市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
新・胃がん検診ガイドライン
『現場と乖離する"検診ムラ"の論理 後編』

ジャーナリスト 岩澤 倫彦
 12年間の市民のためのがん治療の会の活動で、日々様々な相談を受けていると、定期健康診断を受けたり、人間ドックなどで健康状態のチェックを欠かさなかったのに、突然がんの宣告を受け、あっという間に残念な結果になってしまったケースに遭遇する。それらの方は、無念の気持ちを切々と訴える。もちろん、検診で異常を100%発見することは不可能だろうし、検診時点では異常はなくても急に発症し、急激に進行する場合もあるだろう。
だが、私が受けた舌がんの小線源による組織内照射という放射線治療のような優れた、安全で確実、治療成績の良い治療法が間もなく廃れようとしているなど、様々な検診が本当の患者のためではなく、「検診ムラ」の論理で動いている。当会は当初から「がん医療は優れて社会経済的なフレイムワークの中にあり、医療技術だけでは解決できない」というスタンスで活動している。
今回は『胃がん検診』などのドキュメンタリー制作を通して鋭い取材をされておられる岩澤倫彦氏に胃がん検診についてのレポートをご寄稿いただき、2週にわたって掲載する。
なお、本稿は2015年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp に掲載されたものを、岩澤氏並びに医療ガバナンス学会のご厚意で転載させていただいたものである。ここに厚く御礼申し上げます。

*岩澤倫彦氏の「バリウム検査は危ないー胃がん検診に潜む利権と患者見殺しの闇ー」(『週刊ポスト』2015年7月3日号(6/22 発売)から3回にわ たり連載)も、併せてご覧ください。
(會田 昭一郎)
<臨床医が認めた、胃がんリスク検診の効果>
 『胃がんリスク検診』(通称:ABC検診)では、ピロリ菌感染の有無と、ペプシノゲン(PG)値による胃粘膜萎縮の程度を組み合わせて、胃がんリスクをA群〜D群まで4段階にグループ分けする。
 リスクが極めて少ないピロリ菌未感染でPG値陰性のA群の人は、内視鏡検査から除外。B群からD群にかけて、胃がんリスクが高くなるので、これに応じた頻度で内視鏡検査を受ける。これで、限られた数の内視鏡医でも、対応が可能になるという。
 神奈川県の横須賀市では、2007年度と2010年度にバリウムX線検査での胃がん発見数がゼロだった。これに危機感を抱いた地元医師会の臨床医が中心となり、2012年度にバリウムX線検査から胃がんリスク検診へ、全て切り替えた。
 その結果、受診者数21,773人の中から見つかった胃がんは、108例。(早期がん85例、進行がん23例)
 さらに、食道がん12例、胃悪性リンパ腫、十二指腸がん2例、胃MALTリンパ腫1例が発見された。内視鏡検査でなければ、まず見つからなかった『がん』である。
 受診総数の約5割がA群に分類され、不要な検査を受けずに済んだ。一方、ピロリ菌感染が判明した人は、除菌治療を受けて胃がん抑制を狙う。
 2014年時点で、この胃がんリスク検診を導入している自治体は116、全体の6.6%でしかない。(日本胃がん予知・診断・治療機構による)
 胃がんリスク検診は、すぐに"死亡率減少効果"を示すことはできない。10年単位での追跡調査が必要となるからだ。
 案の定、新ガイドラインは、胃がんリスク検診を推奨しなかった。「死亡率減少効果を検討した研究はなかった。偽陰性、偽陽性、過剰診断の可能性がある」という理由である。一方で「胃がんリスク層別化は可能である」と付記した。
 この結論には、すでに胃がんリスク検診を導入している自治体の一部で中止を検討するなど、一部で混乱も起きているという。しかし、胃がんリスク検診が、多くの胃がんを発見、住民の命を守っている事実を重視すべきだろう。
 ただし、胃がんリスク検診にも、課題が存在する。
 リスクが最も低いA群(ピロリ菌未感染、PG値陰性)の中に、ピロリ菌の除菌治療を受けた人が紛れ込んだり、感染有無を判断する抗体価のカットオフ値が、やや高めの設定であるために偽陰性(=陽性を陰性と判定)が起きている点だ。
 この他に、リスク別に内視鏡検査を受ける頻度は妥当か、という議論もある。こうした指摘に対して、胃がんリスク検診を導入した自治体は、「修正しながら運用していくことが可能」、と証言している。
 従来の検診方法と比較すると、個人がリスク別に対応するのは非常に難しいと関係者からは指摘が出ていた。そこで、内視鏡医のグループが厚労省の科学研究費で、胃がんリスク検診のシステム構築の研究を東北地方で開始。しかし、なぜか2年前に科学研究費が打ち切られ、研究の継続は不透明となっている。
「死亡率減少効果、というのは、実際の患者を診ていない疫学の論理であって、個人にとっては早期発見して粘膜切除で治療するほうが絶対にいいでしょう。
 内視鏡検査を毎年やる人、やらなくていい人、それを判断するのは今の時代では正しい方法だし、胃がんリスク検診は、いま走り出すべきだ。
 エビデンスがない? それを作るのが、がんセンターの仕事だろう」
 こう話すのは癌研有明病院・名誉院長の武藤徹一郎氏。ご自身は内視鏡検査で、早期の印環細胞がんが見つかり、完治したという経験を持つ。印環細胞がんは悪性度の高いスキルス性胃がんにつながるという。「バリウムX線を推奨したガイドラインの委員に聞いてほしい。
 自分の胃がん検診は、何でやっているのかとね」
 もちろん、私は各委員に質問を投げかけた。
 その答えは近日中に公開したいと思っている。

