
重粒子線の特性を生かした治療には、他にどのようなものがあるか。 反面、このような優れた治療情報を、一般的に主治医が提供できるか。
『重粒子線治療について(2)』
東京医科大学 茨城医療センター
菅原信二
菅原信二
4.骨・軟部(手術非適応腫瘍)
恵比寿
骨・軟部腫瘍は、過去20年間、切除を基本とした集学的治療が最も成果を上げて来た疾患です。しかしながら,仙骨部肉腫を例にとると,切除が第一選択であるのは変わりありませんが,腫瘍の存在範囲によっては高位仙椎の切除が必要となり,高位仙椎を切除すると排便排尿障害など術後の機能損失が大きくなります。手術自体の侵襲も大きいため,特に高齢者に対しては負担の大きい治療です。また,発症した時点ですでに腫瘍が巨大なことも多く,切除適応とならない症例も多いのが現状です 放射線治療も最近では外部照射だけでなく小線源なども駆使され、四肢の骨軟部腫瘍で患肢温存等に重要な役割を果たしています。しかし,本腫瘍は一般に放射線抵抗性であり,切除縁確保が困難で明らかな腫瘍残存を認める場合や、切除非適応となった症例での通常放射線治療の効果は不十分とされています。骨肉腫などの一部の組織型では化学療法が有効ですが,それだけでは局所療法として不十分です。一方、通常の放射線に比べて高い生物効果と線量集中性を示す重粒子線はそのような放射線抵抗性の骨・軟部腫瘍に対しても有効であると期待され,実際に期待通りの効果を得ることに成功しております。骨・軟部腫瘍に対する重粒子線治療は、切除非適応となった骨・軟部腫瘍症例を対象に1996年に第I/II相臨床試験(線量増加試験)として開始され、第II相臨床試験(線量固定)をへて現在、先進医療として実施中です。2009年2月までに登録された骨・軟部腫瘍は583名となりましたが、特に高度先進医療として認可された後の患者数の伸びが著しく,最近では重粒子線治療を希望する骨・軟部腫瘍症例は年間100名近くに達しています。最初の第I/II相臨床試験では52.8GyEから73.6GyEまでの線量増加を行いました。切除不能と判断された64病変に対して治療を施行した成績は,全症例の5年局所制御率62%と良好でした。また,線量と局所制御率には明らかな相関が認められ,さらに皮膚の耐容線量を検討した結果,推奨線量として70.4GyE/16回/4週が求められました。続いて行われた線量固定第II相試験の治療成績はさらに良好であり,2009年2月までに治療が行われた387例の5年局所制御率79%,5年生存率は61%を得ております。副作用としては皮膚・軟部の障害が3%程度発生しましたが、皮膚線量の低減を図るなどした結果、最近でほとんど発生していません。また、骨盤あるいは脊堆に発生した切除が困難な骨肉腫50例では、25%の5年生存率が得られました。骨肉腫は切除できない場合は,5年生存率10%以下とされていますから,この結果は特筆に値します(図10)。頭蓋底発生を除く脊索腫95例においては、5年局所制御率が88%で、5年生存率は86%でありました(図11-12)。仙骨に発生する脊索腫については2004年に国際的に評価の高い科学雑誌に報告し、2006年The Year Book of Oncology(腫瘍年鑑)でも取り上げられております。






5.頭頸部(局所進行癌,悪性黒色腫)
頭頚部悪性腫瘍に対する放射線治療は、外科療法に比べ口腔・咽頭などの機能温存に優れ、又、審美的にも推奨される治療法です。中でも重粒子線治療は、腫瘍の局所制御に優れ、且つ、腫瘍に線量を集中できることから、障害のない局所制御が可能な治療法として、その臨床試験が行われてきました。1994年6月より開始された線量増加試験は、1997年より第Ⅱ相臨床試験となり、2003年からは先進医療として治療が行われています。通常のX線治療では局所制御のむずかしい悪性黒色腫や腺様嚢胞癌などの他に,手術の困難な頭蓋底浸潤のある腫瘍などを主な対象としてきました。 16回/4週法を用いたI/II相試験の成績を紹介しますと54.0GyE(1例),57.6GyE(172例),64.0GyE(20例)の合計193例に対して照射を行いました。これらの症例の全体での早期反応はグレード 3の皮膚反応が7%,粘膜反応が11%にみられたものの,グレード3以上の晩発有害事象は認められませんでした。5年局所制御率は76.6%であり,放射線抵抗性腫瘍とされる腺様嚢胞癌でも75.5%(図13),悪性黒色腫で87.1%と良好でありました(図14)。さらに悪性黒色腫では,遠隔転移を制御する目的で炭素線と抗癌剤を同時に併用する新たなプロトコールも開始され,成績の向上を認めています。


