市民のためのがん治療の会
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ランキング本などの比較情報の前に、病院自体が他の病院と比べて何が得意で、何が不得手かがわからない。これでは患者は何を根拠に医療機関を選択してよいのか分からない。

『わが国に求められる「医療の質の可視化」』


東京医科歯科大学医療経済学分野  川渕孝一
■本当に日本の医療は「世界一」か
 2001年6月、WHOが「World Health Report 2000」を発表しました。それによると、保健システムの達成度で、日本は加盟国191カ国の中で1位と評価されました。

 判断の基準となったのは、①平均寿命などでみた健康の到達度、②5歳未満児死亡率でみた健康の地域間の公平性、③人権の尊重や利用者への配慮の到達度、④保健システムを利用する際の平等性、⑤家計規模に応じた費用負担の公平性―の5項目です。

 本当に日本の医療は世界一なのでしょうか。確かに、日本は、乳児死亡率が低く、GDP(国内総生産)に対する国民医療費の割合が低い長寿の国です。だが、それは国全体でみたマクロでの話。一人ひとりの国民にとって、日本の医療制度がどうかというミクロの話になると、どうも世界最高レベルとは言い難い現状が横たわっています。

■院内死亡率で日米に大きな格差
  マッキンゼー社の元パートナーの宇田左近氏らと共同で行ったグローバル・ベンチマークでその事実が明らかになりました。

 同研究では、先進国の中でも情報開示の進んでいる米国の984病院、720万余の症例のデータセット、日本側はデータ入手が可能な36病院の約23万症例のデータセットを使用しました。日本側のデータが2000年のものに限られたため米国側のデータも同時期のものを採用しました。

 指標は、病院の品質管理の指標の中で代表的でかつ入手・比較可能な「院内死亡率」を採用しました。  図1は消化器系の悪性腫瘍について比較したものですが、日本の院内死亡率はなんと米国の約1.3倍となります。



 この他、院内死亡率に、30%以上差がある疾患はがん治療では脳腫瘍や呼吸器系の新生物などがありました。

■リスク調整をしても格差は存在する
 しかし、こうした日米の格差を公表しても、医療界の反応は鈍いのが実態です。それどころか、学会や医療関係者からは〝抗議文〟をいただいています。それは、日本の病院のサンプル数が少ないことに加えて、リスク調整が不十分というものです。そこで筆者らは、DPC(=Diagnosis Procedure Combination)データを使った「病院可視化ネットワーク」を立ち上げました。

 より具体的には、大学病院やDPC試行的適用病院、DPC調査協力病院のうち13病院から計4万4000件のデータ提供を受け、①医療の質を決定する要因、②医療成果のバラツキとその要因、③症例数と医療成果の関係、④大学病院と一般病院の医療の質の違い、⑤医療の質の向上に必要な「打ち手」の特定―を目指しました。

 まず、患者の医療機関の選択、重症度・合併症、治療プロセス、医師の技術、他の臨床医の技術、病院・組織の技術、医療成果―の観点からデータ分析を行いました。

 その結果、がんの場合、リスク調整後の死亡率は手術療法と化学療法とでは同じ傾向を示していることがわかりました。つまり、手術がうまい病院は化学療法でも一定の成果をおさめているということです。特に、大学病院であるB病院の死亡率は低くなっています。

 ここで言うリスク調整とは、患者の属性や重症度を調整したうえで、病院ごとに医療成果(院内死亡率、治癒・軽快、後遺症の発生)がどの程度異なるかを計測することを指します。より具体的には、DPCデータの様式1を活用して、年齢、性別、がんの部位(食道、胃、肺等)、がんのStageを考慮してリスク調整を実施しました。

 なお、DPCのデータは7月~12月という6ヵ月分のデータしかないので、本研究では実際の死亡率は使わず、死亡率の「固有効果」を計測しました。

 ここで「固有効果」とは、ある病院に固有の要因により死亡率や術式の選択がどの程度影響されているかを示すものです。仮に固有効果が1以上であれば、平均以上に死亡率が高く、1以下であれば、平均よりも死亡率が低い。

 さらに本分析では、医療の質の指数に加えて、平均在院日数や診療単価といった財務指標も付加した。図2はその結果を示したものです。残念ながら、医療の質が高ければ収入も増えるという診療報酬体系にはなっていないようです。また、放射線治療については、粒子線治療の費用対効果分析を行っているので、興味のある方は、拙著「医療再生は可能か(ちくま新書)」のP.147~151を参照して下さい。




 お陰様で、同ネットワークに参加する病院は80を超え、データ提供に協力いただいています。データ提供病院には、その恩典として、“出前ワークショップ(無料)”を実施しています。実際、病院に出掛けて行って全職員の前でどこが問題かを指摘します。時には逆ギレされて病院から逃げるように帰ってくることもありますが、ほとんどの病院職員は我々のプレゼンを真剣に聞いてくれています。それは、どの病院も最善の患者サービスを目指して日夜、努力しているが、自らのポジション(居場所)がよくわからないからです。

 つまり、「他流試合」したことのない日本の病院は、他の病院と比べて何が得意で、何が不得手かがわからないのです。病院自体がそのような状況であれば、患者は何を根拠に医療機関を選択してよいのかよくわかりません。患者に見せる前に、医療機関どうしが一定の情報を共有しなければ、「カイゼン」など起こりようもないのです。筆者が医療の「見える化」をライフワークにしたのもそのためです。

■いかに病院・医師を変えるか
 とはいえ、医療の質を可視化するという試みは、わが国で始まったばかりで完璧なものではありません。はたして、病院のパフォーマンスを上げるための取組みとして、医師が選択する術式や治療方法を変えることができるのでしょうか。

