市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
国立がんセンター一筋に、執刀件数8千件。
戦後のがん医療を担い、見つめてきた名医が示すこれからのがん医療とは?

『がん診療の進歩に思うこと』


財団法人佐々木研究所付属 杏雲堂病院院長
海老原 敏
我々が医学生であった昭和30年代はがん=不治の病という時代であったので、がん診療の最先端について学び身につけようと考え医師になって直に国立がんセンターに入った。以来現在までのがん診療の変遷を振り返り、近未来のがん診療について考えてみたい。
設立後間もないがんセンターは、胃癌制圧のために診断、治療、病理が一体となって立ち向かっている印象が強い診療体系で、その他に子宮がん、乳がん、肺がん、頭頸部がん(放射線治療主体)の症例が多く、当時はまだ大腸がんの頻度は高くなかった。
内視鏡は、食道、気管、喉頭は何れも硬性鏡を用いていたが、以降軟性鏡と呼ばれるファイバースコープの改良が急速に進んだ。現在では上皮内癌を容易に発見できる峡帯域内視鏡(NBI)が普及する段階まできている。
CT、MRI、超音波などの機器の開発改良、さらにはPET-CTなど診断機器の発展の速度は著しい。これら診断機器の改良あるいは開発は、今後も急速に進むと考えられる。
一方治療面では、診断面での進歩の早さには及ばないものの着実に進歩してきた。外科療法では少しでも根治率を高めるための拡大切除に向けた手技の開発があり、ここ20年程は術後の機能障害を少なくするための機能温存手術の方向へ進み、その進歩は観るべきものがある。放射線治療においても線量集中性を追求する技術的進歩は著しく、Ra針、コバルトからリニアック、ベータートロンの時代を経て、粒子線治療が導入されるなど、その進歩は明らかである。
しかし、機器の高額化に伴い、これまでとは異なった整備計画が必要となってきている。診断機器、治療機器ともに高額な機器は、各医療施設でそれぞれ持つことは困難となってきている。これらの高額機器は、国全体として何台必要で、それをどこに設置するかまで計画的に行うべきであろう。
例えば、現時点では200億円を要する重粒子装置では、日本全体で治療対象となる患者数を推定し、その治療に必要な台数と配置地域を決めることが必須であろう。電力の供給、維持費と減価償却を考えた診療費の設定も不可欠である。さらに施設の有効利用つまり稼動時間の延長、海外からの利用受け入れを考えた態勢整備もかかせない。
放射線医学総合研究所で行われてきたカーボンイオンによる治療は、放射線治療施設の拠点化と共同利用の一つの雛形を示すものといえる。このような考え方はがん治療そのものについても同様のことがいえる。がん診療の優れた専門家集団を揃えても、腎機能不全や心疾患その他治療を継続する必要のあるがん患者に対する治療をどうするかも大きな問題である。
これからのがん治療は所謂巨艦を造るのではなく、得意分野の異なる施設の密接な連携により種々の合併症を持つ症例に対処できる方向に進むべきと考えている。

この記事は海老原先生が千葉大学医学部第一外科教室開講110周年記念式典で、「がん医療の進歩に思うこと」と題して講演されましたもので、月刊「新医療」2010年2月号「私と医療」の第58回に掲載されたものです。海老原先生のご了解の下、エム・イー振興協会のご厚意で転載させていただきました。
略歴
海老原 敏(えびはら さとし)
1964年群馬大学医学部卒業後国立がんセンター入所、以来国立がんセンター一筋に臨床を続け、1992年国立がんセンター東病院副院長、95年同院長、2004年同名誉院長。2004年がん相談「蕩蕩」開設、2007年財団法人佐々木研究所 杏雲堂病院院長、現職。

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