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市民のためのがん治療の会
医療はどうなる
『予測できない時代を迎えて』

国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 西尾 正道
新年早々、水爆実験、テロ、世界同時株安など、私たちを取り巻く環境は危険かつ不安定な様相を示している。私たちがん患者にとって直接関係の深い医療もこうした社会経済的なフレームワークの中にあることは言うまでもなく、これらの問題が直接間接的に襲い掛かってくる。
そこで年頭に際し、このような状況の下での問題点を医療問題等に焦点を当てて、当会顧問の西尾正道先生に解説していただいた。
(會田 昭一郎)

 いま地球上で生きている人間は現生人類(ホモ・サピエンス)という種に属しており、約20万年まえに出現したと考えられている。戦後からのこの約70年の期間は、とてつもなく加速度的に科学と技術が進歩し、使い方によっては人類の滅亡や生物学的な劣化を来たす危険性を孕むものとなった。20万年を1年間にたとえるとこの70年は12月31日23時57分に該当する。

 1938年に原子核分裂の発見が核兵器開発に繋がり、大量殺戮が可能となり、またその核分裂生成物が世界中に拡散され慢性的な健康被害に結び付いている。

 また1953年にはDNAの二重螺旋構造が報告され、遺伝子解析を通じて現在の遺伝子組換えや遺伝子編集の技術に繋がっている。遺伝子レベルの解析による治療や創薬は光の世界であるが、同時に遺伝子組換え食品などは人類にとっては負の側面を持った影の世界となりかねない危険性が指摘されている。

 こうした光と影を内在した科学技術を保持した人類はどうなるのであろうか。私のような凡人には予測できない時代となっている。

 2015年は後世の人達から見ればエポックメーキングな年となるかもしれない。「今だけ、金だけ、自分だけ」の社会的風潮の中で、日本の方向性が大きく変わろうとしている。「特定秘密保護法」で情報の隠蔽・操作・管理を画策し、「集団的自衛権」の拡大解釈と、違憲でもごり押しして「安保法制」を成立させ、きな臭い社会となっている。そして最後の仕上げとして、恒常的な日常生活にも影響を与える「TPP(Trans-Pacific-Partnership, 環太平洋連携協定)問題」がある。「昔戦争、今TPP」である。世界の各地で地域紛争はあっても、大量破壊兵器を容易には使用できない時代となり、国益や多国籍企業の利益追求は戦争という形ではなく、貿易の仕組みを巧妙に作り上げることにより仕組まれつつある。

 TPPの内容は妥結後4年経過しなければ公表できず、国民の生活に直結するような多くの内容が秘密にされ、国民の「知る権利」も否定されて、米国の経済的植民地化の道を歩もうとしている。全てが秘密裏に進められるTPPとは、憲法21条が保障する国民の知る権利を侵害するものであり、また国民に知られては困ることが満載されているのであろう。そしてISD条項は主権の侵害であり、グローバル企業の利益を優先させるものである。

 人間の存在は、現実には社会的な諸関係の総和であり、我々医師は医療という狭い範囲で活動しているが、医療も極めて社会経済的なフレームワークの中で成り立っていることを考えれば、TPPの妥結によりもたらされる日本の医療の変化と健康被害について知ることは必要である。健康を守るための医療と食品問題が大きく影響を受けるからである。

 報道では農産物や自動車の関税問題などだけが報じられているが、実際にはTPPの最大のターゲットは医療分野であることを認識する必要がある。

 Time誌2013年3月4日号の米国の医療ビジネスを取り上げた特集記事では、TPPの締結に向けたロビー活動費のデータが示されていた。それによると米国の製薬会社・医療業界が5300億円、防衛・ミサイル業界が1500億円、製油・ガス関連業界が100億円である。いかに医療がターゲットになっているかがわかる。

 TPPの締結により、日本の医療制度の根幹をなして国民皆保険制度やフリーアクセスや現物給付システムの維持は困難となる。そして確実に言えることは、国民医療費の高騰であり、国民の医療費の自己負担増である。

 TPPが妥結されれば製薬会社はISD条項を盾にして自分たちの増益のために薬価上限は撤廃され、製薬企業の言いなりの青天井の価格となりかねない。医療機器・機材も同様である。

 そして医療費抑制に動く厚労省は混合診療の解禁・拡大により、実質的に国民皆保険制度は崩壊し、医療格差は拡大する。国民皆保険制度が維持されたとしても公的保険診療の給付範囲は縮小される。2012年医薬品の輸入額は2兆5000億円を超えているが、この金額は格段に上がることになる。混合診療の足がかりとして2016年4月からは、TPPを見据え、保険外併用療養費制度の拡充と称して「患者申出療養制度」が開始される。

 今後は医薬品や医療技術に費用対効果分析の手法を導入して医療の質を考える視点が重要となるが、「金の切れ目が、命の切れ目」の医療となる。医療もグローバル化し、日本の医療も米国の医療を基準としたものとなる可能性を覚悟する必要がある。緩和され続ける農薬の残留基準値の問題や、遺伝子組み換え食品の危険性についても関心を持ち病因論的な視点ももって医療に向き合う必要があると感じる昨今である。


略歴
西尾 正道(にしお まさみち)

北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)、市民のためのがん治療の会顧問、認定NPO法人いわき放射能市民測定室「たらちね」顧問。
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年間、がんの放射線治療に従事。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。

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