市民のためのがん治療の会
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メディアで報じられることのない原発作業員の実態

『原発作業員を支援しよう』


東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門 特任教授 上 昌広
【原発作業員は男の世界】
 原発作業員と話して驚いたのは、彼らが奉仕の精神で作業に従事していることだ。原発事故後、下請け会社には「死にに行ける作業員はいないか」と連絡があったらしい。そこで希望した人たちがフクシマ50となった。

 3月、原発作業の人手集めのために、大阪 西成の失業者が連れてこられたことが話題になったが、すでにそのような作業員はいない。現在、現場にいるのは、配管・溶接などの専門技術をもつ人々ばかりだ。

 一方で問題も生じている。それは、作業員が「男の世界」に生きているためだ。この世界では、弱音を吐く男は軽蔑されるため、重症化するまで問題が顕在化しない。熱中症で倒れる作業員が続出しているのは、このためだ。

【原発作業員を使い捨てにするな!】
 この状況は是正しなければならない。作業員の人権問題でもあり、国民にとっても不幸だ。なぜなら、専門技能者の脱落は、原発事故の終息が遅れることを意味するからだ。

現在、原発作業員の被曝上限は250ミリシーベルトだ。しかしながら、「この基準を守っている作業員は少ない(原発作業員)」という。「大手メーカーは、自社の社員の被曝量の上限を100ミリシーベルト以下に自主的に制限している(原発作業員)」らしい。勿論、彼らは東電や政府の顔を立てるため、「外部には政府の方針に従い、250ミリシーベルトと言っている(原発作業員)」そうだ。このような企業では、労働組合がしっかりしていることもあるだろうが、何よりも被曝の怖さを熟知しているのだろう。

 一方、下請けからの派遣作業員の待遇は劣悪だ。「すでに7-800ミリシーベルト食らっている人間は100人以上いる」、「作業員は一日でも長く働きたいから、危険な場所に行くときは線量計を置いていく」という。政府や東電の建前と、現場の本音はあまりにも食い違う。 原発の世界はヒエラルキー構造だ。「東電を頂点に、10次請けまで存在する(原発関係者)」。東電以外は誰も全体像を把握していないらしい。このような組織は、責任の所在が不明瞭になる。知人の官僚は、「原発に限らず、産業廃棄物処理などでも、よく見られる。問題が生じたら、下請け企業を倒産させて責任追及をかわせる」という。

 このような体制は、世界からは奇異に映るらしい。福島原発に来ている海外のジャーナリストは「アメリカではユニオンがしっかりしているため、こんなことはあり得ない」とコメントしていた。

 余談だが、原発作業員には外人もいるらしい。それは日本と海外の原発作業員データベースが連結されていないからだ。日本での被曝量は海外で勤務する際に考慮されないため、恰好の出稼ぎ場所となる。米国がカナダや欧州とデータベースを連結しているのとは対照的だ。政府は原発のコストが安いことを強調するが、このようなカラクリがあることは報道されない。



【産業医とは何か?】
 政府は、産業医を常駐させて作業員をケアしていると言うが、原発作業員は「そもそも病院にかかるのは恰好が悪い」「Jビレッジに行くと医者がいると言われているが、(宿舎から)遠いから行ったことがない」というのが実態だ。

 これまでの経緯を見るに、産業医は労働者の味方とは言い難い。また、地元の医師会や医学会は産業医の面子を尊重するため、頭越しには動けない。勿論、地元で作業員をケアする医師も多いが、自らの活動を表立って言うことは少ない。「一般患者と待合で一緒になると、放射能の風評被害が起こるかもしれない(地元開業医)」という危惧も、この問題を複雑にしている。

 このような複合的な要因のため、作業員の支援活動は拡がらず、下請け作業員にツケが回る。冒頭でご紹介した、いわき湯本の飲み屋が、作業員を支援しながら商売しているのとは対照的だ。



【熱中症対策は作業員の視点で】
  ただ、作業員の健康問題が、ここまでクローズアップされている以上、政府・東電も早晩、方針転換を余儀なくされるだろう。その際に重要なのは「作業員の視点で考えること」だ。まず、作業員が熱望しているのは、熱中症対策の充実だ。炎天下での作業は長時間にわたるが、その間、水分は補給できない。実は、原発内には作業員の秘密の喫煙場所がある。そこではタイベック(作業服)を脱いで一服するわけで、東電サイドも黙認している。そこに水を置けばいいのだが、東電は融通が利かないようだ。

 また、アイスノンなどの冷却資材も支給されていない。状況を聞くと、「節電のためか、宿の部屋の冷蔵庫は使用できないようになっている。だから、アイスノンを買っても冷やせない(原発作業員)」という、信じられないコメントが返ってくる。

 政府や東電は、それなりに熱中症対策を講じているつもりだろうが、末端の作業員までには行き渡っていない。もっと現場の意見に耳を傾けるべきだ。水分補給部隊を設けたり、使い捨てのアイスノンを外部からあてがったり、即座に実行できる対策は、幾らでもある。


【個別化したがん対策を】
 熱中症についで重要なのは、がん対策だ。私には、政府・東電の対応があまりにも画一的すぎると感じる。例えば、積算で100ミリシーベルト被曝すると、発癌のリスクが0.5%増加すると言う。これは広島・長崎の長年にわたる研究の成果らしい。

 しかしながら、これは公衆衛生学的な考え方だ。発癌のリスクは個人によって異なる。作業員が求めているのは一般論ではなく、自分自身に役立つ個別の情報だ。実は、個別化医療は医療界のホットなテーマでもある。

 個別化医療が取り扱うのは、ゲノム情報だけではない。原発作業員対策も、個別化医療の視点から論じることができる。その際に重要なのは家族歴だ。家族歴は、遺伝的体質だけではなく生活歴をも反映するからだ。

 一般的に、親や兄弟にがんの患者がいる場合、発癌のリスクが2-3倍にあがる。身内にがん患者を抱える作業員に対して、一律に「100ミリシーベルトで0.5%の発癌リスク」と言っても何の意味もない。彼らのリスクはもっと高い。

 このような作業員に対しては、遺伝学・ゲノム医科学の知識を総動員して、発癌のリスクを説明することが大切だ。そして、もし、発癌リスクが高ければ、作業の続行の可否、生活習慣指導、がん検診について説明しなければならない。作業員が希望すれば、造血幹細胞採取も選択肢の一つになる。


【メンタルケアの個別化を】
 このような状況に置かれた作業員のメンタルケアも重要だ。原発作業員は、「作業が長期化しストレスが昂じている。特に健康に不安がある人は、PTSDのような状況になっている」と言う。身内に白血病や悪性リンパ腫を発症した人がいる作業員のストレスは想像に難くない。彼らは、身内の看病を通じ、がんを実体験として知っており、自分を「がん家系」と考えているからだ。

 しかしながら、原発作業員は弱音を吐けない。だから、病状が悪化するまで、誰もサポートできない。自殺など悲劇的な事件が起こるまで、社会は動かないかもしれない。しかしながら、それでは遅い。この状況の改善には、精神ケアの専門家の積極的な介入が必要不可欠だ。

 被曝医療は放射線対策だけではない。医療界総出で、協力しなければ対応できない。私たちには、新しい被曝医療を作ることが期待されている。
略歴
上 昌広(かみ まさひろ)

東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門特任教授

93年東大医学部卒。97年同大学院修了。医学博士。

虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事。05年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(現 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。

帝京大学医療情報システム研究センター客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。

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