市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
「今行われている『除染』は、『散染』だ」とただ一人真実を指摘する松井先生の警告
「散染」による内部被曝の拡大にストップを(2)

『「除染」ならぬ「散染」』


岐阜環境医学研究所
松井 英介

●ガレキ処理
○汚染を全国に拡げるガレキ処理
  政府は、2011年3月11日の東日本大震災と東電原発事故によってもたらされたガレキの処理を全国の自治体に焼却・埋め立て処理させようとしています。
 放射性物質によって汚染されたガレキを焼却した場合、バグフィルターなど有害物除去装置が設置された焼却炉であれば、放射性物質は99.99%除去できると、環境省は言ってきましたが、実証的な根拠はありません。全国各地の焼却炉でバグフィルターの故障が起きており、その安全性には大きな疑問符がついています。静岡県三島市で市民NGOの方が調べたところ、放射性物質はかなり大気中に漏れていることが確認されました。
 また焼却灰に関しても、環境省は、8000ベクレル/kg以下であれば、管理型処分場での埋め立て処分ができるとしていますが、全国各地の最新鋭の管理型処分場でも、取水シートの破損事故が起こっており、地下水との接触による環境汚染が危惧されています。
 2012年8月に成立した放射性物質汚染対処措置法は、原発施設から発生する放射性廃棄物に含まれるセシウム137のクリアランスレベルの基準値を100ベクレル/kgから、8000ベクレル/kgに緩めたのです。
 いのち、とくに子どものいのちを守るため、多くの人びとの力を総結集し、東電・日本政府・原子力ムラペンタゴン(財・官・政・報・学)の無謀で非人間的なやり方にストップをかけましょう!
 全てのひとが、誇りをもって働けるように、政府をして長期計画を立てさせましょう。とくに、汚染の少ない北海道や九州をはじめ遠隔地で、地域のつながりと伝統文化を保ちながら、農業・酪農・漁業・林業などがつづけられるように、一次産業最優先百年の計を策定させましょう。
 日本列島のみならず地球全体に甚大な汚染をもたらした原発事故の原因企業に謝罪と賠償を求め、日本政府には、百年の計を実現できる基金の設立を求めましょう。
 さまざまな被害をうけた私たちは、他方で原発推進を黙認しつづけ、その結果次世代に大きなツケを残してしまいました。私たちが手をつないで立ち上がることは、子どもたちへの謝罪のささやかな第一歩ではないかと思うのです。
 内部被曝の理解は、私たちが手をつなぐための必須条件だと考えます。
 以下、「除染」ならぬ「散染」を中心に、いま全国各地で大きな関心の的になっているガレキ処理と食の安全についてもすこし考えてみましょう。


○クリアランス制度は廃止すべき
 100ベクレル/kg以下なら原発の廃材を鍋やフライパンなど日用品にリサイクルしても良いとするクリアランス制度は、日本では国会を通ってしまっていますが、ヨーロッパではこの制度を許さなかったのです。1997年EU議会にこの制度が上程されようとしたとき、ECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)が待ったをかけ、これを止めたのです。たとえ少量でも、体内に入ったとき、放射性微粒子から照射されるアルファ線やベータ線は周囲の細胞DNAに傷をつけ続け、さまざまな病気を引き起こすからです(松井英介「見えない恐怖―放射線内部被曝」旬報社、2011年)。



○「放射性廃棄物全国拡散阻止!3・26政府交渉ネット」
  2012年3月26日、国の内外から2000人以上の賛同を得て、衆議院第一議員会館で開かれた集会「放射性廃棄物全国拡散阻止!3・26政府交渉ネット」には、北海道を含む全国各地から200人もの人びとが集まりました(図5)。この集会決議文の一部を以下にご紹介します。

図5 2012年3月27日付東京新聞
 ・・・日本は明治時代の足尾鉱毒事件以来、水俣病事件など数多くの公害・労災・職業病をもたらしてきた反省から、世界に例を見ない公害・環境法制度を整備し、あらゆる公害被害等の根絶・救済をめざして、国及び地方行政における環境政策を今日まで営々として築き上げてきました。しかし、今回の国及び一部自治体が推進している震災がれきの広域処理は、被害者、国民の営為を無にするものに等しいと言わざるを得ません。
 私たちは被災地との絆を大切にするためにも、「非汚染地」に汚染物を持ちこむことは止め、「非汚染地」は、「汚染地」からの避難地域、汚染地に安全・安心な食べ物や製品を供給する場所として確保していきたいと思います。・・・


●食品の許容線量限度値は厳しくし、いのちと健康を守る
 4月から施行される食品の新しい安全基準値(許容線量限度値)には、いくつか重大な問題点があります(図6)。

図6:食品の許容線量限度値の比較 ウクライナとベラルーシに比べ、日本の場合、2012.年4月以降も依然として、ストロンチウム90の許容値は定められていない。セシウムについても全体に甘く、米や牛肉は9月いっぱい、大豆という重要な食材は年内、きわめて高い許容値のまま据え置かれている。


