市民のためのがん治療の会
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「切らない」がん医療

『放射線治療医の育成急務』


東京女子医大・放射線腫瘍学講座主任教授
日本放射線腫瘍学会理事
三橋紀夫
 これまでのがん医療は、がんは切らなければ治らないとの認識が強く、大部分を外科医が担ってきた。しかし、手術で重要な臓器を切除されると、患者は生活の質を落とすことになる。

 日本人の高齢化が急速に進むにつれ、がんの新規患者数も年間67万人(2005年)に達している。がんが国民病とまで呼ばれるようになった今、機能や臓器を温存し、切らずにがんを治療する体に負担の少ない放射線治療への期待が高まっている。

 事実、1990年には約6・3万人だった放射線治療の新規患者数は、2009年には20・4万人と約3・2倍に急増した。15年には36万人に達すると推定されている。

 近年、放射線治療装置の飛躍的な進歩と放射線生物学の発展により、正常組織への副作用は最小限に抑えつつ、がんに十分な放射線量を照射する治療が臨床に導入されている。定位放射線治療、強度変調放射線治療法(IMRT)などだ。早期肺がん、頭頸部がん、子宮頸がん、前立腺がんなどでは、手術と同等の治療成績をあげられるようになっている。

 がん対策基本法が06年に成立し、翌07年にはがん対策推進基本計画が実施された。がん診療の地域格差をなくす「均てん化」を図るために、厚生労働省は、中核となる病院を地域がん診療連携拠点病院として指定した。この拠点病院に認定される条件には、放射線治療部門が設置され、放射線治療機器を整備し、放射線治療医が常勤することが義務づけられている。

 ところが、放射線治療医の不足は深刻だ。わが国には放射線治療装置を有する施設は760か所以上あり、米国と遜色(そんしょく)ない。しかし、放射線治療医の数は約900人と、人口当たりでみると米国の5分の2足らずだ。いかに早急に放射線治療医を増やしていくかが急務となっている。

 レントゲン博士が1895年にエックス線を発見してから115年。現在、放射線医学は、「診断」と「治療」の両分野で急速な発展を遂げており、もはや放射線医学という一つの講座で二つの分野の教育、診療ならびに研究を担当することは困難だ。にもかかわらず、わが国医学部の放射線医学講座の体制は旧態依然としており、放射線診断医と放射線治療医の育成を一つの講座で行っている。

 放射線医学はもともと診断学を中心に発展してきたこともあり、コンピューター断層撮影法(CT)や磁気共鳴画像(MRI)など、診断分野の専任教授は多い。これに対し治療分野には、専任教授はもとより准教授や講師さえいない大学もある。放射線治療医を志す若い医師が育つ体制が整っているとは言えない。

 高度な専門性と技術とを兼ね備えた放射線治療医を育成するためには、がんに対する広範な知識と放射線治療学を集中して学ぶ「放射線腫瘍(治療)学講座」を設置する必要がある。現在、放射線腫瘍(治療)学講座があるのは全国医学部の約20%で、この2年間でも4大学に新設されたにすぎない。

文部科学省は、大学の申請があれば、放射線腫瘍(治療)学講座の設立を認める姿勢を示している。各大学が、医学部に放射線治療学を担当する講座を設置するよう、切に希望する。


本稿は讀賣新聞2010年(平成22年)10月27日朝刊「論点」に掲載されたものです。三橋先生並びに讀賣新聞のご許可のもとに転載させていただきました。


略歴
三橋 紀夫(みつはし のりお)


1974年群馬大学医学部卒業後、同大学放射線医学講座助手。その後、講師、助教授を経て、2001年東京女子医科大学放射線医学講座主任教授、2009年同大学放射線腫瘍学講座主任教授。現在、日本放射線腫瘍学会理事、日本癌治療学会理事、日本頭頸部癌学会理事、日本医学放射線学会生物部会会長、厚生労働省診療放射線技師試験委員等を務める。

主な研究テーマは放射線治療を機軸とした集学的治療法の確立、放射線治療効果増強のための新たな分子標的の探索等。著書に「がんをどう考えるか-放射線治療医からの提言」(新潮社)等がある。
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