
ペプチドワクチン療法は、どのようにがん細胞に作用するのか、そしてその効果は?先週に引き続きデータに基づく成果を紹介。
『がんワクチン療法は第4のがん治療法となりうるか?( 2)』
東京大学医科学研究所
ヒトゲノム解析センター長
教授 中村 祐輔
ヒトゲノム解析センター長
教授 中村 祐輔
ここでは、がんワクチンが働く仕組みを簡単に解説します。われわれはがん細胞にだけ特別に作られている
タンパク質をたくさん見つけています。分解速度は個々によって違いますが、一般的にタンパク質は細胞の中で分解されます。分解された小さな断片がHLA分子(白血球型と呼ばれ、骨髄移植や臓器移植の際、移植の適合性を調べるのに利用される、自分と自分でないものを見極め、外敵の侵入を防ぐ仕組みに関係)と相性がいいとそれに結合します。そして、HLA分子と結合したまま、細胞の表面に移動します。
このペプチドは、臓器移植の際にHLA型不適合であれば、体には異物が入ってきたという信号になり、臓器移植を受けた人の免疫系が活発になって異物(すなわち移植臓器)を攻撃する標的(目印)の一つになります。
しかし、自分のタンパク質の一部を目印として攻撃が起これば、われわれにとって不都合なことがたくさん起こるため、このような免疫反応が起こらないような仕組みが備わっています。 しかし、最近になって、自分のタンパク質であってもそれを攻撃する細胞(細胞障害性リンパ球=CTL)がわずかながら残っており、これをうまく活用するとがん細胞を攻撃できることが分かってきました。
すなわち、がん細胞の表面にだけ存在している目印をうまく見つけて、これを人工的に作り、注射することによって、この特異的な目印を攻撃目標にするようなリンパ球を活性化して(たくさん増やして)がんを叩くという考え方が生まれたのです。この目印はアミノ酸が9個あるいは10個つながっただけのもの(ペプチド)で、容易に化学合成できます。また、このペプチドに対して反応が起き、このペプチドを目印として攻撃することのできるリンパ球が治療を受けた患者さんの体内で増えてきているかどうかの科学的な検証もできるようになりました。これまでの免疫療法との違いは、治療効果判定に科学的な指標の導入ができるようになった点です。図の上のように、ペプチドを目印に表示している細胞にCTL(細胞障害性リンパ球)が結合すると、細胞障害性物質と呼ばれるものを産生し、これによってがん細胞を死滅させます。
実際に患者さんの体内で起こるであろう仕組みを図示すると次のようになります。がん細胞の目印(右図の三角形に相当)を人工的に作り、患者さんの皮下(あるいは皮内)に注射する。この目印が樹状細胞と呼ばれる細胞の表面にくっつき、リンパ球に異物が
入ってきたという信号を示します、そうすると、この目印に反応する細胞が、「これは大変だ」とどんどん自分の仲間を増やしていきます。
すでにがんが体の中にあるにもかかわらず、それにはどうして反応して自動的にがんをやっつけないのだという疑問が湧くと思います。私も、最初にこの原理を聞いたときは、まず、その疑問が浮かびました。
答えは、右の図の数字になります。細かくなってしまいますが、一度の注射には、10-100京分子程度のペプチドを注射します。1京というのは1兆の1万倍ですのであまり実感がないと思いますが、成人の人間は60兆個の細胞からできています。がん細胞ひとつが1000個の目印を持っているとすると、全身を全部がん細胞に置き換えて考えると、10人分のがんの目印の注射していることになります。いくら大きくなってもがんは体のわずか一部分ですので、進行がん患者さんでも、体内に存在するがんの千倍から万倍の非常に強力ながんを攻撃する免疫を高める刺激をしていることになります。

したがって、理屈通りに物事が運ぶと、図のようにがん細胞だけを攻撃するリンパ球が増え、それが全身を駆け巡り、がん細胞を見つけ、がん細胞をやっつけることにつながります。しかし、現実はなかなか思い通りにはいきません。われわれは多くの患者さんの協力を得てペプチドワクチンの安全性や効果を検証する臨床研究を進めていますが、結果は右のとおりです。日本で利用可能な抗がん剤に反応しなかった患者さんや副作用によって治療が継続できなかった患者さん130人に協力をいただき、ワクチンに反応したリンパ球が増えた患者さんと反応が見られなかった患者さんを比較したものです。
ワクチンは1~5種類と必ずしも同じではありません(投与間隔はほぼ1週間1回)が、重篤な副作用はありませんでした。一般的に、免疫機能が活性化された患者さんは生存が伸びていることが分かります。中央値でみると、非反応群200日弱、反応群400日強となっています。多くの患者さんが複数の抗がん剤治療を受けてきた後に、この治療法を受け始めたことを考えると科学的な観点からは不十分でも、期待が持てるデータだと思っています。多くの医師はまだまだ否定的な見方をしていますが、もっと早い時期にがんワクチン療法を利用すると、患者さんの免疫の余力も十分にあり、より高い効果が期待できるのではないかと考えています。再発予防に応用できれば、患者さんのQOL改善につながり、がん難民を減らすという意味で大きながん難民対策となると思います。前回冒頭で紹介したように、米国FDAも動き出し、欧米はがんワクチン療法に大きな注目が集まり、米国のTime誌の9月15日号でも特集として取り上げられています。
短い内容で十分に意図が伝えられたかどうかわかりませんが、欧米では一部の免疫療法が科学的に評価され、第4のがんの治療法になりうるとの期待が非常に高まってきています。科学的な検証に耐えうるがんペプチドワクチン療法に関しては、定期的にその情報を提供させていただきたいと思いますので、その世界的な動向に是非注視してください。

