市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
「利便性」は「安全性」より重視されるべきか?

『薬のネット通販が再開、医師から見た「安全性」議論の盲点とは』


武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
「クスリ」は「リスク」。言葉遊びではない。医療行為はいずれも全く危険が無いということはまずない。薬も投与しないで済めばそれに越したことはないはずだ。メリットがデメリットを上回る場合に用いられることになるだろうし、一刻も早く投与しなければ命にかかわることもあろう。だが、今回の最高裁の判決に対して薬害を訴える市民団体から、「利便性が安全性を上回ってはならない」というコメントが出されたが、その通りだと思う。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/
に掲載されたものを医療ガバナンス学会(http://medg.jp)発行「医療ガバナンスNEWS2013年2月25日」に転載されたものをご厚意で転載させていただいたものです。
転載をご快諾いただきました多田先生並びに医療ガバナンス学会に、御礼申し上げます。
(會田昭一郎)
1月11日、最高裁判所は「薬のネット販売を一律に禁じた厚生労働省令は違法」との判決を下しました。これを受けて通信販売サイトの「ケンコーコム」などは医薬品のネット販売を再開しました。
一方、日本薬剤師会はこれに対して「インターネットによる医薬品の販売は匿名性が高く、国民の安全および 医薬品の適正な選択・使用を揺るがしかねない」として、薬剤師からの対面販売での購入の重要性を訴えました(日本薬剤師会の見解
http://www.nichiyaku.or.jp/action/pr/2013/01/pr_130111.pdf )

利便性を旗印に薬のネット販売の解禁を主張する推進派と、安全性に問題があるとして対面販売を訴える慎重派の議論は5年以上前から続いています。しかし、これまで双方の主張は歩み寄ることがなく、平行線をたどるだけした。
今回の判決を受けて、「薬のネット販売解禁推進派に軍配が上がった。ネット時代なのだから安全策を徹底したルールの構築をするべき」といった内容の報道が多く見受けられます。
しかし私は、薬のネット販売を解禁するかしないかという議論は“薬の安全使用”という意味では決して問題の本質ではないと思うのです。

●販売は1日中だが問い合わせの受け付けは限られた時間だけ
今のところ、薬を対面販売した場合よりも、ネット販売した場合の方が副作用の発生率が高いというデータはありません。
対面販売の方がネットより「副作用の説明を十分にできる」、だから「副作用を早期に発見できる」という可能性はあります。しかし対面販売も、 実態は通り一遍の説明しかしていない場合が多いのです。文書での情報提供が必要な第一種医薬品についても、実に6割の人が口頭だけの説明を受けて購入して いるのが現状です(「平成22年度一般用医薬品はない制度定着状況調査について」  )。
これでは、「ネットで薬の添付文書を閲覧できるようにして、簡単な問診に応えてから購入する仕組みにすれば、薬局で購入するのと大きな変わりがない」と言われても仕方ありません。
とはいっても、今のネット販売の再開の方法には大きな懸念があります。
それは、商品http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000205gu-att/2r985200000205ik.pdf
の閲覧や注文は24時間年中無休でも、問い合わせなどへの対応は平日9~17時のみ(ケンコーコムの場合)だということです。
内服のリスクを伴う薬の販売に際して、対応できる薬剤師等がいない状態で販売するのは違和感があります。 現実問題として、24時間365日対応できる人員を配置するのは、コスト面で不可能でしょう。しかし、スーパーなどでは、薬剤師ないしは販売登録者が存在しない時間帯には、オープン時間内でも医薬品売り場は閉鎖しています。
ネットでも、一般店舗や薬局と同じく、対応できる時間内に限って販売を許可するのは1つの方策ではないでしょうか。

●一番大事なのは薬の使用説明ではなく「診断」
さらに問題があります。病気を診察(問診)、診断、そして治療する流れの中で、薬剤情報の提供を徹底することは確かに大事なことです。しかしそれは診療の流れの最後に「治療に用いる薬の使い方をしっかりと説明する」だけのことに過ぎません。その意味が十分に理解されていないことが問題なのです。
つまり、治療において一番大事なのは「病気の診断」の部分です。これは、薬の使い方の説明を徹底することで代用できるものではないのです。
一例を挙げると、薬局で痔の軟膏を購入して使用している方は多くいらっしゃると思います。もちろん、普通のいぼ痔(内痔核)や切れ痔(裂肛)であ れば、それで特に問題となることはありません。しかし、痔ろう(肛門周囲膿瘍:肛門の周りに膿がたまる)というタイプの痔の場合には軟膏治療は無効です。また、大腸癌の出血を痔と勘違いして軟膏を使い続けていては治療が遅れてしまいます。
他の薬の場合でも同じです。「診断」が間違っていては、薬の情報をいくら一生懸命提供した所で、真の意味での安全性向上にはつながりません。
このように考えると、ネットで薬を売るか売らないかは、「安全性」という意味で本質的な問題ではないことが分かっていただけるのではないでしょうか?

