市民のためのがん治療の会
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『再照射の問題と解決』


和歌山県立医科大学放射線医学教室 准教授
和歌山県立医科大学付属病院腫瘍センター放射線治療部門長
岸 和史
 もう一度同じ場所に照射することを再照射といいます。ここでは正しい再照射を選択することができるように必要な知識を整理して、判断の方法に踏み込んでいきます。
1.まず必要な用語と知識を簡単にまとめます。
   少しお勉強になります。

 ①正常組織の耐容線量:腫瘍の周囲にある正常組織は、安全に放射線を受けられる線量が限られています。その線量を正常組織の耐容線量と言います。放射線治療医は耐容線量のデータや個々の状況を勘案して治療計画を立てます。米国で行われた大規模なリサーチによる詳細なデータが1991年にエマミ(Emami)らによって出版されました。そのデータでは、例えば10cm四方の皮膚全体の線量(腫瘍の線量でなくて)が70Gyを超えると壊死や潰瘍といった晩発性の障害があとで発生しやすくなることを示しています。(http://web.sapmed.ac.jp/radiol/guideline/tolerancedose.html)。

 ②再照射(reirradiation):字の通りもう一度同じ部位に照射することを言います。色々な臓器での多くの論文は、再照射は、腫瘍に対しては一回目の照射に近い有効性を示すことを報告していますが、このときに問題:“壁”になるのが、腫瘍の周囲の正常組織の耐容線量です。

 ③救済治療(salvage therapy):少し漠然とした言葉ですが、一度治療したあとの再発で困っている場合に対する治療手段を、救済治療(salvage therapy)と呼ぶことがあります。それには抗がん剤、放射線、手術、生物学的薬剤、などが含まれますが、私達は、その救済治療で何が期待できるかをはっきり考えて選択する必要があります。局所制御、症状緩和、進行抑止生存期間(progression free survival)、生存期間、など様々な指標があります。放射線の再照射の目標はもちろん症状緩和の場合もありますが、しばしば、局所制御です。局所制御率は生物学的には線量依存的で高い線量ではその可能性が高くなります。

 ④少数転移(oligometastasis):腫瘍細胞のうちの自己複製・増殖能力のあるものを腫瘍幹細胞といいますが、それは(腫瘍によりますが)腫瘍細胞のうちの数十分の一から千分の一の数といわれています。動物実験で肺に100個の転移巣を作ろうとするときに必要な尾静脈からの注入生細胞数は10万個程度ですからこの場合の幹細胞数は千分の一ということになります。生着増殖した腫瘍幹細胞数がいくつなのかは現在の医療レベルでは誰にもわかりません。現在の病期分類ではひとつでも遠隔転移があれば臨床病期ⅣBの進行期として扱われますが、局所再発や少数個の転移の場合は局所治癒が長期生存を約束するかもしれません。

2.再照射の問題について
 ①原発事故のような逼迫した危機管理(crisis management)の現場では、明確なレベル(evidence level IやII)の統計的根拠の欠如は不作為対応(判断できないからと放置しておくこと)の根拠(言い訳)にはなりません。腫瘍の再発はcrisisです。再照射は初回の治療と違って個人個人の置かれた状況や部位・腫瘍の大きさが異なり、対象症例の差異が大きいため、客観性の高い無作為試験が成立せず、今のところ臨床統計学的根拠(clinical evidence)的にはevidence level IIIの、施設での症例集積データぐらいしかありません。しかし再発した腫瘍に効果の高い再照射が安全にできるかどうかという問題に直面してしまった場合、私達の目の前にあるのは、直面した危機に対して、どう判断するか、何がどこまで安全に選択可能かという問題です。

 ②再照射に用いられる技術には、上手に正常組織の危険な被曝を回避する方法として、定位照射の技術、IMRTの技術、小線源治療の技術などがあります。私(岸)達は正常組織があまり照射されず、腫瘍にだけ高い線量を与える小線源治療を主に使っていますし、定位照射やIMRTを行っている施設もあります。IMRTの場合は絞りの細かさ(3mmとか5mmとか1cm)によっても精密さが大きく異なります。定位照射やIMRTは部位によっては保険診療で扱えない場合があります。詳細はそれぞれの施設に尋ねるとよいでしょう。

