
がんがある程度大きくならないと起こらないと考えられてきた転移。早期発見で転移もなく、よかったともいえない現実が分かってきたようです。遠隔転移があれば病気はⅣ期ということになります。進行がんとなると長期生存は?
『オリゴメタ(Oligometastases:少数転移)の治療』
医療法人新明会 都島放射線科クリニック
副院長 呉 隆進
副院長 呉 隆進
1.転移は終末期?
従来、転移はがんがある程度大きくならないと起こらないと考えられてきました。これは、がんの中で転移する能力を獲得した細胞が直接転移する場合に当ります。しかし、がんがそこまで成長しなくても、すでに転移の第一段階が始まっていることが最近の研究で明らかになってきました。
最先端技術では、がん患者さんの骨髄や血液からがん細胞を非常に高い精度で計測でき、転移の評価に利用され始めています。また、原発がんの早い成長段階で転移した細胞は、転移する能力が未熟であることも理解されてきました。このようながん細胞が骨髄へ転移したとすると、ほとんどの細胞は増殖せず休止状態で長期生存し、十分な環境が整って初めて転移・増殖能力を得ることになります。すなわち、骨髄に微小な転移を確立した後、ある細胞はそのまま休止状態を維持し、ある細胞は明らかな腫瘍を形成し骨転移となり、また、ある細胞はここから再度血流に乗り、さらに育ちやすい環境となる他の臓器(脳・肺・肝臓など)へ移動し、そこで新たな転移を確立していくことが考えられます。 以上のようなことから、もし転移の各段階がスムーズに流れ、早い時期に明らかな転移巣を形成するような場合には、原発がんが発見された時点でステージはⅣ期と診断されます。しかし、転移した細胞が休止状態を維持しているような場合には、原発がんの発見時に転移なしと診断され、治療後数年を経過して遅発性の転移を認めることになります。
このような骨髄内の微小転移の例などは、顕在化する転移予測に有用である可能性もあり、将来的には「転移」の概念自体に大きな変化が訪れるかもしれません。
最先端技術では、がん患者さんの骨髄や血液からがん細胞を非常に高い精度で計測でき、転移の評価に利用され始めています。また、原発がんの早い成長段階で転移した細胞は、転移する能力が未熟であることも理解されてきました。このようながん細胞が骨髄へ転移したとすると、ほとんどの細胞は増殖せず休止状態で長期生存し、十分な環境が整って初めて転移・増殖能力を得ることになります。すなわち、骨髄に微小な転移を確立した後、ある細胞はそのまま休止状態を維持し、ある細胞は明らかな腫瘍を形成し骨転移となり、また、ある細胞はここから再度血流に乗り、さらに育ちやすい環境となる他の臓器(脳・肺・肝臓など)へ移動し、そこで新たな転移を確立していくことが考えられます。 以上のようなことから、もし転移の各段階がスムーズに流れ、早い時期に明らかな転移巣を形成するような場合には、原発がんが発見された時点でステージはⅣ期と診断されます。しかし、転移した細胞が休止状態を維持しているような場合には、原発がんの発見時に転移なしと診断され、治療後数年を経過して遅発性の転移を認めることになります。
このような骨髄内の微小転移の例などは、顕在化する転移予測に有用である可能性もあり、将来的には「転移」の概念自体に大きな変化が訪れるかもしれません。
2.オリゴメタとは?
