市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
広島、長崎、第五福竜丸。唯一の被爆国民の医療放射線の安全確保は

『患者さんのための放射線安全の勧め』


医療放射線防護連絡協議会 総務理事
菊地 透(自治医科大学)
1.医療の放射線安全
 医療では、19世紀末にレントゲンがX線を発見し、キュリー夫妻がラジウムを発見した直後から、いち早く放射線利用が始まり、20世紀初頭には「X線なくして医療なし」と言われるほどに、放射線検査や放射線治療が急速に普及しました。しかし、同時に放射線従事者の医師や看護師・技術者などの中から、放射線被ばくに伴う放射線障害が散見されるようになりました。このため、放射線安全に対する認識が高まり安全利用に向けた取り組も進みました。近年では放射線従事者から放射線障害が起きることは皆無となっています。

 今日の医療放射線は、コンピュータ技術などの画期的な技術革新と共に、CT検査・PET健診や放射線治療など多種多様です。がん治療の会の関係者は、医療の放射線から多くの恩恵を受けた経験があることと思います。医療の放射線利用は、患者さんが安全に安心して放射線診療を受けられることが原則であり、医療放射線関係者の責務です。しかし、一般的には、放射線を浴びると人体に悪い影響が起きるなど、放射線や放射性物質は危険な恐ろしい物と認識されています。放射線の影響は受けた線量と部位によって異なります。また、放射線は自然環境からも絶えず受けており、微量な放射線では影響が問題になることはありませんが、放射線従事者の放射線安全に対しては、微量な放射線でも発がんのリスクは増加するかも知れないと考え、放射線を可能な限り浴びないように放射線作業の安全管理を行なっています。しかし、医療の放射線は患者さんに必要な放射線を照射し、あるいは放射性医薬品を投与することで、病気の予防や診断と治療を行ないますので、医療では患者さんの便益を最大限にするために利用しております。このため医療では、患者さんの放射線安全が中心で放射線従事者は副次的です。今回は、患者さんの放射線安全について紹介します。

2.患者さんの放射線安全
 放射線診療で患者さん自身が受ける放射線被ばくは、放射線安全の分野では「医療被ばく」と言って、他の放射線従事者の「職業被ばく」とその他の「公衆被ばく」とは異なる特別な対応をしています。

 医療被ばくは患者さんに利益をもたらすことが前提条件です。放射線診療を受けることによる患者さん自身の利益を最大限に保証した上で、診療には必要ない被ばくを可能な限り低減します。職業被ばくや公衆被ばくは、法令で定めた線量限度を超えることがないこと、線量限度以下でも被ばくを出来る限り低減することが大切です。しかし、患者さんが受ける被ばくを無制限に減らすことは、患者さん自身の利益を損なうため、線量限度は定めていません。患者さんの放射線安全は、被ばくを低減することが大切なのではなく、放射線臨床による患者さんの病気の発見や治療効果を最大限にすることです。

 なお一般的には、放射線の認識は危険な物として認知され、被ばくは出来るだけ避けて微量でも浴びたくないイメージが強いようです。原爆からの「被爆」と医療の放射線からの「被ばく」を区別しても同音語であるため、原爆と同様な被爆を放射線診療から浴びたと不安を強める事があります。患者さんに説明する際は、「医療被ばく」と言うよりも「患者の受ける線量」という言葉に置き換えて説明したほうが、放射線被ばくの誤解や心理的な不安を軽減すると考えています。

 医療放射線防護連絡協議会では、患者さんの放射線安全を中心に医療における放射線防護に係る活動しています。患者さんからの放射線診療に伴う被ばくの不安相談も受けております。相談内容は、CT検査や小児の放射線検査と将来の健康影響や放射線誘発がんの関係、また、妊娠への影響が多くを占めています。これらの放射線に不安を持つ患者さんやその家族の方のほとんどに共通することは、放射線診療を受けた利益について充分な理解を得ていない点です。患者さんの放射線安全は、患者さんの利益を最大限に保証することです。患者さんが放射線診療の必要性を十分に理解し納得した上で、安心して医療放射線の恩恵を享受し続けるためには、医師の臨床上の適応判断と患者さんのインフォームドコンセントが大切です。放射線診療の利益を明確に示し、安全に医療放射線利用を行なわれるように患者さんを中心とした放射線安全が整備されていることが必要であり、医療関係者は患者さんの放射線安全を中心に、医療関係者自身の放射線安全にも配慮して、医療の放射線安全文化を構築することが重要です。
3.おわりに
 最近、放射線治療に関連したトラブルが起きております。人は必ずミスを犯す動物です。医療施設には人為的なミスを防ぐために医療安全体制が整備されています。放射線安全も医療安全のひとつとして、放射線治療機器を含めて医療安全の推進が義務化されております。医療放射線連絡協議会は、医療の放射線診療に関連する学会や協会・団体および医療の放射線安全に関心のある方が集まって、平成2年に医療放射線防護連絡協議会の設立を行い、現在11の学会・団体と700名の会員が参加して、医療の放射線安全の普及と向上に努めています。今年で創立20周年を迎え、さらに医療の放射線安全の向上を図るために、患者さんのための放射線安全を中心に活動を進めております。