 まず依然として、ストロンチウム90の基準値が定められていないことです。仮にセシウム137に比べてストロンチウム90の一般自然生活環境への放出量が少なかったとしても、体内にはるかに長い期間とどまってベータ線を出しつづけるため、ストロンチウム90による内部被曝の健康影響は決して無視できないのです。
 セシウム137の新基準値にも問題があります。500ベクレル/kgを100ベクレル/kgに下げたといっても、まだまだ緩いのです。とくに子どもは感受性が強いので、食品に含まれる人工放射性物質は限りなくゼロでなければならないのですから。

 表の欄外に書きましたが、米と牛肉の基準値が9月いっぱい、大豆は年内、それぞれ500ベクレル/kgに据え置かれていることも、大問題です。



●おわりに
 「散染」による内部被曝の深刻化を食い止めるためには、内部被曝の理解が拡がることが必須の条件だと考えます。
 最近出版された肥田舜太郎「内部被曝」扶桑社新書、2012年をぜひともお読みください。竹野内真理さんによる巻末の【解説】「肥田先生からの手紙」も、心打たれる内容ですので、お目通しくださいますよう、お勧めいたします。
 最後に、いよいよ4月から本格的に動き始める「市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝研、ACSIR)」ご注目ください。市民のためのがん治療の会代表協力医で北海道がんセンタ院長の西尾正道先生も呼びかけ人のお一人として会の発足にご尽力くださいました(HP:http://www.acsir.org/)。会の発展が内部被曝理解の拡がりにつながると思いますので、ぜひとも知恵と力をお貸しくださいますよう、お願い申し上げます。







そこが聞きたい
Q瓦礫の処理なども、わたくしの素人考えのがん治療と同じような考えで、全国で分担して処理するのは、がんでいえば遠隔転移や播種のようなものではないでしょうか。汚染処理は事故原発箇所、東電の敷地に加え、チェルノブイリを見てもわかるような30年以上も住めない地域に封じ込める、という方法しかないのではないでしょうか。

A がんの遠隔転移や播種に例えられたのは、大変わかりやすくて良いですね。まずは東電敷地内に集めるべきです。東電の敷地以外の高濃度汚染地域については、次のステップとして考えるのが良いように思います。
 東電をはじめとする原子力産業界と国策として原発を推進してきた日本政府が、まず被害者に謝罪と賠償をするべきです。その次のステップとして、がれきなどの処理のための基金をどうするのかについて、公開の場で議論せよと要求しましょう。議論の中身を記録に残すのはもちろんです。

Qこういう時に恐ろしいのは、「日本中が分担して瓦礫を処分して助けてあげようって、気をそろえているときに、全国で処理するのはやめろとはなんだ、人でなし、非国民」という図式ではないでしょうか。

A 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」をみると、事業者の責務として、第三条につぎのように書かれています。「事業者は、その事業活動に伴って生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならない。」。生産者責任とか原因者責任と言われている考え方です。
 東電は、放射性物質は誰のものでもない「無主物」と主張し、裁判所もこれを追認する判決を出しましたが、そのような無責任・身勝手を許してはいけません。原子力ムラの責任を明らかにすることが、まず肝要です。「非国民」などという昭和の亡霊に怯えたり、騙されたりしないように、眼や耳を鍛えましょう。
 ほんとに「助けてあげようと」と思うのであれば、汚染がれきを引き受けることによって、汚染を全国に拡げるのではなく、汚染された地域の人びとに手を差し伸べ、彼らを自分の村や町に迎え入れるべきです。福島の方々が異口同音に言われるのは、「汚染を全国に拡げてほしくない!」の一言です。

Qチェルノブイリのように30年以上たっても立ち入り禁止のところがあるんですから、本当にお気の毒ですが、高濃度汚染地域は数十年にわたって住めなくなってしまったので、早く買い上げるなりして、新しい街を創って新しい生活ができるような施策を進めるべきですね。被災された方も、ちゃんと計画ができて、目標があれば立ち直る気持ちが強くなると思います。むしろ、ああでもないこうでもないといっているうちに、どんどん被曝して、5年から10年後には大量のがんや精神的あるいは免疫疾患などが出て、国家賠償請求事件が山のように起こり、その額たるや天文学的数字になるのではないでしょうか。

A 放射性物質によって汚染された地域からは、一日も早くコミュニティーを維持しながら移住できるように、政府に法律をつくらせましょう。その場合、村なら村、町なら町がまとまって移住することが必要条件です。北アルプスや中央アルプスの東と西では、積算放射線量が二けたも違うというデータがありますので、汚染の少ないところへまとまって移る必要があります。
 北海道や九州にすでに移り住んでいる方々もいますが、そこで農業、林業、酪農、漁業など大自然の懐に抱かれてやってきた仕事もつづけられるように、しなければなりません
。  汚染地域と汚染の少ない地域の自治体同士の話し合いがなされるように、中央政府は条件を整えるべきです。農業の減反政策を見直し、安全な食の自給100パーセント実現をめざす政策の策定を、中央政府に要求しましょう。
 移住先で、一人ひとりが誇りをもって生きていけるように、東電と政府に集団移住を実現するための財政措置=集団移住基金の設立を求めましょう。