 試みに、胃がんの術式の選択が「胃癌治療ガイドライン(日本胃癌学会)」に添ったものかどうかを検証したところ、ステージ1のがん患者に胃全摘術が8例も施行されていることがわかりました。通常、ステージ1では胃の全摘は行わないですが、この8人の患者は、納得して全摘手術を受けたのでしょうか。運が悪かっただけでは片づけられないのです。

 これに対して、ステージ4の患者は手術の適応外とされますが、驚くなかれ30%もの頻度で手術療法が選択されていました。患者側が無理とわかっていながら手術を要望したのであれば、手術偏重の日本のがん治療の証左と言えます。しかし、病院間でのバラツキは大きく、手術頻度が20%を下回っている一般病院があるかと思うと50%を超えている大学病院もあります。

 トヨタ方式の生みの親、故・大野耐一氏によれば「「なぜ」と5回繰り返せ。そうすれば原因ではなく真因が見えてくる」と言います。同氏によれば、「カイゼン」の基本的な考え方は次の4つです。
(1)自分の工程で不良品を出すな。後工程が迷惑する。
(2)問題があるかないかは、正常な(標準)状態がきちんと決まっていなくては見えてこない。だからカイゼンをするためには標準化、つまり基準をつくることが不可欠。
(3)まず自分の手で標準作業書を書いてみよ。カイゼンをするためには、まず標準を決める。改善レベルが進むと標準のレベルを上げる。すると問題点が再び出てくる。
(4)カイゼンは少しずつ前進し継続される。

 製造業のカイゼン活動がすべて医療界に当てはまるとは思いませんが、わが国の“医療格差”を解消するためにも、「標準化」の試みは必要でしょう。

 医療の標準化、さらには医療の質の向上と効率化の同時達成は「言うは易く行うは難し」 です。しかし、誰かが指標を作らなければ何も始まりません。「継続は力なり」という言葉を肝に銘じて今後も国の助成を受けず草の根の「病院可視化ネットワーク」を拡大・発展させていきたいと考えています。



そこが聞きたい
Q可視化というと足利事件での取り調べの状況がどうであったかが問題となり、取り調べの状況をビデオ録画するなどで話題になりましたが、要するに目に見えないものを見えるようにする。「医療の可視化」というのは、医療の質を、見えるようにする、というようなことでしょうか。

A はい。そうです。

Qそうなると日本の病院はそれぞれは一生懸命努力しておられますが、病院の医療の質を示す共通の基盤がない。そこでDPC対象病院、準備病院は、毎年7月から12月の退院患者に係るデータを集約して厚生労働省へ提出する必要がありますから、DPCデータの様式1を利用して同じディメンジョンで数値化を試みられたわけですね。


A はい。そうです。

Qただ、日本は最後まで看取りの医療を行い、病院で死亡する人が多いのですが、米国では医療費も高く、自宅で死亡時期を持つ人が多いという見方もあるようですが。在宅での死亡率が低い日本の状況の補正は必要ないのでしょうか。

A必要でしょうが、わが国では在宅患者の追跡は困難を極めます。

Qまた日本はかなり無理して進行がんまで手術したりしますが、米国ではあまり無理しないというような「医療風土」のようなものも斟酌する必要はないでしょうか。


A 必要でしょうが、どうやって定量化するのかよくわかりません。

Q患者の立場からはさらに医療の質の評価は死亡率だけで行われているだけではなく、医療費やアクセスの便利さなどの要因も含まれた総合的な評価では無いかと思いますが。

A 医療費は図2の中に含まれています。アクセスについては日本は申し分ないのでは?

Q学会や医療関係者からは〝抗議文〟を突きつけられたり、時には逆ギレされて病院から逃げるように帰ってくることもあるそうですが、私もがん診療連携拠点病院が標準治療を満足に受けられない状況を指摘したら、「そんなこと言うなら拠点病院の看板をはずしゃいいんだろ」などと逆切れする人もいて驚きました。「良く指摘していただいた、だから患者さんと一緒にこの状況を打破したい、協力してほしい」と言われるかと思ったんですが。要は先生も指摘しておられるように日本の病院は「他流試合」したことがないから自らのポジション(居場所)がよくわからないんでしょうね。

A そうだと思います。

Q医者と弁護士と一言で言われますが、知的なレベルの高さと、かつては資産家の象徴とされていました。私の専門の消費者問題でもこの二つの業界が最後の消費者問題の対象と言われています。弁護士業務については日弁連の会長も代わって、「払いすぎたお金は取り戻せます」とテレビでCMを流し、多額の報酬を要求したり、過払い金を着服する弁護士に対する規制が始まりました。が、医療界はどうでしょう。一向にこのような動きはありません。川渕先生のいわれるように他の業態のカイゼン活動がすべて医療界に当てはまるかどうかは別として、今までのように行政も民間も自分たちは特殊だとばかりは言っていられない、私は「食品安全委員会」に相当する強い権限を持つ「医療問題等委員会」を消費者庁に設置することを主張してます。色々な面で医療界も、唯我独尊ではいられなくなっていますね。

A そう思います。

Q結局、従来は業界内部の検討ばかりで、エンドユーザである患者が蚊帳の外という構造のように思えます。診療報酬改定なども同じですね。川渕先生が新しい視点で一石を投じられたのは患者にとっても大きなメリットだと思います。臨床医の先生方との共同研究で一層の成果を挙げられますよう、今回は誠にありがとうございました。

A どういたしまして。
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