
『急がれる日本の放射線医療の環境整備』
がんは日本人の二人に一人が罹り、三人に一人が命を落とすという文字通りの国民病です。がん患者支援団体等の多大なるご尽力により、がん対策基本法が2007年に施行され、やっと国を挙げてがんを撲滅する対策が講じられるようになりました。放射線治療の推進とそれを可能にする人材の育成はその最重点目標の一つです。
放射線治療には、1)形態・機能を温存できる、2)いかなる場所でも狙って照射できる、3)高齢者や合併症を有する患者にも適応できる、という大きな利点があります。一方、1)手術に比べて確実性に劣る、2)放射線治療による副作用がある、という欠点もあります。日本においては、過去の不幸な歴史もあってか、この欠点が過大に評価され、利点が過小に評価されて来たと思います。
欧米においては、新規がん患者の60-70%に本治療が施行され、がん治療の3本柱の1つとして確固たる地位を占めています。日本においても、近年、放射線治療の役割が急激に増大しており、2005年には16万人(新規がん患者の25%)、2015年には36万人(同40%)の患者が放射線治療を受けると推定されています。この急激な患者数の増加には急速な高齢化社会の到来により手術に向かない高齢者がんの増加とともに、切らずに治す放射線治療を希望する患者の増加があると思います。放射線治療の効果を高める、あるいは副作用を軽減する革新的な放射線治療技術・手法の登場がこれを支えています。
切らずにしっかり治して欲しいという社会的ニーズに応えるには質の高い放射線治療医(放射線腫瘍医)と医学物理士の育成が欠かせません。現在、600名と言われる放射線腫瘍専門医を、2015年までに2,000名まで育成する必要があります。欧米では、脳腫瘍、乳がんから小児がんに到るまで専門分化した放射線腫瘍医を数多く擁し、 それぞれを専門とする外科医、腫瘍内科医と対等に伍しています。共通の腫瘍外来を持ち、その場で治療方針について決定されることも珍しくありません。放射線腫瘍医のマンパワー不足が、わが国において、真の集学的治療が行いにくい理由の一つになっています。
また、医学物理士は現在150名程度しか認定されておらず、5000人規模の人材を有する欧米とは比べるべくもありません。米国では95%以上の放射線治療施設で最先端治療である強度変調放射線治療(IMRT)が行われ、最近は韓国、中国、タイなどアジア諸国でも数多く施行されるようになりました。一方、日本では日常臨床としてIMRTが行われているのは20施設程度に過ぎません。IMRTに代表される高度な放射線治療を多くの日本国民が享受できない主因の一つが医学物理士の不足とされています。がん対策基本法に基づく文部科学省の「がんプロフェッショナル育成プラン」において、重点的に育成すべき職種に、放射線腫瘍医と医学物理士が挙げられているのにはこのような深刻な背景があります。
この放射線治療の基盤を支え強化する学会として日本放射線腫瘍学会(JASTRO)があります。日本における放射線腫瘍学を発展させるためには、欧米のように独立した学会を持つ必要があるとの強い思いを持って1988年に発足しました。年を追って徐々に会員は増加し2009年には、総数が3,400名を超えるに至り、2008年12月には 一般社団法人に移行することができました。
日本放射線腫瘍学会は、放射線腫瘍学の推進を通じて、がん克服の一翼を担い社会に貢献したいと考えています。皆様のご支援をお願い申し上げる次第です。
追伸:日本放射線腫瘍学会のホームページが更新されました。
http://www.jastro.or.jp/



















略歴
昭和52年3月京都大学医学部卒業後、同大学放射線科助手、講師、助教授を経て平成6年8月大学院医学研究科腫瘍放射線科学教授就任(その後、放射線腫瘍学・画像応用治療学に分野名変更)、また同大学附属病院の放射線治療科教授。がんの放射線治療、温熱治療と工学と医学の異分野融合による新たな医療技術開発がライフワーク。京都大学ナノメディシン融合教育ユニット長、初代京大病院がんセンター長を務める。また日本癌治療学会会長、日本医学放射線学会・日本乳がん学会・日本ハイパーサーミア学会の理事等を務める。