●病院や診療所を受診した人に限って販売するのがベスト
私は個人的には、病院や診療所で一度診察(診断)を受けた人に対してのみ薬を販売するのが、利用者の安全性を考えるとベストの方策ではないかと思います。
最初の診断さえ間違っていなければ、あとは症状に変化がないか、副作用が出ていないかを薬局などで薬剤師さんがチェックすれば、必ずしも毎回病院や診療所を受診する必要はありません。
近いうちに薬局でも購入可能な薬として発売される「エパデール」(コレステロールを下げる薬)は、医師会の働きかけにより、医療機関を受診したことがない人は購入できないということが決定しています。
これにより、診断をしっかり受けた上で、薬の処方だけは毎回の医師の診察なしで購入が可能になるという、新たな医薬分業の形が実現することになります。
ネット販売の安全性を高めるための対策がいろいろと報道されました。しかし、「診断なし」で薬を購入できることが安全性の面からいかに危険か、という議論がほとんどされていなかったのは、意外であると同時に残念で仕方がありません。


そこが聞きたい
Qわたしは法律の専門家ではないのでよく分かりませんが、新聞などの報道によれば、最高裁の判断は、現行の薬事法上でネット販売を禁止することはできない、というもののようです。つまり最高裁は薬というものの特殊性などは全く斟酌していないようですね。

A 裁判官の方は法律の専門家なので、あくまで法律に沿った判決を下すだけです。医療という特殊性を鑑みて判決が下される事を期待自体が無意味だと思われます。

Q先生もおっしゃっておられる、一番大事なのは「診断」ですね。私も舌がんの時に、はじめは口内炎だと「勝手に自分で」診断して、口内炎の治療薬を塗っていましたが効きませんでした。当たり前ですよね、がんが口内炎の薬で治れば、おめでたい話です。しかしそのために治療が遅れて、治療にも時間がかかり、費用も高くなってしまいました。

A あくまでも目安ですが、数ヶ月売薬を使用しても症状が改善されない場合には、絶対に専門医受診が必要であると考えて頂ければと思います。


Q 今でも向精神薬など、多施設での頻回受診で大量に投薬を受けて転売するなどの問題も出ていますが、ますますこうした問題も顕在化してくるような危険性もありますね。

A 多施設の頻回受診はネット上ではほぼ無理だと思います。届け先の住所も記入するわけですから、すぐに捕まってしまいます。そのような目的の利用の危惧はしないで良いと思われます。

Q そもそも日本人の薬好きも問題ですね。「よかったね、早めの・・・」など風邪薬のコマーシャルに対して、外国では「あたたかくして早く寝なさい」というのだという話もきいたことがあります。栄養剤なども本来は食事から摂ればいいものを薬の形で摂る。健康食品もそうですが。本当に患者も医師も薬が好きですね。

A 「早めの○○」には何の意味もありません。風邪薬を症状が出る前に飲む必要性は全然ないのですが、誤解している人たちが多いようですね。

Q わたしは今回の判決が、もし薬の特殊性に配慮しないで、薬事法の解釈という法律上のテクニカルな視点からのものであるとした場合、本来医師の診断に基づいて使用すべき薬を安易に購入して服用し、健康を害する、最悪、死亡するような事態が発生した場合、最高裁判事の責任はどうなるのかと思います。先日、イタリアで地震の予測によって市民が被害をこうむったケースで、地震学者の責任が問われ、裁判で有罪になりました。これは専門家の意見の影響力についてその責任を問われたケースですが、裁判官は専門家でもあり、同時に身分や給与等について保証され優遇されています。それは裁判の公正を保つうえで重要なことでしょうが、反面、もっとみずからの判決の社会経済全体に及ぼす影響を考え、それに対する責任を負うべきだと思います。

A 現状では、医師だけが裁判にかけられたり、刑事責任を問われたりしています。もしも、判決結果が間違っていたら、裁判官を裁判にかけたり、刑事責任を問う事ができるならば、公平になりますね。

Q いつもながらの鋭い視点に敬意を表します。今回もありがとうございました。

A こちらこそ拙文を取り上げて頂きありがとうございました。

略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)
平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士


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