市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
医療の可視化で納得して治療方法、治療施設の選択を

『地域のがん診療から求められているもの』


佐久総合病院放射線治療科 鹿間直人
 主語が誰かで、「求めるもの」は大きく異なります。私自身は長く地方の大学病院に勤務し、大学では医学教育、研究、臨床が求められていました。地方では頼れる病院は少なく自分の専門分野に関わらず診療に当たらねばならない状況であり、自分の守備範囲を「極める」より「広くする」ことを優先してきました。一方昨年勤務していた東京の病院では周囲に日本を代表するがん専門病院が二つもあり、我々は得意分野に特化した領域を中心的に診療し、患者さんの数も多くその領域に力の多くを注ぎ込むことで業務が成り立っていました。交通網の発達した都心部では医療の地域性は考慮されることが少ないようで、東京と地方では求められているものが違うことを実感しました。また、東京で感じたことは他県の患者さんが東京に多く来られるということです。現在ではさほど難しくない照射方法であっても患者さんは長い時間をかけて毎日東京まで通われています。もちろん、同様の放射線治療はご自宅の周囲の病院でも受けられる旨は最初にお話しますが、「慣れた病院で」「ここがいいので」と言われみなさん離れようとはしません。このような状況に遭遇するたびに、患者さんの感じている地域病院が行うがん診療に対する不安や不信感が見え隠れします。「手術件数でわかる病院の実力」といった本が売れ、患者さんはより経験の多い病院へと足を運びます。もちろん大病院では経験が多くメリットも多いこともあるかもしれません。しかし、外科医の切った患者さんの数が多いことがその後に受ける放射線治療の質や治療方針全体が正しいことを担保してくれているとは限りません。

 では、何を尺度に放射線治療を含むがん診療全体のレベルが計ればよいのでしょう?Quality Indicator (QI:医療の質の評価尺度)で高いスコアを得ること?最新の機器を持っていること?高精度放射線治療ができる病院?どれも少しはあったっていますが、どれにも疑問が沢山あります。患者さんは治してほしくて病院へこられます。最近、患者さんは「新しい治療でお願いします」とは言わず、「標準的な治療でお願いします」と言われることが多くなったそうです。マスメディアがもたらす間違った情報で患者さんが操られてしまうことが目につく昨今ですが、「標準的治療を」と患者さんやご家族の口からでることは大変よいことです。「すでに標準治療として確立している治療法」と、「これから良い治療法となるかもしれない新しい治療法(場合によっては、だめかもしれない)」との違いを見極めていく必要があります。この紙面で具体的な内容をお示しすることはできませんが、診療ガイドラインやセカンドオピニオンなどいろいろな角度からの情報収集が必要となります。一般の方々には区別しにくいものと思われますが、専門知識がなければ余計に自分にとって都合の良い情報だけに飛びつかないようにする必要があります。また、治療法の選択肢が増えることは患者さんにとって必ずしも良いことばかりではなく、選ぶことの精神的苦痛が生じることもあります。これは都心も地方も同じです。治療法を患者さんが選べないときは医師が最も良いと思うものを提案します。この際、患者さんは「先生にお任せします」という賭にでることになり、任された医師には最大限の努力が求められています。

 自分の行ってきた医学教育や臨床研究がどれだけ世のためになったかは全く実感できませんが、これまで携わってきた診療ガイドラインの作成や多施設共同臨床試験を通じての診療レベルの向上は少しずつですが世のためになっていると信じたいと思います。現在は、田舎の病院で献身的に働く三名の放射線技師さんと共に自分が携わってきた標準治療の実践を目指しています。放射線治療単独で治癒する疾患が少なく、放射線治療部門だけの踏ん張りには限界があり、外科系内科系の先生方との連携が重要となります。がん診療で重要な治療方針の正しい判断を下していくためには議論が重要であり、その際には「独特の共通言語」が必要となります。現在私が勤務している病院には全国規模の多施設共同臨床試験に実際に参加されている医師が何人かおり、治療方針決定のカンファレンスでは私自身もこれまでになくフラストレーションがたまりにくい状況です。また自分の部門のレベル向上を目指し、50歳を前に高精度放射線治療にも少しずつ手を伸ばしており副作用のより少ない放射線治療を実現できるようもう一度勉強しています。寿司屋のネタはガラス張りのカウンターから覗くことができ寿司通のお客さんを安心させます。信州の山奥の佐久にも築地の新鮮な魚が届くそうです。我々も外部評価に十分耐えうる診療体系を作り、じっくり自分で選ぼうとされる患者さんにも、また「お任せ」と言われる患者さんにも納得していただける、そんながん診療を目指していければと考えています。


そこが聞きたい
Qわざわざ東京に治療に来られる患者が多いようですが、わたしは東京から札幌に行って西尾先生の治療を受けました。当時の国立札幌病院でも、札幌から東京に治療に行く人はいても、東京から札幌に治療に来たというので、珍しがられたようです。

