市民のためのがん治療の会
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急増する前立腺がん。切らずにすむ有力な治療法の小線源治療も、がんの状態によって使い分けが必要。最終的には患者が決めることだが、そのガイドラインは。

『低線量率(LDR) 前立腺小線源治療 VS. 高線量率(HDR) 前立腺小線源治療―その特徴と現実的な使い分けについて(1)―』


東京慈恵会医科大学 放射線医学講座
青木 学
はじめに
限局性前立腺がんに対する放射線治療には、現在通常の外部照射、原体照射、IMRTなどの外部照射のほかに、低線量率(LDR=low dose rate)小線源治療の他に高線量率(HDR= high dose rate)小線源治療など様々な治療が可能となっています。このような様々な治療をどのような状況で使い分けすべきかについては専門医の間でも必ずしも一定のコンセンサスが得られているとは言えません。従って患者さん自身が医師の話をお聞きした上でどの治療法が適しているのかを判断していただく材料を提供したいと思います。ここでは小線源治療に絞って両治療法の使い分けについて概説したいいと思います。

1.小線源治療の特徴について
 近年局所制御率(前立腺にあるがんがどの程度治るかという割合)と高線量との関係が明らかになるにつれて、外部照射においては線量増加を行いつつ前立腺周囲組織、特に直腸への線量を最小限にするための様々な工夫(3D-CRT、IMRTなど)がなされてきましたが、直腸の内容物(便)の有無や膀胱内の尿量によって生じる前立腺の移動を回避することは大きな課題となっています。これに対して前立腺小線源治療では前立腺内の分布は不均一(前立腺辺縁領域で高線量)となるものの、前立腺内に放射性線源を挿入する結果、前立腺の移動の問題は生じない利点があります。

 低線量率小線源治療では前立腺がんに対する一般的な処方線量144Gy(通常の外部照射の75~80Gyに相当する)を投与するのにおよそ3~4半減期(6~9ヶ月)を要します。一方放射線に対する前立腺がんの反応は他の悪性腫瘍と異なり一度に投与される線量に鋭敏であることから、短時間で前立腺に効率よく高線量を投与することが可能な高線量率小線源治療が高リスク患者を中心に応用され、これまで優れた結果が報告されています。

2.LDRとHDRの利点と欠点

低線量率小線源治療の特徴


<利点>
  1. 通常の外部照射(70Gy程度の通常の外部照射)より高線量が投与可
    低リスク群では10年の治療成績が手術匹敵
  2. 手術と比べQOLがよい
    排尿障害(尿失禁など)、勃起障害
  3. 侵襲性が少なく(2~3時間程度で済む)、すぐに社会復帰が可能(3泊4日)
<欠点>
  1. 照射期間が長く(6~8か月)、高度ではないが副作用が長引く
  2. 線源代金が高い
  3. 周囲への被ばくの問題が残る(乳幼児を抱っこする期間の制限:2-3ヶ月)

高線量率小線源治療の特徴


<利点>
  1. 高リスク群を始め、手術と同等以上の成績が期待できる
  2. 全照射期間が短い
    →LDRに比べ放射線による尿道炎・直腸炎が生じる期間が短い
  3. 刺入後に線源の配置を自由に変えられる
    →効果と副作用の両面で線量分布の最適化が図れる
  4. 個人で線源の購入が不要
    →コストの削減が可能
  5. 周囲への被ばくが全くない
  6. 放射線生物学的に合理性がある
<欠点>
  1. 高線線量率:短時間に大量の放射線を放出することが出来るため治療効果は増すが、1回の治療に耐えられる線量には限界があり、このため前立腺がんの治療では2~5回に分けて治療することが一般的です(高線量率治療のみによる治療では5回程度に分けることが多い)。各々の治療間隔は少なくとも6時間あける必要があると考えられています。このため挿入された針は丸一日体内に留置されたままであり、体位の変換などによって針の移動がおきることから長時間ベッド上で体動制限が行われることが多く、患者さんにとって身体的な負担が大きくなります。

3.治療スケジュールについて
 小線源治療においてはLDRとHDRとではその治療スケジュールの点で大きく異なります。 ここでは治療スケジュールについて述べておきます。

LDRの治療スケジュール

  • 低リスク: 小線源治療単独治療  144Gy
  • 中リスク: 小線源治療単独治療 160-180Gy
           小線源治療(100~110Gy)+外部照射併用(40~45Gy)
           小線源治療+ホルモン療法
  • 高リスク:  外部照射+小線源治療+ホルモン療法
LDR 前立腺小線源治療の治療スケジュールに外部照射を併用する場合には、小線源治療を先行させる場合と、外部照射を先行させる場合の2つの方法があります。小線源治療を先行させる場合には外部照射との間隔を4~6週間あけ、外部照射を先行させる場合には1~2週間程度の間隔を空けることが一般的です。また、外部照射併用の適応としてはグリソンスコアが7の場合や生検の陽性本数が3分の1以上の場合などを考慮することが一般的です。

世界のHDRの治療スケジュール




HDR 前立腺小線源治療における治療スケジュールには、外部照射との組み合わせにおいて様々な治療スケジュールが報告されています。HDRでは高線量率のために正常組織への副作用に対する懸念から、複数回に分けて治療することが基本とされてきました。またこれまでHDRの適応が主に中~高リスク群であったため、前立腺周囲への治療が必要であると考えられた結果、通常外部照射との併用が行われています。最近ではさまざまな報告の結果から次第に1回線量を高く設定する治療スケジュールが行われてきています。現在では45Gy前後の外部照射に9~10Gy×2回(2日)という治療スケジュールが標準となりつつあります。また、中~高リスク群で良好な成績が報告されるにつれて低リスク群に対するHDRによる単独治療も報告されつつあります。