そこが聞きたい
Qラジウムが発見されて医療に利用されはじめてから、ライナックが開発されたころまでは、放射性物質を直接留置したり刺入したりすることが多かったようですね。

A 放射線治療は、1899年にX線を用いて皮膚がんの治療と、ラジウム治療は1901年から始まり、長い歴史と優れたがん治療効果があります。今日の密封小線源治療は、主に子宮癌や食道などの腔内照射と、舌癌などがん組織に直接刺入する組織内照射があります。密封線源の形状が管状と刺入用の針状や、がん組織に永久刺入する米粒状などがあります。また、ラジウム線源はエネルギーが高く、半減期も長いため現在は、ラジウムに替わって、セシウム、イリジウム、ゴールドグレイン、ヨードなどの線源が治療用途に適した線源形状で用いられています。

Q唯一の被爆国民とすると放射線に対する忌避観や偏見は無理もないところもあるでしょうが、大量殺りく兵器としての放射線利用と、医療目的としての放射線利用は、そもそも開発や研究のアーキテクトが違うということを理解しなければならないと思いますが。被曝と被爆、患者の受ける線量など、表現も大切ですね。

A 広島・長崎の原爆のエネルギーの50%は爆風と35%が熱です。放射線は残りの15%です。そのため、爆心地周辺の人々の多くは爆風と熱傷が原因で死亡しました。放射線の被曝による放射線影響に関しては、現在も原爆の放射線影響調査として長期に亘り行われています。これらの研究調査は世界の貴重なデータとして、放射線の健康影響や安全管理に活用しています。被爆と被曝は、原爆被害の爆風と熱傷を含めた原爆からの「ヒバク」と、放射線からの「ヒバク」では言葉に発すると同じです。患者さんが医療の放射線の「ヒバク」に不安を抱く場合には、原爆の「ヒバク」と混同し、広島・長崎の原爆被害の大量殺りく兵器を連想して、さらに不安を増大することがあります。核兵器からの「ヒバク」と医療で用いる放射線からの「ヒバク」とは、全く異なる次元と内容です。しかし、放射線不安を感じた患者さんは、医療の放射線から原爆のヒバクと同様なヒバクを浴びたと誤解します。医療の放射線は医療行為として、患者さんの便益を最大限にするために、必要な部位に必要最小限の線量を照射します。薬で言うと投与する薬量と同じに、患者さんに必要とする「受けた線量」として説明した方が、正しく納得されると考えています。

Qそれに核兵器などによる被爆は全身被爆で、医療被曝は局所的で、多くは短時間である点もよく考えなければなりませんね。

A核兵器は都市を破壊し、大量に人を殺すために開発された大量殺りく兵器です。医療の放射線は、100年以上前から人の健康を維持し病気を治すために用いています。がん治療に用いる放射線は、がん細胞を殺傷するために数十Gy以上の線量を照射します。仮に、この線量を一度に全身照射すると数日で死亡します。放射線を用いて切らずにがん治療が出来るのは、がん組織を適格に狙って照射し、正常組織は出来るだけ照射しない工夫を行なっています。また、照射する線量は一度に照射せずに何十回と分割照射し、正常組織の回復時間を考慮して、患者さんの病状を観察しながら注意深く治療しています。なお、放射線治療に用いる放射性物質を放射能テロとして悪意を持って用いられる危険性があります。そのため、医療機関では放射線源セキュリティにも十分に気を付けています。

Qところで私たちは普通に生活していても放射線を被曝していますね。ちょうどスペースシャトルが打ち上げられましたが、野口さんは昨年12月からもう4カ月以上宇宙に滞在して、地上に比べて大量の放射線を被曝しているわけですね。

A 私たちは日常生活から、絶えず空気中の放射性物質のラドンを吸い、食物中の天然放射性同位元素を摂取し、大地と宇宙からの放射線を浴びております。そのため、太古の昔から自然放射線源からの放射線を受け続けて生活しております。その線量は、生活環境の状況によって10倍程度の差があり、現在、日本人の平均的な線量は、自然放射線源からの線量に対して、医療の放射線検査で受ける線量は1~2倍程度です。なお、宇宙から地球上に降りそそぐ宇宙線は、地球磁場と大気中の水蒸気などの物質により遮へいされて、地表面では1/100以下に減少します。なお、宇宙線は高地や高度が上がるほど増加し、飛行機の高度では地上の10倍以上になります。さらに宇宙飛行士の場合は、数百倍以上と高く、宇宙放射線の線量は宇宙生活の1日分が地球生活の1年分に相当します。しかし、今まで長期滞在の日本人宇宙飛行士の若田さんや野口さんに、放射線影響が問題となることは無いと思います。