オリゴメタ(oligometastases:少数転移)とは、全身的な画像検査で明らかに認められる転移巣の数が2~3個以下と少ない状況を意味する場合が一般的ですが、厳密な定義があるわけではありません。いくら少数だと言っても転移には変わりないので、完全な治癒を目指すことはやはり困難ですが、オリゴメタの中でも長期生存が目指せる可能性が高くなる条件があります。少し込み入った話になりますが、ここではその条件について考えたいと思います。
1mmのがんは約10億個(109個 = 230個)の細胞で構成されています。この塊が単純にがん細胞だけで構成されていると仮定しますと、1個のがん細胞が30回の分裂を繰り返した結果になります。また、1mmに成長したがんの塊は100個のがん細胞を放出して転移させると仮定しますと、1千万分の1(1/107)の頻度で転移するということになります。
このように転移が起こる頻度(転移巣の数)は原発巣の大きさに比例し、転移したがん細胞の分裂回数(転移巣の大きさ)は時間に比例するという、単純な数学モデルで転移の分布を考えてみることにします。生物学的な複雑因子を一切排除したこの単純モデルでは、原発巣の治療後に転移で再発と診断されたステージⅣ期の患者さんが、長期生存を目指せるオリゴメタであるか否かを判断する上で重要な因子が2つあります。
ひとつめは、原発巣と転移巣が成長する速度の関係です。転移巣の成長速度が原発巣よりも速ければ速いほど、数多くあるそれぞれの転移群(原発巣が成長していく各段階で次々と放出される転移巣のグループ)の大きさの差が開き、一番大きな転移群が発見された時点では、その他の大半の転移群はまだ画像検査で確認することが出来ない大きさにしか成長していないことになります。ふたつめの因子は、原発巣の治療後から最初の転移群が確認できるまでの期間です。この期間が長ければ長いほど、原発巣から最初の転移群が放出された時点と原発巣が取り除かれた時点の間が短くなり、最初の転移群に続く後発の転移群の出現頻度は低くなります。
したがって、原発巣の手術後、長期間(例えば2年以上)経過した後に、2~3個の転移が見つかったとすると、発見された転移巣の大きさがバラバラで(転移巣の成長速度が原発巣よりも速い場合の現象)、術後の化学療法などで潜在的な大きさの転移群が制御されている場合には、局所治療により長期生存を目指せるオリゴメタと判断してもよい可能性が高くなります。
このように、再発がんのステージがⅣ期であっても、上記のような条件が揃えば、化学療法だけではなく、局所治療として放射線治療も補助的に考慮した集学的な治療戦略が重要であると考えられます。
1mmのがんは約10億個(109個 = 230個)の細胞で構成されています。この塊が単純にがん細胞だけで構成されていると仮定しますと、1個のがん細胞が30回の分裂を繰り返した結果になります。また、1mmに成長したがんの塊は100個のがん細胞を放出して転移させると仮定しますと、1千万分の1(1/107)の頻度で転移するということになります。
このように転移が起こる頻度(転移巣の数)は原発巣の大きさに比例し、転移したがん細胞の分裂回数(転移巣の大きさ)は時間に比例するという、単純な数学モデルで転移の分布を考えてみることにします。生物学的な複雑因子を一切排除したこの単純モデルでは、原発巣の治療後に転移で再発と診断されたステージⅣ期の患者さんが、長期生存を目指せるオリゴメタであるか否かを判断する上で重要な因子が2つあります。
ひとつめは、原発巣と転移巣が成長する速度の関係です。転移巣の成長速度が原発巣よりも速ければ速いほど、数多くあるそれぞれの転移群(原発巣が成長していく各段階で次々と放出される転移巣のグループ)の大きさの差が開き、一番大きな転移群が発見された時点では、その他の大半の転移群はまだ画像検査で確認することが出来ない大きさにしか成長していないことになります。ふたつめの因子は、原発巣の治療後から最初の転移群が確認できるまでの期間です。この期間が長ければ長いほど、原発巣から最初の転移群が放出された時点と原発巣が取り除かれた時点の間が短くなり、最初の転移群に続く後発の転移群の出現頻度は低くなります。
したがって、原発巣の手術後、長期間(例えば2年以上)経過した後に、2~3個の転移が見つかったとすると、発見された転移巣の大きさがバラバラで(転移巣の成長速度が原発巣よりも速い場合の現象)、術後の化学療法などで潜在的な大きさの転移群が制御されている場合には、局所治療により長期生存を目指せるオリゴメタと判断してもよい可能性が高くなります。
このように、再発がんのステージがⅣ期であっても、上記のような条件が揃えば、化学療法だけではなく、局所治療として放射線治療も補助的に考慮した集学的な治療戦略が重要であると考えられます。
