市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
福島健康被害、ICRP等国際機関基準で判断して良いか

『低線量放射線被ばく―福島の子どもの甲状腺を含む健康影響について(2)』


(独) 国立病院機構 北海道がんセンター
名誉院長 西尾正道
 福島第1原発事故後2年以上経過したが、なお今後の健康影響については科学的な議論がなされていない。『絆』が強調され、風評被害を抑える事や地域再生だけを目的とした姿勢で対策が進められている。健康被害に関する知見は、基本的に原子力政策を推進する立場で作られたICRP(国際放射線防護委員会)報告の情報で操作されている。医療関係者の教科書も事故後配布された学生向けの副読本もICRP報告の内容で書かれている。本稿では広島・長崎の原爆の調査データを基に60年以上前に作られたICRPの健康被害の内容を最近の知見も加えて見直し、放射線の人体への影響について根源的な視点で考えてみる。また40年間、小線源治療に携わってきた放射線治療医の実感から、内部被ばくや甲状腺の問題、そして今後の課題について報告する。(西尾 正道)
5.チェルノブイリ原発事故の教訓から
 チェルノブイリ事故での小児甲状腺がんの増加は、事故後10年経過した1996年にIAEAは認めざるを得なくなったが、それ以外の健康被害は否定している。しかし、最近の多くの報告で深刻な健康被害の実態が明らかとなってきた。 「衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団」が、Dr.Olha V. Horishna著『チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害~』
(http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf )
を報告書として提出したが、その内容は深刻である。そこでは高度汚染ほど子供の染色体異常誘発因子の割合が増加していることや、1987~2004の比較で小児の新生物または腫瘍は8倍以上増加 、小児の行動障害及び精神障害はおよそ2倍、 小児の泌尿器系、生殖器系の罹患率はほぼ7倍、先天性異常はおよそ5倍、と報告されている。さらにウクライナでは毎年2000人を超える新生児が心臓異常もしくは胸部異常で死亡しているとされ、多指症、臓器奇形、四肢の欠損または変形、発育不全と関節拘縮症が事故前より有意に増加している。
 ソビエト連邦からウクライナが独立したことにより明らかにされたウクライナ政府報告書をもとに書かれた「チェルノブイリ原発事故・ 汚染地帯からの報告-チェルノブイリ26年後の健康被害」(2012年9月, NHK出版)でも、慢性疾患の増加が報告され、事故後に生まれた 子供の78%が慢性疾患に苦しんでいるという(図5)。

図5 被曝した親から生まれた世代の健康な子供と慢性疾患を持つ子供の割合

 そしてチェルノブイリ事故の健康被害に関する調査報告の決定版とも言えるものは「Chernobyl - Consequences of the Catastrophe for People and the Enviroment (チェルノブイリ─大惨事が人々と 環境におよぼした影響)」で、2010年10月にニューヨーク科学アカデミーより出版されたが、福島原発事故後まもなく絶版とされたいわくつきの本である。しかし関係各位の努力により、チェルノブイリ事故の起こった4月26日に翻訳され、「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店)と題して出版された。このヤブロコフら3人で著した報告書は、英訳されていない現地の論文約5000編や病歴を参考として詳細な分析を行って書かれたものであり、約300編の英訳された論文のみを参考としているICRP・IAEAの分析資料とは比較できない労作である。そこでも現在汚染地域においては健康な子供は20%に満たないと言う。またIAEAでは4000人死亡としているが、1986-2004年の期間に医学データをもとに分析すると 98.5万人が死亡し、その他に奇形・知的障害が多発していること報告している。著者の一人であるヤブロコフは「健康被害は多種多様で、がんはその十分の一にすぎない」とも述べている。
 がんだけではなく、先天障害の発生や他の疾患の増加も報告されている。最近出た論文(Kar1 Sperling, et al:Genetic Epidemiology 38:48-55,2012.)では、西ベルリンやベラルーシュでは事故後と次の年(1987年)には5mSv以下の被ばくでもダウン症候群の出生が非常に増えているとし、100mSv以下では先天障害児は生まれないとするIAEAの見解とはかけ離れた現実を報告している。