このペプチドは、臓器移植の際にHLA型不適合であれば、体には異物が入ってきたという信号になり、臓器移植を受けた人の免疫系が活発になって異物(すなわち移植臓器)を攻撃する標的(目印)の一つになります。
しかし、自分のタンパク質の一部を目印として攻撃が起これば、われわれにとって不都合なことがたくさん起こるため、このような免疫反応が起こらないような仕組みが備わっています。 しかし、最近になって、自分のタンパク質であってもそれを攻撃する細胞(細胞障害性リンパ球=CTL)がわずかながら残っており、これをうまく活用するとがん細胞を攻撃できることが分かってきました。
すなわち、がん細胞の表面にだけ存在している目印をうまく見つけて、これを人工的に作り、注射することによって、この特異的な目印を攻撃目標にするようなリンパ球を活性化して(たくさん増やして)がんを叩くという考え方が生まれたのです。この目印はアミノ酸が9個あるいは10個つながっただけのもの(ペプチド)で、容易に化学合成できます。また、このペプチドに対して反応が起き、このペプチドを目印として攻撃することのできるリンパ球が治療を受けた患者さんの体内で増えてきているかどうかの科学的な検証もできるようになりました。これまでの免疫療法との違いは、治療効果判定に科学的な指標の導入ができるようになった点です。図の上のように、ペプチドを目印に表示している細胞にCTL(細胞障害性リンパ球)が結合すると、細胞障害性物質と呼ばれるものを産生し、これによってがん細胞を死滅させます。

実際に患者さんの体内で起こるであろう仕組みを図示すると次のようになります。がん細胞の目印(右図の三角形に相当)を人工的に作り、患者さんの皮下(あるいは皮内)に注射する。この目印が樹状細胞と呼ばれる細胞の表面にくっつき、リンパ球に異物が

すでにがんが体の中にあるにもかかわらず、それにはどうして反応して自動的にがんをやっつけないのだという疑問が湧くと思います。私も、最初にこの原理を聞いたときは、まず、その疑問が浮かびました。
答えは、右の図の数字になります。細かくなってしまいますが、一度の注射には、10-100京分子程度のペプチドを注射します。1京というのは1兆の1万倍ですのであまり実感がないと思いますが、成人の人間は60兆個の細胞からできています。がん細胞ひとつが1000個の目印を持っているとすると、全身を全部がん細胞に置き換えて考えると、10人分のがんの目印の注射していることになります。いくら大きくなってもがんは体のわずか一部分ですので、進行がん患者さんでも、体内に存在するがんの千倍から万倍の非常に強力ながんを攻撃する免疫を高める刺激をしていることになります。

したがって、理屈通りに物事が運ぶと、図のようにがん細胞だけを攻撃するリンパ球が増え、それが全身を駆け巡り、がん細胞を見つけ、がん細胞をやっつけることにつながります。しかし、現実はなかなか思い通りにはいきません。われわれは多くの患者さんの協力を得てペプチドワクチンの安全性や効果を検証する臨床研究を進めていますが、結果は右のとおりです。日本で利用可能な抗がん剤に反応しなかった患者さんや副作用によって治療が継続できなかった患者さん130人に協力をいただき、ワクチンに反応したリンパ球が増えた患者さんと反応が見られなかった患者さんを比較したものです。

短い内容で十分に意図が伝えられたかどうかわかりませんが、欧米では一部の免疫療法が科学的に評価され、第4のがんの治療法になりうるとの期待が非常に高まってきています。科学的な検証に耐えうるがんペプチドワクチン療法に関しては、定期的にその情報を提供させていただきたいと思いますので、その世界的な動向に是非注視してください。















略歴
中村 祐輔 (なかむら ゆうすけ)
1977年大阪大学医学部卒業後、大阪大学医学部付属病院(第2外科)、同分子遺伝学教室、米国ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、同大人類遺伝学教室助教授、(財)癌研究会癌研究所生化学部部長を経て1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。 1995東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長ゲノムシークエンス解析分野 教授。2005年理化学研究所 ゲノム医科学研究センター長(併任)、現職。
高松宮妃癌研究基金学術賞、(財)癌研究会学術賞、日本人類遺伝学会賞、日本癌学会吉田富三賞、紫綬褒章等受章多数。ブルガリア科学アカデミー会員。
1977年大阪大学医学部卒業後、大阪大学医学部付属病院(第2外科)、同分子遺伝学教室、米国ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、同大人類遺伝学教室助教授、(財)癌研究会癌研究所生化学部部長を経て1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。 1995東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長ゲノムシークエンス解析分野 教授。2005年理化学研究所 ゲノム医科学研究センター長(併任)、現職。
高松宮妃癌研究基金学術賞、(財)癌研究会学術賞、日本人類遺伝学会賞、日本癌学会吉田富三賞、紫綬褒章等受章多数。ブルガリア科学アカデミー会員。