市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
「市民のための」がん登録にしよう
『緊急提言 「これでいいのか! 日本のがん登録」』

「市民のためのがん治療の会」顧問 西尾 正道
それまで個々のがん患者会が個別に行っていた活動を、患者会が連携して行うようになったのが今から10年前だ。その頃から当会はがん登録の必要性をアピールしてきたが、当時はがん登録に賛成する患者会はほとんどなく、自分のデータがどこかに登録されるのは絶対に嫌だ、というような声が強かった。
半世紀近く市民活動を見たり、携わってきたりしていると、市民運動は、活動に関連した法律を作りたがるというのはしばしば経験するが、がん患者団体の活動も同じように、患者の権利法などを求めて勉強会を開いたりしていた。
当時の患者会のリーダのなかで、全国どこでも一定水準のがん治療が受けられることを要求する声が強くなり、これを受けて厚労省が均てん化政策を打ち出し、やがてがん対策基本法の成立へと結びついた。
基本法というのは、教育基本法、環境基本法、農業基本法等、いわゆる訓示規定と言われるもので、理念を謳い上げるものだ。それに反して実体法は、それぞれの目的に対して具体的に方策等を規定したりし、必要に応じて罰則が設けられることもある。
あるアメリカ人の医師に、日本にはがん登録が無いので、現在、あるがんの患者が何人いるのかは「推定」するしかないと言ったら、それはクレージーだと言ったのを思い出す。それはそうだろう、一体何人のがん患者がいるのか、地域特性はあるのかなども分らず厚生行政の政策決定をどうやってやるのだろうか。
日本人はpriorityを付けるのが下手だというが、がん対策基本法より、がん登録法の制定が急がれるべきだった。
あれから10年、ようやくがん登録法ができ、その運用を図る段階になったことは喜ぶべきことだが、これまた、本当に「市民のための」がん登録になるのだろうか。3万人のがん患者と向き合い、今も福島原発被害者に寄り添う当会顧問の西尾先生に、がん登録の問題点をレポートしていただいた。
(會田 昭一郎)
 国民病ともなっている悪性新生物(がん)に対する対策には、がん登録は不可欠な資料となる。がんの罹患や生存の状況等を把握することにより、我が国のがんの現状を把握し、がん対策の基礎となるからである。このがん登録は従来より、大阪府や宮城県などは比較的精度の高い「地域がん登録」を行っており、日本全体の推定値の算出に大きく寄与してきた。また臓器別のがん登録に関しては関連した学会などがデータ収集を行っている。さらに「がん対策基本法」が成立して全国に「がん診療連携拠点病院」が指定されたが、そこでは指定要件の一つとして「院内がん登録」が義務付けられ、そのデータを国立がん研究センター内の「がん対策情報センターがん統計研究部」(部長:西本 寛)が集計し報告している。現状では大きく分けてこうした3つのがん登録が行われている。10年以上前に「院内がん登録」の届出票 (調査票、登録票)を作成するにあたり、従来から行われていた各地の「地域がん登録」で使われていた届出票の登録項目やその選択肢コードを考慮し、極めて完成度の低い「院内がん登録」の届出票が作成され、現在使用されている。この届出票の作成過程に関わった人達は、@がん登録業務関係者、Aがん検診関係者、B統計学関係者、が中心で、臨床の現場を知らない人達であり、患者さんの流れやがん治療の詳細にも理解不足であったため、極めて臨床医の眼から見れば不備で使いにくく、がん対策のためには不充分なデータしか出ないものであるが、現在も使われている。
 今回、2013年12月13日に「がん登録等の推進に関する法律」が成立し、「全国がん登録」が法制化された。この法律にしたがって、患者さん本人の同意は必要とせず、2016 年1月1日からの診断症例の届出が行われる。登録項目は表1に示す26項目であるが、問題はこの項目の完成度の低さである。これは選択肢項目が不完全で登録に迷う従来の「院内がん登録」がそのまま使用されていることである。がん診療を専門としていない高齢の開業医も含め、がん登録を求めるには余りにも完成度が低いものである。
表1 「全国がん登録」の26登録項目
表1
