市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
女性のがんで一番多い乳がん、若年発生率が高い。
それだけに予後のQOLの維持、再発などへの不安も大きい

『乳がんの放射線治療』


順天堂大学医学部 大学院医学研究科 放射線医学講座
大学院医学研究科 先端放射線治療・医学物理学講座
唐澤久美子
1.乳房温存療法における乳房照射
1980年代以降、早期乳がんの標準治療法は、乳房部分切除術+腋窩リンパ節郭清+術後乳房照射となりました。温存しても乳房をきれいに残せない場合は乳房切除術を行います。最近では腋窩リンパ節郭清に代わり、センチネルリンパ節生検が取り入れられるようになってきました。乳房温存術後に乳房照射を行うことで、乳房切除術と同等の治療効果があることが知られています。腫瘍切除手術だけでは30から40%が温存乳房内再発を起こすのに対し、乳房照射を行うことで乳房内再発を5から10%以下に減らすことができます。さらに、腋窩リンパ節転移が4個以上あった方では、鎖骨上窩(鎖骨の下から下頸部のリンパ領域)に放射線療法を行うことで再発予防効果があることがわかっています。1回線量2Gy(グレイ)を週5回照射し、5週間で50Gyと、さらに腫瘍のあった部位への追加照射(ブースト照射)を数回行うのが通常のやり方です。最近では1回線量を2.7Gy程度に増加させ、総線量を43.2Gy程度に減らす短期照射法も同様の効果であることがわかっており、我々の施設では2006年から行っています。温存乳房に必要な線量を均一に照射するのは旧来の方法では難しく、コンペンセーター、フィールドインフィールド法、強度変調放射線治療(IMRT)などの工夫が行われるようになって来ています。

2.乳房切除術後の領域照射
乳房切除術後で、治療前に腋窩リンパ節転移が4個以上あった方では、乳房を切除した後の胸壁と鎖骨上窩に術後照射を行うことで局所再発の予防と生存率の改善が得られることがわかっています。この場合でも1回線量2Gyを週5回照射し、5週間で50Gy照射する方法が標準で、乳房照射同様に必要な線量を均一に照射する技術が重要です。腋窩リンパ節転移が1から3個あった方や、がんが胸壁に浸潤していた方でもこの術後領域照射が有用なことがあります。

3.手術部や周囲のリンパ節の再発に対する照射
乳がん手術を行い、術後の放射線治療を行わないで、乳房や胸壁、鎖骨上窩リンパ節に再発してしまった場合は、再発時に放射線療法を適切に行うことでがんを制御できる場合があります。再手術を行った後か、薬物療法を同時に行うかなどで必要な放射線の量は変わりますが、1回線量2Gyの週5回で5から6週間で50から60Gyが標準的です。

4.骨転移
骨に転移した場合の治療の主体は全身に有効な薬物療法です。骨転移の多くは、がんの細胞が血液中に入り込んで広がったことによるので、手術や放射線などの見えている病巣部分だけ治療する方法(局所療法)では万全とはいえないのです。しかし、薬物療法を適切に行っても、痛みやしびれなどの苦痛が軽減しない場合は放射線療法を追加することで、これらの症状を軽減できることがあります。また、線量や病状によってはがんを減らし骨の状態をもとに戻す効果も期待できます。

5.脳転移
脳には薬物が届きにくく、1から3個までの3cm以下の脳転移には定位照射(ガンマナイフ、サイバーナイフ、リニアックなどを使って行います)が有効です。転移の個数が多い場合には、定位照射を行ってもすぐに新たな転移が生じてくることが多く、全脳照射が推奨されます。全脳照射では髪の毛が抜ける副作用があります。定位照射と全脳照射の組み合わせも有用です。

6.その他
乳癌は放射線感受性が比較的良いがんで、手術不能な局所進行がんでも、放射線療法と薬物療法の組み合わせにより治せることがあります。我々は放射線療法と組み合わせる最適な化学療法の研究を進めています。

乳がんの放射線治療についてさらに知りたい方は日本乳癌学会編「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」(金原出版、2,415円)
http://www.kanehara-shuppan.co.jp/catalog/detail.html?isbn=9784307202626
をご参考にされることをお勧めします。

