市民のためのがん治療の会
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原因の分かった子宮頸がん、ワクチンで予防しよう

『検診とワクチンで予防可能となった頚がん‐その道のり‐』


近畿大学前学長
野田 起一郎
頚がん検診開始のきっかけ
私が1950年代に東北大学で病理医をしていたときの話です。子宮頸がん検査の検体のなかに、「がんではないが、正常でもない状態」の上皮異型病変があり、産婦人科に再検査を依頼することが何度かありました。それが何なのかを突き止めるため、文部省(当時)研究班で2年にわたり研究し、たくさん議論も交わしたのですが、結論は出ませんでした。そこで、できる限り多くの上皮内病変の症例を集めて追及しようということになり、1961年に東北大学のある宮城県で、検診車を使った〝車検診〟による集団検診を始めたのです。
最初の10年間で1000例を超える上皮異型病変が集まりました。それを3ヶ月ごとにフォローアップしたところ、前がん病変にあたる「異形成」が存在することがわかり、子宮頸がん発生の自然史を明らかにすることができました。
症例を集めるために始めた車検診でしたが、産婦人科医のいない地域の女性や、いままで検診を受けたことのなかった女性を検査に導くことができ、がん患者発掘に大きな効果をあげました。宮城県の集団検診をきっかけに車検診を採用する自治体が続き、施設検診受診者も増え、検診は全国的に広まっていきました。1983年に老人保健法に検診が組み込まれると受診率はさらに上がり、1980年代から90年代前半までの日本は世界をリードする検診先進国となったのです。
現在の日本の検診受診率は30%に満たず、先進他国の60~80%に大きく水をあけられています。日本の受診率が低下し始めたのは、1995年に検診予算が一般財源化された頃からです。それまで400万人を超えていた受診者が、あれよあれよという間に半数近くにまで減少し、先進国中もっとも低い20%程度の受診率に急降下してしまったのです。受診者が減れば前がん病変を発見する機会も減るのですから頸がん患者の増加は明らかでした。


予防できるがんのメリットを生かそう
子宮頸がんは紀元前からあった病気ですが、近年その発症機序が解明されたおかげで、予防ワクチンが開発されました。現在、ワクチンは世界120ヶ国以上で承認され、1億人以上の女性がその恩恵に与っています。ワクチンで一次予防を行い、検診で前がん病変を発見してがん化する前に治療してしまえば、子宮頸がんで亡くなる女性がいなくなることはもとより、子宮を失うこともなくなります。子宮頸がんは早期発見・早期治療から一歩進んで、〝予防できるがん〟になったのです。
日本ではほんの3年前まで産婦人科以外の医師が子宮頸がんと関わることはほとんどありませんでした。しかし2009年にワクチンが承認されてから、今では科を問わず全国各地の医師がワクチン接種の一次予防を担っています。そうした医師の熱意と行政を担う方々の関心が実を結び、ワクチンが承認されてわずか1年余りで個々の自治体による公費助成が続々と決まりました。それが国を動かす原動力となり、2010、2011、2012の3年間、国と自治体による中学1年生から高校1年生女子への公費助成による接種が実現しました。
一方の検診は、2009年度から続いている20歳から45歳の5歳おきの女性に対する「子宮頸がん検診無料クーポン」の配布が、受診率アップの大ホームランになりました。直接本人にクーポンが送付されることで、発病の可能性がある層だと自覚させることになり、若年者の受診が大幅に伸びたことは大変喜ばしいことです。ぜひともこの制度は継続実施してもらいたいものです。
ワクチン、検診とも経済状況が厳しい折に得た助成ですから、それを最大限に活用するには多方面からのアプローチが必要です。それにはまず一般の方々に、子宮頸がんがどのような病気かを知らせ、予防法の存在を広め、その実践がいかに有効で重要かを理解してもらう活動を行わなくてはなりません。正しい知識を普及させ、実行に結びつけられれば、確実に子宮頸がんによる死亡者は減らせます。死亡者ゼロをめざして、私は皆さんと一緒に子宮頸がん制圧への活動をさらに展開していきたいと願っています。



略歴
野田 起一郎(のだ きいちろう)

昭和45年東北大学助教授、昭和49年近畿大学教授の後、近畿大学医学部長を経て平成6年近畿大学長。平成16年近畿大学名誉学長
平成16年日本婦人科悪性腫瘍研究機構(JGOG)理事長、平成20年頚がん制圧専門家会議議長
この間平成3年第15期日本学術会議会員、平成4年 保健文化賞受賞
平成17年瑞宝重光章(叙勲)
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