 ③少し老婆心になりますが、大切なのはどんな治療機器があるかということよりも、前回の治療で照射された線量をきちんと計算に入れて、安全な照射を計画する作業を丁寧にしてくれる人がいるかと言うことです。前回の治療内容を詳しく調べないと安全な再照射は計画できませんし、どの再照射においても個別の限界があります。再照射の担当の先生は、前回の照射について照会し、前回の治療内容を踏まえてあなたの場合のリスクについて時に明確な数字を示しながら再照射の説明をしてくれるはずです。

 ④正常組織に大きなダメージのない形で再照射ができる場合、再照射はベストの選択かもしれません。少数転移の場合は局所治癒がcancer free(癌病巣からの解放)を約束してくれる可能性があります。私達放射線治療医はなるべく不必要な部分に余分な照射をしないように上述の色々な技術を使って再照射を計画します。再照射の臨床報告の論文ではやはり耐容線量を超えて照射したためと考えられる出血などの有害事象が含まれています。しかしそれらの論文で報告された合併症の頻度は腫瘍に与えられえた線量と同じ線量が腫瘍の周囲の正常組織に影響したと単純に仮定した時にエマミらのデータから推測されるよりも低い結果が出ています。再照射はエマミらのデータから計算されるより安全にできるのだろうか? 単にそれらの施設でうまく再照射したからだろうか? それに対する客観的で明確な答えはまだ誰も持っていません。
 再照射を行う放射線腫瘍医は個々の場合で、危険にさらされるそれぞれの正常組織の障害リスクをそれらのデータ等から評価して再照射を計画します。再照射計画の立案は,リスクとそれによって期待される利益とを患者さん個人個人の納得できるトレードオフ(trade off, 許容される範囲のどこかで妥協点を求めること)をした結果を反映しますから、安全な照射のこともありますし、時には、大胆に(もちろん合意の上で)合併症のリスクを侵す場合もあります。例えば食道癌の鎖骨下リンパ節転移巣に一度照射を受けたあとの再発部位、鎖骨下の腕神経叢に腫瘍が浸潤しているが、それが全身探してもたった一つの再発病巣の時、照射による神経障害の出現を覚悟で根治的照射を行い局所制御を狙うのか、対症治療にとどめるのか、という問題に直面したときに、腕神経麻痺は早晩必発にもかかわらず根治的な照射をしない選択が妥当とはなかなかいえません。腕が麻痺して使えなくなっても生きている方が得だと考えることもできます。皆様はどうお考えになりますか?
 再照射は色々な技術の粋を集めて行われます。再照射は患者さんの側に立ったリスク・ベネフィットのトレードオフを真剣に考え、過去の照射データと慎重に付き合わせた計画の上で行われます。再照射の技術にはIMRT・定位・三次元原体・小線源治療など様々なものがあります。再照射を行う施設は再照射の合併症の発生確率をそれぞれ求めてできるだけ安全に照射します。いったん放射線治療を受けたからもうできないといわれたら、再照射を行う放射線腫瘍医にご相談ください。

そこが聞きたい
Q 放射線治療は、手術や抗がん剤と異なり治療の機序なども分かりにくいのが普及を妨げている一つの原因と思われます。要するに分かりにくい。その中でも分からないのが再照射です。私も舌がんで小線源による組織内照射を受けてお陰さまで完治しましたが、また同じところにがんが発生したらもう放射線は掛けられないから、手術だ、と言われています。放射線治療で治るのは、病巣が日焼けで皮が剥けて新しい皮膚になるようなものだともいわれますが、なぜ回復して一定期間たったのに再照射が難しいのか分かりません。腐ってしまうなどと表現されますが。

A がん組織にだけ照射できるならば、残らず死滅させるような強い照射はウエルカムなのですが、腫瘍の周囲には、時には混じって、必ず正常組織があります。ある限界より強い放射線によるDNAのダメージが蓄積した細胞や組織はもはや修復できず死んだ組織になります。そして感染、出血、潰瘍などの他の重大な合併症に発展します。それぞれの組織でどの程度でどんな限界に達するかを調べたのが正常組織の耐容線量ですが、普通に再照射を計画すると腫瘍の周りの正常組織もかなり含まれてしまうのです。

Q ところでこれからのお話しの前に基本的なことですが、放射線量を表す単位としてGy(グレイ)という単位が使われますが、シーベルトなども使われます。どんな違いがあるのでしょうか。

