市民のためのがん治療の会
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切らずに直す肺がん治療 高齢者にも福音

『がん患者の安全性を守る医学物理士の制度的配置を』


順天堂大学大学院 医学研究科
先端放射線治療・医学物理学講座
順天堂医院がん治療センター
医学物理士(理学博士) 小澤修一

 医学物理士という職種は、皆さんにとって耳慣れない言葉だと思いますので、簡単に自己紹介をさせていただきます。私が日々行っているのは、がんの放射線治療における品質管理業務と研究開発です。放射線のイメージといえば、原爆や原子力関連の事故などで怖いイメージが多いかもしれません。しかし、放射線治療では、医学、生物学、物理学といった学問的な根拠と、過去の臨床データに基づいて人体に放射線を当てているわけで、危ないことをしているわけではありません。病気になった時にお薬を飲むのと同じで、使用する量が重要です。少なすぎれば効果がありませんし、多すぎれば、病気が治るどころか、副作用が増し、別の病気を引き起こす原因になったりもします。これは放射線も同じで、医師が指定した正しい量の放射線を確実に当てることができれば、病気を治すことができますが、少なすぎれば効果がなく、多すぎれば副作用が増えます。ただし、放射線の場合は、放射線を当てる量だけでなく、当てる場所が重要です。できるだけ病気と関係している場所にだけ当てた方が、副作用を抑えられます。とはいえ、人間というものは物ではありませんので、一見じっとしているようでも、呼吸の動きや、消化管の動きなどで体の中は絶えず動いています。この絶えず動いている人間のある特定の臓器だけ、病気の部分だけに放射線を当て、それ以外の場所にできるだけ当てないようにする、しかも、医師の処方通りの放射線の量を確実に病気の場所へ当てるということを保証し、さらに良い治療の技術を開発するのが医学物理士の仕事です。私はもともと、原子物理学や放射線物理学を専門とする理学博士でしたが、米国で2年間の医学物理士臨床研修を修了した後、医学物理学の教員として順天堂大学に勤務しております。
 近年の放射線治療技術の発展は目覚ましく、安全確実に最先端の放射線治療を実施し、患者さんにその恩恵を受けていただくには、私のような放射線を取り扱う物理学に精通した専門家が必要です。放射線治療では、色々な種類の放射線を使います。代表的なものとしては、X線、電子線、陽子線、重粒子線などがあります。これらには、それぞれの特徴がありますので、病気の種類や場所によって使い分けられていますが、それぞれの特徴をきちんと理解し、安全確実に放射線治療が行えるよう医学物医士が品質管理を行います。例えば、X線による高度放射線治療法の代表ともいえるIMRT(アイエムアールティーと読みます。日本語にすると強度変調放射線治療です)では、コンピューター(治療計画装置)を使って放射線の強弱を最適化することで放射線をがんの部分に集中させることできますので、従来の方法よりも周囲の正常臓器の副作用を抑えることができます。しかし、放射線の集中性が増すということは、きちんとした治療技術の管理が行われない場合、間違った場所に放射線が集中することになり大変危険です。IMRTを安全かつ確実に実施するためには、複雑な治療計画装置と治療装置の維持管理や検証が必要不可欠となりますので、医学物理士のような治療の品質管理を専らの業務とするスタッフが重要な役割を果たします。2009年4月から順天堂大学でも治療が開始された、近年の最新の放射線治療技術であるVMAT(ブイマットと読み、日本語にすると強度変調回転放射線治療です)は、前述したIMRTよりもさらに進んだ放射線治療法で、治療時間が短くなり、治療効果も高くなるということが期待されています。医療機器メーカーと連携を取り、IMRTやVMATのような新しい治療技術を開発し、臨床現場に導入するためのお手伝いをするのも私達、医学物理士の仕事なのです。
  順天堂大学医学部附属順天堂医院では、この医学物理士の重要性にいち早く注目し、放射線治療の技術的な基礎や原理的な説明を行うために医学物理士による患者相談室(無料・予約制)を行っています。最近ではインターネットなどの普及で治療に関する情報を患者さんご自身が簡単に入手できるようになった半面、様々な情報が交錯し、かえって不安を感じられるようなケースも見受けられるようです。放射線治療の技術に対する正しい理解を得る意味で、放射線治療中、あるいは考慮中の患者さんやご家族で、医学物理士による説明を希望される方はご遠慮なく、順天堂医院がん治療センター(03-5802-8196)までご連絡ください。

