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最難治がんである膵がんの明日が見え始めている。化学療法単独に比べて生存期間の延長効果があるか?ペプチドワクチンの展望を語る
膵癌の新しい治療法
-ペプチドワクチン治療への期待-
和歌山県立医科大学外科学第2講座  山上裕機
2010年10月20日(「がん医療の今」No,58)

 膵癌は完全に治癒することが難しい癌といわれています。その理由として、リンパ節や肝臓への転移を起こしやすいこと、すなわち『転移』しやすいという性格に加えて、膵臓周囲の神経ファイバーに沿って大きくなっていきやすいこと、すなわち『浸潤』しやすいという生物学的な特徴があるからです。

 癌の治療法には大きく分けて、①手術,②放射線治療,③抗癌剤治療の3本の柱があるといわれています。同じ消化器癌でも、胃癌や大腸癌は最近の癌治療法の進歩により、治療成績が格段に向上してきました。しかし、残念ながら膵癌の治療成績はほとんど変わらずいまだ最も難治の癌とされています。

 膵癌の治療としては手術による切除が最も良く、和歌山医大でも手術により長生きされている多くの患者さんを外来で診させていただいています。それでは、切除できない進行膵癌の治療法は何を選択すれば良いのでしょうか。従来、ファイブ・エフユー(5-FU)という抗癌剤をよく使用していました。ところが、1997年にアメリカから、5-FUと新規抗癌剤であるジェムザール(GEM)との比較試験が報告されました。結果は、新規抗癌剤であるGEMを使用した患者さんの方が長生きすることがわかったのです。その結果を受けて、欧米では、手術ができない膵癌の標準治療としてGEMが一般的になり、日本でも2001年からGEMが使用できるようになりました。しかし、GEM単独治療では生存期間の中央値が6ヶ月前後ですので、GEMに別の薬剤を併用してさらに生存期間を延ばそうとする努力(臨床試験)が世界中でなされてきました。残念なことに、期待された多くの薬剤がGEMとの併用効果が認められず、唯一タルセバという分子標的剤(癌細胞の増殖を止める作用があります)がGEMとの併用効果を認めることができました。しかし、生存期間中央値をわずか10日間延長するにすぎず、さらに効果的な併用薬剤が求められるところです。

 今回、ご紹介するペプチドワクチンは和歌山医大で行った第I相臨床試験によると、生存期間中央値が8.72ヶ月であり、GEM単独の約6ヶ月に比べると膵癌に対する効果があると考えています。しかし、多くの膵癌患者さんのご協力による第II/III相臨床試験で証明しなければ、本当の効果がわかりません。

 本稿では、細胞傷害性Tリンパ球(CTL)による抗腫瘍効果を基盤としたペプチドワクチンによるがんワクチン療法に注目し、切除できない進行再発膵癌に対する腫瘍新生血管を標的としたペプチドとGEM併用による和歌山医大で行った第I相臨床試験の結果を解説し、今後のがんワクチン療法の展望について述べたいと思います。

 膵癌が進行するためには(癌が大きくなったり、肝臓へ転移したりすること)、腫瘍に新しい血管(腫瘍新生血管)ができることが必要です。その腫瘍新生血管を邪魔することで、癌細胞の増殖・転移を阻害することが期待されます。

 われわれがワクチンとして用いたペプチド(VEGFR2-169)は、腫瘍新生血管をきちんと認識し、それのみを傷害するキラー細胞を誘導することができます(癌ではない正常細胞は傷害しないと考えています)。しかし、膵癌患者さん全員に治療できるわけではなく、患者さんが持っている白血球のタイプ(HLA)のうち、HLA-A24というタイプの患者さんのみ治療できます。日本人を含むアジア系の患者さんの約60%がHLA-A24を持っています。そこで、切除不能再発膵癌患者さんでHLA-A24を持っている方を対象として第I相臨床試験を行いました。

 第I相臨床試験とは、その薬物の副作用を知ることと第II相、第III相臨床試験に進む時の推奨される投与量・投与方法を知ることを目的で行います。

 本試験で生じた副作用はワクチンの注射部位の発赤や硬くなることを除けば全てGEM単独の副作用として既知のものでした。すなわち、グレード4以上の危険な副作用は認めませんでした。 免疫反応も調べましたが、約60~70%の患者さんで、ペプチドワクチンに反応して膵癌を傷害するキラー細胞が誘導されていました。ワクチンを注射した皮膚は約80%の患者さんで赤くなったり(発赤)、硬くなったり(硬結)しました。ペプチドを打って発赤・硬結ができる患者さんほど治療効果が良いこともわかりました。図1に示す患者さんは手術のため開腹しましたが、腹膜播種(お腹の中に癌細胞が飛び散って拡がっている状態)があり、切除せずにお腹を閉めた患者さんです。ペプチドワクチンとGEMで治療したところ癌はほとんど消失し、約2年間は元の仕事ができた方です。この患者さんもワクチンを打った皮膚に発赤・硬結ができました。すなわち、ワクチン注射部位の皮膚反応と抗腫瘍効果は関係することがわかりました。

 この臨床試験に協力していただいた18名の患者さんのうち、本試験に入って頂く前に全く治療していなかった15名の方の生存曲線は図2のとおりで、生存期間中央値は8.72ヶ月でした。GEM単独では約6ヶ月、従来の5-FUでは約4.5ヶ月ですから、ペプチドワクチン治療の効果が期待できます。

