市民のためのがん治療の会
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「教育」こそキーワード

『子宮頸がんから女性を守るために』


横浜市立大学附属病院 化学療法センター長・産婦人科
宮城悦子
子宮頸がん対策は今や、いかに接種率を高め、検診率を高めるか、それらを理解し実行に移すための教育プログラムの段階に入ったといってもよいのではないか。そこで今回は平成23年度厚生労働科学研究がん臨床研究事業「地方自治体および地域コミュニティー単位の子宮頸がん予防対策が若年女性の意識と行動に及ぼす効果の実効性の検証」の研究代表者で「横浜・神奈川子宮頸がん予防プロジェクト」のプロジェクトリーダとして活躍しておられ、EUROGIN2012&2012WACC Forumにも参加された宮城悦子・横浜市立大学附属病院准教授にご寄稿いただいた。(會田)
1.子宮頸がんは予防できる疾患である
 ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染から前がん状態である異形成を経て扁平上皮がんに至る子宮頸がんの自然史の詳細が解明されたことにより,子宮頸がんの原因の約70%を占めるHPV16/18型に対する感染予防ワクチンが開発されました。2009年12月に2価HPVワクチンが本邦でも接種可能となり,2010年10月よりワクチンの無料接種にむけた関連経費が補正予算案に計上され,地方自治体と国の負担で,2011年より中学1年生から高校1年生までの4学年を中心に公費助成が開始され,2012年度にも継続されています。横浜市では,2012年度は新たに中学1年生となる女性に加え,ワクチン供給不足により接種できない期間があったため高校3年生相当までが対象となっています(自治体によって対象学年が異なります).しかし,2013年度の公費助成の国の方針はまだ示されていません。
 本邦での若年者の浸潤頸癌罹患率・死亡率ともに増加傾向にあることは大きな社会問題です(図1)。この現状の主因は,欧米先進国では頸がん検診受診率が平均60%以上であるのに対し,本邦は20%台と著しく低い(図2)という現状にあります.日本人女性を子宮頸がんから守るためには,ワクチン接種と合わせて定期的な子宮頸がん検診の必要性について継続的に教育・啓発を続ける必要があります。






2. 子宮頸がん予防(HPV)ワクチンについて
 全世界の子宮頸がん症例において,約15種類の発癌性HPVの中で HPV16/18型が占める割合は70%を超えており(図2),公共政策としてHPV16/18型の感染を予防することには大きな意義があります。HPVワクチンは,不活化ワクチンで感染性はなく9年を超えて高い抗体価が維持されると報告されていますが,一生の免疫となるかは不明です。15~25歳の若年女性18,644例を対象とした2価(16/18型に対する)HPVワクチン(サーバリックスR)の試験の結果(図3)が2009年に公表されました。結果として,“初交前の女児”を想定したHPV16/18型の感染がない女性の集団において,中等度異形成以上の病変の予防効果は,HPV16/18型に起因するもので98.4%,全ての発がん性HPVに起因するもので70.2%でした。ただし,この試験で細胞診異常者やHPV16/18型既感染者も含むすべての参加者の2価ワクチンの効果の結果は,中等度異形成以上の病変の予防効果がHPV 16/18型関連で52.8%,全ての発がん性HPVに起因するものでは30.4%でした。この結果は,性交渉がある年代の女性と性交渉開始前の女児へのHPVワクチン接種の効果について区別した認識が必要であることを示しますが,性交渉開始後の20歳代の集団でも一定の予防効果が期待できることもまた示しています。2011年8月より本邦でも使用可能となった4価のワクチン(ガーダシルR)は,HPV16/18型に加え男女の外陰部に良性のイボ(コンジローマ)の主な原因であるHPV6/11型感染予防効果がありますが,子宮頸がん予防効果は2価ワクチンと同等と考えられ,公費助成の対象になっています。HPVワクチンの副作用では,注射部位の疼痛・発赤・腫脹が高頻度に認められます。全身的な反応として関節痛・筋肉痛・発熱が見られることがありますが,妊娠や出産の転帰も対照群との差はありません。頻度は低いものの,ワクチン接種後に迷走神経反射として失神があらわれることが国内外で報告されており,接種前より過度な緊張を和らげながら座位で接種すること,接種直後の状態に注意し接種後30分程度は被接種者の状態を観察するなど,薬剤アレルギーを含めた医療側の適切な対応も必要です。


3.子宮頸がん検診と含めた子宮頸がん予防の継続的啓発の重要性について
 子宮頸がんはワクチン接種と検診でまさに予防可能ながんとなりましたが,その実現にはいくつかの課題が残されています。HPVワクチン公費接種対象年齢の女子に対して,教育を行うべき立場にある本邦の多くの成人女性が,頸癌とHPVの関連性についての教育を受けていないため,成人女性の検診受診率が低くワクチン接種の必要性の認識が低いことが重大な問題です.学校教育に,HPVと頸癌の関連性・感染予防ワクチンの存在と効果・検診の重要性について,健康教育として取り入れることが重要であると筆者は強く感じています。 さらに,接種を受ける女子がHPVワクチン接種とその後の検診の必要性について理解するには,日本より検診受診率が高い先進各国で12才を中心に広く公費接種が行われているという現状を伝えることも有効であると思います。中学生・高校生が主体的に健康を考えるために,HPV感染と子宮頸癌や,喫煙と肺癌など,因果関係がわかっているために予防できる癌があることを知る機会を与えることも重要です。性交渉と関連がある病気として,いわゆる性感染症とHPV感染による発癌の違いについて,正確な知識を教育することもまた重要であり,このことは男子学生にも知らしめるべきです。また,成人女性が定期的に無症状の頸がん検診を受けることが習慣となるためには,受診勧奨や適切な情報提供が効果的に行われる必要があります。
 成人女性が定期的に無症状の頸がん検診を受けることが習慣となるためには,受診勧奨や適切な情報提供が効果的に行われる必要があり,さらにHPVワクチン接種率増加と連動した対策が必要と考え,2011年4月よりわれわれの研究グループは,若年女性の子宮頸がん予防の神奈川県からの推進を目指し,厚生労働科学研究助成金による「横浜・神奈川子宮頸がん予防プロジェクト」を立ち上げました(図3にイメージ図)。また,若い女性の子宮頸がん予防や、性と生殖の健康に関する意識調査も開始しています(図4)。今後,一般市民,医療・行政関係者,研究者などが一丸となった取り組みの実効性を検証していく予定ですので,詳細はホームページ(http://kanagawacc.jp/ )をご覧下さい。





参考文献
1) http://www.jsog.or.jp/statement/pdf/HPV_20091016.pdf
2) Munoz N, et al:Int J Cancer,111: 278-285, 2004.
3) Paavonen J, et al:Lancet 374: 301-314, 2009.


略歴
宮城 悦子(みやぎ えつこ)

東京都生まれ。1988年横浜市立大学医学部卒業後、産婦人科医師となる。神奈川県立がんセンター婦人科医長、横浜市立大学医学部産婦人科講師を経て、2007年横浜市立大学附属病院産婦人科准教授、2008年より横浜市立大学附属病院化学療法センター長。日本産科婦人科学会専門医、婦人科腫瘍専門医、細胞診専門医、がん治療認定医。医学博士。専門は婦人科腫瘍学、臨床腫瘍学。
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