市民のためのがん治療の会
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世界では免疫療法が癌の標準療法のひとつとなることが、
あたりまえのように論じられている

『食道癌ペプチドワクチン療法とASCO2011』


山梨大学 第一外科 准教授
河野浩二
はじめに
 ASCO(American Society of Clinical Oncology、アメリカ臨床腫瘍学会)という学会は、癌に対する薬物療法を中心とした治療法を討論する世界最高峰の権威ある学会です。 抗癌剤、分子標的薬、抗体、ワクチン療法など癌に対する様々な薬物療法の臨床試験に関する結果が発表され、その発表を契機に、癌の標準療法が更新されるほどの影響力がある、医療関係者注目の学会です。

 先日、6月3日から6月7日の日程で、シカゴで開催されたASCO2011に参加し、我々のワクチン臨床試験グループ(captivation network)を代表して、食道癌に対するぺプチドワクチン療法第II相試験の結果を発表してきました。幸運にもシンポジウムでの発表の機会が与えられ、ワクチン療法に関する世界での注目度の高さを感じました。本稿では、食道癌に対するワクチン療法の現状を述べさせていただき、今後の展開にも言及させていただきます。

食道癌ぺプチドワクチン療法
進行食道癌は、依然として難治性癌の一つであり、手術+放射線療法+抗癌剤の3者を組み合わせて行う集学的治療が、臨床現場で行われている標準的な治療です。しかしながら、集学的治療により生存率の向上が認められるものの、依然としてその予後は不良であり、食道癌切除症例の3年生存率は44%(日本食道学会、全国登録委員会)となっております。そこで、これら3者に併用できるような新しい治療法の開発が急務であることは明白であり、我々は食道癌に対するペプチドワクチン療法の開発を進めております。

食道癌に対して用いるペプチド抗原は3種類の腫瘍特異的抗原であり、これらは食道扁平上皮癌に特異的、かつ高頻度(98%以上の食道癌)に発現し、さらに食道扁平上皮癌の全体に均一に発現し、正常組織にはまったく発現しないという理想的な抗原です。さらに、基礎実験や臨床サンプルのデータから、これら3種類のぺプチドは強い免疫原性を有することがわかっております。つまり、これら3種類のペプチドを患者さんに投与することにより、このペプチド抗原を認識するリンパ球が体内で増殖、活性化し、そのリンパ球が標的抗原を発現した食道癌を攻撃するというしくみの癌ワクチン療法が期待されることとなります。

そこで、我々は、標準的な治療が無効となった進行食道癌の患者さんに協力していただき、安全性と免疫原性を確認する臨床第I相試験を山梨大学で実施しました。その結果、グレード3以上の危険な副作用はなく、また、90%の患者さんでペプチド抗原に対する免疫反応が誘導され、良好な結果が確認されました。さらに驚いたことに、CTで確認できるほどの転移巣の消失、縮小効果が20%の患者さんで認められ、期待が持てる結果となりました。そこで、この結果をもとに、多施設共同第II相試験を全国7施設からなるcaptivation networkで、60名の患者さんの協力により実施しました。第II相試験は、理論上ワクチンに効果が期待されるHLA-A24というリンパ球の型を持った患者さん(A24陽性群)と、効果が未知数のHLA-A24以外の患者さん(A24陰性群)を、臨床試験の最後に比較するというデザインで行いました。

その結果、全生存率(Overall survival)では、統計的有意差にわずかに達しないものの、A24陽性群のほうがA24陰性群にくらべ良好な生存が得られる傾向がありました。また、無増悪生存率(Progression free survival)では、統計的有意差を持って、A24陽性群のほうがA24陰性群に比し、良好な予後となりました。すなわち、本来ワクチンが効力を発揮すると想定される患者さんにおいて予後が延長したことがわかります。さらに、ワクチンに対する免疫反応を詳細に検討すると、ペプチド抗原に対する免疫反応が陽性の患者さんの方が免疫反応陰性の患者さんに比較して、有意に良好な全生存率が得られております。つまり、ワクチンに対する免疫反応が生命予後に相関することが証明できたわけです。この結果は、ワクチン療法の根本的な概念が証明されたものであり、極めて有益な情報と言えます。もちろん、我々は今回の第II相臨床試験で、臨床的有効性を結論するわけではありません。今後、デザインを変えた大規模第III相比較臨床試験が必要ですが、少なくとも、第III相試験に向けて期待の持てる結果となったことは間違いありません。現在、新薬としての認可、製薬化にむけた第I/II相の治験がすでに開始されており、今後の展開が期待されます。

世界の動き
今回のASCO2011では、抗CTLA4抗体という新しい免疫療法の臨床試験結果が大々的に発表され、盛大な称賛を浴びておりました。この薬剤はすでにアメリカで臨床使用が認可されております。抗体にしてもペプチドワクチンにしても、免疫療法が癌の標準療法のひとつとなることが、あたりまえのように論じられております。むしろ、さらにどのように有効に作用させるか、あるいは、効果が期待される患者群を選択する個別化治療をどうするかという議論が中心となっています。

我々を含めた日本の臨床現場から、ワクチンなどの免疫療法に関する質の高い臨床試験として、世界に発信する必要性を痛感しました。そのことが、日本発の新しい癌治療を、多くの患者さんに、はやく提供できる道につながると思います。


略歴
河野 浩二(こうのこうじ)

現職 山梨大学医学部外科学講座第1教室 准教授
山梨医科大学医学部医学科卒業後、同大学第1外科入局。埼玉医科大学第1外科助手、山梨県厚生連健康管理センター診療部長を経て山梨医科大学第1外科医員。山梨医科大学第1外科講師、病棟医長の後、山梨大学医学部第一外科助教授(准教授に名称変更)

この間スウェーデン王立カロリンスカ研究所留学(客員研究員)

日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器病学会の各認定医、専門医、指導医。日本消化器内視鏡学会専門医、指導医

日本消化器病学会、日本食道学会、日本バイオセラピー学会、日本癌学会各評議員など学会活動多数

ドイツ外科学会(116回)travel grant (1999年 日本外科学会選考)、American College of Surgeons. International Guest Scholarship、第38回日本癌治療学会総会優秀演題賞等受賞多数

山梨医科大学医学博士取得、カロリンスカ研究所医学博士取得

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