市民のためのがん治療の会
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切るか、切らずにすませるか。あなたならどうする。

『食道がんのはなし』


山形大学医学部放射線腫瘍学分野教授
山形大学がん臨床センター長
根本建二
1.食道がんの概略
 食道は、“のど”と胃の間をつなぐ管状の臓器で食道は、口から食べた物を胃に送る働きをしています。食道の周りには、心臓、肺、気管、大動脈など、生命の維持に必要な臓器があり、治療の際には、これらへの影響を考慮する必要があります。食道の上皮は扁平上皮でできているので、食道がんの多くが病理学的には扁平上皮癌とよばれるタイプです。食道がんの原因としては、飲酒と喫煙が関連性が高いことがわかっていますので、食道がん予防としては、禁煙し、過度の飲酒を謹むとことが大切です。食道がんに対する検診の有効性はわかっていませんが、胃がん検診の際に、偶然見つかる機会も増えてきていますので、有効性がわかっている胃がんの検診は是非受けるようにするべきです。   

2.食道がんの進行度と標準的な治療法
食道がんの進行度は0期からIV期に分類されます。0期はがんが粘膜にとどまっており、リンパ節や他の臓器に転移が認められない、いわゆる早期がん、IV期はがんが周囲の臓器に及んでいるか、離れたリンパ節や臓器に転移がある場合です。

病期と治療法選択

病期

 

内視鏡切除

手術

化学放射線療法

0-I

 粘膜がん

 

 

 

 粘膜下層がん

II

 

 

III

 T4でないもの

 

 

 T4

 

 

IVA

 

 

 

◎:標準的治療、○:選択可能なもの

転移のない、早期のがんでは内視鏡による手術が主に行われています。可能な場合には、食道を残した治療となるため、治療後のQOLは良好で、治療期間も短くてすみます。内視鏡で切除をした結果、取り残しが出てしまった場合や、リンパ節転移を来している可能性が高い場合には、追加で手術や放射線治療を加える場合があります。放射線治療を加えるときには、体力がゆるせば抗がん剤と一緒に用いる場合が多くなっています。

少し進行してはいますが、周りの臓器に及んでいなく、遠くのリンパ節に転移がない場合には、手術を行うことが一般的です。最近の臨床研究の結果から、手術前に化学療法を行ってから手術を行うと、治療結果が改善することが判明したため、化学療法後に手術を行うことも増えてきています。

放射線治療は、がんが進行してしまい、周りの臓器に及んでしまい手術で取り切れない場合や、体力がなく手術に耐えられない場合に用いられる傾向がありました。しかし、最近の治療法の進歩により、治療成績が大幅に改善してきています。特に、放射線治療と化学療法を組み合わせて治療する、化学放射線療法の開発により、手術と放射線の治療成績は大変近いものになっています。ただし、手術可能な状況で、化学放射線療法を行う際には、がんが残ってしまったときや再発したときに、手術を積極的に行うことが望まれています。 放射線治療を行った場合には、食道が残った状態で、治りますので、治療後の生活の質は手術した場合とくらべて優れている特徴があります。

3.緩和医療としての放射線治療
不幸にして、完全に治すことが難しい場合でも、放射線を用いた方が良い場合があります。痛みを伴う転移や、他の臓器に及んでしまい、いろいろな症状がでている場合には、積極的に放射線治療を考慮した方がいいでしょう。
食道がんによくみられる症状に、食べ物が通らなくなる嚥下困難という状態があります。この部分をステントというバネのような金属を入れてふくらませる方法や、放射線によって腫瘍を小さくし、食べ物の通りを良くする治療が行われます。ステントは入れた後すぐ効果がでますが、ステントを入れてから放射線治療を行うと、出血のリスクが高くなるとされており、担当医とよく相談して治療法を決めることが大切です。

4.食道がんの副作用
治療期間中に起こる副作用は、食べ物を飲み込むときの疼痛、違和感が主なものです。放射線をあてた部分の皮膚に軽い日焼けが起きる場合もあります。治療が終了してから起こりうる副作用としては、肺炎が最も危険なものです。肺の機能が悪い場合、特に、CTで肺線維症とよばれる所見がある場合などには、放射線治療をさけた方が良い場合もあります。長期的には、胸水、心嚢液がたまる、心臓機能への影響などもあることがわかっていますが、多くの場合、薬の投与など保存的治療で軽快します。