6.その他

比較的最近になって適応疾患となり急速に症例数が増加している疾患の一つに直腸癌術後骨盤内再発があります。放射線抵抗性腫瘍の一つである直腸癌は直腸自体の副作用が避けられないことから初発時の治療として適用することは難しいと考えられますが,術後仙骨前部や骨盤リンパ節に生じた再発病巣に対する治療としては大変有効と考えられます。直腸癌の骨盤内局所再発は近年、術式や手術操作の改良により再発率は低下してきていますが、現在でも手術後5-20%に再発はみられています。再発病巣に対する治療は外科的切除が第一選択ですが、治癒切除不能となることが多く、さらに治癒切除を施行するためには骨盤内臓全摘術など大きい侵襲の手術が適応となることが多いことが問題でした。一方、従来のⅩ線照射では50%生存期間が12か月、3年生存率10%前後とする報告が多く、さらに最近では抗がん剤である5FUなどを中心とする放射線化学療法が行われるようになってきましたが、それでも局所効果は20%程度と満足すべき数字ではありません。多くの患者さんが制御を得られずに長期にわたって再発巣による疼痛に悩まされることになりました。直腸癌術後再発に対する炭素線治療は、2001年4月から第I/II相臨床試験が開始されました。適正線量を決定するため、線量を増加させる形式を採って,2004年2月まで38人の患者さんが治療されました。67.2GyE/16回/4週間から開始し、照射効果と安全性を確認しながら5%ずつの線量を増加し70.4GyE,73.6GyEで治療を行いました。この結果を受けて2004年4月から重粒子線の治療線量を73.6GyEに固定し先進医療として第II相試験が開始され現在も継続中です。副作用としては,現在までのところ、消化管・尿路系に比較的重篤であるグレード3以上の有害反応は認めていません。疼痛に関しては、早期に改善する例が多く、程度の差はあるが確実に効果が認められました。3年局所制御率は、67.2GyEで70.0%、70.4GyEで88.5、73.6GyEで93.7%と70GyE以上では良好な結果でした。また、3年生存率は67.2GyEで36.0%、70.4GyEで57.4%、73.6GyEでは72.5%と線量が高くなるにつれて生存率の向上が認められました。再発巣を炭素線で制御すると良好なQOLで、長期生存できるため,対象となる患者さんはもとより外科医からも大変歓迎される適応疾患となっております(図15-17)。






Ⅲ 将来展望
放医研における炭素線治療のこれまでの成果はそれ自体高く評価されるに足るものであると信じますが,歴史が浅いため,長期的な効果や晩期有害事象についてのデータはまだ少ない状況です。適応拡大や治療成績の向上を目指す上では,まだ多くの余地を残していることも間違いありません。X線治療が機器や技術の進歩に伴いレベルアップしてきたように炭素線を含めた粒子線治療は今後さらにレベルアップしていくことになります。
放医研でも新たなプロジェクトとして,より進んだ治療が実施できる新しい治療施設の建設を予定しています。そこではスキャンニングという新しい照射法の導入が予定されています。これは細いビームで腫瘍をスキャンして塗りつぶすように照射する方法で,従来の炭素線治療よりさらに標的の形状に一致した高線量域の形成が可能となります。また現在の治療では高線量域を標的の形状に一致させるために患者ごとにしぼり(コリメーター)や吸収体(ボーラス)を作成する必要がありますが,スキャンニング法ではこうした道具が不要となるため治療の準備期間の短縮にもつながると考えられます。