<バリウムX線検査の光と影>
 日本の胃がん検診は、1960年代に故・黒川利雄博士(東北大学・元学長)が、バスにX線装置をのせて地域を巡回したのが始まりだとされている。バリウムX線検査は、短時間で多くの検査が可能であり、撮影技術や読影など精度管理によって、胃がんの発見に大きく寄与した功績は大きい。
 対策型胃がん検診は、年間600億円以上の国家予算が配分される安定した事業であり、『がん検診利権』と揶揄された時代もあった。
 それが近年、がん検診にも自治体の入札制が導入されてからは、生き残りを賭けた価格競争が激しくなっている。中には、コスト削減で、精度管理の信頼性がない検診事業者も現れているという。また、バリウムX線の場合、読影時に前年の画像と比較して病変を見つける手法があるが、入札制で毎年のように検診事業者が変わると、それが不可能になる懸念が出ている。
 加えて、X線の画像がフィルムからデジタルの移行期にある。各検診事業団は1台約6〜8千万円の検診車を買い替え、数億円単位の投資をしたばかりの時期。バリウムX線検査の継続は、検診事業団の存続そのものを左右するのだ。
 一方、看過できないのが、バリウムX線検査での重大な事故である。
 10年ほど前から、画像精度の向上等を目的に、高濃度硫酸バリウムが使用されるようになったが、これに伴い偶発症事故が多発しているのだ。比較的軽いものは、誤嚥、嘔吐だが、深刻なのはバリウムが体内で固まって、腸閉塞や直腸穿孔を起こすケース、そして死亡例も出ている。
 2005年、沖縄県で60代女性が胃がん検診で飲用したバリウムが大腸内に残留し、穿孔を起こして敗血症により死亡。2006年、山口県で80代女性がバリウムによる腸閉塞が原因で死亡。そして2012年には、滋賀県で50代女性がバリウム飲用後にアナフィラキシー・ショックを起こして死亡している。
 そして今年5月、群馬県では、検診台から滑り落ちた女性が、頭部を挟まれて死亡した。これだけ死亡事故が起きているのに、新ガイドラインでは、「死亡1 件(0.03/10 万)も報告されている」と記す程度で、詳しい言及はない。推奨した検診方法で起きた事故である以上、因果関係を調査して再発防止策を提示することが、ガイドライン作成委員会の責務ではないだろうか。

<対象年齢の変更>
 新ガイドラインでは、対象年齢を40歳以上から50歳以上に引上げた根拠について、次のように記述している。
 「40歳代については、罹患率・死亡率の低下が著しいこと、胃X線検診、胃内視鏡検診のいずれの方法であっても50歳以上に比べて確実に不利益が大きい」
 統計学的な観点からは、妥当な判断なのだろう。
 ただし、40歳代のピロリ菌・感染率が低いから、胃がんも少ないのであって、少数でも胃がんリスクの高い40歳代の人は存在する。年齢層を引上げるのなら、40歳代の胃がんリスク検査を検討すべきではないだろうか?
 国のがん対策事業は、「働き盛りの世代のがん死亡を減らす」を目指していたはず。だが、高齢化社会に伴って、検診対象の世代が上がっているのが現実だ。実際に、自治体の胃がん検診会場を取材すると、高齢者が大半を占めていることが分かる。
 80歳以上の世代は、バリウムの誤嚥などの事故が起きやすい。仮に胃がんが見つかっても治療しないほうが、本人にとってメリットが大きい可能性もある。したがって、対象年齢の上限設定を検討すべきではないだろうか。

<臨床医の矜持>
 国立がん研究センターを中心とした、"検診ムラ"の限られた人によって、方針が決定されている、日本のがん検診。莫大な厚労省科研費の分配に影響力を持つ、国立がん研究センターには、大学病院の医師(研究者)たちは口が出せない状況になっている。だから、自分で出した論文を自分で審査する、という行為が許されるのだろう。
 しかし、築地の威光など、意に介さない臨床医が日本には存在する。「別に僕は失うもの、ないですから。胃がんで死ぬ人を少なくするには、治療できるがんを早く見つける。早く見つければ、胃を取らずに済む。それだけですよ」
 横須賀市で胃がんリスク検診の導入を実現した、松岡幹雄医師の言葉だ。多くの住民の命を救った横須賀市は、国の方針と異なる検診を選んだため、国が集計する胃がん受診率に「0」とカウントされている。
 いま、自治体や企業のがん検診担当者は、判断に迫られているはずだ。
 国が、胃がんリスク検診を推奨するまで待ち続けるのかー
 独自に判断して、胃がんから命を救うのかー
 どちらが正しいのか、やがて時の流れが証明してくれるだろう。
 そして、これを読んで下さった方は、ぜひ胃がんリスク検診を受けていただき、適切な方法で検診を受けてほしいと切に願うばかりだ。

略歴
岩澤 倫彦(いわさわ みちひこ)

1966年生まれ、テレビ朝日「Jチャンネル」、フジテレビ「ニュースJAPAN」など報道番組ディレクターを歴任。
肝炎問題、臓器移植、救急医療などの調査報道をてがけ、東日本大震災以降は福島の実状をレポート。薬害C型肝炎については、存在しないとされた血液製剤フィブリノゲンを独自調査で発見、C型肝炎ウィルスの遺伝子解析を名古屋市大と共同で行って、感染ルートを科学的に立証。このスクープで、新聞協会賞、米ピー・ボディ賞、USインターナショナル・フイルムフェスティバル・ドキュメンタリー部門などを受賞。
現在は、ノーザンライツ・プロダクション代表として、主にドキュメンタリーを制作している。


Copyright (C) Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.