市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
軽んじられる口腔ケア。命にかかわることではないから、ま、いいか?

『がん治療を口から支える口腔ケア(2)』


静岡県立静岡がんセンター
歯科口腔外科部長 大田洋二郎
【静岡県立がんセンターの口腔ケアの取り組み】
 静岡県立がんセンターは、2002年にオープンしたがん専門病院です。静岡がんセンターの歯科は「口腔ケアをがん治療のなかに導入する」必要があると、病院内の医師、看護師に訴えてきました。がん治療は、手術や放射線、抗がん剤治療をおこなうことであると、その治療の部分だけに関心が集まります。しかし、がん治療の苦痛を少なく、しかも安全に安心しておこなえるようにする治療(これは治療を支援、サポートするという意味で支持療法と呼びます)が今後は、重要な役割を担うと私は考えていたのです。

【がん専門病院で活躍する歯科衛生士】
 静岡がんセンターでは、「口腔ケアをがん治療に導入する」体制を作りましたので、がん治療をおこなう前に、口にトラブルがでやすい治療を受ける場合、必ず担当の医師や看護師から歯科へ診療の依頼があります。この考え方は、ゼロからスタートした病院ですので、院内全体の医師、看護師に比較的早期に浸透しました。年間約1000人のがん患者が、歯科を受診して口腔ケアや歯科治療を受け受けています。

 その際、中心になってケアを担当するのは歯科衛生士です。歯科衛生士は、歯科外来で、患者にがん治療でおこる口の副作用を説明し、口腔ケアをおこないます。外来におりてこられない場合は、病棟に往診してベッドサイドで口腔ケアをおこないます。

写真1
抗がん剤治療が始まる前の口腔ケア
歯科衛生士の専門的なクリーニングを終了しないとがん治療がはじまりません















 がん治療がつらくて口のケアができず汚れてしまう、口から出血してケアがうまくできないなど、病棟の看護師の口腔ケアだけでは十分にきれいにできません。歯科医師と歯科衛生士が一緒に往診して、全身状態やがん治療方法を確認後、ケアのプランを立て歯科衛生士の口腔ケアが始まります。

写真2
緩和病棟に往診して口腔ケア
入院中の体調が落ちた場合は、往診してケアをおこなう















 こうした口腔ケアの結果、静岡がんセンターの頭頚部がんの手術の創の治りは、歯科衛生士のいない、すなわち口腔ケアのおこなわれない病院でおこなった手術と比較すると、明らかに良く、感染や傷口が開いたりするトラブルが4分の1に減ることが明らかになりました。また食道がんの手術では、手術のあとにおこる肺炎が非常に少なくなることがわかっています。
【がん専門病院と地域の歯科医師の連携】
 日本では、口の中が不衛生だったり、虫歯や歯周病が治療されない状態、すなわち、がん治療で口のトラブルがおこる危険性があっても、治療前に口の中を検査したり、歯科治療や口のケアをおこなったりすることは、ほとんど行なわれてきませんでした。これでは、口のトラブルのために治療が中断したり、治療中の副作用の症状が強く出たりしても当たり前です。そうならないようにするには「前もって、打てる手をしっかり打っておく」、それが最も重要なのです。

 この考え方を具体的にしたものが、「がん治療が始まる前に、地元の歯科医院を受診して、口の清掃処置の指導を受けたり、歯周炎や虫歯の治療を済ませたりする医療連携」です。これは、2006年静岡県の東部地区で、静岡県立がんセンターと静岡県歯科医師会のうち東部9つの歯科医師会が連携してはじまりました。このような仕組みがあれば、がん専門病院に歯科がなくても、地元の歯科医師のサポートが得られるはずです。2010年10月からは、この連携は静岡県全体を対象に拡大され、順調に事業は進んでいます。

写真3
2008年10月19日
がん患者歯科医療連携
アドバンストコース講習会
200名近い歯科医師、歯科衛生士が受講した<静岡県立がんセンター研究所>














こうした静岡がんセンターの動きをうけて、がん治療をおこなう日本の医師や看護師も、こうした歯科との連携が必要だと考え始めています。「口のケアをしっかりおこなうことが、がん治療の成功につながる、すなわちがん治療の質をより高くする」と言う、がん治療専門の医師が増えています。こうした動きを反映して、国立がん研究センターは関東圏を対象に、2011年1月に日本歯科医師会と連携して、がん手術を受ける患者さんに、歯科医院を受診して口腔内をチェックしてもらうように推奨する事業を開始します。数年後には、全国でがん地域がん拠点病院と歯科医師会の連携に拡大する準備も進められています。

写真4
2010年8月31日
国立がん研究センターと日本歯科医師会の連携事業調印式が行われた。
記者会見も行われ、全国に連携事業開始の意義をアピールした。













【がん治療を乗り越えるためのお口の健康】
 がん治療を乗り越えるために、「治療中も口から自然の形でおいしく食べられること」、 このことが、がん治療の最も基本であるとがん治療に携わる医療者は考えています。がん治療中、口の中に出る副作用で一時的に食事がとれない時期があるかもしれません。しかし点滴や管をつけた状態では、基本的に退院することはできません。必要な栄養分を口から、しっかり噛んで飲み込むことが確認できて、初めて退院できます。そして社会復帰をすることができるのです。

いつも虫歯や歯周病などの口の問題は、命には関係ないから、と軽く見過ごされがちです。しかし、口の問題を解決しなければ、がん治療を成功させることが難しいこと、これまでの説明でわかっていただけたと思います。

略歴
大田洋二郎(おおた ようじろう)

学歴
昭和61年 3月 北海道大学歯学部卒業

職歴
自昭和61年 4月 北海道大学歯学部 第一口腔外科講座入局
自昭和63年 4月 国立がんセンター歯科医員
平成 2年 4月 西ドイツ スツットガルトカタリネン病院 短期留学
自平成13年 4月 国立がんセンター中央病院 歯科口腔科医長
自平成14年 4月 静岡県立静岡がんセンター歯科・口腔外科部長

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