6.甲状腺がんの問題について
 セシウムはカリウムと類似した体内勤態であり、心筋も含め筋肉などほぼ全臓器に取り込まれまれる。子供の場合は甲状腺にも多く取り込まれる(図6)。

図6  病理解剖各臓器別セシウム137の蓄積

 事故後に設立されたゴメリ医科大学初代学長であるユーリー・バンダジエフスキー(病理解剖学者)は解剖して得た臓器のCs-137蓄積量とその心電図異常の関係も報告している。体内にCs-137が38~74Bq/Kg蓄積していれば8割以上に心電図に異常が出現し、74Bq/Kgでは9割近くが心電図に異常を認めている。

図7 セシウム137蓄積の度合いと心電図変化のない子どもの割合
【%,セシウム137体内蓄積線量(Bq/kg)】


 物理学的半減期8日のヨウ素が消失している現在でも甲状腺癌が増加している問題は、低線量被ばくほど有害事象は遅れて発症するという放射線の晩期有害事象の特徴の可能性と、セシウム汚染が続く地域に住み続けていることによるものという可能性は否定できない。また放射線は血管内皮細胞に作用することから、循環器疾患を中心とした慢性疾患の増加も汚染地域に住み続けていることが原因として考えられる。 チェルノブイリ事故の教訓から甲状腺検査が開始されたが、福島県民健康管理センターで超音波装置による甲状腺検査が開始され、現在まで3名の甲状腺癌(疑い症例も含め10名)が発見された。また40~50%の高いのう胞発生率が報告されている。この結果の評価は議論のあるところであるが、ここでは私見を述べる。
 100mSv相当の内部被ばくでも事故直後に行われたサーベイメーターによる甲状腺測定では0.2μSv/h程度しか検出できず、またSPEEDIのデータ隠蔽などにより被ばく推定線量すら明確ではない。チェルノブイリ事故と比べ放出量は約1/6と少ないが汚染範囲が狭く実質的には同程度の汚染であるが、県民健康管理センターの見解は放射線ヨウ素100mSv(等価線量)以下では発癌は無いとし、甲状腺検査の目的は保護者の不安の解消や、現時点での甲状腺の状態を把握し、今後長期にわたる甲状腺がん の増加が無いことを確認するための調査であるとしている。
 放射性ヨウ素の取り込みは甲状腺がんの発生に関与していることはよく知られている。山下俊一らのチェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトの調査報告(「放射線科学 42巻10号-12号,1999.」)では、結節患者の細胞診で7%に甲状腺がんがあり、がん患者の半数以上が周辺リンパ節転移や肺などへの遠隔転移も認め、半減期の長いセシウム-137などによる慢性持続性低線量被ばくにより、将来的には青年から成人の甲状腺がんの増加や、他の乳がんや肺がんの発生頻度増加が懸念されると述べている。山下俊一らの最終的なチェルノブイリの20万人の子供達の大規模調査結果報告の論文(山下俊一:日本臨床内科医会会誌 23巻5号,2009.)の要旨を表2に示すが、ここでは10~100mSvの間でも発がんは起こると現在の姿勢とは異なる記載が見られる。


