市民のためのがん治療の会
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看取りの機会のほとんどなくなった今、そのときのアドバイスなど

『はじめての在宅医療 「―10の素朴な疑問に在宅医がお答えします―(2)」』


医療法人社団裕和会長尾クリニック
理事長 長尾 和宏
これは勇美記念財団支援事業として作成されたもので、同財団及び著作・編集者の長尾和宏先生のご許可を得て転載させていただきました。御礼申し上げます。
素朴な疑問7 いざ臨終のときに、本当に先生は来てくれますか?
答  病院では医療者が看取りますが、在宅では家族が看取ります。
主治医が臨終の場に間に合わなくても、病気の経過があり、その病気で亡くなったことが明らかであれば死亡診断書が発行できます。呼吸が停止してから少し時間が経過していても、法律的な問題はありません。
 自宅での看取りを希望して最期の時間を過ごす際、ご家族の最大の不安は、夜間や休日でも、本当に医師は来てくれるのか、イザという時に医師がいなければ法律的に何か問題が生じないかという点です。直接、医師に聞きにくいでしょうが、大変重要な疑問であります。結論を言えば、日本中の在宅医は、休日や夜間でも融通を利かせながら看取りを行っています。

 学会出張などでどうしても都合が悪い場合は、かならず同じような在宅医療に携わっている同僚に代理を頼んでいます。無責任と思われる方もいるかもしれませんが、病院の先生も非番の時は当直医や代理の医師に任せていますので、同じことです。たとえ最期に来てくれる先生が初めて会う先生であっても、法律的には全く問題はありません。一人で24時間365日はやはり大変ですから、何人かでチームを組んで在宅医療に取り組む医師も増えています。

 実際には、家族に呼吸停止の知らせのあとに出向き、継続して診察している病気で亡くなったことが明らかであれば、死亡診断書を発行できます。臨終の瞬間に医師が立ち会えれば理想的ですが、呼吸停止後の訪問が一般的です。問題は呼吸停止の連絡のあと、どれくらい時間が経過しても大丈夫かという点です。法律では、時間の長さについての特に規定はありません。深夜であれば、連絡を受け直ちに連絡を受け伺うこともあれば、事情が許せば少し待ってもらうこともあります。ご家族の方が気を使い朝を待って連絡をいただくもありますがが、法的な問題はありません。

 携帯電話などで主治医と連絡がつき、的確な指示ができることが肝要だと思います。やはり、医師と患者の信頼関係が在宅医療の基礎になります。

素朴な疑問8 看取りの実際と、亡くなった後のことを教えて下さい?
病院では医療者が看取りますが、家ではご家族が看取ります。
亡くなった後の処置は、訪問看護師さんや葬儀屋さんが行います。
在宅主治医は、死亡診断書を発行します。静かに時は流れていきます。
 残された時間が週単位から日数単位になった時の様子は、
1) うとうと寝ているが、呼ぶと目を開け反応します。
2) 食事の量が減り、頬や目の痩せが目立つようになります。
3) 訳のわからないことをしゃべったり、ちょっと興奮して手足を動かすことがあります。
4) 便や尿を失敗することがあります。

そろそろ旅立ちの時の衣服(本人のお気に入りか、家族のご希望の物)を、ご用意してください。そして、いよいよ死が訪れ、息を引きとられる時は
1) 呼んでもさすってもほとんど反応がなくなります。
2) 大きく息をした後10秒~15秒止まって、また息をする波のような呼吸になります。
3) 顎を上下させる呼吸になります。下顎呼吸という最期の呼吸です。苦しそうに見えるかもしれませんが、ご本人はすでに意識はなく苦しみはありません。
4) やがて呼吸が止まり、ほぼ同時に脈が触れなくなり、心臓も停止します。

 病院で亡くなったあとは、看護師が死後の処置をします。体をきれいに拭き、着替えをし、髭を剃ったりうす化粧をしたりもします。その後、寝台車の手配をし、退院の手続きをすませて、自宅か葬儀場に運ぶことになります。大学病院などでは、病理解剖を依頼される場合もあり、かなりの時間を要する場合もあります。

 しかし自宅で看取る場合は、いたってシンプルで驚くほど穏やかです。呼吸停止の連絡を受けて在宅主治医が訪問し、死亡診断書を発行します。葬儀屋さんにも連絡をすれば、間もなく来てくれます。死後の処置は、訪問看護師や葬儀屋さんが行います。


