市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
メディアの「セカンド・オピニオン」
『健康被害に関するICRPの理論の問題点(1)』

北海道がんセンター名誉院長 西尾 正道
本稿は、日本政府が福島第一原発事故による被曝放射線量の線量限度の根拠としているICRP(国際放射線防護委員会)勧告について、 放射線治療の専門医である西尾先生がICRPは国際的な「原子力ムラ」の一部と鋭く指摘されたもので、 インターネット報道メディアのIWJに寄稿されたものを、IWJのご厚意で転載させていただいたものである。 ここに謝意を表するものである。
IWJは市民が直接支えるインターネット報道メディアであり、報道に政治的な圧力がかかっていると騒がれている現状で、 記者クラブ体制での報道とは異なり、会員の費用だけで経営・運営し、真実を報じているIWJの活動は貴重で、 日本人の理性的な見識とも言える。いわばメディアの「セカンド・オピニオン」だ。 情報公開を旨とする当会として、この機会にみなさまにもIWJの会員になっていただければ幸いである。
なお、文末の「IWJ関連記事」もIWJのサイト http://iwj.co.jp/ でご覧ください。
(會田 昭一郎)

私は、がんを如何に放射線で治すかという放射線の光(表)の世界に長く携わってきた。そんな業務のなかで、 ラジウム(Ra-226)やセシウム(Cs-137)などの少量の放射線を出す小線源を使用した治療も行ってきた。 これは腫瘍に線源を刺入したり、線源を腫瘍に密着させて照射する治療法であり、 患者さんにとっては内部被曝を利用した治療法である。
 しかし、2011年の福島原発事故は、放射線の健康被害について根本的な視点から考える機会となった。 それは放射線の影(裏)の世界についての考察となる。その考察を通じて突き当たったのは、現在、 国際的に放射線防護体系として流布されているICRP(国際放射線防護委員会)の理論は全く科学性がなく、 原子力政策を推進するために修飾された疑似科学的な物語であるという事実だ。この事実を改めて知ると、驚愕せざるをえない。 本稿では、ICRPの根本的な問題点について簡潔に述べる。
記事目次
  • ICRPとはどんな組織か
  • ICRPの疑似科学の幾つかのポイント
  • 誤魔化しで構築されているICRPの理論

ICRPとはどんな組織か
 放射線をある程度正確に測定できるようになったのは、1928年頃である。こうした背景もあり、 1928年に放射線の医学利用領域の放射線業務従事者の健康問題について医師が中心となり 「国際X線およびラジウム防護委員会」が設立された。
 しかし、1946年に原爆製造に携わった核物理学者が大勢を占める NCRP(米国放射線防護審議会)が設立され、 ほぼ同じ陣容で1950年にICRPに衣替えした。このため医学利用における健康管理の視点は軽視され、 原子力政策を推進する立場の組織に変容した。そして最も深刻な健康被害の要因となる内部被曝に関する委員会の審議を打ち切った。 そこから内部被曝に関しては隠蔽と研究中止の世界が始まったのである。
 ICRPは国際的な権威のある公的機関ではなく、研究機関でもなく、調査機関でもない。単なる民間のNPO組織なのである。 民間の組織は目的を持って活動する。ICRPの目的は原子力政策の推進である。このため、 IAEA(国際原子力機関)やUNSCEAR(国連放射線影響科学委員会)などと手を組み、原子力政策を推進する上で 支障のない程度の内容で報告書を出しているのである。
 報告書作成に当たっては、各国の御用学者が会議に招聘され、都合のよい論文だけを採用して作られる。 ICRP自体が調査したり研究したりすることはない。
 ICRPは事務局はあっても研究者はいないため、多くの医学論文で低線量被曝の健康被害が報告されても一切反論もできず、 無視する姿勢となっている。日本でもICRPに関与している学者やICRPの報告に詳しい有識者が政府・ 行政の委員会のメンバーとなっているため、国民不在の対策となるという構図となっている。
 医療関係者の教科書も全てICRP報告の内容で記載されているため、 今回の事故が起こっても多くの医師には問題意識が生まれないのである。
 なお、ICRPは「しきい値なしの直線モデル」を認めており、BEIR (米国科学アカデミーの「電離放射線の生物影響に関する委員会」) と同様の姿勢を取っているが、事故後の日本政府は100mSv以下では明らかな健康被害は他の要因も絡むことから 証明することはできないとする立場を取っており、国民の健康に関しては、より無責任な態度に終始している。 これでは「国民の生命と財産を守る」として集団的自衛権を語る資格はない。