表2 チェルノブイリの20万人の子供達の大規模調査結果の論文要旨

 通常の臨床では 3mm程度で所見として採用し診療録に記録として記載し、1mm程度ののう胞は無視しているのが現状である。しかし福島県の健康管理センターの検診においては、1mm以上ののう胞までも検出率に加えているため、超高率となっている。しかも超音波検査の経験の少ない臨床検査技師を掻き集めて行っている検査体制では、1mm程度ののう胞は血管の断面と間違うこともあり精度の高い検査とは言い難い。
   チェルノブイリ調査ではのう胞は5mm以上を採用(当時の検査機器の画像解像度が粗いため) しており、その基準で結節も含め比較すると、チェルノブイリ(事故10年後)では、5mm以上ののう胞:0.5%、5mm以上の結節:0.5%であり、福島では1年後の検査で5mm以上ののう胞:2.5%、5mm以上の結節:0.5%である。のう胞発生率は1年後にもかかわらず5倍となっている。1年後と10年後の比較でもあり、最終的には経過を見て判断する必要がある。ただ、チェルノブイリ地域の子供達の調査結果(のう胞:0.5%)や非汚染地域の長崎県の子供達の検査結果(のう胞:0.8%)と比べて極めて高い検出率となっている。高いのう胞保有率に関しては、医学雑誌(Masahiro Ito, et al: Thyroid 5: 365-368, 1995.)に報告がある。1993~1994年に検査を行ったゴメリより放射能汚染が少ないモギレフ地域(12285名)ではがんの発生は0%で、直径5ミリ以上のう胞発生率は0.16%であったが、ゴメリ地域ではがんの発生は0.24%で、のう胞発生率は1.19%であったと報告されている。また、頸部周辺に治療のため放射線照射歴のある患者の甲状腺の切除標本の報告(Valdiserri RO, et al:Arch Pathol Lab Med. 1980 Mar;104(3):150-152,1980.)では80%にのう胞形成が見られたが、メイヨ・クリニックの剖検1000例中、甲状腺疾患歴や放射線照射歴のない症例では、15.6%であったという報告(Mortensen JD, et al:J Clin Endocrinol Metab. 15:1270-80,1955.)がある。
 これらの報告から、放射線被ばくが多いほどのう胞が多くなる可能性が示唆されており、また5ミリ以上ののう胞から1割程度は甲状腺がんが発生するとも言われており、注意していく必要がある。
 超音波検査の他の問題点としては、結節とのう胞のみの所見を拾い上げているだけの単純な評価となっていることである。超音波検査では、術者がリアルタイムでプローブを動かして 診断することが重要であり、のう胞や結節の境界の形状不整や境界不明瞭の低エコー腫瘤、 随伴する石灰化(微細~粗大)の有無や内部に貫通する血流の有無、等を判断して総合的に診断するのが一般的であるが、臨床検査技師によって行っているため、説明もせず、画像も渡さないため不信感をつのらせるものとなっている。また調査研究として行われていても「研究同意書」も貰わずに行っており、倫理規定違反の状態でもある。
 こうした現状に対して、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」は2012年7月20日付けで、抗議と要請文を小宮山厚労省大臣(当時)、福島県知事、山下俊一(福島県民健康管理センター長)の3者に提出したが、その要請内容の主なものは以下の諸点である。
① 超音波画像等の検査結果を被験者本人または保護者に渡すこと。
② 全国の他施設でも甲状腺の検査を行えること(被ばく者の定義が必要)
③ 甲状腺超音波検査を低放射線汚染地域の子供達に実施し比較することすること。
④ 医師法21条では診療録以外の画像資料は2年間の保存義務であるが、本検査の画像は50年間の保存とすること。
⑤ 全国の甲状腺専門医による検査体制をつくり、全国の他施設でも甲状腺の検査が行えること(被ばく者の定義が必要)
⑥ 所見のあった被験者は年一回の検査をすること
⑦ 移住・転居しても検査の継続性を担保すること。などである。
 福島県立医大の鈴木真一は「甲状腺がんは最短で4~5年で発見というのがチェルノブイリの知見。今の調査はもともとあった甲状腺がんを把握している」と述べ、放射線の影響を否定した。しかし1990年以前は十分な検査が行われていなかったことも考慮すべきである。しかし臨床症状を呈して診断された小児甲状腺がんは非常に稀であるが、検診で1万人に1人の頻度でがんが発見されても不思議ではなく、今後の経過を見ていくしかない。移住・疎開している人々や将来福島県外で生活する人々の事を考慮し、今後は全国の甲状腺専門医も関わった検査体制が必要である。
 
(次週に続く)

略歴
西尾 正道(にしお まさみち)

1974年札幌医科大学卒業後、国立札幌病院・北海道がんセンター放射線科勤務。1988年同科医長。2004年4月、機構改革により国立病院機構北海道がんセンターと改名後も同院に勤務し今年3月退職。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し改善するための医療を推進。著書に「がん医療と放射線治療』、「がんの放射線治療」、「放射線治療医の本音‐がん患者2万人と向き合って‐」、「今、本当に受けたいがん治療」の他に放射線治療の専門著書・論文多数。 放射線の健康被害に関しては「放射線健康障害の真実」」(2012年4月刊、旬報社)を出版している。「市民のためのがん治療の会」顧問、協力医。
Copyright © Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.