5.納得のいく治療法選択に向けて
食道がんは、治療の第一選択に手術が選ばれることが多く、放射線治療選択の可能性について十分に説明されていない場合もあります。放射線治療の治療成績は手術に近くなってきており、治療後のQOLも大変いいので、治療開始前に、是非一度放射線治療医の意見も聞いてみることをおすすめします。最も納得のいく治療法の選択には十分時間をかけ、一度決めたら迷わず信頼した治療法に専念することが重要です。

6.各種情報
国立がんセンターがん対策情報センター:食道がん全般について信頼できる詳しい情報があります。
http://ganjoho.ncc.go.jp/public/cancer/data/esophagus.html
放射線治療についての説明ビデオ:放射線治療全体のわかりやすいビデオ、 食道がんの放射線治療についての説明ビデオのサイトです。
http://plaza.umin.ac.jp/rt-video/

 そこが聞きたい
Q 食道がんと言えば一昔前なら大手術でしたね。それが最近は内視鏡切除も行われるようになってずいぶん患者にとっては楽になりましたね。

A 内視鏡で取り切れるような小さな早期のがんは内視鏡で治療するのが最良だと思います。治療も短時間でできますし、食道が残りますので、治療後のQOLも良好です。

Q 放射線治療もようやく市民権を得たようですが、いまだにがんと言えば手術、というのが一般的のようですね。化学放射線療法など折角手術と同等の成績が証明されているのに、手術が多い。少なくとも患者には手術と化学放射線療法があるなど、治療方針の提示があってしかるべきだと思いますが、最初から放射線科を受診するということは普通はありませんから、医療側からちゃんとそういう情報提供があるのでしょうか。

A 医師によって、説明の内容が異なっていることが多いと思います。放射線治療に理解のある外科医、内科医はきちんと放射線治療の可能性も説明していますし、客観的にそのような説明がなされる病院は、病院としてのがんの取り組みに信頼がもてるのではないかと思います。

Q 患者の側にはなおさらそんな知識はないでしょうから、「切りましょう」と言われれば「よろしくお願いします」ということになってしまいますね。アメリカでは患者もその辺のことはよく知っていて、「放射線治療という手もあるんじゃないですか」と聞くそうですね。

A インフォームドコンセントといって、説明の上の同意というのが診療の原則ですが、その中に代わりうる治療法というのを必ず説明する様にするべきだと思いますが、必ずしも実践されていないようです。このサイトなどをみて、是非コピーを病院に持参して、話を聞いてみてはいかがでしょうか?

Q 先生の示された表は大変わかりやすく、こういうものが色々なところにあると誰でも治療法の選択ができて良いですね。

A すべてのがんで、このような治療の選択肢が国民に提供されるようになればと思います。
ただ、この表はあくまで一般的なものなので、年齢や体力、価値観などで最良の治療というのは変わりうるということは注意が必要です。

Q大切なご指摘ですね。患者はとかくこういう表などがあると、金科玉条、この通りにしてほしいというでしょうが、がんは十人十色、百人百色ですからこれを標準に個人個人の症状などに合わせて適用する。でもまずは標準治療としてのメニューがないと選択できませんね。
そういう意味でもがん教育の重要性をつくづく感じます。二人に一人ががんになるという時代で、がんは国民病じゃないですか。こういうことは義務教育レベルでやらなければならないものではないでしょうか。小学生から英語を教えろなんて言っている場合じゃないのでは。

A 確かにそう感じますね。放射線についても原爆とか原子力発電所の事故ばかり強調されるきらいがありますが、がん治療など国民の健康維持に貢献していることも教えていく必要がありますね。


略歴
根本 建二(ねもと けんじ)
東北大学医学部卒業後、宮城県立成人病センター放射線科、東北大学医学部大学院、東北大学医学部付属病院助手、東北大学大学院量子治療学分野講師、東北大学大学院放射線腫瘍学分野助教授を経て平成18年4月山形大学医学部放射線腫瘍学分野教授。平成19年4月から山形大学医学部がん臨床センター長を兼務。
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