう。大腸がんの5年生存率は埼玉県立がんセンターが70%なのに対して、癌研有明病院は77%と7ポイントの差があります。
でも、ステージ別(がんの進行度合いを1〜4のステージで分類し、数字が大きいほど癌が進行していることを示す)で分類したデータを比較すると、 ステージ3では埼玉県立がんセンターが生存率80%なのに対し、癌研有明病院が63%となっています。むしろ、埼玉県立がんセンターの方が成績は良いのです。
つまり、全体の生存率の差は、単純に進行癌が多いか、早期がんが多いかによるものであり、数字は病院の実力差を反映してはいないということになります。
マスコミでは最大33%もの生存率の差が存在するかのように報道されましたが、今回生存率のデータが公表された病院は、ほぼ全てががん専門病院であることもあり、病院間の差はあまりないと解釈して良いと思います。
データにアクセスする前にQ&Aやコメントを読むように求めていたのは、このような理由があったのです。


●情報公開こそが医療費削減に寄与する
診療実績についても、単純に手術件数だけでランキングをつけると、病院の実力とは似ても似つかぬランキングになってしまう可能性はあります。
手術件数が多い施設は、症例数を稼ぐために、本来手術が必要ではない人たちに手術を勧めているだけかもしれません。
私が専門で行っている消化器内視鏡件数に関して言うと、本来は毎年受ける必要がない人たちに対しても「毎年受けましょう」という趣旨の手紙などを出して毎年受けるように熱心に指導している施設が、実際の実力よりも内視鏡件数が多い印象はあります。業界の実情を知っている医療関係者は、これらの事実を加味した上での手術・診療実績の評価が可能ですが、一般の方が判断することは極めて困難でしょう。
医療情報の公開が「患者のためにならない」と反対している人たちは、「情報が誤って解釈されるから公開すべきでない」と言っているのです。厚労省のガイドラインも、この意見を基に、「仮に事実であったとしても(中略)ホームページに掲載すべきでない」とのガイドラインをまとめたと思われます。
しかし、誤解を恐れるあまり情報が公開されなくなってしまっては、一般の方は選択権を完全に失うことになってしまいます。
情報の解釈の仕方の解説を加えた上で、積極的に情報を公開していくことこそが、競争と相互チェックを促すのだと思います。監査を厳しくするよりも、ずっと効率的に無駄な医療費削減と質の向上に寄与するのではないでしょうか。


そこが聞きたい
Qメディア、特に全国的な大手の新聞、テレビなどでの報道は、消費者(患者も医療サービスの消費者です)の医療機関選択に大きな影響を与えます。「病院間で生存率に最大33%(肺がんの場合)差がある」などと言われると、それだけで生存率の高い医療機関を選択したくなります。

A 本文中にも書きましたが、今回はがんセンター同士での生存率の比較ですので、実際問題として「(症例の偏りを補正すれば)ほとんど差は存在しなかった」というのが正しい解釈です。それでもマスメディアはセンセーショナルな“最大33%の格差”という見出しで報道するところに問題を感じます。

Q確かに優位性を強調して消費者を不当に誘引することを防止するために、色々な手続きを導入することも大事でしょうが。

A 優位性を主張するのがダメというのもおかしな話で、禁止するのではなく、比較広告のガイドラインを作る努力をするべきなのではと思います。

Q そういうことに神経を使っていながら「今どき病院担当医の顔写真や経歴、診療実績などをネットで検索して自分で病院や担当医を選ぶのが当たり前の時代なのに医療機関のホームページは医療法規制の対象になっていない。そのため、ある意味、過大広告や虚偽記載があふれているのが実情で、たとえば多くの病院は手術件数を直近1年間の数値で記載していても、これを3年間分の件数で記載して、手術件数を多く見えるようにしている施設もあります。検査件数については、診療所レベルだと2〜3倍に水増しして掲載している施設も見受けられます」などということを伺いますと、消費者は何を頼りに医療機関の選択をしたらいいのか分からなくなります。2年前の放射線治療に関する週刊朝日でのアンケート調査では、年間の新患数と実照射人数と照射回数などの数字を一緒にして回答された数字をそのままランキングするというでたらめなデータも紙面に載ったことがありました。

A データーを鵜呑みにするのではなく、本当に正しいのかどうか解釈する知識が求められるという事になるのかと思います。たった1人の医師で、外来も普通に行っている施設では、内視鏡年間1000件くらいが限度でしょう。 同じようなホームページを比較検討する事により、ある程度は見極める事が可能になる気が致します。

