
『製薬会社から医師への多額の金銭の支払い(3)』
尾崎 章彦
- ①多額の金銭が講演料、原稿料などの形で製薬会社から医師に支払われ、その患者に最適とは言えない抗がん剤が使われたりする可能性が生じている。
- ②手術と放射線治療が同等の治療成績である場合でも、ダビンチなどを導入した場合、経営上の理由から手術が選択され、切らなくてもいい場合にも切られる可能性がある。
- ③専門医制度などで一定の実績を積まなければならない場合、患者のためよりも専門医制度のために最適とは限らない治療法が選択される可能性もある。
- ④実績を積むために、無理に新しい治療法を行う場合もあり、そのために医療事故が発生し大きな問題となったこともある。
今回は尾崎先生がJBpress本年7月6日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53496)および 7月23日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53601)にご寄稿されたものを、ご許可を得て転載させていただいた。 ご厚意に感謝いたします。なおこのシリーズは6回連続ですので、「がん医療の今」ではこれを2回ずつまとめ、3回に分けて掲載予定で今回はその3回目です。
医師への謝礼金を公開したがらない日本の製薬企業
嫌々の情報公開、データ検索にはほとんどの企業で個人情報の入力が必要に
製薬企業からの医師支払いデータについて分析を進めている。 今回の記事においては、それぞれの製薬企業の情報公開体制についてフォーカスを当てる。
この連載の初回記事において第一三共の情報公開体制について分析したが、 それを日本製薬工業協会(以下、製薬協)に加盟している71社全体に広げた内容である(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53293)。
対象とした製薬企業は以下のURLから確認することができる。(http://www.jpma.or.jp/tomeisei/guideline/2016.html)
まず各企業が支払いデータの閲覧・使用に際し、禁止事項を定めているか評価した。
自由なデータ閲覧は10%未満
その結果、自由なデータの閲覧・使用を認めていたのは、ポーラファルマ、ユーシービージャパン、あゆみ製薬、テルモ、日本新薬、ヤンセンファーマ、中外製薬の7社(9.9%)のみであった。
その他の製薬企業は禁止事項を列挙し、申請者がそれらの文言に了承した場合のみデータを公開するという体制を敷いていた。
注意していただきたいのは、データ利用の制限は、個人名と紐付けされていない「講演会等会合費」や「説明会費」にも及ぶことだ。
個別の医師への支払いと異なり、これらのデータは個人情報にさえ当たらない。 このようなデータの利用に制限を設ける意味はあるのだろうか。
また、支払いデータ公開の開始日と終了日も統一されていなかった。 これは、内資企業と外資企業のデータ公開開始日が異なっていることに言及したわけではない。
内資企業の公開開始日が4月1日であるのに対し、外資企業のそれが1月1日であることは、決算のタイミングを考慮すれば致し方ないと思われる。
問題は、内資企業の間でも開始日が異なっていることだ。
例えば、マルホの公開開始日は10月1日、藤本製薬は7月1日、京都薬品は6月1日、久光製薬は3月1日である。 結果として、厳密な意味でのデータの比較が困難になっている。
では、個別の医師への支払いデータにたどり着くにはどのようなプロセスがあるのだろうか。
約4割の企業が個人情報を求める
71社のうち、個別の医師支払いが公開されていなかったシャイアージャパン、ブラウザの関係でデータの閲覧ができなかった興和、 支払いデータの閲覧申請後も期間内に許可をえられなかったトーアエイユーを除く68社について調査した。
まず実際のデータの閲覧を許可する前に申請者の個人情報の入力を要求する製薬企業がどの程度存在するか評価した。
すると、27社(39.7%)が申請者に対して何らかの個人情報の入力を要求していた。
具体的な個人情報の種類としては、名前(38.2%(68社のうち26社))、施設名(19.1%(68社のうち13社))、住所(17.7%(68社のうち12社))、 メールアドレス(39.7%(68社のうち27社))、電話番号(27.9%(68社のうち19社))が挙げられた。
また、26社(38.2%)は、申請を受けた後に社内での審査を行ってからデータの閲覧許可を与えていた(トーアエイユーのように閲覧許可を依然認めていない企業も存在した)。
さらに、26社のうち24社(92.3%)は、このような閲覧許可に期限を設定していた。 その期限は大多数が1週間前後と非常に短かった。
実際にデータはどのような形式で提供されているのだろうか。
スプレッドシートのような使いやすい形式でデータを提供している会社は1社もなく、 ウエブサイトのみで閲覧が可能な特殊なアプリケーションを用いて情報提供を行っている会社が57%(39社)を占めた。
このようなアプリケーションはとにかく使いにくい。 最低限PDFで公開すればいいように思われたが、そのような企業は22社(32.4%)と少数派だった。
患者の視点が欠けている製薬企業
データのダウンロード、医師名の検索はそれぞれ27社(39.7%)、19社(27.9%)においてのみ可能だった。 このような有様では、患者が自らの主治医への製薬企業からの支払いを調べようとはほとんど不可能である。
結局、製薬企業が支払いデータの利用に制限を設けているのは、医師に対してのアピールに過ぎず、医薬品を使う患者への視点が欠けているように感じられた。
私は、製薬企業から医師に業務が依頼され、その見返りとして謝金が支払われることそのものは悪いことではないと思う。
ただ、注意しなくてはならないのは、処方された医薬品を身銭を切って支払うのは患者であり、医師の懐が痛むことはないということだ。
結果として、医師においては処方箋を切ることへの自制が働きにくいため、製薬企業が支払いデータを公開することでバランスを取る必要があるのだと思う。
ノバルティス事件然り、グルシンガー事件然り、製薬企業と医師が密室の中でやり取りを行う中で、一定の確率で不適切な関係が構築されることは歴史が証明している。
製薬企業と医師の関係の透明化を進めることは、そのような事態を未然に防ぐための先人の知恵なのだ。
とは言え、極端に日本の状況を悲観しているわけではない。 例えば、米国や豪州は日本に先んじて、製薬企業からの医師への支払いデータを透明性の高い形での公開を達成した。
しかし、ある製薬業界の関係者は、 「米国などで透明化への流れが先んじているのは、そのような仕組みがなければより野放図にやりたい放題になってしまうという危機感があったのではないか。米国は社会主義国のような日本よりも遥かに獰猛です」と語る。
加えて、米国や豪州においても、これらの仕組みが構築されるまでにそれなりの時間を要している。
米国のサンシャイン法は、2007年に上院議員のCharles Grassley氏によってはじめて提案された際には廃案となり、その後、2010年になってようやく制定された。
また、豪州の製薬協に当たるMedicines Australiaは2007年に加盟製薬企業に、主催したイベントにおける金銭データの公開を義務付けたが、この時点では個人への紐付けは行われていなかった。
個人に紐付けしての情報公開が開始されたのはごく最近の2016年からである。このような先例を考慮すると、長期的には日本においてもより透明度の高い方法での医師支払いデータの公開が進むだろう。
しかし、その実現までの期間を短くするために、厚生労働省や製薬企業、製薬協に市井から声を上げ続けることはとても重要だと思う。
次回は、日本独特の慣習である奨学寄付金を中心に、製薬企業の販促活動として行われている支払いについて総括を試みる。
日本流で医師の懐潤わす製薬企業からの学術研究助成費
製薬企業から医師への支払いの分析6回「B項目」
製薬企業から多額のお金が様々な形で医師へ流れている。その実態を今まで4回に分けて紹介してきた。 今回の記事においては、日本製薬工業協会の定める枠組みでB項目と呼ばれる「学術研究助成費」を取り上げる。
C項目「原稿執筆料等」が医療者個人への支払いだったのに対して学術研究助成費は学会やその他の団体に対する支払いとなる。
原稿執筆料より多い学術研究助成費
その内訳は、(1)奨学寄付金、(2)一般寄付金、(3)学会等寄付金、(4)学会等共催費である。
まず、学術研究助成費の総額を示す。実は、その額は原稿執筆料のそれよりも多い。
2016年度の原稿執筆料が277億円であったのに対して、学術研究助成費は376億円だった。このうち、221億円を計上し、全体の58.9%を占めるのが奨学寄付金である。
奨学寄付金は、「大学をはじめとする研究機関に対する教育・研究等の奨学を目的として提供する寄付金」と定義される。
図1に国内医薬品売り上げと奨学寄付金の関係を、図2に、国内医薬品売り上げ1億円あたりの奨学寄付金を示す。