Qいつも言われる日本のtoo little, too lateの図式ですね。もう一年以上も経ってしまった。早くすればするほど放射能関連疾患患者も少なくて済むでしょうし、それに伴う費用も少なくて済みます。

A 確かに一年以上が過ぎましたが、いのち、とくに子どものいのちを守るための移住は、100年の時間軸で考えるべきことではないでしょうか。今からでも、遅くはありません、集団移住を実現させるために、力を合わせましょう。
 胎児や小さな子どもは放射線の影響を受けやすいので、きめ細かい検診をやって、病気を早期に発見し、いのちを助けなければなりません。政府は3年に一回全国でやる疾病調査から福島県を外しているようですが、もってのほかです。全国各地に避難した子どもたちも、福島などに残っている子どもたちと分け隔てなく、検診が受けられるようにしなければいけません。子どものいのちを守るためにこそ税金は使うべきではないでしょうか。

Q結局、松井先生、今回の放射線による被害について感じたことは、私たちは宇宙線とか地中からの自然放射線などに曝されていますが、これとても良いのかどうか分かりません。事実、45億年ぐらい前に地球が誕生したころは大気もなく、強烈な放射線に曝されていたようですが、そうした環境が突然変異を起こして、長い長い突然変異を繰り返して今の私たちが存在しているようです。今の自然放射線でも突然変異もあるでしょう。ですから、自然に被ばくしている線量を超えて、更に人工放射線を被曝することはよくないことだと思いますが、違いますでしょうか。
よく、専門家とやらが、「この程度の被ばくは胸のX線間接撮影程度ですから、全く心配ないです」などと言ってますが、胸のX線は0.02~0.05秒で部分的ですが、今回のような地域的な被害が出ると、24時間365日、自然放射線に加えて全身被ばくするので、非常に問題ではないでしょうか。


A 人工放射線による被曝はゼロを目指すべきです。人工放射性物質は自然界に昔からあったものと違うと考えるべきです。同じウランでも、もともと海の中にあったものと原子炉から出てきたものや原爆やウラン兵器が産み出したものとは違うのです。人工のウランは数兆、数京という膨大な数のウランが粒子を作っているため、ばらばらの状態で海の水の中にあるウランに比べると、身体の中でアルファ線を出す回数が違うのです。人工放射性物質の遺伝子・DNAに対する影響は、比較にならないほど大きいのです。
 繰り返しになりますが、外から一瞬身体を貫くエックス線やガンマ線による外部被曝と、身体の中に長期間(場合によっては何十年)も留まって、繰り返しすぐそばの細胞を照射し、DNAに傷をつけるアルファ線やベータ線による内部被曝を明確に分けて考えることが、大切です。
  ひとりでも多くの方々に内部被曝の理解が拡がることが、上に挙げたさまざまな課題実現の基礎固めになると、私は考えています。

Qこのたびは貴重なご寄稿をいただき有難うございました。最後に、前回ご寄稿いただきました折にもご紹介いたしましたが、松井先生の内部被曝についての市民向けの啓発書、「見えない恐怖 放射線内部被爆」を、再度ご案内いたします。

A ありがとうございます。中学生・高校生、学校の先生方にも、ぜひ読んでいただきますよう、願っています。


『見えない恐怖 放射線内部被爆』  このほど旬報社から内部被曝について、中高校生にも読んでもらえるように、やさしくまとめた本『 見えない恐怖 放射線内部被曝 』を出版した。今後の運動・問題解決の一助にしていただければうれしい。 
(編集注)『 見えない恐怖 放射線内部被曝 』(旬報社発行 四六判並製 172ページ)は「市民のためのがん治療の会」で取り扱っております。当会頒価1400円(送料とも)。このホームページの「推薦書籍」のページからもお申込みいただけます。 


略歴
松井 英介(まつい えいすけ)

岐阜県立医科大学卒業後、岐阜大学医学部放射線医学講座助手、講師、助教授。1981-82年 ベルリン市立呼吸器専門病院Heckeshorn病院留学。医学部退官後、愛知県犬山中央病院放射線科部長を経て、岐阜環境医学研究所・座禅洞診療所を開設、所長、現在に至る。この間、呼吸器疾患の画像および内視鏡診断と治療、肺がんの予防・早期発見、集団検診ならびに治療に携わる。
厚生労働省『肺野微小肺がんの診断および治療法の開発に関する研究』等、肺がんの診断・治療法の確立に関する研究委員、日本呼吸器学会特別会員・専門医、日本がん検診・診断学会評議員、日本呼吸器内視鏡学会特別会員・指導医・専門医、東京都予防医学協会学術委員など。
日本気管支学会第一回大畑賞(2001年)、第13回世界気管支学会・気管食道学会 最優秀賞(2004年)。
「Handbuch der inneren Medizin IV 4A」(1985年 Springer-Verlag)、「胸部X線診断アトラス5」(1992年 医学書院)、「新・画像診断のための解剖図譜」(1999年 メジカルビュー社)、「気管支鏡所見の読み」(2001年 丸善)など執筆。

Copyright © Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.