そこが聞きたい
Q 最近の放射線治療機器の発達は目を見張るものがありますが、いわゆる医工(医学と工学)連携の代表選手ですね。

A そうですね、要はがんに限局してがん細胞を死滅させるだけの放射線量がかけられれば良いわけですが、従来はなかなかうまく行きませんでした。みなさんが健康診断などで胸部のX線写真を撮りますが、体表面の皮膚に一番大きなエネルギーが当たって、だんだん体内に入るに従ってエネルギーは減少してゆきます。ですからがんに大きなエネルギーを当てようとすると、体表面や、途中にある臓器や器官にも照射されてしまいますし、同時に他の器官や臓器にも大きなエネルギーが照射されて障害が発生しかねません。逆にやむを得ず弱くすれば治るのに十分なエネルギーを照射できなくなります。ところが近年ではコンピュータテクノロジーの発達によって、できるだけ治療効果を上げ、副作用を抑えるような照射が可能になってきました。

Q 患者は常に現状をブレイクスルーする新しい手術法、新しい放射線治療機器、特効薬などを求めます。その中でも有力な武器の一つですね。

A その通りです。ただ、その反面、非常に高精度な照射技術になればなるほどその品質管理、つまり、医師が決定した線量を限局した部位に間違いなく照射する技術管理をシステム的に行う必要性が高まります。

Q それを保障しているのが医学物理士ですね。日本にはがんの放射線治療施設が700施設程度と伺っておりますが、そういう方々はそれらの施設に配置されているのでしょうか。

A それが問題です。専任の医学物理士は僅か数十人程度だと言われています。日本では、診療放射線技師が技師業務と医学物理士業務を兼務していることが多いです。専任でなく、兼務によって医学物理士業務を行うというのは、世界的な放射線治療に関する勧告から逸脱した状態であり、医学物理関連の国際学会でも日本の現状を改めるようにとの要望を受けています。実は、2000年あたりに日本で放射線治療に関する医療事故が頻発することがありました。学会が発表した事故防止に関する最終報告では、「各病院には放射線治療品質管理を専らの業務とする者の任用を強く勧める」とあります。徐々に良い方向へ向かっているとはいえ、未だにその体制が不十分であるというのはとても残念なことですね。

Q 日本では何でもそうですが、制度的に法律などで決めないと守られないという風土があります。有給休暇が典型的で、一応それぞれの組織で決まっていてもなかなか消化しない、ところが国民の休日となるととりあえずは必ず休む。

A そうですね、ですから私たちも関係官庁に是非制度的に配置されるように要求するとともに、日本医学物理学会などの関係学会などでは、日本の現状に合った医学物理士の教育に関するガイドライン作成などを進めております。現在は、文部科学省による「がんプロフェッショナル養成プラン」が各大学で進められており、この中には医学物理士養成も含まれております。世の中の流れとしては、確実に患者さんにとって良い方向に進んでいると思います。

Q 結局、放射線治療の品質管理がしっかりしていないと事故につながりかねませんし、その結果最終的に被害をこうむるのは患者ですから、患者としてもそれは望むところです。「市民のためのがん治療の会」は既に何回も厚労省や文科省などに対して要望しております。

A その通りですね、また、「市民のためのがん治療の会」の活動には感謝しております。是非患者さんも関心を持っていただいて、私たちも手を携えて改善を求めてゆきたいと思います。患者の会の皆さまから医療従事者への要望などがございましたらいつでもお知らせください。今後ともよろしくお願いいたします。

略歴
小澤 修一(おざわ しゅういち)
平成7年3月立教大学理学部物理学科卒業。平成13年3月立教大学大学院理学研究科原子物理学専攻を修了し、博士号取得(理学博士)。平成13年から16年に理化学研究所・基礎科学特別研究員、平成16年から18年まで日本原子力研究開発機構・博士研究員を務めた後、医学物理へ進出。平成18年7月からの2年間、順天堂大学よりフロリダ大学放射線腫瘍科へ派遣され、日本人で初めて米国認定医学物理士臨床研修プログラムを修了。平成20年7月より順天堂大学大学院医学研究科 先端放射線治療・医学物理学講座助教、順天堂大学医学部附属順天堂医院がん治療センター医学物理士。現在は順天堂医院にて高度放射線治療の品質管理業務を行う一方、同大学大学院医学研究科にて医学物理学の研究と教育活動を行う。
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