そこが聞きたい
Q 先生にはこの企画の最初から趣旨をご理解いただいて、ご寄稿はもちろん、ほかの先生方にまで原稿をご依頼いただくなど、本当にありがたく感謝申し上げます。
さて乳がん治療ですが、患者さんのQOLに配慮して可能な限り乳房温存手術を選択する場合が増えています。部分切除後に放射線治療を行うことで 乳房をすべて切除した場合とほぼ同じ効果を得ることができるようになったということでしょうか。


A その通りですね。原則的には可能な限りがんを取りきって、それでも残ってしまったミクロの病変に放射線療法を行う方が再発が少ないことがわかっています。取り残しが多かった場合には再発が多いことがわかっていますが、きれいな乳房を残したいですから、如何に取り残さないようにきれいに手術するかは、がんの大きさや場所にもよりますが、外科医の腕ですね。

Q 腋窩リンパ節郭清を行うのは、脇の下のリンパ節に転移していることが多いからですか。

A そうです。しかし、脇の下の郭清手術は、腕のむくみなどの副作用が多いので、転移の可能性の少ない方ではセンチネルリンパ節生検という方法に置き換わりつつあります。

Q センチネルリンパ節生検というのは、どういうことでしょうか。

Aセンチネルというのは見張りとか歩哨と言う意味で、がんが最初に転移することが多いリンパ節のことです。手術の前にラジオアイソトープや色素でリンパ節を標識して、手術の際にそれを手がかりにセンチネルリンパ節を取り出し、そこに転移がなければ腋窩リンパ節郭清を省略します。

Q コンペンセータ、フィールドインフィールド法についてご説明いただけますか。

A 乳房は胸壁に近い方を麓とした山のような形をしていますので、工夫をしないでそのまま放射線を照射すると乳頭に近いほど多い線量がかかってしまいます。それに対しては15度のウェッジフィルター(楔形の補償板)を使うことが通常でしたが、乳房の形や体型によっては乳房内に線量の多い部分と少ない部分が生じてしまいます。エレクトリックコンペンセータを使えば、IMRTのように照射中に予め計算した通りにマルチリーフコリメータを動かすことで乳房内の線量分布を均等にすることができます。フィールドインフィールド法は照射範囲のなかの線量の不均一な場所に小さな照射野を作りそこに補償分の線量を照射することで線量を均一にする方法です。

Q乳がんの放射線治療の副作用や後遺症について伺いたいですが。患者とすると、治療によって二次がんや対側乳がんは増加しないかという不安や疑問、肋骨が骨折しやすくなるというのは本当か、汗腺が放射線で傷むので治療したところだけ汗が出ない、放射線によって乳腺が萎縮するために出産後に照射したほうの乳房から母乳が出ない、リンパ郭清後に五十肩のように腕が上がらなくなることがある、リンパ浮腫も放射線照射した人のほうがなりやすいと、などの疑問や不安がありますが。

A 放射線治療の副作用には照射中から直後に起こる急性反応と、数ヶ月から何年も後に起こる晩期反応があります。急性反応の皮膚炎は、皮膚に近いところまである乳腺に十分な量の放射線を照射しなければならないからで、殆どの方で起こります。しかし、その程度は軽い日焼け同様の方が殆どで、日焼けと同じで暫くすれば治まります。百人中に数人に起こる亜急性の副作用に放射線肺炎があります。照射してから数ヶ月後に起こることが多く、咳や高熱、ひどくなれば息苦しさが生じます。胸のX線写真を撮ることで診断でき、ステロイドなどの投薬で治療できます。乳腺、皮脂腺、汗腺などの分泌腺は放射線に弱く、照射後の部位は汗や皮脂、乳汁の分泌が落ちてしまいます。二次がんや対側乳がんは増加しますが、その増加率は極めて軽度です。日本人女性の3人に一人ががんになる時代、タバコや食習慣などのがんの主な要因と比較して放射線による発がんは極めて少なく、主ながんの要因を減らす努力の方が大切と思います。肋骨が骨折しやすくなることは昔の不均一に放射線が照射された時代にはあったのでしょうが、私は経験したことはありません、今の時代には極めてまれでご心配はいりません。五十肩やリンパ浮腫は腋窩手術の影響が主です。鎖骨上窩の予防照射ではリンパ浮腫が多くなる可能性はあるかと思いますが、がんの再発予防効果という有用性に影響する程度ではありません。