Q その上「新聞や雑誌などの「病院ランキング」では、アンケート用紙を各医療機関にファックスして、返答のあった件数をそのまま記載しているので、それが「○○新聞に掲載されました」とさらに正当化されてしまっていたりもします。」などということになるとますます消費者の医療機関選択が困難になります。
消費者問題では病院ランキングなどの情報を、商品比較テスト(自動車、パソコン、冷蔵庫など同一品種の同一レベルの商品を実際に使用して、その結果でランク付けをする)に対して、サービス比較テストと言っておりますが、こういう情報でランキング本を作っているとなると、「ランキング本のランキング本」つまりは、どのランキング本が信頼できるか、ランキング本のチェックも必要になってきますね。


A  新聞や雑誌の担当者も結局のところ医療の専門家でない人が、安易に郵便やファックスを一斉送信してデーターを集めて、検証しないで掲載しているのでこのような事態が起こります。医療の専門記者を育てる事が必要です。

Q 先生がおっしゃるように「過大広告や虚偽記載をしてはならない」という一言に尽きる。具体的には、「実績を記載する際には直近の1年間の件数で記載するように」とか「実績はレセプト(診療報酬請求書)データに基づいた件数を記載すること」といったことを指導するガイドラインであるべきでしょう。」というのは全くその通りだと思います。

A 現在紆余曲折がありましたが、レセプトオンライン化(電子化)が完了しています。これを活用して、医療機関ごとの手術件数や検査件数は社会保険組合/健康保険組合が公開すれば、保険診療分についてのデーターの嘘はなくなります。

Q 「診療実績についても、単純に手術件数だけでランキングをつけると、病院の実力とは似ても似つかぬランキングになってしまう可能性はあります。手術件数が多い施設は、症例数を稼ぐために、本来手術が必要ではない人たちに手術を勧めているだけかもしれません。」などと伺いますと特に医療機関が売り上げと実績作りのために必要ない手術を行っているなどは、犯罪ではないかとすら思います。 私は国立市の国民健康保険運営協議会の運営委員をしておりますが、今、赤字補てんのために国保税の引き上げなどについての諮問を受けて審議しております。無駄な手術などは医療費抑制の面からも大きな問題です。こういう必要ない医療行為もずいぶんあると思うと、暗澹たる気持ちになります。

A 胃内視鏡は原則年1回、大腸内視鏡はポリープのあった方以外は3年に1回などの、ガイドラインをもうける必要があります。しかし、ガイドラインを設定するための議論すら「必要な医療が行き渡らなくなる」とタブー視されているのが実情です。
(参考 「数%しか有効性のない医療はもうやめます」 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35340 )

Q 「消化器内視鏡件数に関して言うと、本来は毎年受ける必要がない人たちに対しても「毎年受けましょう」という趣旨の手紙などを出して毎年受けるように熱心に指導している施設が、実際の実力よりも内視鏡件数が多い印象はあります。業界の実情を知っている医療関係者は、これらの事実を加味した上での手術・診療実績の評価が可能ですが、一般の方が判断することは極めて困難でしょう。」というのも上記と同様、医療機関の経営上と実績作りに患者が犠牲にされ、健康保険財政を圧迫するという、ひどい現実ですね。

A 患者さんは“犠牲にされていると感じている方は皆無です。というよりも、逆に”お手紙をくれて検査を勧めてくれるなんてなんて親切な病院なのだろう!“と感謝して喜んでいる方がほとんどです。 医療を受ける側が”適正な医療“ではなく”濃厚な医療“を求めているという現実もあります。

Q 先生が「誤解を恐れるあまり情報が公開されなくなってしまっては、一般の方は選択権を完全に失うことになってしまいます。情報の解釈の仕方の解説を加えた上で、積極的に情報を公開していくことこそが、競争と相互チェックを促すのだと思います」とおっしゃるのはその通りです。 公正な選択は公正な情報公開と理解が前提でしょう。当会の創立のそもそもの理念も、「情報公開」です。

A 情報が『誤解を生むから』という理由で公開されないのであれば、議論は先に進みません。レセプトデーターから個人情報を除いた、手術件数や検査件数くらいは公開しても良いのではないでしょうか?是非、会としても健康保険組合に要求してみてくださればと思います。

Q こうした問題は優れて消費者問題として消費者庁などは先頭に立って取り組むべきですが、全く機能していません。
当会では西尾先生も先頭に立って「放射線治療の50Gy問題」
http://www.com-info.org/ima/ima_20100922_nishio.html
を何度も消費者庁担当大臣にアピールしましたがなしのつぶてです。もっと国は医療問題を消費者行政の中で取り上げるべきです。


A 色々な問題点や要望は、当事者以外には分からない部分が多々あると思います。積極的に情報発信していく事がまずは重要なのだと思います。

Q このたびは貴重なご提言を本当にありがとうございました。

A 情報公開するだけで終わりではなく、公開された情報をどのように解釈して広めて有効活用するのか。そこまで考えて初めて医療の改善に情報公開が役立つようになると私は思うのです。

略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士

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