市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
切らずに直す肺がん治療 高齢者にも福音

『肺癌の定位放射線治療(ピンポイント照射)』


がん・感染症センター都立駒込病院放射線科部長 唐澤克之
 従来の放射線治療は1日1回、線量的には1日2Gy程度の線量を投与して、例えば肺癌に対しては、週5回、6週間から7週間に亘って投与することにより、治療を行っていました。照射方法も主に身体の前と後ろの2方向から単純に照射する方法でした。そのため、照射される正常な肺には癌と同じ線量が照射されることになり、投与できる線量も60?70Gyが限界と考えられていました。その結果いかに小さな早期肺癌でも平均生存期間が1年半から2年、5年生存率が10-20%程度と、少なくとも手術が可能な症例には適応とならない治療法でありました。
 ところが、近年の画像診断技術の進歩と、コンピュータの演算速度の向上に伴って、放射線治療の技術も飛躍的に進歩し、正確に病変のみに線量を集中させ、周囲の正常臓器(正常肺)に放射線の線量を当てすぎないように照射する事が可能になって来ました。このように、しっかり腫瘍に狙いを定めて、大きな線量を一回もしくは数回に分けて正確に投与する技術を定位放射線治療と呼びます。図1は肺癌に対する従来の照射技法と定位放射線治療の線量分布を比較したものです。一見して明らかなように、定位放射線治療の線量集中性が際立っています。

 定位放射線治療を用いることによって、肺癌局所へ投与する線量を上げることが可能となり、局所の病変が治癒する確率は80?90%程度に向上し、生存率も5年で約50%程度が生存することが可能となってきました。この対象の中には、もともと臓器機能が十分ではなく、手術が不可能である症例や、困難な症例が多く含まれていて、手術が可能で元気な対象だけで評価してみると、5年生存率が70-80%と、早期肺癌の手術成績と殆ど変わらないことが、示唆されました。
 少なくとも手術が不可能な症例に対しては、従来の照射技法に比較して、より高率に治癒が期待でき、第一選択となるべき治療法であると考えられています。
 定位放射線治療のメリットは、その高率な局所制御率とともに、有害事象の少なさであり、呼吸機能の低下した症例や高齢者にも安心して治療が行える場合がほとんどです。特に将来は、高齢者人口の増加とともに、高齢者肺癌が急速に増加することが予測されるため、手術適応になりにくい症例も増えることが予想されます。そのような場合、通常の放射線治療では治癒が期待薄であるため、定位放射線治療の占める役割が大きいと期待されます。またコストも手術と比較して、二分の一から三分の二と低く抑えられ、医療費の抑制上望ましいことです。
 定位放射線治療の問題点としては、肺門部や縦隔に近い腫瘍をいかに治療して行くかであります。それらの腫瘍の治療上、一回に大きな線量が投与されると、近接する気管、肺動脈、食道等の壁に孔が開いたり、内腔が狭窄したりして、死亡を含む重篤な有害事象が起こる可能性があるのです。それらに対しては、一回線量を低下させ、効果を落とさないように、総線量を増加させる方法が取られています。まだまだ経験は浅いですが、このような場所にできた腫瘍も同様に制御されるようになる日も近いでしょう。
  定位放射線治療を代表に、高精度放射線治療が普及し出して、放射線治療が、より癌の根治的治療法として用いられるようになってきました。まだまだ、科学技術の進歩により、これから治療成績は向上して行くことが予想されます。前述しましたように、非侵襲的な治療が望まれる対象症例は今後ますます増加することが予想されるため、このような治療を行う施設の充実が望まれるところです。
 そこが聞きたい
Q 肺、食道、がんではありませんが心臓などの治療は従来、開胸を伴い、非常に患者にとっては侵襲性の高い辛い治療でしたが、それぞれ開胸せずに治療できるようになってきたのは本当にありがたいことです。

A 私は放射線治療を始めて25年になりますが、最近10年の進歩、中でもここ5年間の放射線治療の進歩は目を見張るものがあり、数多くの肺癌患者さんの放射線治療を担当するようになってきています。ピンポイント照射法はこちらで観ていても、びっくりする程患者さんの身体的負担は少ないです。

Q 特に高齢社会の日本では今後こうした治療法が多く採用せざるを得ませんね。

A 昨年当院で放射線治療を受けられた肺癌の患者さんのうちの6割の方が70歳以上、また3割の方が80歳以上と非常に高齢の患者さんの割合が多くなっています。もちろん高齢者の方でも、お元気で手術に耐えられるだけの体力をお持ちの方も少なくありませんが、もしピンポイント照射が手術と同じくらいに治すことが出来るのであれば、まずはより侵襲の少ないピンポイント照射で治した方がよいのでは、という議論も当然起こってきています。ピンポイント照射の出来る施設では、さらに治療成績が上がって行くように、いろいろな工夫をしています。

Q ほかの項でも主張しましたが、肺がんの患者としては主治医から治療方針を提示された時、手術や化学療法、またそのコンビネーションなどを提示されたとしてもそれ以外に、肺癌の定位放射線治療(ピンポイント照射)という治療法があることを知らないと、主治医の提案通り「よろしくお願いします」ということになってしまいますね。

A 確かにそういうこともるでしょうが、最近はどこの施設でも集学的治療といって、手術、放射線治療、化学療法の専門家が協議して治療方針を決めてゆくようになってきていますので、次第に改善されていると思いますが。

Q そういう点ではアメリカなどでは患者も自分の希望を主張したりするようですが、それには患者にも情報が十分に提供されていなければなりません。このサイトもそういう目的で運営しておりますが。

A そうですね。アメリカなどでは「市民のためのがん治療の会」で翻訳されたれた Radiationtherapy and You(邦訳名:「安心して受ける放射線治療」推薦図書参照)のようなパンフレットをたくさん配布していて、市民レベルでもかなりそうした知識の普及啓発が進んでいます。

Qなるほどこれは良いということになると、どこで治療していただけるか、少なくとも相談に乗っていただけるか、ということになりますが、市民にとっては400か所近く指定されているがん診療連携拠点病院などはその目安になりますね。

A 現在全国でおよそ百数十の施設が肺癌のピンポイント照射を行っています。ですので、がん診療連携拠点病院がすべてピンポイント照射を行っているわけではないですが、ピンポイント照射を行っている病院はがん診療連携拠点病院であることがほとんどです。将来放射線治療に携わるマンパワーが増えてくれば、次第にその状況も改善されて来ると考えられます。現在はかかられる病院のホームページを見て判断されるとよろしいかと存じます。

略歴
唐澤 克之(からさわ かつゆき)
昭和59年東京大学医学部卒業後同放射線科入局、東大放射線科助手、社会保険中央総合病院放射線科医長、東京都立駒込病院放射線科医長を経て平成17年同部長、現在に至る。この間昭和61年スイス国立核物理研究所客員研究員。
専門 放射線腫瘍学 特に肺癌、泌尿器癌、消化器癌
日本放射線腫瘍学会理事 日本医学放射線学会専門医 日本癌治療認定医機構 がん治療認定医 暫定指導医
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