さらに,新施設では回転ガントリーの導入も目指しています。現在の固定ビームでの治療もそれ自体十分に確立した技術であり,精度にもまったく問題はありませんが,それ相応の手間がかかり治療効率の向上を妨げる要素であることも事実です。ガントリー導入が実現すれば,患者さんは仰臥位で楽に治療を受けられ,また治療の効率化が進むことで,より多くの症例数を治療できると考えられます。
他施設に目を向けると,国内では群馬大学が小型化した炭素線治療装置が導入され、3月16日より稼働を開始しました。群馬大学でも放医研での成果が検証されれば普及への大きな前進となるものと考えられます。また海外でもドイツやイタリアにすでに建設の始まっている炭素線治療施設があり,オーストリア,フランス,アメリカなどにも建設計画があります。
炭素線治療は,正常組織のダメージが少ないことから,化学療法との併用による副作用の増悪の懸念も少ないことになるため,化学療法との併用でさらなる適応の拡大や治療成績向上が得られる可能性もあります。
放医研でも新たなプロジェクトとして,より進んだ治療が実施できる新しい治療施設の建設を予定しています。そこではスキャンニングという新しい照射法の導入が予定されています。これは細いビームで腫瘍をスキャンして塗りつぶすように照射する方法で,従来の炭素線治療よりさらに標的の形状に一致した高線量域の形成が可能となります。また現在の治療では高線量域を標的の形状に一致させるために患者ごとにしぼり(コリメーター)や吸収体(ボーラス)を作成する必要がありますが,スキャンニング法ではこうした道具が不要となるため治療の準備期間の短縮にもつながると考えられます。
さらに,新施設では回転ガントリーの導入も目指しています。現在の固定ビームでの治療もそれ自体十分に確立した技術であり,精度にもまったく問題はありませんが,それ相応の手間がかかり治療効率の向上を妨げる要素であることも事実です。ガントリー導入が実現すれば,患者さんは仰臥位で楽に治療を受けられ,また治療の効率化が進むことで,より多くの症例数を治療できると考えられます。
他施設に目を向けると,国内では群馬大学が小型化した炭素線治療装置が導入され、3月16日より稼働を開始しました。群馬大学でも放医研での成果が検証されれば普及への大きな前進となるものと考えられます。また海外でもドイツやイタリアにすでに建設の始まっている炭素線治療施設があり,オーストリア,フランス,アメリカなどにも建設計画があります。
炭素線治療は,正常組織のダメージが少ないことから,化学療法との併用による副作用の増悪の懸念も少ないことになるため,化学療法との併用でさらなる適応の拡大や治療成績向上が得られる可能性もあります。
Ⅳ まとめ
炭素線は放射線抵抗性腫瘍として従来から考えられてきた腺癌系(腺様嚢胞癌,・肝細胞癌など)や肉腫系〈悪性黒色腫,骨・軟部腫瘍〉に対しても十分に局所制御が得られ,さらに良好な線量分布と治療技術の工夫により,正常組織の重篤な有害事象の発生を極めて低いレベルまで抑えることが可能となりました。
また,治療期間の短縮が図られ,肺・肝臓では1回ないし2回の超短期照射の安全性・有効性も示されました。また疾患によっては直腸癌の術後再発で経験されているように再発病巣や所属リンパ節転移を炭素線で効率的に治療することで,良好な予後の延長が期待できることも明らかになりました。
医療技術の進歩により,がんを治癒させることだけが目的ではなく,治療後の患者さんの状態・機能をいかに維持して治すことができるかということが問われる時代になっています。この点を考慮すると,炭素線治療のニーズはますます高まるものと感じております。炭素線治療は,現状では限られた施設で行われている特殊で高額な治療ですが,保険収載が認められ,施設数も増加してくればその適応は一気に拡大する可能性があると思われます。