ICRPの疑似科学の幾つかのポイント
 ICRPの疑似科学的核物理物語においては、まず放射性物質を「気体」の時の測定から始まり、 それを基にして計算やデータ分析を行ない理論を構築している。このため放射性物質が個体(超微粒子)としても存在することを 想定せず考慮外としている。
 気体中の放射線量は物理量であり、信用できるが、この線量を人体影響に結びつける過程で誤魔化しが生じる。 まず吸収線量は1Gy=1J/Kg と定義されているが、この定義量では生体の影響は説明できない。 もちろん1Gyと10Gyでは10倍のエネルギー付与として相対的な比較はできる。
 しかし原爆投下時の米国の公式見解である「全身被ばく7Svが致死線量」を考えてみると、X線やγ線の場合は体重60Kgの人では 60×7=420J(ジュール)=100カロリーとなる。熱量換算では、約150カロリーであるおにぎり1個食べれば全員死亡することとなる。 付与された放射線量(吸収線量)を熱量換算する定義量では、人体影響は全く説明がつかない。 Gyという定義量自体が、物理学と分子生物学のインターフェイスとはなっていないと言うべきである。
 また等価線量はGy x 放射線荷重係数として計算しているが、例えばトリチウムのβ線の係数は1ではなく、 1.5〜2とする実験結果が出ている。さらに実効線量への換算には組織荷重係数という全く実証性のない仮想の係数が使われている。 ここでは性別や年齢などの補正もない。
 こうした根拠のない非実証的係数を組み合わせたSvという単位では人体影響を正確に評価できず、 Svの隠された意図は放射線の種類、被曝部位、被曝様式の違い、被曝者の違いなどを一緒にして健康被害と線量との相関を 分析できないようにすることにあると勘繰られるほどインチキなものなのである。
 次のポイントは最も影響のある問題を隠蔽する姿勢である。まず放射線生物学においては、放射線感受性に関する 『Bergonie-Tribondeau の法則』という大原則がある。
 放射線感受性は、@ 細胞分裂が盛んなもの、A増殖力、再生能力が旺盛なもの、 B形態及び機能の未分化なものほど高いというものである。この@の原則から言えば、 人体の中で最も感受性が高く影響を受ける臓器は骨髄や小腸や精巣などであるが、それ以上に影響を受けるのは受精卵や胎児である。 このため流産・死産・先天障害の発生に繋がるが、深刻すぎるので、隠蔽と過少評価に徹する姿勢となっている。
 また内部被曝の深刻さにも同様に対応している。外部被曝と内部被曝をたとえると、 「外部被曝とは、まきストーブにあたって暖をとること、内部被曝は、その燃え盛る"まき"を小さく粉砕して、口から飲み込むこと」 とたとえることができる。どちらが細胞に障害を与えるかは見識のある人ならば誰でも解ることである。
 さらに前述したようにICRPでは放射性物資が個体(超微粒子)として存在することは想定外であるが、 実際には事故で放出した種々の放射線は中性子線以外は荷電されており(資料1)、大気中では何らかの物質と電子対となり、 超微粒子の個体となる。結合した物質によって塩化物、酸化物、水酸化物となり、土・砂・塵などと付着している。 筑波市の気象研究所で事故直後から大気中の浮遊塵を捕集した研究から、 2013年8月に足立光司氏はセシウムを含む不溶性の微粒子を報告している。

資料1 各種放射線の荷電の状態
資料1

 この微粒子の問題は2014年12月21日(日曜日)23時30分からのNHK Eテレ サイエンスZEROで『謎の放射性粒子を追え!』 と題して取り上げられた。科学的に考えれば、少しも"謎"ではないが、ICRPの理論では"謎"だっただけである。
 さて、こうした超微粒子が呼吸や食事で体内に取り込まれた場合はどうなるのであろうか。 この問題は微粒子のサイズによって体内動態は全く異なるのである。人体の細胞の直径は6μm〜25μm であるが、 ナノ(nm)のサイズ【*1mm=1,000μm(103)=1,000,000(106)nm】の超微粒子では、細胞膜や血管壁を通る。 血管内に入れば全身を循環し、胎盤の血液循環を通して胎児も被ばくすることとなる。こうして全身に放射性物質がまわれば、 色々な臓器の影響が出現しても不思議ではない。チェルノブイリ事故後のがん以外の慢性疾患の増加は医学的には説明がつく。 いわゆる『長寿命放射性元素体内取り込み症候群』として考えることができるのである。

資料2 物質のサイズと体内動態
資料2

 また核種によっては臓器親和性を持っており、Sr-90であれば2価アルカリ土類金属のカルシウム(Ca) と同族体であるため骨に蓄積する。骨組織への取り込みは造骨活性に依存するので、成長期の子どもの骨に取り込まれ蓄積し、 β線を放出し続けるのである。
 こうした臓器への集積・蓄積の問題はICRPでは全く考慮されていない。侵入する経路や滞在時間により影響は異なることから、 生物学的半減期も意味がなくなるのである。
(資料2)に微粒子サイズによる体内動態を示すが、粒子によっては鼻腔内に排出され、 鼻粘膜に密着して粘膜を傷つけて鼻血の原因となるのである。
 500mSv以上でなければ骨髄障害が起こらず、出血傾向が出ないので、鼻血は出ないと主張するICRP信奉者には 考えられないことなのである。放射線障害で出血傾向が出れば、脳出血や消化管出血などの致命的な事態も想定しなければならず、 鼻血どころではないのである。
 資料3は2013年7月に南相馬市内に設置したダストサンプラーのフィルターをイメージングプレートに密着させて 画像化したものである。セシウムを含んだ微粒子が写し出されている。こうした放射性微粒子が、大気中に浮遊し、 呼吸により体内に取り込まれているのである。

資料3 セシウムを含んだ微粒子
資料3

 さらに内部被曝の影響を評価する場合、ICRPの考え方は、「線量が同じであれば、外部被ばくも内部被ばくも 人体影響は同等と考える」と取り決めている。ここでは線量分布は全く考慮されていない。 目薬を全身投与量としているようなものである。眼薬は眼に注すから効果も副作用もある。それを口から投与して、 投与量が少ないから影響はありませんと言っているようなものである。
 しかし外部被曝では全身が均一に被ばくすると考えてもよいが、内部被ばくでは放射性物質の周囲の細胞だけが被ばくするのである。 α線では体内での飛程は40μm(ミクロン) ほどであり、β線であれば数ミリ程度である。 その周囲の細胞にだけエネルギーを放出するため影響は大きいのである。

<次週に続きます>

略歴
西尾 正道(にしお まさみち)

北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、
独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。 国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年がんの放射線治療に従事。
がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。 「市民のためのがん治療の会」顧問。


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