 2016年から全国の全ての病院(20床以上)と診療所(19床以下の医院や外来のみのクリニック)は手上げ方式であるが、がん登録が開始される。実際に登録の締め切りは1年後であり、早急に再検討して誰もが登録し協力しやすい届出票に改善すべきである。この問題点の幾つかを具体的に述べ、同時に私案を提示する。なお、登録項目の詳細は「全国がん登録届出マニュアル2016」( http://ganjoho.jp/data/reg_stat/cancer_reg/national/hospital/can_reg_manual_2016.pdf )を参照して頂ければと思う。
 まず、【G側性】の項目では、【1.右、2.左、3.両側、7.側性なし、8.不明】となっているが、これは【1.右、2.左、3.中央、4.両側、5.多発、8.該当しない(例 : 胃)  9.不明】とすべきである。この選択肢コードは1976年にWHOが刊行した「癌登録基準*」に記載されているものである。(*: WHO癌登録基準.金原出版.1981年刊)。【3.中央、5.多発】の選択肢コードを追加することによりほぼ全臓器の側性を把握できる。
 次に【K治療施設】の項目は【1.自施設で初回治療せず、他施設に紹介またはその後の経過不明、2.自施設で初回治療を開始、3.他施設で初回治療を開始後に自施設に受診して初回治療を継続、4.他施設で初回治療を終了後に、自施設に受診、8.その他】となっているが、これでは入力時に選択肢コードを読みながら考えて入力しなければず、厄介であり、また一次治療例か再発・転移例の治療かの区別ができない。このコードでは一連の一次治療の中で行われている放射線治療例は多くの場合は二次治療例として登録される。治療内容を把握するためには、私案として【症例内容】と項目名を変更して【1.一連の一次治療例、2.二次治療例(再発・転移例)、3.診断のみ、4.経過観察例(投薬も含む)、8.その他、9.不明】とすべきである。
 【L診断根拠】の項目では、【1.原発巣の組織診、2. 転移巣の組織診、3.細胞診、4.部位特異的腫瘍マーカー、5.臨床検査、6.臨床診断、9.不明】となっているが、私案としては【1.組織診、2.細胞診、3.臨床診断(画像診断・腫瘍マーカー・臨床検査を含む)、9.不明】で事足りる。原発巣からの組織診か転移巣からの組織診かは問題ではない。臨床では生検しやすい部位から採取するからである。また臨床診断では画像診断や臨床検査を組み合わせた総合判断が行われることから一括して良いのである。
 【N発見経緯】の項目に至っては臨床を知らないコード化にはあきれるばかりである。この発見経緯のコードは【1.がん検診・健康診断・人間ドックでの発見例、3.他疾患の経過観察中の偶然発見、4.剖検、8.その他、9.不明】となっている。しかし通常はがん患者の7割前後は自覚症状で医療機関を受診して癌が発見されるものである。この選択肢コードが無いため、自覚症状で発見された症例のすべてが【8.その他】として集計されることとなる。ちなみに女性で最も多いがんの乳癌では、55.7%は「自分で見つけ受診」(日本経済新聞 2015年11月27日記事)しており、このグループは全て【8.その他】として集計されるのである。
 2009年にこの「がんを発見した経緯」に関する不備な選択肢コードを使って集めた「がん診療連携拠点病院の」の集計では、がん検診での発見が8.6%であり、「その他・不明」が62%であると報告されていた。6割以上のデータを無駄にしているのである。この項目に関する私案として、【1.自覚症状、2.がん検診・健康診断・人間ドック、3.他疾患の経過中に発見、4.剖検  8.その他  9.不明】とすべきである。
 【O治療前進展度】の項目に関しても40年以上前に作られた【400.上皮内、410.限局、420.所属リンパ節転移、430.隣接臓器浸潤、440.遠隔転移、777.該当せず、499.不明】という選択肢コードを使用しているが、現在は主な疾患では臨床病期分類が使われており、この病期を採用すべきである。リンパ節転移だけでは、疾患によってはU期からW期まであり、また【430. 隣接臓器浸潤】も主観的な判断となる。この項目に関しては【1.T期、2.U期、3.V期、4.W期、5.0期、8.病期分類なし、9.詳細不明】と臨床病期で統一すべきである。なお上皮内がんの0期に関しては数字と紛らわしくなるため、【5.0期】とコード化した。こうした臨床病期の経時的集計により、早期発見の推移も把握できる。
 また【P術後病理学的進展度】の項目は手術しない症例も多く不必要であり、削除すべきである。この項目は「院内がん登録」のレベルで集計すべきである。
