市民のためのがん治療の会
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家族の形態も変化し、病気になっても介護する人がいないとなれば病院に入院、ましてや終末期はほとんど入院ということになる。だが、最後は、人間らしく自宅で過ごしたい人が増加している。

『はじめての在宅医療 「―10の素朴な疑問に在宅医がお答えします―(1)」』


医療法人社団裕和会長尾クリニック
理事長 長尾 和宏
これは勇美記念財団支援事業として作成されたもので、同財団及び著作・編集者の長尾和宏先生のご許可を得て転載させていただきました。御礼申し上げます。
素朴な疑問1 今、なぜこんなにも在宅医療と言われているのですか?
 家で過ごすことの素晴らしさの再認識、そして医療経済的側面の、2つの要因から在宅医療が推進されています。 ヒトは昔から、家で死んできました。40年前には、家で死ぬのが当たり前でした。
しかし現在、8割の人が病院で最期を迎えています。これは世界中で日本だけです。
 わずか40年前には、8割の方が自宅で死を迎えていました。しかし、現在では、8割の方が病院で死を迎えています。そんな中、人生の最後は、人間らしく自宅で過ごしたいと希望される方が、最近増えてきました。医療者側も、治療効果が望めない場合、病院よりも住み慣れた自宅でご家族とともに限られた時間を過ごし、自然な最期を迎える方が人間的であるという認識に変わりつつあります。これが、患者さんと医療者双方からの自然発生的な在宅医療の需要です。

 一方、国の立場からは、経済的な側面もあります。少子高齢化に伴い国民医療費が増加し、経済的に破綻しかけています。そんな中、在宅医療というシステムは入院医療よりかなり安く済みますので、医療費削減には、大変都合のいい政策となります。でも本当は、国民医療費は決して高くありません。世界規模で比較すれば、日本は先進国中最低レベルの医療費割合です。残念ながらこの事実は、あまり知られていません。

 本来なら社会保障をもっと重視し、医療や介護にもっともっと投資すべきなのですが、現時点では、「まず、医療費削減ありき」、という論調になっています。国が、声高に在宅医療を叫ぶにはこのような背景もあります。意地悪に言えば、在宅医療とは、本来なら社会保障で行うべき介護の何割かを、家族の無償の労働力でカバーしてもらって行う医療という言い方もできます。

 国が笛吹けど、在宅医療が思うように浸透しないのは、介護保険をもってしても限界があるからでしょう。在宅医療を美談として語るだけでなく、裏事情も知っておくことが大切かと思います。

素朴な疑問2 病院医療と在宅医療の二股をかけることは可能ですか?
癌や難病に対して積極的治療を行っているなら、二股から始まります。
治療の余地がないと言われた方も、不安があれば、二股も可能です。
最終的にどちらを選ぶか考えながら、とりあえず家で過ごしてみるのも良いでしょう。
 日本の医療制度は、フリーアクセスといって、保険証1枚持って行けば好きな医療機関にかかれる、世界に誇る非常に素晴らしい制度です。自由に医者選びができます。病院に主治医がいても、自由に開業医にかかることもできます。

 生活習慣病や慢性疾患では、病診連携といって、開業医と病院が互いに患者さんを紹介しあうことが普通です。さらに「併診」といって、普段は近所の開業医で治療し、2~3ケ月に1回病院に通院することもあります。併診の利点は、病院の専門医が標準的な医療レベルを保障してくれること、病院の先生との縁も切れず患者さんが安心する点などです。

     ところで癌や難病で、歩行が困難になり通院が難しくなると、病院は在宅医療を受けるよう近所の開業医に紹介する場合があります。これは決して患者さんを見捨てるわけでなく、患者さんの便宜を考えているわけです。

 一方、病院で日帰りの抗がん剤や放射線治療などの癌治療を行いながら、在宅医療は始まることがあります。しかし病状が悪化してやがて抗がん治療を中止するときには、在宅医療1本に絞る時がくるでしょう。二股期間は、その時のための準備期間とも考えられます。

