
『がん死後の家族に対する遺族支援(グリーフケア)』
村上 典子
皆さんは「グリーフケア」と言う言葉を聞いたことがあるでしょうか。 グリーフ(grief)とは大切な人・ものなどを失った後の心理的・身体的・社会的反応であり、日本語では「悲嘆」と訳すのが一般的です。 グリーフはがんで臓器を失ったり、通常の日常生活を送れなくなった、がん患者さん全般にもあてはまる反応と言えますが、 グリーフケアという言葉は主に「死別後の遺族のケア」を指すことが多いです。 このサイトは「がん治療について」がテーマなのに、このような縁起の悪い話を書くことは憚られましたが、 会のお許しがあったので、今回はがんで家族を喪った遺族への支援(グリーフケア)について書かせていただきます。
まず、悲嘆反応のプロセスについて。
- ショック、茫然自失、感覚麻痺(頭が真っ白になって何も考えられない)
- 混乱、興奮、パニック状態(激しく泣き叫んだりする)
- 否認(事実を受け入れられない)
- 怒り(第三者やケアする人に八つ当たり的に向くことも)
- 奇跡を願う(奇跡的に助かるに違いないと考える)
- 後悔、自分を責める(かなり過去にさかのぼって自分を責めることもある)
- 喪失した事実に直面し、落ち込む(現実のこととして直面する)
- 絶望、深い悲しみ(かなり長い期間続くことも)
- 喪失した事実を受け入れる、あきらめる
- 再出発、再適応(故人のいない生活に適応する)
これは、がんの告知を受けた時の反応にも重なる部分があるかもしれません。 その場合は最後は「再出発」により、がんと闘病しようという意欲につながっていくことでしょう。 しかし、遺族の場合はなかなか「再出発」とはいかず、「大切な人がいなくても、それでも生きていくしかない」と自分がその生活に無理にあわせていくしかありません。
「予期悲嘆」という言葉があり、患者さんが亡くなる前から、家族のこの悲嘆のプロセスは始まっていると言えます。 「もう死を避けられない」段階にきた時や、病状が急激に増悪した時など、このプロセスをたどることになります。
グリーフケアのポイントとして私が大切にしていることを述べます。
1.死別の状況やそこにいたる経過が重要
先ほど予期悲嘆について触れましたが、がんの終末期ケアと同時に、家族(遺族)へのグリーフケアが始まっていると言えます。 亡くなった原因(死因)をきちんと知ることは重要で、当院に受診している遺族でも、がんであることはもちろんわかっていて、 ある程度覚悟していたとは言え、最期に急変した時の説明が不十分であったり、納得いかなかったことへの無念の思いを訴えられる方がいました。
2.遺族の「語り」の尊重
まず家族(遺族)の語られることを「共感をもって傾聴する」ことが第一歩です。 遺族が自分自身の語りを通じて、心におちる所、いわば「ある種の納得を得る」ことが大事です。 たとえば「最後に旅行など思い出作りができてよかった」「本人が苦しみから解放されてよかった」などです。
3.抑圧され、遺族自身も気づいていない悲嘆がある
遺族が(意識的あるいは無意識的に)悲嘆をおしこめている時は、不用意に悲嘆に踏みこまないことも大切です。 たとえば、私は臨終の際の詳しい状況などは、重要な情報ではありますが、その方の様子を見ながらで、最初からはあまり詳しく聞かないようにしています。 「自分がしっかりしていないといけない」と意識して、気丈にふるまっている場合もありますが、無意識に悲しみをおさえこんでいることもあります。 人はあまりにも辛い時は心にふたをして直面することを避けることで自身の心を守ることがあります。 その場合は無理に心のふたをこじあけることなどないように、十分な注意が必要です。
4.「治す」というより「寄り添う」こと
がん終末期ケアと同様、「治す」ことが目的というよりは、悲嘆に「寄り添う」ということが大切となり、 言葉ではなく黙ってそばにいるだけで十分な場合もあります。
5.遺族のニーズに合わせる
時には経済的支援や生活援助など、現実的・社会的サポートが精神的ケアより必要な時がありますので、ひとりよがりや自己満足に陥らないようにせねばなりません。
6.遺族のペースにあわせる
遺族の時の流れはゆるやかで、周囲が「(たとえば)もう半年たったから大丈夫でしょう」という態度であっても、 「まだまだ昨日のことのように生々しく辛い」ということもあります。
私は心療内科の医師として、病気、事故、自死、災害などで家族を喪った人のグリーフケアに携わっています。 最近13年間ぐらいの方の統計をとってみますと、死因では105人中がんが32人と3割を占めており、最多ではあるのですが、 がんで亡くなる方の絶対数からすると決して多いとは言えません(自死が23人もいますので)。 これはいろいろな要因があると思われるのですが、一つはがんの診療現場では「家族へのケア、その後、遺族になってからもグリーフケアが必要だ」という認識が結構広がってきているので、 患者さんが治療を受けた病院で、そのまま「遺族外来」「遺族会」など何らかのサポートを受けることができる場合もあるからかと思われます。 そして二つ目に、がんによる死別は災害や事故のような「何の前触れもない突然の別れ」ではなく、心の準備をする期間が与えられるということです。 私はいろいろな遺族の診療をする中で、亡くなる前に悲嘆が重症化することを防ぐ方法があるとするなら、それは「できるだけ後悔のないように最期の時を共に過ごす」ことではないかと考えています。 この原稿が、がんによる死別の悲嘆を少しでもやわらげるために役立てていただけるなら幸いです。
【参考文献、資料】
1)一般社団法人 日本DMORT編「家族(遺族)支援マニュアル(2024年能登半島地震編)
(非売品:日本DMORTのホームページhttp://dmort.jp/ からダウンロード可能)
2)日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会編「遺族ケアガイドライン2022年版」金原出版株式会社
3)村上典子、黒田 綾、増尾佐緒里、他:「心療内科での遺族ケア専門外来において死別による心身の不調を主訴に受診した患者の臨床的特徴」心身医学誌(印刷中)
神戸赤十字病院 心療内科部長
1987年3月、関西医科大学医学部卒業。
5年間の内科医としての経験を経て、1992年1月から関西医大第一内科心療内科部門(現・心療内科学講座)に所属。
1996年4月、阪神・淡路大震災被災者への心身医学的ケアのために新設された、神戸赤十字病院心療内科勤務となる。
2003年8月、神戸赤十字病院が新築移転、同部長となり現在に至る。
専門分野:災害時のメンタルケア、グリーフケア
日本心療内科学会理事(災害支援プロジェクト委員長)
日本グリーフ&ビリーブメント学会 代表理事
日本スピリチュアルケア学会 理事
一般社団法人日本DMORT(ディモート)理事長