 項目Qからの4項目は観血的治療として、外科的、鏡視下、内視鏡的、観血的治療の範囲、として届出票が作成されているが、この区別は必要なく、観血的治療(外科的、鏡視下、内視鏡的、など)として一項目で済むことである。外科治療だけ細分化するのはバランスにかけており、これでは放射線治療も外部照射か、小線源治療か、RI内用療法か、粒子線治療か、など区別する必要があるし、また根治的照射か緩和的照射かなどを区別する必要がある。抗癌剤の投薬も術後の補助療法としての投与か、緩和的治療としての投与か区別する必要がある。この届出票の作成にあたり、外科治療に関してマニアックな人達の意見が強かったのかもしれないが、表2の私案と比較して頂ければ如何に偏ったものかが理解できるであろう。
 なお、【S死亡日】に関しては、届出時は空欄となる場合が多いと思われ、この欄は別途に5年後や10年後に調査し記入することとなる。その場合は、【死因】の項目も加えても良いであろう。この場合の選択肢コードは、原病死か他病死かの区別くらいは必要である。がんが治っても他病死する症例も多くなっているからである。
 また重複がん(多重がん)も多く、1割〜2割程度の頻度で見られるが、特に上部消化管では高率であり、長期的観察では3割程度の症例が多重がんとなっている。このためこ届出票をまとめて提出する都道府県単位の業務の過程では2項目追加し、【名寄せ記入欄】と【同一症例内番号】を記入する工夫が必要である。2015年のがん罹患者数は98万人と予測されているが、順調に稼働すれば100万件以上のデータ件数が集まることとなる。その場合は実人数を把握するためには名寄せして同一人物のデータをまとめる必要がある。このため、(姓)と(名)の頭文字(ひらがな)と生年月日(西暦)を組み合わせて同一人物を名寄せすることが当面の工夫として考えられる。将来、マイナンバーを使用すれば、この項目は不必要となる。(例)として患者名が「日本一郎」で、1945年8月15日に生まれた場合は【にい19450815】と記入し、名寄せすれば、かなり効率的となる。また届出件数と実人数を区別するために名寄せした同一人物のデータに番号を振り実人数として集計する。データに【1-1】と記入すれば、疾患ごとの罹患者数は集計できる。また前述した多重がんの扱いに関してはこの【同一症例内番号】の記入に際し、2番目のがんに関しては【2-1】、3番目のがんに関しては【3-1】というような整理により多重がんも集計が可能となる。
 「院内がん登録」は完成度の低い不備な選択肢コードのまま開始されたため、2009年5月に私は責任者である祖父江友孝氏と西本寛氏に出向いてお会いし、問題点を指摘したが、『「院内がん登録」は始まったばかりなので、5年間はこのままさせてほしい』と言われ、静観していた。しかし、この完成度の低い登録項目とその選択肢コードを継承し、今後の日本のがん対策の基礎となる「全国がん登録」を開始することは許されないことである。
 2015年10月23日に国立がん研究センターの堀田知光理事長に直訴し、11月12日には厚労省のがん対策課の担当者にも手弁当で説明に伺ったが、変更する予定はなさそうである。
 調査票作成にかかわった人達(委員)の中には肩書で選ばれ、自分で入力したことがない人達も多い。また作成者は個人的な興味や、業績づくりの意識しかないのであろうか。このままでは不完全な選択肢コードが混在し、入力する臨床医や事務職員は大変困惑することとなる。大局的視点と長期的な展望を持ち、バランスある完成度の高い「全国がん登録」の届出票の作成が望まれる。厚労省でこのがん登録に関与した委員会は早急に再検討すべきである。最後に私案を提示し、稿を終わる。
表2 全国がん登録調査票(西尾私案)
表2

略歴
西尾 正道(にしお まさみち)

北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)、認定NPO法人いわき放射能市民測定室「たらちね」顧問。
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年間、がんの放射線治療に従事。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。

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