なにより重要なこととして,現状の重粒子線治療は漸く臨床的有用性の第一段階を示したに過ぎない治療であり,今後,さらに大きな可能性を残していると考えられる点です。この可能性が広く認識されることを切望しております。そのためにはわれわれ当事者がより優れた治療法を目指して,常に前進を心がけることがきわめて重要であると同時に,癌治療に従事するすべての医師にこの治療が健やかに発展していくことに期待し,協力が得られることを切に願うものであります。現状で唯一の欠点は施設建設や運用に高額な費用を要することですが,それについても施設規模の縮小による改善が得られつつあり,加速器物理学の進歩によって,今後さらに小型化が進めば,広く普及することは間違いないと思われます。
また,治療期間の短縮が図られ,肺・肝臓では1回ないし2回の超短期照射の安全性・有効性も示されました。また疾患によっては直腸癌の術後再発で経験されているように再発病巣や所属リンパ節転移を炭素線で効率的に治療することで,良好な予後の延長が期待できることも明らかになりました。
医療技術の進歩により,がんを治癒させることだけが目的ではなく,治療後の患者さんの状態・機能をいかに維持して治すことができるかということが問われる時代になっています。この点を考慮すると,炭素線治療のニーズはますます高まるものと感じております。炭素線治療は,現状では限られた施設で行われている特殊で高額な治療ですが,保険収載が認められ,施設数も増加してくればその適応は一気に拡大する可能性があると思われます。
なにより重要なこととして,現状の重粒子線治療は漸く臨床的有用性の第一段階を示したに過ぎない治療であり,今後,さらに大きな可能性を残していると考えられる点です。この可能性が広く認識されることを切望しております。そのためにはわれわれ当事者がより優れた治療法を目指して,常に前進を心がけることがきわめて重要であると同時に,癌治療に従事するすべての医師にこの治療が健やかに発展していくことに期待し,協力が得られることを切に願うものであります。現状で唯一の欠点は施設建設や運用に高額な費用を要することですが,それについても施設規模の縮小による改善が得られつつあり,加速器物理学の進歩によって,今後さらに小型化が進めば,広く普及することは間違いないと思われます。
この寄稿は、独立行政法人放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院,
辻 比呂志,今井礼子,鎌田 正,辻井博彦の先生方のご協力をいただきました。
誠にありがとうございました。











以下に主な粒子線施設のホームページのアドレスを挙げておきます。
国立がんセンター東病院; http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/radiation_oncology.html
南東北がん陽子線治療センター; http://www.southerntohoku-proton.com/
放医研重粒子医科学センター;http://www.nirs.go.jp/hospital/index.shtml
筑波大学陽子線センター;http://www.pmrc.tsukuba.ac.jp/
兵庫県立粒子線医療センター;http://www.hibmc.shingu.hyogo.jp/
静岡県立がんセンター;http://www.scchr.jp/
略歴
菅原 信二(すがはら しんじ)
昭和60年3月 筑波大学 医学専門学群卒業
昭和60年4月 筑波大学附属病院 放射線科 医員
平成3年1月 (株)日立製作所 日立総合病院 放射線診療科 医長
平成13年1月 筑波大学講師 (臨床医学系,放射線医学)
平成20年10月 (独)放射線医学総合研究所
重粒子医科学センター病院 医長
平成22年1月より 東京医科大学准教授(放射線医学講座:茨城医療センター)
昭和60年3月 筑波大学 医学専門学群卒業
昭和60年4月 筑波大学附属病院 放射線科 医員
平成3年1月 (株)日立製作所 日立総合病院 放射線診療科 医長
平成13年1月 筑波大学講師 (臨床医学系,放射線医学)
平成20年10月 (独)放射線医学総合研究所
重粒子医科学センター病院 医長
平成22年1月より 東京医科大学准教授(放射線医学講座:茨城医療センター)