
早期の段階ではほとんど自覚症状などのないがん。自覚症状が現れた段階では既に手遅れなどと言われても患者は途方に暮れるばかり。PET診断は早期発見の切り札か。
『F-18-FDG PET/CTの「がん」を診るチカラ (2)』
セントヒル病院 セムイPET診断・放射線治療サイト
放射線室長 菅 一能
放射線室長 菅 一能





なお、日本核医学会と社団法人日本アイソトープ協会から、PET検査について核医学専門医がわかりやすく解説したパンフレット、「PET検査Q&A」が出版されています。いずれのPET施設にも置いてあると思いますので、皆様にはご参考いただければと思います。


ただし、「がん」のスクリーニングにおいて、FDG PETは、FDGの排泄経路の近傍にある腎癌や膀胱癌や、FDG集積程度が一定しない前立腺癌、肝癌などでは有用性が低く、胃癌、食道癌の発見には上部消化管内視鏡の方がFDG PETより優れています。逆に頭頚部癌、悪性リンパ腫ではFDG PETは他検査より優れています。従って、「がん」検診をPET単独で行うのは適切でなく、PETの弱点を補う検査を併用し総合的に行なう必要があります。このため、多くの施設のFDG PET検診では、超音波検査、MRI, 内視鏡検査、腫瘍マーカー(血液検査)、喀痰細胞診など他検査を組み合わせて総合的に行われています。
本文中にも述べましたが、FDG PETまたはFDG PET/CTで「がん」検診を行っている施設の全国調査では、受診者の1.27%(100人中1.2人)に見つけ出されていました。通常の臓器別に行われる健診に比べ、相当(10倍前後)に高い率です。これは、FDG PETが、全身の多種類の悪性腫瘍をFDG 異常集積として見つけ出す能力を持つためと考えられます。また、自覚症状のない受診者が対象者であるため、私の施設も含め早期がんが多く発見されています。
FDG PETやFDG PET/CT検査料(社会保険診療報酬)は、確かに高く申し訳なく思っております。自施設で陽電子を出す核種を産生するためのサイクロトロン装置を持ちF-18 FDGを作る方法だけでなく、最近では、製薬会社のサイクロトロン施設から配給されるF-18 FDGを用いる事も可能になりました。しかし、この場合でも検査料が安くなるわけではありません。
検査料が高いのは、サイクロトロンやFDG PETやFDG PET/CT装置の設備費や装置のメンテナンス費用に加え、複数の診療放射線技師、看護師・薬剤師、医師、事務員が携わる必要があるからだと思います。それでも、米国メディケアのFDG-PET検査料が12万円~18万円なのに対し、本邦での検査料は8万6千円ほどで世界中で最も低額のようです。このため、国内で黒字状態にある施設は少なく、医療の質を向上を図るため採算面は度外視して導入する施設も多いです。皆様には、この辺の事情も周知していただければ幸いです。
FDG PET検査の検査料は高めですが、CTやMRなどに本検査を加えることで、「がん」の種類にもよりますが、約1/3ほどの患者さんの治療方針が変更がされます。有効性に欠しい手術が回避でき、早期「がん」が見つけられた場合には、治療費が安く入院期間も短くて済みます。また、手術や他治療後の予後も良くなります。一例として、「大腸がん」におけるFDG PET検査の医療経済効果は、日本アイソトープ協会PETワーキンググループの試算では、日本全体で年間65億6,071万円の節減になり、患者さん一人当たりでは58万9,299円の節約になると報告されています。


原発巣のFDG 集積が乏しい悪性腫瘍でも、リンパ節転移巣や他部位の転移巣にはFDG集積が認められ、ステージングや再発巣の検出においてFDG PET検査が有用であることは少なくありません。これは転移巣における細胞構築や悪性度が変化するためと考えられます。脳は生理的にFDG集積が高いので、悪性腫瘍がFDG異常集積として認め難い例もあり、他領域に比べFDG PETの有用性は低いとされています。しかし、FDG集積の高い腫瘍もあり、また放射線壊死と再発の鑑別には有用です。脳領域では、FDG PET検査の弱点を改善するため、保険適応はありませんが、FDG の代わりにメチオニン(MET)を使用した検査も行なわれます。


一方、腫瘍の病気分類(ステージング)では、組織型にもよりますが、多くの固形癌では大きさが1-3 cmのものは早期癌に入るものは多く、FDG PETで1cmを越えた大きさのものが検出されることは、十分に意義があると考えます。少なくとも痛みなど自覚症状が出て初めて発見される状況よりは、手術や治療、生活の質、費用の負担などの面で有利になることが多いはずです。
肺癌検診に用いられる胸部CTに眼を向けてみると、大きさが2-5 mmの小さい病変でも鋭敏に検出されます。しかし、5 mmより小さい病変は、小さ過ぎて特徴に乏しく組織検査も行ない難く、「がん」と他病変の鑑別が困難なことが多く、通常は1年後の経過観察で大きさの変化をみることが行なわれます。FDG PET検査でも、一定の期間をあけた経過観察により、早期「がん」を見過ごさないようにする方法もあると考えます。