素朴な疑問9 在宅医療の医療費はいくらかかるのですか?
在宅医療は国をあげて推進しているため、入院医療費よりかなり安くなります。
特に低所得者や老人はかなり優遇されていると言えます。
 医師にわざわざ家に来てもらったら、医療費が高くつくのでは?とご心配の方が多いと思います。現在、開業医のフットワークは、徐々に軽くなっています。現在、在宅医療の医療費は、地方も大都会も全国同一の医療費体系になっています。少し複雑ですが、国の決めた料金体系に従っています。基本事項として、まず往診料は、650点(1点10円)です。しかし時間帯によって2倍、3倍となります。また、毎週何曜日に行くと決まっている定期的な診察(訪問診療と言います)は830点と決まっています。少し複雑なのは、在医総管といわれる管理料です。これは、月に2回以上訪問した場合に発生しうるものですが、いわば月単位の基本料金のようなものです。これらを合算したのが、1ケ月の医療費になります。交通費は、実費請求と定められています。特記すべきは、在宅支援診療所(全国に1万施設あります)は、それ以外の診療所と医療費が異なる点です。

 また末期癌の場合は、週に4日以上の訪問診療や訪問看護を行った場合、在医総と言って1週間単位で医療費が算定されます。


素朴な疑問10 在宅の主治医はどうやって探したらいいのですか?
近所で、在宅療養支援診療所の看板をあげている開業医から選んでください。病院の地域医療室のスタッフに聞くのも良いでしょう。患者さんは、医師を自由に選べます。
 医者選びは、大切な作業です。1)病院の地域医療室で聞く、2)在宅医療の本を読む、3)インターネットで探す、ことで、在宅主治医に関する情報は得られます。「在宅療養支援診療所」を申請している開業医が、全国に1万人もいますが、在宅医療に熱心に取り組んでいる開業医です。電話で問い合わせてみましょう。近所の方に、評判の良い往診してくれる医師を聞いてみましょう。距離的に近ければ近いほど、お互いにとってありがたいことです。

 在宅医療においても、患者さんと医師との信頼関係が非常に重要です。相性が合わないと感じたら、遠慮せずに、在宅主治医を選びなおして下さい。

【在宅ケアに関するインターネット情報】
○在宅ホスピス協会 http://www005.upp.so-net.ne.jp/zaitaku-hospice/
○日本ホスピス在宅ケア研究会http://hospice.jp/
○在宅ケアを支える診療所 市民全国ネットワークhttp://www.home-care.ne.jp/
○がんナビ( 日経BP社) http://cancernavi.nikkeibp.co.jp
○ジャパン・ウエルネス http://japanwellness.jp/


【書籍】
○「在宅ケアをしてくれるお医者さんがわかる本」
在宅ケア医年鑑2006年版 和田努編・同友館

○「退院後のがん患者と家族の支援ガイド」
日本ホスピス・在宅ケア研究会編・プリメイド社

【地域の相談窓口】
○病院の地域医療室
○訪問看護ステーション
○社会福祉協議会
○医師会、かかりつけ医

知っておきたい、自宅での看取りに関する法律
○ 最期の時に医師が立ち会っていなくても、死亡診断書は発行できます。亡くなった後での訪問で、法律的な問題はありません
末期癌など死に至る病気の経過があり、その病気で亡くなったことが明らかであれば、主治医は、臨終に立ちあわなくても死亡診断書を発行できます。亡くなったあとの訪問で構わないのですが、訪問するまでの時間については特に規定はありません。

 呼吸停止の連絡を受ければ、医師はできるだけ早く訪問し、患者さんと家族にお会いしたいたいわけですが、実際には、少し時間がかかることがあります。その場合、何と言ってもお互いの信頼関係が大切になります。

○ 24時間以内に診察していれば、医師は患者さんの家に行かなくても、死亡診断書を発行することができます。
 亡くなる24時間以内に診察し、その病気で亡くなったことが明らかであれば、訪問しなくても死亡診断書を発行できます。この法律は、一般常識からは少し驚く法律かもしれません。医療者の中にも、この法律を知らない人は意外と多くいます。

 だからと言って、患者さんが亡くなっても訪問しない在宅主治医は、実際なかなかいないでしょう。おそらく離島や豪雪地帯の山間部を想定しての法律だと思われますが、法律は、大変おおらかな看取りを保障してくれています。

○ 死亡の時間は、呼吸が止まった大体の時間から決定します。
 時間死亡時間は、家族、介護者、訪問看護師などから様子を聞いて、呼吸が止まった時間などをもとに決めます。医師が訪問した時間ではありません。
 何時何分何秒という感じではなく、大体何時何分頃という大体の時間で死亡診断書に書きます。