A 治療で使う放射線は、電離放射線といって、照射された標的の中の分子に電離(電子を付加したり奪ったりすること)させてイオンやラジカルを作ります。Gyはそこでどれだけ電離したかという電気物理的な量です。シーベルト(Sv)というのはイオンやラジカルによる生物的影響の単位で、受けた放射線の種類によって異なります。通常のエックス線やガンマ線は1Gy=1Svです。

Q 放射線治療の後遺症としては、早期の障害と晩発性(半年以上経過後)障害がありますね。

A はい。早期障害というのは、日焼けの火照りや皮剥けと同じく、すぐに現れるものを言います。急性障害ともいいます。症状としては、照射している部位にその照射過程で現れる局所の炎症を基本とした反応です。照射部位の皮膚が赤くなる、ただれる、粘膜炎といったものです。頭部に照射すれば毛髪が抜ける、骨盤に照射すれば下痢をするなどがあります。また全身的な影響としては全身倦怠を訴えたり、白血球が減少したりすることもあります。しかし、これらは一時的でやがて回復期に入ります。 数ヶ月から数年以上経過して現れる身体への影響を晩発障害といいます。白内障・潰瘍・壊死・繊維化・瘢痕化・発癌などが含まれます。晩発性障害は難治性で、正常組織の耐容線量を超えた場合に発生する確率が高くなります。 よい再照射は、晩発障害の可能性をできるだけ低く抑えたものでなければなりません。

Q 腫瘍幹細胞というのががんを増殖させる大元なんですか?

A そのとおりです。もともと、臓器移植の諸問題(絶対的不足、売買や違法な生体からの採取)を解決する夢の方法の一つが1990年代終わりから活発化した幹細胞研究です。腫瘍の幹細胞の研究はその応用でした。腫瘍にも正常組織の幹細胞と同じような、自己複製能力・潜在的な多分化能力を示す、増殖する分画が存在することがわかり、腫瘍幹細胞と呼ばれました。 腫瘍幹細胞の発見は、少数転移を積極的に治療することが正しい判断であるということを理論的に正当化する有力な証拠を与えました。でもそういうことがわかる以前から、私たちは、局所再発や播種・転移巣でもひとつひとつ丁寧に根治に近い方法で放射線で治療し、その中で、それ以上転移や局所再発などが無い事例を経験してきました。

Q 生着増殖というのはどういうことでしょうか。

A 日常的でない言葉を使ってしまいました。血流などに乗ってやってきた(腫瘍)細胞が局所の組織の中に侵入(invasion)して、その組織に引っ付いて根を下ろして(adherence)養分を得て生命を維持し(生着)、増え始める(増殖)するさまを一語でそのように申しあげました。

Q 要は再発がんに対する治療として再照射するとしたら、いかにがんに限局して照射できるか、いかにがん以外の正常細胞に照射しないようにするかということがポイントのようですね。その点、最近のコンピュータ・テクノロジの発達によって高精度の照射ができるようになったというのは、患者にとっては福音ですね。

A そうです、と胸を張って申し上げたいところですが、解決出来ないことも沢山あります。腫瘍に非常に密接した正常組織の場合、普通に照射すれば、いかにぎりぎりに照射しても相当の障害が発生するのと、高い確率で腫瘍制御するのと、厳しいトレードオフを強いられます。私達は、小線源治療を行うときは、動かせる正常組織についてはそれを,できるだけ安全なところに動かして、より安全に高い確率で腫瘍制御できる線量を病巣に入れられるようにして、よいトレードオフが成立した状態で治療していますが、癒着が激しくてあまり動かせない時などまだまだ困難な問題に直面する場合もすくなくありませせん。

Q セカンドオピニオンを受付ていると、中途半端な照射をされてしまって、今更、局所制御できるだけの線量が掛けられないという、過小照射の問題もあります。こういう場合はどうなるのでしょうか。