MSDやノボノルディスクファーマなどの例外を除き、外資系製薬企業における奨学寄付金の額は総じて内資製薬企業よりも小さい。 また、その差は国内医薬品売り上げが増加するに従って拡大する。
中には、ブリストル・マイヤーズ・スクイブのように、奨学寄付金を一切支払っていないような企業も存在する。
内資製薬企業と外資製薬企業において、大きな差が生じる理由は、奨学寄付金が日本固有の支払い体系であることが背景にある。
海外には奨学寄附金の概念がない
ある内資製薬企業幹部は、「海外には奨学寄付金に該当する概念は存在しない。 そのため、外資製薬企業の方々は本国に奨学寄付金について理解してもらうことに苦労していた」と言う。
実は、奨学寄付金はこれまでも海外から批判を浴びてきた。最大の理由は、その使途に明確な制限がないことだ。
奨学寄付金は、極端な話、BBQのようなレクリエーションのコストに充てても咎められることがない。 また、どの講座や研究室にどの程度の額の奨学寄付金を提供するかといった選択も、製薬企業の裁量で決められている。
以上を踏まえると、そのあり方が不透明として批判を招くのはやむを得ないように思われる。
一方で、第3回の分析においても言及したように、前述の内資製薬企業幹部によると、 「外資企業は、奨学寄付金の代わりに基金やNPOを立ち上げて医師に利益供与を図ることも多い」という。
このような第三者機関を介した利益供与は、現在の枠組においては十分に捉えることができない。 そのため、杓子定規に、外資企業と内資企業で透明性への取り組みを評価することは難しいように思われる。
次に、一般寄付金について分析する。
一般寄付金は、「医学・薬学に関する活動を行う公益法人や特定非営利活動法人等の会合開催や事業運営の支援等を目的として提供する寄付金」を指す。
全体として55.1億円を計上し、学術研究助成費全体の14.7%を占める。その分析結果を図3と図4に示す。