 この和歌山医大の臨床試験の結果を経て、2009年1月から全国25施設の参加を得て、第Ⅱ/Ⅲ相臨床治験(ペガサス試験;PEGASUS-PC試験)が開始されました。2010年1月、153名の膵癌患者さんに登録していただき、現在中間解析を待っている状況です。

 もし、ペガサス試験でペプチドワクチンを併用した患者さんで治療効果が良く生存期間が延びていたら、このペプチド治療は新しい膵癌の治療法として日本から世界に発信できることになります。

 何よりも膵癌患者さんに福音をもたらすものと期待しています。


そこが聞きたい
Qそうですか、そもそも膵がんというのは転移や浸潤を起こしやすいという性質があるんですね。大体、すい臓はからだの奥にあって、しかも内分泌、外分泌など高度な化学工場のような機能をもっていて、位置的にも機能的にも複雑な臓器で、それで治りにくいのかとも思っておりました。

A 膵がんが治りにくい原因として、ひとつはおっしゃるように、からだの奥にあって腹痛などの症状が出にくいことが挙げられます。 あとひとつは、今回お話しさせて頂いたように、がん細胞の特色として転移や浸潤をおこし易い性質があるがんといえます。

Q 手術できる状態なら手術が一番効果的なんですね。しかしこれも臓器の性質上からと、先程の生物的な性質などから、胆のう、脾臓、十二指腸なども一緒に切除することが多いようですね。知人が膵臓がんで手術した後、「おなかの中が空っぽになっちゃった」と言っていましたのを思い出します。

A いまのところ、手術以外に5年以上といった長期生存を得ることは難しいのが現状です。 膵がんの手術は難しいのですが、手術技術が革新的に良くなっていますので、安全に手術ができるようになりました。 しかし、膵がん手術をたくさん経験している病院での治療が安全であり、しかも生存期間も長いことがわかっていますので、膵がん専門病院での治療をお薦めします。

Q 中村先生もおっしゃってますが、手術の後に再発予防のために活用するのは極めて有効だと思いますが。つまり中村先生も言われるように、がんが盛んに増殖している時にワクチンを投与しても、警官一人で何万人もの暴力団を相手にするようなものでしょうが、手術で除去しておいて投与すれば、沢山の警官が少数の暴力団を取り締まることになって有効でしょう。こういうコンビネーションも大事ですね。

A 術後にワクチン療法を行うのが最も効率的ですし、治療効果も期待できます。 しかし、術後にワクチンを打つ方が良いという臨床的エビデンスを得る必要があります。 そのためには、質の高い臨床試験が必要ですが、再発がんの臨床試験に比べて、多くの患者さんのご協力と長い試験期間が必要になります。 それに費やす経費も莫大なものですので、政府からの補助を含めて日本を挙げて取り組むことが求められています。

Qジェムザールがでてきたころ、患者会の中では大変な期待でしたが、延命期間が6カ月程度だったんですね。

A ジェムザールに関する多くの臨床研究がありますが、ほぼすべての研究での生存期間が約6ヶ月です。 われわれ膵がん研究者は、何とかジェムザールを上回る薬剤の開発、そしてジェムザールとの併用効果がある薬剤を見つけ出すことが求められています。

Qペガサス試験でいい成績が出ると良いですね、患者や家族のみなさんが待ち望んでいると思います。
A 多くの膵がん患者さんのご協力で、約1年で患者さんの登録を終了できました。 今年の11月に中間解析が行われますので、結果を期待しています。

Qいい結果が出て、日本発のがんワクチンが一日も早く発売されますよう期待しております。今回は超ご多忙の中ありがとうございました。

A いままでの免疫療法の臨床開発で最も欠けていた視点は、科学的に質の高い臨床試験を行っていなかったことです。 現在行っているペプチドワクチン療法では、あせることなく、実直に科学者としての態度で臨床開発しないといけないと思っています。 といっても、がん患者さんの寿命を考えるとゆっくりしてはおれませんので、オールジャパンの体制で一日でも早く薬にできるように頑張ります。

略歴
山上 裕機(やまうえ ひろき)

1981年和歌山県立医科大学卒業後、同大学附属病院診療医研修開始。国立田辺病院外科、和歌山県立医科大学消化器外科臨床研究医、同大学 消化器外科助手、講師、第2外科講師、集学的治療・緩和ケア部助教授を経て2001年同大学第2外科教授。2006年同大学附属病院副院長、2010年 和歌山県立医科大学副学長、現職
この間1992年アメリカ国立医学研究所(NIH)の国立がん研究所(NCI)Visiting Associateとして癌免疫遺伝子治療の基礎研究に従事(主任:Dr. Jeffrey Schlom,腫瘍免疫研究室)

(専門領域)
肝胆膵悪性腫瘍の手術、とくに膵癌の手術、消化器癌の集学的治療、とくに免疫療法
(所属する主な学会・研究会)
1. 日本外科学会: 代議員,認定医・専門医・指導医
2. 日本消化器外科学会: 評議員,認定医・専門医・指導医
3. 日本臨床外科学会: 評議員
4. 日本肝胆膵外科学会: 理事,評議員,Scientific Committee
        プロジェクト研究委員長
        専門医資格認定委員長
        英文誌Editorial Board
        胆道癌取り扱い規約委員
5. 日本膵臓学会: 評議員
6. 日本癌学会: 評議員
7. 日本癌治療学会: 評議員,英文誌Editorial Board
8. 日本バイオセラピィ学会: 理事,評議員

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