市民のためのがん治療の会
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婦人科腫瘍(子宮がん・卵巣がん)の再発病巣の局所治癒へ

『子宮頚癌の再発の場合』


和歌山県立医科大学放射線医学教室 准教授
和歌山県立医科大学付属病院腫瘍センター放射線治療部門長
岸 和史
【再発病巣の局所制御の意義】

 子宮頚癌の再発といっても、術後の局所再発の場合は、一部の患者さんは骨盤内臓器摘出術で局所制御を行なえた場合は32-62%の5年生存率があります。手術ができない術後再発の患者さんも、たいてい放射線治療は始めてで、局所に限局している場合は、そこを狙った放射線化学療法が使えます。この場合は40%-50% で治癒が期待できます。この40-50%という歩留まりは、部位によって腸管が近いなどの理由から60Gy相当を超える十分な線量が与えられない場合があるためです。また照射する範囲が広すぎて全ての病変に十分な線量が与えられないことがあるためです。さらに標準治療を受けられてこないで再発されている方も少なくありません。

 放射線治療の立場からいえることは、不十分な線量しか与えられない治療は治癒の可能性の低い方法だということです。通常の照射で十分な線量を与えられれば一番良いのですが、それでは限界がある場合には、IGRT(画像下放射線治療の技術:ぶれない放射線治療)を併用したIMRT(強度変調放射線治療:危険臓器をうまくかわして標的にフィットして当てる放射線治療)や小線源治療(フィットするようにアレンジして入れた針などの中から照射する全くぶれない放射線治療)などの選択的な照射方法がつかえることがあります。

  私たちは小線源治療の際にさらに危険臓器移動術(危険臓器を移動させる処置)を行って健常な組織を逃がしてやってより安全にして標的の腫瘍に十分な線量を与える方法を行っています。驚かれるかもしれませんがこの方法は実質たった半日の外来治療で終わります。


【リンパ節に沿った進展の制御】

 子宮頚癌ではリンパ節に沿って転移が生じることが多く、その領域はまず骨盤内リンパ節、傍大動脈リンパ節、鎖骨上窩リンパ節という風に、進展のルートが特定の部分に限られています。それらの病変のあるリンパ節順路を的確に照射すれば、病気の進展を制御できる可能性があります。

写真1は膣断端(子宮を取った側の膣の奥)に再発した腫瘍に対する組織内照射です。この部位では腫瘍は動きやすく、小腸が近いので外部照射により高い線量を腸管障害なしに行なうのが困難な部位です。小線源治療(14.5Gy:通常照射で50Gy相当)の追加によって外部照射(三次元照射で50Gy)との組み合わせで局所を制御するのに十分な線量が与えられました。

写真1


【化学療法について】

 アメリカ国立癌研究所の公式の表現では“放射線治療が使えないとなると緩和を目的として化学療法が行われることもある”と書いています。多くの日本の患者さんはそのような位置づけすら知らないで抗がん剤治療を受けているのではないでしょうか? 抗がん剤のパクリタキセル・シスプラチンを併用するあるレジメンでは46%の奏功率があり、無増悪生存期間は5.4ヶ月以上、生存期間中央値は10ヶ月以上の成績が報告されています。でもグレード3以上の血液毒性が77%と副作用も少なくありません。最近では従来の抗がん剤のような血液毒性のない生物学的薬剤も熱心に試みられています。これまでの生物学的薬剤単独の臨床試験の対象は放射線や抗がん剤が使えない患者さんが多いですが、子宮頸がんではアバスチン(血管新生阻害剤のひとつで子宮頚癌に対しては未承認です)単独で奏功率は11%、無増悪生存期間は3.4ヶ月以上、生存期間中央値は7.3ヶ月という報告があります。いずれにせよ化学療法単独というのは放射線治療が使えるときと比べると随分と病気とうまく戦えないことになります。本当は、放射線治療が使えないのかどうか、放射線治療医に相談してから、緩和的化学療法を受けるという手順であるべきでしょう。化学療法での無増悪期間は、治癒的な放射線治療までの待機期間に対する危険回避手段としての意味があります。それらを上手に組み合わせた治療スケジュールを意識すべきです。

 写真2は子宮頸癌で術後照射40グレイを受けた方が骨盤内リンパ節から傍大動脈リンパ節につながった転移を生じて来院されました。患者さんには外来でIMRTによる再照射を計画しました。局所の腫瘍を制御するのに十分な線量(60Gy/3Gy x 20回、通常の照射で70Gy相当です)を照射しました。精密なIMRTでは広い範囲をカバーして再照射できる大きな利点があります。

写真2


 写真3は子宮頚癌の手術を受けて術後照射40グレイを受けた後で、仙骨前リンパ節に再発し、それが増大して仙骨を溶かして浸潤してきたのですが、同じところに2回照射はできないと断られて途方にくれていた方です。ゲルを注入して危険臓器移動術を施して直腸を移動させると1回18グレイ(通常の照射で約75.6グレイ)の強い照射が安全にできました。術後の追跡で画像的陰性化が確認されました。

写真3


そこが聞きたい
Q標準治療を受けられてこないで再発されている方が多いとおっしゃいましたが、標準治療を受けておられない方というのはどのぐらいいらっしゃるのですか?