 在宅医療は、できるだけ早く準備した方が良いと言われています。ある在宅専門クリニックの統計では病院から紹介された、末期がん患者さんの平均在宅期間は1ケ月半でした。なかには、せっかく病院から紹介頂いても数日で亡くなる場合もあります。医療の原点は信頼関係です。患者さんと医師の信頼関係の構築のためには、なんといっても時間が必要です。在宅主治医とはできるだけ早く出会うことをお勧めします。自分で歩いて通院できるうちに、イザとなったら往診してくれる近所の開業医を探しておくことが重要です。

 やっとの思いで病院に入院しても2~3週間たてば、必ずどこかに出ていかなくてはならないのが、現在の日本の医療システムです。そう、入院したその日から、退院後の準備が始まっているのです。


素朴な疑問3 在宅医療のためにはどんな準備が必要ですか?
在宅主治医選びと介護保険の準備をすることです。
病院の地域医療室にはソーシャルワーカー(MSW)などがいて、在宅医療の相談にのってくれます。情報を集めて、心の準備をすることも重要です。
 まずは、在宅主治医選びです。病院の地域医療室を訪ね、ソーシャルワーカー(MSW)などにアドバイスをもらいましょう。

 次に介護保険の準備が重要です。市町村役場の介護保険課に行き「介護保険をお願いします」と言ってください。患者さん本人が行かなくても、代理の方でも結構です。その際、「主治医は誰ですか?」と聞かれますが、これは「主治医医意見書を書く先生は誰にしましょうか?」という意味です。まだ在宅主治医が決まっていなければ、病院主治医の名前を告げてください。もし、在宅主治医が決まっていれば、その先生の名前を挙げた方が診断書の作成と認定作業がスムースに運ぶでしょう。

 介護保険の申し込みが終われば、次はケアマネージャー(ケアマネ)選びです。医師とケアマネージャーは独立した役割です。医師は医療の、ケアマネは介護のマネージャーです。ケアマネは、1)自宅に近い、2)主治医と連携を取ってくれる、3)近所での評判がよい、などで選ぶと良いでしょう。

 病院からイザ明日退院と電話がかかり、突然在宅主治医を依頼されることがあります。最も慌てるのは、介護用ベッドもまだ用意されてない時です。ケアマネを探し、大急ぎでベッドを手配してもらいます。介護保険は認定までは1ケ月近くかかるのですが、認定確実と予想される時は見込みで使うこともできますので、ケアマネさんに相談してください。

 最近は、退院前に在宅医療の打ち合わせ会(退院時カンファレンス)を持つ事が、推奨されています。退院が決まれば、病院のスタッフと在宅のスタッフが顔を合わせて、打ち合わせをするべきです。


素朴な疑問4 病院の主治医に、「状態が悪いので家に帰れません」と言われましたが。
「状態が悪いから病院」ではなく、「状態が悪いからこそ自宅」なのです。
帰ると決めた日が吉日です。病院主治医に希望を告げ、地域医療室のMSWに在宅主治医とケアマネージャーを紹介してもらい、介護保険など出来うる準備をして家へ帰りましょう。在宅主治医が、「お帰りなさい」と言って、訪問してくれます。
 病院依存が強いと言われる日本人でも、意外と多くの人が最期は家でと考えています。主治医に「状態は良ければ家に帰りましょう」と言われながらも、状態が安定せずズルズルとタイミングを逸してしまい、結局家に帰れませんでした、というケースは多々あります。退院しようとしたら発熱し、退院が延期になることなどもザラです。

 元来、悪化の一途をとる病気ならば、完全な状態での退院はあり得ません。胃ろうや傷の処置なら看護師さんから指導を受け、急いで介護保険の準備をするなど最低現必要な準備が終われば、状態が多少不完全でも、思い切って退院する勇気も必要です。

 病院の医師には常に「責任」という言葉が付きまといますから、状態が不安定なら退院とは言い出しにくいものです。しかし患者さん自身やご家族から明確な意思表示があれば、安心して退院を援助することができます。