Q医療行為はどれも必ず危険を伴う。がんになっても、手術をしないで済めばしない方がいいでしょうし、抗がん剤も使わないですめばそれに越したことはない。放射線治療だって照射しないで済めばその方が良いに決まっていますね。でも、危険を上回る効果を期待するから行うわけで、その辺のことを患者や家族も理解することが必要ですね。

A 病気を治す「クスリ」を反対から読むと「リスク」です。どの様な行為においても、何らかのリスクは伴います。医療行為は患者さんの便益が前提条件で実施されます。医療の放射線安全は、患者さんの便益がない放射線を医療から排除することです。医療の放射線は、患者さんに最大源の便益が生まれるように、医療関係者は技術と経験を積み重ねて放射線診療を行なっています。とくに、がん治療においては、患者さんと家族の方への分り易い十分な説明と納得が不可欠です。医療放射線は医療安全として、放射線の安全と安心を主役である患者さんと共に築き上げることが必要です。


Q「市民のためのがん治療の会」でも日常的な相談受付の中で、「乳がんの治療で放射線治療を受けたが、子供を抱くのが怖い」とか、「誘導がんが怖い」などという相談があります。線源を体内に留置している場合はともかく、外部照射された放射線が体内に残存することはないことや、誘導がんにしても先程のメリット・デメリットの比較で、治療効果の確率と、誘導がん発生の確率を比較してみるなどが考えられますが、医療放射線防護連絡協議会でおこなっておられる放射線診療に伴う被ばくの不安相談も、患者や家族、市民にとってもありがたいですね。サイトなどご紹介いただけると助かりますが。

A タイトルの広島、長崎、第五福竜丸の唯一の被爆国民と言われるとおり、日本人は、原爆からの「ヒバク」と放射線からの「ヒバク」を混同し、放射線を過剰に怖がる方は少なからずおります。わが国では、これまでの原爆からの長期に亘る放射線影響研究調査からは、放射線被曝に伴ってがん増加が確認できる線量は、100mGy以上からで、そのがん発生の増加率は0.1%です。また、100mGy以下の被曝線量では、妊娠中の胎児への影響を含めて、人の放射線影響は何も確認されておりません。さらに、人での遺伝的影響も確認されていません。この様な貴重なデータを得ているにも係らず、誤った放射線教育が行なわれております。なお、がん発生の増加率の変動は、県民の違いによっても10%程度の変動があり、がん増加率の0.1%は生活環境で隠れてしまうレベルです。当医療放射線防護連絡協議会へのこの様な市民からの問い合わせは、
協議会のHP、事務局のE-mail:FAX:03-5978-6433までお願いします。なお、電話などの相談はご遠慮下さい。
http://www.fujita-hu.ac.jp/~ssuzuki/bougo/bougo_index.html


Q先日も医療放射線防護連絡協議会のシムポジウムで教育の重要性について意見を申し上げましたが、どういう政策でも、実施に際しては教育が大切です。日本ではやがて二人に一人はがんになる時代になる、いわばがんは国民病で、がん教育が大切で、当会は「私たちの主張」の中でもがん教育について強調しておりますが、大きく欠落している放射線治療情報の一環として放射線の安全性についての教育もすべきだと思います。

A 放射線は利用と安全について、正しく理解する教育が必要です。しかしながら、放射線に関して利用と安全に関する教育は、残念ながら欠落しております。最近、やっと学校教育に放射線の教育が始まり、少し期待しております。また、医師、看護師の卒前教育の充実も不可欠です。当医療放射線防護連絡協議会は医療放射線に係る11の学会・団体が加盟し、定期に機関誌を発行し、年次大会や講習会・フォーラムを開催して、医療放射線の安全利用を啓発しております。市民の方は無料参加頂いております。引き続き「市民のためのがん治療の会」のご協力をお願いします。


お忙しいところを本当にありがとうございました。


略歴
菊地 透(きくち とおる)
昭和46年東京都立放射線技師学校専攻科卒業後、東京大学原子力研究総合センタ-放射線管理室、自治医科大学のRIセンタ-及び病院放射線管理室勤務(管理主任)。
大学及び附属病院の放射線安全管理責任者として、職員および学生の放射線防護・安全教育等を担当。平成2年医療放射線防護連絡協議会設立、総務理事。日本アイソトープ協会医療放射線管理委員会副委員長。日本医学放射線学会、日本保健物理学会、日本核医学会、日本アイソト-プ協会放射線取扱主任者部などの諸委員、および厚生労働省・文部科学省の放射線安全管理に関する検討会・諸委員などを歴任。
現在:自治医科大学のRIセンタ-(大学:放射線取扱主任者)、同附属病院(兼務)の管理主任:大学及び付属病院の放射線安全に関する管理責任者
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