A 子宮頚癌はもちろん女性の病気です。社会の中で遅れがちな女性の待遇の改善の中で、病気の治療も何かにつけハンデらしき影が現れがちのようです。PCS(パターンズオブケア)研究といって全国556の放射線治療施設を対象に診療の質を調べた1998年の調査研究では、標準治療である腔内照射の施行率はわが国で76%でした。腔内照射の装置を持たない施設での施行率は4%でした。そして腔内照射を行なった場合とそうでない場合で3年生存率に倍近くの開き(78%と48%)がありました。最初の治療の段階で4分の1が標準治療から外れてしまっていました。全てのステージの子宮がん患者さんは標準治療である腔内照射を受けるべきなのですが、現状は腔内照射の治療装置を保有していない施設では非標準的な治療が行われています。

Q ちょうどこのところ子宮頸がん予防ワクチンのことで子宮頸がんに注目が集まっていますが、子宮頸がんのⅠ期・Ⅱ期でも欧米では8割が放射線治療で2割が手術であるのに対し、日本では逆に8割以上が手術されていると伺いました。がん診療連携拠点病院におけるRALS(遠隔操作高線量率小線源治療装置)の設置率は40%に過ぎないという調査結果もあります。

A 日本での規範のあり方や社会資源の配分は、深いところで、遅れた人権意識に根ざしているからだと思います。女は母にもなりますが、その前に女性であって、男性にとってどれだけ慈しんでも足りないほどの感性が中にあります。生殖年齢を過ぎた女性でも子宮をなくす手術を受け入れるには大きな心の壁を乗り越えなければなりません。先日、私の尊敬する同年輩の友人が“女でなくなる”覚悟を決めたのも、あまりクールなリスク利益判断でなく、細胞診の結果、思考を停止させる大きな不安に陥ったためでした。

Q 危険臓器移動術というのはどういうことでしょうか。

A「危険臓器移動術」は私の造語です。一般に、腫瘍の近くに放射線に弱い正常組織があって、照射の影響を受けるかもしれないときにその正常組織を危険臓器(organ at risk/ OAR, またはat risk organ)といいます。「危険臓器移動術」は腫瘍と危険臓器を引き離す医学的なテクニックです(下図)。このテクニックはそれを必要とする多くの場所で使えます。前に放射線治療を受けているからもうできないよと他施設で言われた方もこれによってはじめて可能になることがあります。英文で論文にしました。正常組織が腫瘍に近すぎて、このまま照射すると正常組織のダメージが大きいとき、正常組織と腫瘍との間にゲルを入れ引き離し、安全な距離が保てるようにしてから根治的な線量を腫瘍に与える方法です。


左は腫瘍(target)と危険臓器(OAR)は密に接している状態です。この場合、腫瘍を根治するような照射は危険臓器を障害してしまう。ゲル(matrix)を注入して危険臓器を外側に移動させて安全にしてから腫瘍に局所制御できる高い線量を与えます。

Q先生も【化学療法について】の項で放射線治療の有効性について触れておられますが、最近もドラッグ・ラグの問題などがメディアで大きく取り上げられ、キャスターやコメンテータが「治る薬が外国にはあるのに、日本では使用できない」というようなコメントをする場合がありますが、その薬があればがんが治るように受け取られかねません。注意してもらいたいですね。

A ドラッグ・ラグはわが国の国民の人権にかかわる問題でした。長い間、現場からの医療改革推進協議会などで取り上げられ、いまようやく道が開けつつあり、これはとてもよいことだと思います。わが国の薬の適応は基礎医学の理解からでなく、臨床研究データの結果からようやくいくつかの適応が認められます。特効薬であっても特定の希少な疾患にはまったく適応(compassionated approval同情的な適応認可)がありません。私はソラフェ二ブやアバスチンなどの適応外使用のために個人輸入を自分で行い、いったんあるいは一個の転移巣以外の腫瘍の消失を見た患者さんたちを知っています。お金もちしか使えない状況で指をくわえて見ているわけには行きません。でもそういった人たちのために使用承認の作業をしようとしても会議のステップが多く貴重な時間がどんどん過ぎてゆきました。キャスターの方々が取り上げてくれるのは嬉しいですが、正しく力強い表現をしていただければ私たちの要求への理解も速やかになると思います。しかし同時に患者さんたちがドラッグ・ラグの問題を感情的に叫んでいますが、ドラッグ・ラグによってどの程度の人が救命できたり、延命できるのかといった具体的なデータが全くないというのも問題です。

Q私も放射線治療を受けたものとして、再照射の可能性について道が開けたような気がして、大変明るくなりました。お忙しいところありがとうございました。

A 私は放射線治療の分野以外にさまざまな画像下介入の技術を駆使するインターベンショナルラジオロジーを実践・研究していました。この技術を使えば、限局した腫瘍を制御するのが困難になっていても、それが再照射や再再照射となる場合でも局所治癒照射の展望が開けることがわかってきました。絶望でなくて、治癒への希望を約束しつづけたいと思っています。貴重な紙面を与えてくださり心から感謝します。こちらこそどうもありがとうございました。

略歴
岸 和史(きし かずし)

昭和58年3月和歌山県立医科大学医学部卒業後、和歌山県立医科大学附属属病院、済生会和歌山病院放射線科医長。平成5年7月和歌山県立医科大学助手 (放射線医学講座)、講師を経て、平成12年8月和歌山県立医科大学助教授採用 (放射線医学講座)、和歌山県立医科大学大学院助教授 兼職、大学院医学研究科内科系担当、付属病院中央放射線部兼務 現職。平成19年4月和歌山県立医科大学准教授(放射線医学講座)、 平成21年10月1日和歌山県立医科大学附属属病院腫瘍センター放射線治療部門長、現在にいたる。 この間、米国テキサス州立大学MDアンダーソン癌センター実験放射線腫瘍学教室、独立行政法人放射線医学研究所客員研究員歴任。
医学博士、放射線専門医、放射線腫瘍学認定医、日本血管造影インターベンショナルラジオロジー学会認定医 趣味:料理、詩、ピアノ、海の中にいること。
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