4.治療成績の比較

①低リスク群

低リスク群に対するLDR 前立腺小線源治療の代表的な施設としては米国の様々な病院がありますが、10年における長期成績ではグリム 87%、シルベスター(外部照射を併用)85%、ストーン91%など良好な成績が得られています。
HDR 前立腺小線源治療を低リスク群に用いた長期成績は極めて少ないものの、ドイツの研究者らによると8年における無再発率は93%と大変良好な成績が得られています。経過観察期間が4年と短いものの米国の2施設における無再発率もそれぞれ99%, 96%と良好でした。一般的に低リスク群における成績は低線量率と高線量率はほぼ同等と考えられています。

②中リスク群

中リスク群におけるLDRの長期成績はともにシアトル前立腺研究所によるものですが、小線源単独治療および外部照射を併用した小線源治療の10年における成績はそれぞれ76%、77%でした。
一方ドイツにおけるHDRの8年における成績は81%と極めて良好でした。それぞれの施設が若干異なるリスク分けをしているため単純には比較できないものの、中リスク群においても両者の成績に大きな差はないと考えられています。

③高リスク群

高リスクになるに連れてがんの増殖スピードは当然増してきますので、6~8ヶ月かけてゆっくり放射線を出す低線量率小線源治療は高リスクの前立腺がんにあまり向いていないと考えられてきました。従って高リスク群に対するLDR単独による報告はその適応の点から極めて少なく、いずれも外部照射を併用した米国の研究者らによると、それぞれ62%(観察期間約5年)などの報告があります。このほかには8~9ヶ月の比較的長期のホルモン療法を併用したコップやストックらによる5年における無再発率はそれぞれ79%、76%でした。また、中~高リスク群をまとめて報告している長期成績としてはリッヂらの報告では79%でした。

一方、中~高リスク群に対するHDR+外部照射(ホルモン療法の併用はなし)の成績はマルチネス78%(5年)、ガララエ 64%(8年)らの報告があります。これら両者の成績も単純には比較できませんが、少なくとも比較的長期(8~9ヶ月)のホルモン療法を併用した場合にはLDRとHDRの成績がほぼ同じような成績となってきます。
わが国におけるHDRを用いた成績では川崎医大の成績が大変優れており、80%を大きく上回っています(ただし川崎医大では治療前にリンパ節を生検して転移のないことを確認していますが、一般的な施設ではこのような生検を行っていないため、これよりは成績が悪くなります)。
私たちの施設の手術の結果を検討したところ、高リスク前立腺がんでは20%近いリンパ節転移がありました。いずれにしても川崎医大をはじめとする日本における治療成績は米国における成績と比較して決して劣らないものと考えられます。 近年では、このような高リスクの前立腺がんに対して放射線治療前に6ヶ月、放射線治療後に2年近くのホルモン療法を行うことが最も一般的になっています。長期のホルモン療法を放射線の前後に併用することによって8~10%近い成績の向上が期待されています。


そこが聞きたい
Q高線量率HDRと聞くとちょっと怖い感じがしますが、放射線量はどれくらいになるのでしょうか?

A 簡単には比較することは難しいですが、通常HDRと外部照射(45Gy程度)を併用して治療が行われますが、外部照射のみに換算すると80Gy~90Gyだろうと思います。

Q高いリスクの前立腺癌には外から当てる外照射との併用とありますが小線源(低線量率LDR、高線量率HDR)だけではなぜ治療ができないのですか?

A まず、低線量率小線源治療は半年間かけてゆっくり放射線を出して治療する方法ですが、前立腺癌も高リスクとなると、低リスクのがんと異なり増殖スピードが増しており、このようながんに対してはより短時間に効率よく放射線を投与することが治療効果をあげるために必要となります。外部照射が必要な理由としては、がんが高リスクになるにつれて被膜の外側に広がっていくためこれらをカバーする意味で必要と考えられています。

Q前立腺癌の外に浸潤したような進行した癌に対してはどのように対処されるのでしょうか。

A上記のお答えと同じ理由です。さらに進行し、リンパ節に転移があるような場合には全身治療が必要です。

Q小線源を刺入する時間は実際二つの治療法ではどのくらいでしょうか。出来るだけ短いほうがいいんですが。

A 低線量率小線源治療ではおおよそ2時間ですべての治療が終了します(このあと6ヶ月かけて放射線がゆっくり投与されます)。一方、高線量率では針に刺入は1時間ほどで終わりますが、CTを取ってコンピュータで計画し、一日目の治療はその日の夕方までに行われ、2回目は翌朝に行われることが多いようです。1回目と2回目の間隔を空ける理由は、尿道や直腸など前立腺内や周辺の正常組織の回復を待つためです。

Q仕事が忙しいのですが、低・中・高の各リスクグループごとにもっとも短い治療期間ですむ、治療法方法を教えてください。

A 低~中リスクであれば小線源治療で良好な成績が得られることもあり、短時間(当院では最近1泊2日で行っています)。一方高リスクでは、既に進行癌となっておりますので完全に病気を治癒させることに専念すべきであろうと思います。通常HDRの入院期間は3泊4日でその後3週間の外部照射に通ってもらってます。



略歴
青木 学(あおき まなぶ)
昭和63年東京慈恵会医科大学卒業後、癌研究会附属病院放射線治療科医員を経て平成6年東京慈恵会医科大学放射線医学講座助手。その後東京慈恵会医科大学放射線医学講座講師を経て平成22年東京慈恵会医科大学放射線医学講座准教授、現職。
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