『「トリチウムの危険性」、『不撓不屈』「天つば人生、でも言わせていただく」の感想』
私は西尾先生と学年は違いましたが同時代に1969年の札医大闘争の中で青春を駆けぬけました。 今の季節になると、当時闘いの渦中で暑い夏のアスファルトの道を歩きながら、そこからゆらゆらと立ちのぼる陽炎に逡巡と怒りの自分を見た古い記憶が懐かしくよみがえってきます。 それから数十年が過ぎ去りました。 札幌医科大学を中退し職業的には異なる道を歩んだ私は、西尾先生が放射線科の医師として医療だけではなく原発の危険性などについて発言をされていることをメディアで知りました。 歯に衣着せぬ発言は若き日の西尾さんを彷彿とさせ、何年たっても私からすれば「身近な」人で一方的にエールを送っていました。 先生の実践は、労働運動にとりくむ私の心に力強く響いたからです。
14年前、市の健診で私の食道にがんが見つかりました。 早期のがんでしたが不安になった私はすぐに北海道がんセンターの西尾先生に電話で相談しました。 40年ぶりで、先生は私のことはほとんど忘れておられましたが、 「心配するな。1時間くらい口を開けて寝ていれば終わるから、そっちでとってもらえ」と言われ安心して治療することができました。 アドバイスをしてもらっただけで、治ったわけではありませんが、しかし患者にとって信頼する医師にアドバイスを受けて安心することができるというのは、どんな薬より元気がでます。 感謝しております。
私は学園闘争の中で「普通の青年」であった自分の価値観の転換を迫られました。 マルクス主義を学びながら大学の矛盾を社会の矛盾の表れとして受けとめた私はその後、社会変革を意思した自分に素直に従って階級闘争の荒れる波に翻弄されながら人生航路を進んできました。 大学を中退し、ほどなくして民間会社で働き、労働組合運動・市民運動へのとりくみを通じた社会の変革を目指してたたかってきましたが、 この社会は巌のように固く、労使一体化した労働組合指導部のもとで今なお苦労しています。
西尾先生の著書や「市民のためのがん治療の会」への投稿などを読ませていただきました。 また、西尾先生の講演を聴き様々なことを学びました。
その感想を書きます。
① 「がん治療の今」№527『被曝医療の本態は内部被曝である―トリチウムの危険性―』(西尾正道)
内部被曝を利用した放射線治療のメカニズムとその効果について書かれていて、そのうえで有機結合型トリチウムの危険性について簡潔にまとめられているので説得力があります。 労働組合の仲間、後輩たちに読んでもらっています。
メディアではトリチウムは外部被曝しても問題なく、飲んでも排泄されるから心配ないと宣伝されています。
例えば三菱総研は次のように言います。
「トリチウムは放射線の一種であるβ線を出しますが、 このβ線はとてもエネルギーの低い電子であるため紙一枚で遮ることができるほど弱く、外部から被ばくしても人体への影響はほとんどありません。 また、水として飲んだ場合でも、特定の臓器に蓄積することはなく、他の放射性物質と比べて速やかに体外に排出されます。 そのため、内部からの被ばくの影響も、取り込んだ放射能あたりで見れば他の放射性物質よりも小さくなっています。 これまでも水道水などを通じてトリチウムは日常的に私たちの体内に取り込まれていますが、通常の生活を送ることで取り込んだトリチウムによる健康影響は確認されていません。」
こういう虚偽の見解が流布されています。 トリチウムが体内に入れば、人体の糖質・タンパク質・脂質などの物質を構成する水素原子が結合する部位にトリチウムが入って有機結合型トリチウムとなり、 β線を周辺細胞に出しつづけ傷つけるということはほとんど報道されていません。 原発事故処理水を「汚染水」と呼び2023年8月からの海洋放出に抗議していた中国が独自の海水サンプリング調査で放射線が「基準内」であることを確認したと報道されました。 しかしトリチウムの内部被曝については全く触れられてはいません。中国は自国の原発で大量のトリチウムを海に流していますから、 内部被曝の危険性がわかっているのかそうでないのかわかりませんが、隠蔽したいのだと思います。
2024年8月9日、「被爆者」認定を求める長崎の「被爆体験者」の団体代表の岩永千代子さんが内部被曝による晩発性障害を訴えておられましたが、 私はメディアのニュース映像で「内部被曝」とか「晩発性障害」とかという言葉を聞くことが稀なので、新鮮な感覚をおぼえたほどでした。
② 『不撓不屈』「医療関係者編」(2024年4月刊 株式会社22世紀アート)のインタビュー 「天つば人生、でも言わせていただく ――日本一被ばくした放射線医からのメッセージ」(西尾正道)について
一点に絞って感想を書きます。
186頁で西尾先生が語っています。
「僕は原発事故が起きてから、頼まれれば謝金も旅費もいっさい貰わないで、全国どこでも行って講演をしていました。 市民団体から謝金を貰っても仕方がないし、食べるだけであれば年金で食べていけますから、むしろ皆さんに正しい知識を持って欲しいと思っていわばボランティアでやっていました。 ところが『甲状腺は違うよ』と言ったら、一切声が掛からなくなって。 もう話す機会がなくなりました。 反原発の活動をしている人たちでさえ、癌に関する正しい知識を持っていないのです。 彼らは事故が起こってみんなICRPの嘘だらけの教科書を読んで、その中にある知識を正しいものだと思っています。」
小児甲状腺がんのことは『被曝インフォデミック』(西尾正道著)で詳しく書かれていて私も読みました。 福島第一原発の事故があってから、半年後に福島県民健康管理センターが事故当時18歳以下だった子ども36万人を対象に超音波診断装置による甲状腺検査を開始しました。 先行調査では多くの甲状腺がんが発見されました。 西尾先生の見解は「市民ためのがん治療の会」のNo.452 2021年9月14日『小児甲状腺癌の問題について』に書かれているのでよく読んでみて私は納得できるものでした。
