市民のためのがん治療の会
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『前立腺がんとPSMA-PET』


京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座(画像診断学・核医学)
教授 中本 裕士

我が国で一般的に行われるペット(PET)検査は、フルオロデオキシグルコース(FDG)を静脈内に投与し、PET/CT装置で画像を得るもので、多くの悪性腫瘍の検索に利用されています。 この検査は、使用する薬剤名にちなみ"FDG-PET検査"とも呼ばれます。 PET/CT装置が非常に高価であるため、検査を行える施設は限られますが、CTやMRIなど従来の画像診断で捉えきれない病変を発見できることがあり、がん診断において重要な検査の一つとされています。 FDG-PET検査でがんを検出できるのは、多くのがん細胞でブドウ糖を取り込む性質が高まっているためです。 FDGはブドウ糖と似た構造を持つため、疑似餌のようにがん細胞に取り込まれ、そこから放射線が放出されます。 これを画像化することで、体内のがんの場所を同定することが可能です。転移巣や重複がんが予期せぬ場所に発見されることもあり、治療方針の決定に役立ちます(図1)。 しかし、"前立腺がん" はブドウ糖の取り込みが弱い場合が多く、FDG-PETでは病変が描出されにくいという課題があります。


<図1の説明>
FDG-PETの一例。 食道がんの治療方針を決めるために、FDG-PET検査が行われた。 既にわかっていた食道がん(矢印)とともに、予想していなかった下行結腸の大腸がんが疑われ(矢頭)、その後内視鏡検査で確認された。 重複がんとして治療することになった。

前立腺がんの診断を補うために開発されたのが、PSMA製剤を用いるPSMA-PET検査です。 PSMAとは「前立腺特異的膜抗原(Prostate Specific Membrane Antigen)」の略で、前立腺がんの細胞膜に多く発現しています。 この検査では、PSMAに高い親和性を持つ薬剤を投与し、前立腺がん細胞に結合した薬剤から放出される放射線をPET/CTやPET/MRIでとらえ、画像化します。 PSMA-PET検査は前立腺がんの転移や再発の病変を描出する能力に優れており、治療方針の決定に貢献します。 特に、根治治療後の経過観察中に腫瘍マーカーPSAが上昇した場合、転移・再発部位を特定する手段として有用です(図2)。 転移巣や再発巣をみつける目的でCTや骨シンチグラフィが用いられていましたが、諸外国ではこのPSMA-PETがさかんに行われています。


<図2の説明>
PSMA-PETの一例。 前立腺がんの治療後にPSAが上昇し、再発が疑われていた。 骨に一致する複数の取り込みがみられ(矢印)、多発骨転移であることが判明した。

PSMA-PETには、前立腺がんの病変をみつけること以外にもうひとつ重要な役割があります。 それは、病変(=治療すべき標的)におけるPSMAの発現を確認することができることです。 既知の病変が陽性であればPSMAが発現していることがわかり、陰性であれば発現が乏しいと判断できます。 PSMAが陽性の症例に対して、PSMAに親和性の高い治療薬を投与することでがん細胞を殺す治療が行われています(図3)。 治療目的の放射性核種としては、ベータ線を出すルテシウム-177が一般に用いられていますが、最近ではより殺細胞効果の高いアルファ線を放出するアクチニウム-225が注目され、良好な治療成績が報告されています。

現在、日本ではPSMA-PET検査は保険適用外であり、一部の患者は海外で診断や治療を受けている状況です。 しかしながら、このようなPSMAを標的とする診断と治療を国内での臨床導入に向けた取り組みはすでに進行中であり、近い将来、日本でも広く利用可能になると期待されています。


<図3の説明>
PSMAを標的とした画像診断と治療の模式図。 検査薬と治療薬にはそれぞれ68Ga、177Luのような放射性核種が含まれている。 検査薬を投与すると、前立腺がんに発現したPSMAを認識して結合する。 ここからガンマ線が出てくるため、これをとらえることで病変の同定が可能となり、同時にこの病変がPSMAを発現していることもわかる。 PSMAの発現を確認した後に治療薬を投与すると、治療薬はPSMAを認識して結合し、ベータ線が殺細胞効果をもたらす。

中本 裕士(なかもと ゆうじ)

1991年に京都大学医学部卒後、京都大学医学部附属病院放射線科・核医学科、北野病院 放射線科に勤務。 1996年に大学院に進み、2000年に学位(京大医博)取得。 その後、2000-2002年にミシガン大・ジョンズホプキンス大に留学、 2002年より先端医療センター映像医療研究部・主任研究員、 2005年より京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構 助手(特任)・助教、 2009年より京都大学大学院医学研究科放射線医学講座(画像診断学・核医学)・講師、 2016年より京都大学医学部附属病院放射線部・准教授を経て、 2020年より現職の京都大学大学院医学研究科放射線医学講座(画像診断学・核医学)・教授。

認定医・専門医・資格
日本医学放射線学会 放射線診断専門医( #R08340DR )
日本核医学会 核医学専門医 ( #200263 )
日本核医学会 PET核医学認定医 ( #P00250 )
第1種放射線取扱主任者(第29459号)

所属学会
日本医学放射線学会 (代議員・理事)、日本核医学会 (評議員・理事)、日本磁気共鳴医学会(代議員)、日本放射
線科専門医会・医会(理事)、日本神経内分泌腫瘍研究会(理事)
北米放射線学会(RSNA)、米国核医学会(SNMMI)

受賞歴
2017年 Asian Nuclear Medicine Academic Forum ポスター賞
2017年 第15回産学官連携功労者表彰 厚生労働大臣賞
2020年 久田賞(Annals of Nuclear Medicine論文賞) 銅賞など、多数

研究分野
画像診断学、腫瘍核医学
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