Q照射による副作用は照射した部位に限られること、放射線がからだに残ることもないので家に帰った後、乳幼児を抱いても安全だというようなことも、一般の市民レベルでは意外に不安の要因です。

A 放射線は光線のようなものです。放射能を持った放射性物質とは違います。体に残ったりしませんのでそういうご心配はいりません。また、照射した以外のところには効果も副作用もないとお考え下さい。

Q特に乳がんの体験者からは、「放射線照射と乳房再建に知恵はありませんか」という切実な質問が寄せられています。放射線照射と乳房再建(乳がん診療ガイドラインの解説 Q21)で、放射線照射は、皮膚にダメージを与え、皮膚が弱くなったり、伸びにくくなったりするため、放射線照射を受けたあとの再建はうまくいかないことがあります。最近では、乳房切除術を受けた人でも、リンパ節への転移が4個以上の場合は胸壁に照射をすることが増えています。放射線照射後の人工物による二期再建はお奨めできません。また自家組織による二期再建はできる場合もありますが、傷の治りや見た目も良くないことがあります。手術の前に、担当医と十分相談することをお勧めするとあります。最近は重粒子線や陽子線、X線のピンポイント照射など新しい線質や方法で病巣に集中して放射線をかけて、正常組織の線量を減らせると聞いています。放射線の種類、照射の工夫、などで「お奨めできない」どころか、「是非乳房再建希望を叶えましょう」、といえることができないものでしょうか。

A 乳房再建と放射線治療の兼ね合いは非常に難しい問題で、現在の私の研究テーマの一つです。形成外科の先生方と共同で、患者さんに比較的負担が少ない乳房インプラント術後の放射線療法の安全性、整容性のデータを集め、良い方法がないか検討中です。乳房術後に対する粒子線治療の有用性はわかっていません。また、部分照射は病巣が小さかった温存術後の方に試験的に行われている方法で、乳房切除後の胸壁照射のような胸壁全体に放射線をかける必要のある場合には行えません。

Q乳がんにピンポイント照射は向かないのですか。また、再発、転移の場合に放射線治療を繰り返し選択できる方法はありますか。乳がんの場合はすでに目で見える、触って分かるがんは手術で取り除いて顕微鏡でみなければあるかどうか分からないがんを相手にするので、ピンポイントという概念自体がありませんから、腫瘤の周りだけでなく乳腺全体にかける、ということのようですが、「同じ照射領域への再照射は副作用が大きいためお勧めできない」のでしょうか。

A がんは周囲に広がることが特徴で、周囲は正常組織と混ざっているのが通例ですから、ピンポイントに照射して制御できるがんは特殊な場合です。加速乳房部分照射というピンポイント照射に近い方法は試験的に行われており、将来適応となる病状が明らかになると思います。また、乳がんでも術後照射でない、進行、再発がんの場合には、将来ピンポイント照射が有用な病態が見つかるかもしれません。ピンポイントに照射できる腫瘍であれば正常組織の副作用を気にしなくて良いので再照射も可能かもしれません。


略歴
唐澤 久美子(からさわ くみこ)
昭和61年東京女子医科大学卒業後同放射線科入局、同大放射線科助手、講師を経て、平成14年順天堂大放射線科講師、平成17年同助教授を経て現在に至る。平成18年よりは同大大学院医学研究科先端放射線治療・医学物理講座責任者併任。 専門 がんの放射線療法(とくに乳癌及び頭頸部癌)、化学放射線療法 日本医学放射線学会専門医 日本放射線腫瘍学会認定医 日本乳癌学会乳腺専門医 日本食道学会食道科認定医 日本癌治療認定医機構がん治療認定医 日本放射線腫瘍学会評議員・広報委員 日本医学放射線学会代議員 日本医学物理士認定機構評議員 日本乳癌学会評議員・ガイドライン作成委員・用語委員 日本医学物理学会教育委員など
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