救急車を呼ぶとどうなるのか(すべて本当の話です)
ケース1 親戚に「なんで病院に入れないのか」と怒鳴られて、気が動転し救急車を呼んだケース
 在宅主治医に、いよいよあと1~2日と言われました。自宅で看取ると決意した家族でしたが、危篤の知らせを聞いた親戚が訪れ、怒鳴りました。「なんでこんな悪いのに病院に入院させないのか。救急車を呼べ」と。 また、亡くなる1日前、もぞもぞと体の置き場がないように苦しそうに悶えたり、変なことを言う場合があります。これは「せん妄」という状態で、鎮静剤などのお薬である程度和らげることはできるのですが、介護者や、やはり遠くから来た親戚の人が、見かねて救急車を呼ぶ場合があります。

 救急車を呼ぶという行為は、当然どこかの病院に搬送し、積極的治療をしてほしいという意思表示です。一旦、病院の門をくぐれば、当然入院となります。そして望んでいない処置を受けることになり、翌日、家族から「助けて下さい」と相談の電話がかかり、救急車で自宅に帰ってきました。本当の話です。

 不安な時、どうしていいかわからない時は、本当は在宅主治医や訪問看護師に連絡していただけたら有難いのですが。
ケース2 呼吸停止の連絡を主治医にしたが、携帯電話の応答がなかったので、慌てて救急隊に電話したケース
 このケースの場合、救急隊は、心臓マッサージなどの蘇生処置をしながら家族から事情を聴きます。もし、癌の末期で在宅主治医がいることがわかれば、主治医に看取りでよいのか、問題はないのかなど問い合わせ電話が入ります。一応、救急隊は蘇生処置を行いながら、主治医の到着まで、自宅で待機します。立場上、帰るに帰れないのです。

 もし、主治医に連絡がつかず、家族が搬送を依頼すれば、救急病院に搬送されます。 初めて搬送された救急病院では、既に死亡からかなり時間がたっていると判断すれば、事情が分らないため警察に連絡するケースもあります。看取りのはずが、気がつけば警察に運ばれていた、なんてことになることもあります。

 医師も人間ですから、すぐに電話に出られないこともあります。伝言にメッセージを残し、少し待ってさえ頂ければ、大騒ぎになりません。事前に、イザという時のことについて主治医の説明を聞いて、納得しているなら、慌てず、伝言をして、信じて少し待って下さい。
ケース3 介護者が朝起きると、既に息を引き取っているのに気付き、慌てて救急車を呼んだケース
 おそらく午前3時頃に眠るように息を引き取ったのでしょうか。救急車が到着した時には、すでに死後硬直が出ていました。すると救急隊は、必ず警察に連絡します。警察が到着すると、亡くなった患者さんの写真を撮ったり、衣服を脱がし裸にしたりします。家族は、別の部屋で事情を聞かれます。

 そこで家族は、気付きます。「これって、もしかして犯人として疑われているって事???」。そうなんです。おごそかな最期のはずが、なぜか殺人事現場のような雰囲気に一変しています。

 そう、救急隊ではなく、在宅主治医や訪問看護師に電話してさえいれば、こんな厄介なことにならなかったのです。
ケース4 故意に救急隊に連絡するという、障害児の在宅医療でのケース
 脳に重度の障害をもち、植物状態に近い状態で在宅で10年以上を過ごしている子供さんの在宅主治医を依頼されました。半年ほどすると、従来からの肺炎が悪化し、人工呼吸器を装着していても全身状態は悪化の一途となりました。病院の主治医も今回はお手上げを宣告しました。母親は家での看取りを強く希望されましたので、「呼吸が止まっても救急車は呼ばないでください」といつものようにお話しました。すると驚くような言葉が返ってきました。「私たち障害児を持つ母親の間では、家で看取りたくても呼吸が止まりそうになれば、必ず救急車を呼ぶことが常識なんです」と。

 そうしないと、母親が殺人者として疑われるからだそうです。「呼吸のあるうちに救急車に乗せておけば、救急隊員が証人になってくれる」と言います。そう、救急車は母親のアリバイ証明の手段だそうです。厳しい現実に愕然としました。

 しかしよく聞くと、多くの障害児は、病院主治医のみで在宅主治医はいないとのこと。「あなたの場合は、在宅主治医がいるので、そのまま看取っても何も問題ないですよ」と丁寧に説明すると、わかってもらえました。やはり在宅主治医への連絡なのです
看取りと決めたら、呼吸が止まったら救急車を呼ばないで、在宅主治医を呼んでください。


略歴
長尾和宏(ながお・かずひろ) 

1958年、香川県生まれ。1984年に東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局。阪神大震災をきっかけに、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業、院長をしています。最初は商店街にある10坪程度の小さな診療所でした。現在は、私を含め計7人の医師が365日24時間態勢で外来診療と在宅医療に励んでいます。趣味はゴルフと音楽。著書に「町医者力」「パンドラの箱を開けよう」(いずれも、エピック)などがあります。
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