繰り返しになりますが、FDG PETやFDG PET/CT検査も他の各種画像検査と同様に強い部分と弱い部分を持ち合わせておりパーフェクトではありません。弱点を熟知しておき、必要に応じ弱点を補う他画像検査や内視鏡検査、尿検査、細胞病理検査などを合わせて行ない、検出能力の向上を図ることが重要です。




FDG PETやFDG PET/CTに限らず、放射線を利用する検査に共通して言えることですが、妊娠女性では、胎児や出生直後の新生児の放射性感受性は高く、奇形の発生や出生後の小児白血病などの発がんの確率は高くなると言われています。また放射線の影響は胎児の週齢によって異なりますが、10mSv以下の胎児被曝でこれらの影響が発生することはないとされています。しかし、妊娠期間中は一度に2mSv (ミリシーベルト)以上の被曝はさけるべきです。特に、妊娠して8-15週までが放射線の感受性が高い時期は注意を払うべきです。したがって妊娠中・妊娠の可能性がある方は検査を避けるべきと考えて下さい。
ちなみに、私たちは、年間平均で2.4 mSVの自然放射線被曝を受けています。宇宙線、自然界や食物中にある放射線同位元素によるものです。ブラジルのガラパリ地方という所では、モザナイトという鉱石からの放射線による被曝も加わり、年間平均約10mSvの自然放射線被曝があります。この地域のWHOと各国の調査が行われており、この地域住民の乳幼児死亡率、出産児の性比、生殖能力(妊性)、染色体異常、先天性異常などについて放射線の影響は認められなかったとされています。
日常診療でやむを得ず放射線を利用した検査をしたとしても、堕胎をする必要はありません。放射線被曝の胎児に起きる影響としては、流産、奇形、発育障害が知られていますが、胎児被曝と奇形発症との関連性はICRP Pub.84に明記されていて、100~200mSvの放射線被曝以下では有意な増加は無いとされています。
FDG PET単独検査の被曝線量は、F-18 FDGの投与量にもよりますが、約2.2~4 mSvです。PET/CT検査ではCT撮像も加わりますので、約2~12 mSv 分が加わり、合計約4.2~16 mSvほどになりますが、放射線障害が起きることはありません。なお、検査後の授乳は、検査当日のうちは、母乳に少量ですがF-18 FDGが含まれているので、直接授乳はさけ、母乳は検査前に搾乳しておいたものを与えるのが良いです。翌日からは通常通りにされて下さい。


放射線を使用する診療行為では、受診者の利益と不利益を考慮し、必要性があれば検査を行なうが、可及的に必要最低限の被曝線量で済むように努めることが重要です。現在、3人に1人は「がん」で死亡する状況にあります。放射線被曝のリスクを避けるために、放射線を利用した検査を含む検診を受けないでおいた場合、「がん」に罹っていることを知らずに過ごし、克服する機会を逃すリスクは大きいのではと考えます。
なお、CT検査をする場合は、FDG PET/CT検査でのCT撮像も含め、心臓ペースメーカーの機種によっては、胸部CT 撮像が禁止されているものがあり注意が必要です。胸部CT撮影をして良いかどうか、あらかじめ医療機関にご相談ください。


心筋のPET検査としては、FDG PET以外にも、心筋の血流状態を見るため、陽電子を出すアンモニアを使用した PET検査もありますが、現在、保健適応はありません。








一方、進化する装置になればなるほど高額になり、所有する施設の経済的負担が大きくなるのも現実です。地域医療の中で、医療機関が連携をとって共同医療資源として活用し支えて行くと言う考え方が、医療の質を担保し高めて行く上で重要と考えます。皆様には、この点もご理解いただければ幸いです。
略歴
セントヒル病院 セムイPET診断・放射線治療サイト
放射線室長 菅 一能 (すが かずよし)
昭和54年山口大学医学部卒業、山口大学医学放射線科に入局、下関市立病院、厚生連長門総合病院放射線科勤務を経て、平成8年から山口大学医学部附属病院放射線部 助教授。この間、平成7年にアメリカ合衆国コロンビア大学プレスビテリアン医学センターに文部省在外研究員として留学。平成18年から、医療法人聖比留会セントヒル病院セントヒル病院セムイPET診断・放射線治療サイト 放射線室長として現在に至る。日本医学放射線学会専門医認定医、日本核医学会認定医、PET核医学認定医、マンモグラフィ乳癌検診認定医。連絡先:〒755-0155 山口県宇部市今村北三丁目7-18(電話0836-51-5111)E-mail:sugar@sthill-hp.or.jp
放射線室長 菅 一能 (すが かずよし)
昭和54年山口大学医学部卒業、山口大学医学放射線科に入局、下関市立病院、厚生連長門総合病院放射線科勤務を経て、平成8年から山口大学医学部附属病院放射線部 助教授。この間、平成7年にアメリカ合衆国コロンビア大学プレスビテリアン医学センターに文部省在外研究員として留学。平成18年から、医療法人聖比留会セントヒル病院セントヒル病院セムイPET診断・放射線治療サイト 放射線室長として現在に至る。日本医学放射線学会専門医認定医、日本核医学会認定医、PET核医学認定医、マンモグラフィ乳癌検診認定医。連絡先:〒755-0155 山口県宇部市今村北三丁目7-18(電話0836-51-5111)E-mail:sugar@sthill-hp.or.jp