MSDやノボノルディスクファーマのように平均を上回る例外もあるが、外資企業と内資企業の差は奨学寄付金以上に顕著であった。
前述の製薬企業幹部は、「外資企業は寄付に対して特に厳格である」 「私たちの業界においては、〇〇大学医学部記念事業といった寄付依頼が溢れている。 しかし、アストラゼネカやファイザー、グラクソ・スミスクラインは、建物への寄付にはかなり難色を示していた」と言う。
一方で、内資製薬企業においては、企業ごとの方針に大きな違いがありそうだ。
図5においては、中外製薬や小野薬品、持田製薬が平均を多く上回っている一方で、アステラス製薬や武田薬品、田辺三菱製薬は平均をかなり下回っていた。 「中外製薬は相対的に医療者との関係性が近い会社」(製薬企業幹部)だと言う。

次に、国内医薬品売り上げと学会寄付金の関係を考察する。
学会寄付金とは「学会等の会合開催や事業運営の支援を目的として提供する寄付金」に当たる。
その総額は17.8億円であり、学術研究助成費の4.8%を占める。分析結果を図5・6に示す。


これまでの分析と同じように、外資企業の支払いは内資のそれよりも少なかったが、奨学寄付金や一般寄付金ほどは顕著な差がなかった。
さらに図7・8に学会等共催費の分析結果を示す。


この項目は、「学会と共催する会合(ランチョンセミナー、シンポジウム等)のために支払われた費用」に該当し、総額74億円、学術研究助成費全体の19.9%を占める。
この項目に至っては外資企業の支払いの方が内資のそれよりも多かった。 言われてみれば、各種の学会に参加した際に、特別外資企業のランチョンセミナーやシンポジウムが特段少ないと言う印象を受けたことはない。
第2回(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53377)の記事で分析したように、学会は日本の医学界において非常に大きな役割を占める。 学会を重視する姿勢は、外資・内資問わず、製薬企業に共通する特徴なのだろう。
最後に、学術研究助成費の公開体制について分析する。
原則として、学術研究助成費においては、各団体への個別の支払いが公開されている。 加えて、前回ご紹介した原稿執筆料とは異なり、閲覧に特別な申請が必要ない(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53496)。
一方で、公開されているデータフォーマットはスプレッドシートのような形式を取っておらず、各企業のデータを集計し、分析することは極めて難しい。
学術研究助成費の枠組みで公開される項目は個人情報を含まないため、より自由度の高い情報公開を行う際の調整コストはかなり低いように思われる。
製薬企業の方々にはその実施を是非検討いただきたいと考えている。
外科医、平成22(2010)年3月 東京大学医学部卒平成22年4月 国保旭中央病院 初期研修医 平成24年4月 一般財団法人竹田健康財団 竹田綜合財団 外科研修医平成26年10月 南相馬市立総合病院 外科 平成29年1月 大町病院 平成29年7月 常磐病院 外科研修医時代に経験した東日本大震災に大きな影響を受ける。 平成24年4月からは福島県に移住し、一般外科診療の傍,震災に関連した健康問題に取り組んでいる。 専門は乳癌。2017年には乳癌の臨床試験CREATE-X試験における利益相反問題、公的保険の不正請求疑惑について追及した。