市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
“Choosing Wisely”(賢く選ぼう)
『余命10年未満の人に予防的な検査をする意味はあるのか?
ガラパゴス状態で「無駄な医療」を続ける日本』

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
院長 多田 智裕
「生きたい」「治りたい」と思うのは患者の切なる願いだ。医療者側も「生きていただきたい」「治してあげたい」と思っておられるだろう。それ故懸命な治療が行われるが、体力もかなりあり平均余命にも余裕があるような場合と、高齢だったり体力などがかなり低下している場合などとは、およそ治療法もかわってくるだろう。
一見、延命ができると思われることも却って患者にとっては苦痛や負担を掛けることになる場合もあろう。また、検査も当然のことながら危険が伴うことでもあり、同様に患者のステージによって、その検査を行う必要があるかどうかが慎重に考慮されるところだろう。
また、このことは患者本人や患者がはっきりした判断ができないような場合は家族等の「生き方」が問われることかもしれない。
今回はこうしたいわゆるGrenz Situation(限界状況)における実際の対応などについての考え方を多田先生のご寄稿の中から考えてみたい。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/
2014年8月4日に掲載されたものをご厚意で転載させていただいたものです。 いつもながらの多田先生のご厚意に感謝いたします。(會田昭一郎)
 7月25日 田村憲久厚生労働大臣は、65歳から74歳の「前期高齢者」を「若年高齢者」へ、75歳以上の「後期高齢者」を「熟年高齢者」へと呼び方を変える案を公表しました。

 確かに、後期高齢者という呼び方を「冷たい」と批判する人がいます。そうした声に対応しようとする意図は分かります。けれども、呼び名は決して本質的な問題ではないはずです。

 2年ほど前に本コラム「『数%しか有効性のない医療はもうやめます』」で、アメリカの“Choosing Wisely”(賢く選ぼう)キャンペーンを紹介しました。無駄な医療をなくそうというアメリカ医学会のプロジェクトです。

 同様の動きは、欧州各国やオーストラリアにも広がりを見せています。“念のため”行っていても症状の改善や治癒につながらない医療行為は数多くあります。そうした医療行為をなくそうという動きは、世界的なものになってきています。

 アメリカの9つの医学会が始めた“Choosing Wisely”は、現在、50の医学会が250以上の「現在行われている無駄な医療のリスト」を公表するまでになっています。公表されたリストを詳細に見ていくと、「余命10年未満の人に予防的検査や治療は無効なのでやめるべし」という方向に進んでいることが分かります。

 アメリカから黒船が襲来しているのに、日本の医療はいつまで高齢者の呼称のような感情的問題にこだわり、ガラパゴス化を続けてゆくのでしょうか?

終末期医療や高齢者に対する「無駄な医療」とは
 “Choosing Wisely”キャンペーンにこの2年で新しく追加されたリストを見てみましょう。

・認知症のある人に対して胃ろう(筆者注:胃に穴を開けて栄養を流し込む処置)による経管栄養を行ってはならない。
・70歳以上の高脂血症に対してコレステロールを下げる薬を出してはならない。
・65歳以上の人に糖尿病投薬治療を行うのは避けるべし(65歳以上は今よりも大幅に緩い基準値で治療を行うべし)。
・65歳以上は子宮頸がん検診を行ってはならない(30〜65歳の方も3年に1回以上行ってはならない)。
・余命10年未満の人に乳がん検診や大腸がん検診や前立腺がん検診を行ってはならない。
・余命10年未満の人には全てのがん検診を勧めてはならない。
 このように、終末期医療や高齢者に対する無駄な医療のリストが目立ちます。  これらのリストは各学会の公式見解ですので、様々な思惑のもと、“当たり障りのない部分”だけが述べられています。ただ確実に言えるのは、世界的には、「高齢者に対する予防的な医療は治療効果がほとんど得られず、無駄だからやめるべきだ」という流れになっているということです。

余命10年未満の人にがん検診は必要か
 各リストには短い説明文がついています。

 自力で食事がとれない認知症の人に対する胃ろうが無駄である理由については、「無理に液体や栄養を流し込むことで体に負荷をかけ、合併症を引き起こす上に、本人の苦痛緩和や生活の質の改善につながる証拠がない」と述べられています。

 余命10年未満の人にがん検診を行ってはいけない理由は何でしょうか。がんの種類により事情は異なりますが、私の専門である大腸がんに関して言うと、次のような意味だと思われます。

 つまり、「大腸がんは進行が遅いタイプのがんである。そのため余命10年未満の高齢者にとっては、明らかながんを疑う症状がない状態で大腸内視鏡検査を行って早期発見したとしても、寿命にはほとんど影響がない。よって行うべきではない」ということです。

 内視鏡検査を専門としない施設においては、大腸内視鏡検査そのものに伴う穿孔、内視鏡で、腸に傷をつけて穴を開けてしまう合併症が現時点でも発生しています。また、大腸ポリープの切除は腸を傷つける手術ですので、出血や穿孔の合併症は、どんな名人が行ってもゼロにはなりません。

 放置しておいても少なくとも5年は命に関わることはない大腸ポリープを発見、治療するために、余命が10年未満の人に大腸がん検診を行うことは、メリットよりもリスクの方が大きいと考えられるのです。

黒船が襲来してもガラパゴス状態を続ける日本
 冒頭の厚生労働大臣の発言からも分かるように、日本では、終末期医療も高齢者に対する医療も感情論に終始して、基準を作る議論は一向に進んでいません。

 それどころか、むしろ逆に「がん検診受診率を上げる」という国策のもとに、高齢者に対するがん検診を強化して、70歳以上の方のがん検診は無料にするなどの措置をとっています。

 もちろん、現場レベルではやみくもに高齢者のがん検診をすることはありません。以下のように説明し、がん検診を見送ることは普通に行われています  「認知症が進んでいるため胃カメラ検査は暴れてしまい、できません。無理矢理検査をして、もしガンが見つかったとしても手術などの治療もできませんので、このまま検査はしないで経過を見ましょう」

 「大腸がん検診便潜血陽性(要精密検査)ではありましたけれど、87歳と高齢で、体力も落ちています。大腸内視鏡などの検査をするのは困難なので、これは特に精査しないで経過を見ましょう」

 しかし、日本の国策はどうなのでしょう。「これらの医療は無駄である」という黒船が襲来しても、「日本には当てはまらない」としてガラパコス状態をこれからも続けていくのでしょうか? 広く事実が公開され、議論されるべきだと思います。
略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。

日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士


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