 在宅ケアを続けて行く中での最大の問題点は、「介護力の限界」です。介護保険があるとはいえ十分ではありませんし、家族の犠牲はある程度覚悟しなければなりません。

 家族の介護力は多いにこしたことはありません。しかし、中には独居でありながも、自宅で看取るケースもあります。要は、熱意と工夫です。

素朴な疑問5 在宅医療に適した病気があるのですか?
癌も癌以外も、小児も老人も、すべての慢性の病気が在宅医療の対象になります。
末期癌は、在宅ホスピスという名前で有名ですが、数の上では末期癌以外の病気の在宅医療の方がはるかに多いのです。
 在宅医療の対象としては、末期癌やALS(筋委縮性側索硬化症)などの神経難病を始めとして、脳卒中後遺症、骨粗しょう症、肝硬変、老衰など多種多様な病気があります。これらは、癌と癌以外(非癌)に大別できます。

 在宅医療といえば末期癌というイメージもありますが、これはマスコミが作ったイメージであって、現在、日本中で行われている在宅医療は、圧倒的に癌以外のほうが多いのです。末期癌の在宅期間は平均1~2ケ月と比較的短期間ですが、非癌はたいていもっと長期に及びます。すなわち癌と非癌では、在宅医療の密度が少し異なっています。癌の方が濃く、短くといったイメージでしょうか。

 末期癌は、痛みのコントロールが重要で、在宅ホスピスとも言われます。マスコミは、どうしても癌の方ばかり特別視しますが、非癌の在宅医療にももっとスポットをあてるべきだという意見もあります。

 また、在宅医療と言えば、老人の問題だと思っている人が多いかもしれませんが、若年者の癌や障害のある小児の在宅医療もとても重要です。

 したがって、在宅医療は、全ての年代のすべての病気を対象としています。


素朴な疑問6 家でも痛みのコントロールは大丈夫ですか?
答え 便利な麻薬が登場し、大変便利になりました。麻薬は、自宅でも病院と同様に使えるので、安心です。医師、看護師、そして薬剤師までが自宅で麻薬の使い方を教えてくれます。
 最近、使い易い麻薬が続々と登場し、痛みの治療は、一昔前に比べて格段に進歩しました。中でも、速効性を発揮する液体の麻薬や、安定した血中濃度を保障する貼り薬の麻薬などは、在宅医療を行う上での強力な武器となります。

 末期癌患者さんが、在宅療養を躊躇う理由の一つに、癌の痛みに対する不安が挙げられています。しかし、自宅でも病院と全く同じように麻薬が使えることは知っておいて下さい。痛みが強い場合は、電話で相談し指示をもらいましよう。

 痛みには1)肉体的痛み、2)精神的痛み、3)社会的痛み、4)魂の痛みに分類されます。WHOの指針では、肉体的痛みには、まずNSAIDと言われる痛み止めを使い、不十分なら、ためらわず麻薬を上乗せして使うことが推奨されています。魂の痛みのケアは難しいのですが、医療と介護スタッフがチームで支えていきます。

 麻薬の投与経路には、1)口から飲む、2)座薬として肛門から入れる、3)貼り薬として皮膚から吸収させる、4)注射(皮下、血管)があります。4)は医師や看護師でないとできませんが、1)~3)は、患者さんや家族の手で自宅でも可能です。貼り薬など、お薬の進歩のおかげで、4)の需要は減少しています。

 稀には、神経性の痛みといった、少し麻薬の効きにくい痛みが知られています。そのように、お薬では不十分な場合は、在宅主治医はペインクリニック科に紹介し、神経ブロックなどの方法を検討することもあります。


略歴
長尾和宏(ながお・かずひろ) 

1958年、香川県生まれ。1984年に東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局。阪神大震災をきっかけに、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業、院長をしています。最初は商店街にある10坪程度の小さな診療所でした。現在は、私を含め計7人の医師が365日24時間態勢で外来診療と在宅医療に励んでいます。趣味はゴルフと音楽。著書に「町医者力」「パンドラの箱を開けよう」(いずれも、エピック)などがあります。
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