3.オリゴメタへの挑戦
現在のがん治療は、科学的な根拠に基づき根治を目指した初期治療や、終末期の患者さんへの対症的な緩和ケアにより、至適な医療が受けられる環境が整備されつつあります。しかし、その中間に位置する再発がんに対する放射線治療の役割は旧態依然としており、まだまだ積極的な発展が見られない状況です。
大腸・直腸がんの肝転移に対する手術の有用性については、多数の報告があります。最近では転移巣に対する手術適応の拡大などが徐々に浸透し、再発がん(転移)に対する臨床が少しずつ変貌しつつあります。放射線治療においても例外ではなく、近年急速に進化している高精度な放射線治療により、以前は照射適応外であった症例に対しても治療可能となってきました。しかし、現状はステージⅣという枠組みの中に入れられ、放射線治療のような局所治療は意味がない(生存期間が延びるという科学的根拠がない)ということで、漫然と化学療法だけに頼った治療が標準治療として行われています。
以上述べてきましたように、長期生存を目指せる条件を備えたオリゴメタであれば、潜在的な大きさの転移巣に対しては、全身療法として化学療法や分子標的療法の効果を期待し、化学療法などでは制御できない画像上明らかな転移巣に対しては、局所療法として放射線治療を補助的に施行する価値は十分にあると考えられ、当院では適応となる患者さんを積極的に受け入れています。
今後、科学的な根拠を示すには臨床データの集積が必要となりますが、まだまだがん治療医の間でもオリゴメタに対する認識は高いとは言えず、きちんと検査され当院へ紹介される患者さんは非常に少ない状況です。また、このような再発がんに対する治療は、個々の患者さんに合わせた診察・治療に十分な時間が必要となり、患者数が多く多忙な大病院では対応困難な状況であると言わざるを得ません。根治可能な患者さんから終末期の患者さんまで、治療の流れにギャップを生じさせることなく、癌の過程を共有した、個別で最適な治療を目指せる環境が整うことを願うところです。
大腸・直腸がんの肝転移に対する手術の有用性については、多数の報告があります。最近では転移巣に対する手術適応の拡大などが徐々に浸透し、再発がん(転移)に対する臨床が少しずつ変貌しつつあります。放射線治療においても例外ではなく、近年急速に進化している高精度な放射線治療により、以前は照射適応外であった症例に対しても治療可能となってきました。しかし、現状はステージⅣという枠組みの中に入れられ、放射線治療のような局所治療は意味がない(生存期間が延びるという科学的根拠がない)ということで、漫然と化学療法だけに頼った治療が標準治療として行われています。
以上述べてきましたように、長期生存を目指せる条件を備えたオリゴメタであれば、潜在的な大きさの転移巣に対しては、全身療法として化学療法や分子標的療法の効果を期待し、化学療法などでは制御できない画像上明らかな転移巣に対しては、局所療法として放射線治療を補助的に施行する価値は十分にあると考えられ、当院では適応となる患者さんを積極的に受け入れています。
今後、科学的な根拠を示すには臨床データの集積が必要となりますが、まだまだがん治療医の間でもオリゴメタに対する認識は高いとは言えず、きちんと検査され当院へ紹介される患者さんは非常に少ない状況です。また、このような再発がんに対する治療は、個々の患者さんに合わせた診察・治療に十分な時間が必要となり、患者数が多く多忙な大病院では対応困難な状況であると言わざるを得ません。根治可能な患者さんから終末期の患者さんまで、治療の流れにギャップを生じさせることなく、癌の過程を共有した、個別で最適な治療を目指せる環境が整うことを願うところです。













略歴
呉 隆進(おう ゆんじん)
1996年ソウル大学医学部医学科卒業(韓国)後、カナダレジデント資格試験合格、 1997年韓国医師免許取得1998年日本医師免許取得。
1998年大阪大学医学部付属病院放射線科、関西労災病院放射線科、大阪大学大学院医学系研究科生体統合医学集学放射線治療学研究生を経て2007年医療法人新明会都島放射線科クリニック副院長(現職)
日本医学放射線学会専門医、日本放射線腫瘍学会認定医、日本がん治療認定医
1996年ソウル大学医学部医学科卒業(韓国)後、カナダレジデント資格試験合格、 1997年韓国医師免許取得1998年日本医師免許取得。
1998年大阪大学医学部付属病院放射線科、関西労災病院放射線科、大阪大学大学院医学系研究科生体統合医学集学放射線治療学研究生を経て2007年医療法人新明会都島放射線科クリニック副院長(現職)
日本医学放射線学会専門医、日本放射線腫瘍学会認定医、日本がん治療認定医