市民のためのがん治療の会
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肥満の場合の相対的抗がん剤使用量の減少が生存率に影響も

『肥満とがん』


福岡大学医学部 腫瘍・血液・感染症内科学
田村 和夫
近年、欧米に劣らず日本でも肥満のがん患者さんが増加し、過体重の方が抗がん薬治療を受ける機会が増えてきています。抗がん薬の量は、体重と身長から体表面積を出して決めますので、あまり体重が多いと薬剤量が驚くほど多くなり、副作用が強く出そうで不安になります。一方、実体重を標準体重になおして計算しますと、今度は薬剤量が少なすぎて効果が十分でないのではないかと心配になります。実際、薬剤を減量しますと効果が十分得られません。本稿では肥満がん患者さんのがん薬物療法について述べたいと思います。
九州の人口は1460万人(2010年国勢調査)、日本の人口の1割強で多くの島や過疎地を抱えていますが、各県に大学病院と少数ですが大規模な自治体、一般病院があり、地域としてはまとまりやすい医療環境にあります。九州のこれらの医療機関とがん患者さんの協力を得て、よりよいがん治療を確立するために、臨床研究が九州単位で行われ、実績を積んでいます。現在、私が理事長をしています「NPO法人臨床血液・腫瘍研究会
http://www.chotsg.com/index.html)」は、九州の血液腫瘍、婦人科がん、乳がんの3研究グループをサポートし、事務局ならびに患者さんの登録業務を行っています。毎日のように患者さんの登録があっていますが(もちろん匿名です)、化学療法の薬剤量を計算して、登録病院にお返ししますので、体重と身長が分かります。女性乳がんの患者さんで身長が150cm台で、体重80kgを超えるような肥満の方が時々登録されています。計算しますとこんなに薬剤量が多くて大丈夫かと心配することがあります。
みなさん良くご存じの身長と体重から計算して出すBMI(body-mass index、体重(kg)÷身長(m)の二乗)が18.5 ~24.9 kg/㎡ を正常、25~ 29.9 を過体重、30 以上を肥満、40以上(他に病気を持っている場合は35以上)を病的肥満 と定義しています。肥満と運動不足はがんの発生率を上昇させ、乳がんの生存率を低下させることが報告されています。また、乳がんに限らず多くのがんで同様のことが言えます(表1)。米国における肥満率が年々上昇し、男性で40%、黒人女性では60%に達しており、当然がん患者さんも肥満の方が多いことになります。日本も例外ではなく肥満率は25%にのぼります。実感としてはもっと多い印象があります。



ここでがんに罹患した肥満患者さんに対する治療はどのような状況か、早期乳がんで検討したデータがあります。抗がん薬の薬剤量は、身長と体重から体表面積を出し、体表面積に準じて決定されます。BMIが上昇するにつれて、実体重で出された標準的な薬剤量を受けていない患者さんの割合が増加し、30%を超えています(図1)。つまり、実体重ではなく、標準体重などに調整して計算し、薬剤量を決めている場合が少なくありません。当然、治療強度が弱くなります。使用されるべき薬剤量を減量しますと、結果として生存率が下がります。とくに治癒をめざしたがんや血液疾患では顕著にあらわれます。たとえば、悪性リンパ腫の治療強度が標準より80%以下(たとえばある薬剤を3週間ごとに100mgを使用するところを80mgにしますと80%の治療強度になります)、すなわち、わずか20%の薬剤の減量が50%の生存率の減少につながります。安易に薬剤量を減らすことは慎まなければなりません(図2)。




このような事情が前提にあって、肥満がん患者さんに対する治療のガイドラインを2012年、米国臨床腫瘍学会(ASCO)(http://www.asco.org/)がだしました。本ガイドラインによりますと実体重で計算した薬剤量を投与しても副作用は増加しないことが明記されています。抗がん薬の減量や延期を余儀なくさせる副作用の一つに白血球減少がありますが、肥満患者さんでは抗がん薬の代謝が良くなって、その副作用がむしろ少ないという報告もあり、体重が多いだけで薬剤の減量をすべきではないことを指摘しています。ただ、肥満患者さんは、糖尿病や高血圧、心臓病などのがん以外の病気を持っていることが多いため、抗がん薬を十分使用できないことがあるのも事実です。したがって、栄養や全身状態、腎臓や肝臓など5臓六腑の機能、持病を検討し、問題がなければ実際の体重と身長から計算した薬剤量を投与すべきです。みなさんも担当医と抗がん薬を検討するときは、薬剤量やスケジュールをよく話しあって納得の上治療をうけてください。

略歴
田村 和夫 (たむら かずお)

昭和49年九州大学医学部医学科卒業後、九州大学病院第一内科研修、宮崎県立宮崎病院内科副医長、宮崎医科大学第二内科助手、宮崎県立宮崎病院内科医長を経て平成9年福岡大学医学部内科学第一内科(現 腫瘍・血液・感染症内科学)教授、福岡大学病院第一内科(現 腫瘍・血液・感染症内科)診療部長、現職。
この間昭和50年7月~53年6月 マウントサイナイ病院系エルムースト総合病院内科インターン、レジデント、昭和53年7月~55年6月 ロズウェルパーク記念研究所腫瘍内科学フェローシップ ニューヨーク州立バッファロー大学医学部助手 医学博士(九州大学)
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