A いまの医療社会の抱える非常に深刻な問題と捉えています。放射線治療に関する十分なインフォームドコンセントが達成されていないこと、その達成を阻む環境があること、少しでも合併症の少ない方法を優先するために本来あるべき治療戦略的なトレードオフができる環境ではないために線量少な目な治療が行われ易いこと、などが社会の根底にあります。このような場合も再照射が必要になりますが、再照射のインフォームドコンセントを正しく形成するためには今まであった事実を客観的に明らかにして冷静に受け止めなければ、リスク・ベネフィットが厳しく岐路する再照射の実施は暗礁に乗り上げます。患者さんによっては、初期治療の絶対的正しさを揺るがす論理は全て否定か無視します。また、再照射の損得岐路の問題そのものの存在を否定した結果として、抗癌剤治療に行き着く患者さんが少なからずいらっしゃいます。これは、損得岐路の問題に対峙するやいなや、もうリスクを犯したくないという叫びのような心理で、問題と同時に問題解決までを回避してしまう行動なのです。私達にそれがはっきり見てとれても表面的な“患者様のご納得”が重視される体制の中でどうにも出来ないはがゆい思いをすることがあります。本来ならば腕のよい臨床心理士達の出番だとは思いますが社会基盤はそこまで許してはくれません。この解決は私の実現したい課題の一つです。

Q 声を失う、運動障害など、照射による障害の発生が予測される場合でも、延命などの他のメリットとの比較で何を選択するか、患者にとってもまさに生き様というか・・・。

A 生きながらえるのが人生か、それとも生ききって見せるのが人生か、ですね。障害を背負うことは克服という課題を背負うことでもあると思います。今日は重症の失語を伴っていた脳の機能野のグリオーマトーシスの青年の外部照射中の最後の診察でした(小線源治療の収益が低いために廃止となり私の勤務が終了するので)。彼は放射線治療が奏功してずいぶんと喋れるようになりましたが、再発すると再び失語に陥り言語機能そのものを喪失します。私は障害のあと言語機能の移転する例を上げて夢に終わるかも知れないけれども、でも、と将来を見据えた様々なリハビリの可能性を彼に話しました。坊主刈りの頭の毛は照射で薄いところや普通のところが残っているのに、若い彼のそのときの表情は私が今まで見た彼の姿の中で一番美しく輝いて見えました。 イタリアのエイズウイルス感染者支援団体「NPS」が年間50人もの女性が、相手がエイズとわかっていても愛のために受け入れたというデータを発表して(男性)社会に衝撃を与えました。でも考えれば女性が妊娠・出産するというのも命がけの事です。私の患者さんで頭蓋骨転移が痛むのに頭髪が抜けるのが嫌で外部照射を断固拒否している50代後半の方が居ます。何が彼女を支えるのだろうか、私も支えているのだろうかということを、毎日考えます。

Q それにつけても前の治療の線量の記録等、がん登録とも大いに関係しますね。

A 再照射をしているとこれらは非常に大事な問題だと思います。カルテの保管期限を過ぎると廃棄してよいからといって照射や線量分布のデータを、うっかり廃棄も含めてどんどん廃棄する施設がありますし、残念ながら違法ではありません。施設評価は、廊下の占有物には厳しい眼を向けますが、そういった大切なところを見てくれません。これらは生死にかかわる問題に直結しますので放射線治療部門が身を張って守らないといけないように思います。電子データだけだとフォーマットが変更された場合、大変取り出しにくくなりますし、これも何らかの対策が必要です。理想的にはこれらの問題はがん登録ときちんとリンクして行われるべきでしょうね。

略歴
岸 和史(きし かずし)
昭和58年3月和歌山県立医科大学医学部卒業後、和歌山県立医科大学附属属病院、済生会和歌山病院放射線科医長。平成5年7月和歌山県立医科大学助手 (放射線医学講座)、講師を経て、平成12年8月和歌山県立医科大学助教授採用 (放射線医学講座)、和歌山県立医科大学大学院助教授 兼職、大学院医学研究科内科系担当、付属病院中央放射線部兼務 現職。平成19年4月和歌山県立医科大学准教授(放射線医学講座)、 平成21年10月1日和歌山県立医科大学附属属病院腫瘍センター放射線治療部門長、現在にいたる。 この間、米国テキサス州立大学MDアンダーソン癌センター実験放射線腫瘍学教室、独立行政法人放射線医学研究所客員研究員歴任。 医学博士、放射線専門医、放射線腫瘍学認定医、日本血管造影インターベンショナルラジオロジー学会認定医 趣味:料理、詩、ピアノ、海の中にいること。
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