A そうですね。カリスマ性のある西尾先生は別として、頼れる先生を見つけづらいのが現状で、東京へ行かれることが多いように思います。

Q最先端技術が東京に集中しているかというとそうでもない。青色発光ダイオードが徳島県で開発されたように。友人のヨーロッパのある国のサイエンスアタッシェ(科学参事官)に聞いた話ですが、実に色々な技術が、全国に点在しているんですね。市民のためのがん治療の会の活動を始めて、色々な放射線腫瘍医の先生方のお仕事を知るにつけ、首都圏でも決して都心ではない意外なところに非常に優秀な先生がおられることを知りました。わざわざ時間をかけて都心まで出かけなくても、近くにこんないい先生がおられるのに。

A 優秀な先生は地方にもたくさんいます。しかし、新たな治療法が本当に良い治療法かの評価が定まるまではその治療法が本当に良いかはわかりません。良い治療法の開発することと共に、治療法を正しく評価する臨床試験が重要ですね。

Qおっしゃる通りですね、最先端技術=「その患者にとって」良い技術かどうかとは限りませんし。また、技術には「成熟」ということも必要です。私も小線源療法を受けるとき、この技術が長い歴史を持った、成熟した技術であることを知って、安心して受けることにしました。
ところで技術というものが、一身専属的なものである以上、どうしてもその先生でなければならない場合もあるでしょうし、放射線治療の場合は治療機器が治療の決定的なファクタとなる場合もありますが、普通の治療を受けるなら、患者や家族も通院しやすいところで十分という場合も多いことも理解する必要もありますね。同じようなことが消費者問題でも起こります。悪質商法に引っ掛かったとしましょう。例えば長野県の場合、各市町村に消費者相談窓口がありますが、長野市や千曲市には市立の消費生活センターがあります。さらに長野県立の長野、松本、飯田、上田などに消費生活センターがある。全国レベルでは国民生活センター。そうすると、消費者は近くの相談窓口より県のセンターや国のセンターの方が良いのではないかと思ってわざわざ遠くまで相談に出かける。でも身近なところで十分ということもあるし、市町村の窓口から県や国に連絡して情報交換しながら解決できることも多いです。


A診療レベルは機器、医療スタッフ、医師などのいろいろなファクタに左右されますが、現在の放射線治療の技術は徒弟制度でなければ学べないことはあまり多くはありません。しかし、若いうちは医師や技師さんは様々なところでいろいろな研修を受け、様々な環境で働くことは重要と思います。実際、私もこの年で東京に出て得たものはたくさんありました。短期でも見に行く、そこで働いてみるは大切だと思います。

Qまずは標準治療を考えるのは、いいことだと思います。要は何事にも定石というものがあるのではないかと思って、私の場合も舌がんの標準治療を調べて、小線源による組織内照射にたどりついたわけです。

A がん診療の世界では標準治療の考え方にまだぶれが多少あるように思いますが、より多くの患者さんを治す可能性がある治療として標準治療があります。ただし、全ての患者さんにベストな治療法とは限りませんので現場の医療チームによる判断も重要でしょう。

Qそうですね、ま、とにかく標準治療を考えてみて、「その患者」にとってどうかとかと考えてみて、最適な治療を考えるということになるのではないでしょうか。もし標準治療以外の治療法を行う場合はその理由はこういうことだから標準治療以外の治療法を採用すると。標準治療が定まっていない場合でも、メニューを示していただくことは大事だと思います。当会の会員の中にも、舌がんの方ですが、手術するといわれ、当会の活動で小線源療法を知っていたので「小線源はどうですか」と言ったら、「そういう方法もある、患者側から言われなければ手術を勧める」といわれた例もありました。患者側から意見を言わなければ、こういう方法もあるというような情報提供がなされないのも患者にとっては非常に困ります。主張しなければスルーしてしまう。
さて、メディアの影響は本当に大きいので、しっかりした報道の理念を確立してほしいですが、同時にメディアリテラシーも大事です。患者や家族も、「テレビで見た」と言って鵜呑みにせず、常に「ホンマかいな」という視点で見ることも大事ですね。私は消費者問題が専門ですが、病院ランキング本などは比較情報と言われるものですが、病院ランキング本のランキングが必要ではないかと思ってます。

A ランキングのランキングですね。誰が評価するのかが問題ですね。また、メディアだとするとぐるぐる回ってしまいそう。

Qそのとおりです、評価は評価方法、評価基準と評価する人が重要で、まずは今出回っているランキング情報自体の評価方法、評価基準、誰が評価しているかが問われるでしょう。先日も有力週刊誌にとんでもない情報が掲載されました。患者は色々な情報の中から結局は自分で治療法なども決めなければならないでしょうが、主治医からAとBの治療のどちらにしますか、と言われても正直なところ困ってしまいます。「先生ならどうなさいますか」と伺いたくなります。十分な情報提供が行われた上で、お任せできるような環境作りを目指しておられる鹿間先生のご活躍は患者や家族にとって大変ありがたいことです。どうぞこれからも宜しくお願い致します。今回はお忙しい中本当にありがとうございました。

A ありがとうございました。


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