そのはじめにの文を引用します。
「福島原発事故から10年を経過し、事故後半年後の2011年10月から開始した小児甲状腺癌の検診の結果を受け放射線被ばくが関係しているかどうかが議論されてきた。
原発事故の被害を過小評価したい政府・行政側は御用学者や正しい知識を持ち合わせていない専門家とか有識者と称する人たちを集めて放射線の影響を否定し、今後の検査の縮小を目論んでいる。
一方、反原発・脱原発を叫ぶ人達は、不完全だった以前のがん登録の数字と比較して多発を叫んでいる。
こうした状況の中で、意見を異にする人たちは議論・討論する姿勢も無く、一方的に自分たちの主張だけを繰り返し、異なる意見の人には個人的な誹謗・中傷とも言えるバッシングを行っている。
このため、被曝影響もうやむやにされてしまいそうな事態となっている。
また見識のある甲状腺癌を扱っている医師達も正しい知識で議論されていない状況に呆れてしらけ切っている。
そのため、先行調査で発見された甲状腺癌は放射線由来とは言えない旨を以前に本ホームページに掲載したが、その要旨を資料1に示す。
参考として頂ければと思う。
URLは下記である。
https://www.com-info.org/medical.php?ima_20160126_nishio
https://www.com-info.org/medical.php?ima_20160202_nishio」
福島県の調査で発見された甲状腺癌は放射線由来とは言えないという科学的根拠に基づいた意見を、 反原発運動に利用できないという政治的思惑によって敵視し排除してしまうのはあってはならないことです。 かつてスターリンがルイセンコ学説を没科学的に擁護し批判する科学者を粛清してしまったことを想起します。
異論を排除するという、あってはならないことが原発反対運動の中で起きていることを知り私は強い危機感を持ちました。 それは労働運動や、日本の左翼運動の中にも浸潤している悪しき論理です。
反対運動の中に意見の違いが出た場合には、討論して止揚していくことが共同行動の原則です。 2023年の夏、西尾先生の食物など生活環境破壊の問題の講演会に参加して感じたことを書いておきます。
講演が終わって西尾さんが数名の参加者の方と甲状腺がんの問題で話をしていました。
その方々は、西尾先生の説明——甲状腺がん細胞の成長時間が長いことや福島で暮らす人の甲状腺のヨウ素は飽和状態にあって放射性ヨウ素が体内に入っても排泄されてしまうこと等——に納得していたように私には見えました。 そのうちの中年男性がチェルノブイリでは8年後から甲状腺がんが見つかったと西尾さんの意見に賛同していました。 またその方は、「運動の中でもっと話し合わなければいけないが、バラバラなんだよなー」とひとりでつぶやいておられました。 同じ意見をもつものが運動内部の異論を排除すれば運動はじり貧化しやがて消滅するか、惰性態となって反対運動の表層に浮遊するだけの存在になってしまいます。
ともかく、私は運動の内部で意見の対立が起きるのは当たり前で自然なことと思っています。 対立が起きない運動体ないし組織は担い手が主体性を失ってリーダーの意見に右にならえとなっている場合が多いと思います。対立が明らかになったときに意見の違いを確認して止揚するために討論できるかどうかが組織と運動の生死の分水嶺を成すと思います。止揚できない場合もありますが、対立点をお互いに確認して留保してともに進むほかないでしょう。あとでまた話せばいいのだと思います。
反対運動内部における相互批判と自己批判の自由は言葉だけではなく実際に保証されなければなりません。 労働運動の低迷と混沌の組織論的根拠はそこにあるのだと私は思っています。
いささか年をとりましたが、やれる限り労働組合の仲間たちと共に頑張ろうと思っています。 これからもよろしくお願いします。
1947年島根県浜田市生まれ。浜田高校卒、札幌医科大学中退。
民間会社で働き、労働組合運動に参加。
組合運動の中でマルクス主義を研究し実践に適用することに努める。
マルクス主義認識論、合理化論、賃金論、労働運動論、党と労働組合について、その他の論文を執筆。
合理化に抗する労働組合運動―その理論と実践』(時代社)2025年7月25日に出版
私が書いた『合理化に抗する労働組合運動―その理論と実践』(時代社)を紹介します。
現在どの企業もAIを生産過程に導入し生産性の向上を試みています。
私は資本家が儲けるために生産過程にAIを導入し、余剰人員をつくって解雇することに反対してたたかわなければならないと思っています。
しかし資本制生産のために開発された技術を批判的に継承するということもまた、考えていかなければならないと思っています。
これらの問題についてコツコツ書いてきた拙い論文を今回編集して出版しました。
よろしければ読んでいただきご批判をいただければ幸いです。
だが、AIの開発や新技術の生産過程への導入が進めば、
労働者が解雇される危機は広がっていくのではないか。
「時間の節約」こそが資本主義社会の本質ととらえ、近代化=合理化反対を具体化し、
労働組合を強化するための理論と実践を紹介。

論文の紹介――労働組合運動のなかでの理論探究
一 合板工場の『合理化計画について』
二 工場でともに働く労働者の死と『経済学批判 序言』
三 「AIと私たち」について――朝日新聞の大澤真幸氏インタビュー記事へのコメント
四 『資本論』冒頭商品と私――梯明秀の哲学に学ぶ
五 経済学にかんする思索――若い日のメモ
六 成果主義的賃金制度批判と賃金闘争論
七 労働組合(大衆団体)と党
八 斎藤幸平著『ゼロからの「資本論」』の意義と限界
おわりに

