市民のためのがん治療の会
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がんは遺伝するか

『家族性膵がんについて』


和歌山県立医科大学附属病院 学内助教
宮澤 基樹
がんの原因は未だにはっきりしない。そこで治療は基本的に対症療法しかない状況だ。しかし昔からウイルス説、遺伝性という考え方は根強い。ウイルスや細菌については、事実、人パピローマウイルスによって子宮頸がんが発症したり、ピロリ菌によって胃がんが発生したりすることが分かってきた。遺伝については、家族は同じような生活習慣を共有しているので、むしろ生活習慣病と考えた方が良いという意見もあるが、最近の研究によって、乳がん、膵臓がん、大腸がんなどに、遺伝性が認められることが分かってきた。
そこで今回はこれら「家族性がん」と言われるがんについて、専門家にご寄稿いただくこととした。今回はその最初で、和歌山県立医科大学の宮澤先生に膵臓がんについてご説明いただいた。(會田 昭一郎)
 「膵がんは遺伝するのか」という質問に対して、きちんと答えることは難しいのですが、ここでは、これまでの研究で明らかになりつつあること、及びこの質問を追求していくことで将来、膵がんの早期診断や治療に役立てていこうという試みについて述べたいと思います。
 これまでの報告から膵がん患者さんの3~9%に家族や血縁者にも膵がん患者さんがいるといわれています。逆に、血縁者に膵がん患者さんがいる人が、どの程度膵がんになる危険性があるのかという問いに関しては、NFPTR(National Familial Pancreas Tumor Registry)というJohns Hopkins大学を中心とした登録制度から情報を得ることができます。
 NFPTRに登録された膵がん患者さんとその家族のデータから、膵がん患者さんが第1度近親者(両親、兄弟姉妹、子供)にいる場合はいない場合に比べて9倍の膵がんにかかる危険性が増加し、その内訳は、第1度近親者に3名以上膵がん患者さんがいれば32倍、2名いれば6.4倍、1名いれば4.6倍ということがわかりました。また、喫煙者であればさらにかかるリスクがさらに上昇するということがわかりました(Cancer Res 2004,64:2634-2638)。一般的には第1度近親者に少なくとも2名の膵がん患者さんがいる場合を家族性膵がんと定義しています。
 このような研究結果から膵がんの発症に関与する遺伝子あるいは環境因子が存在していることが示唆されますが、十分明らかになっていないのが現状です。
 これまでの研究から膵がん発生の危険率を上げるいくつかの遺伝子が知られています。 BRCA1、BRCA2が原因遺伝子となっている遺伝性乳がんまたは卵巣がんでは、膵がんの発症率はそれぞれ5-7%、2-3%、p16(CDKN2A)が原因遺伝子である家族性異型多発母斑黒色腫症候群では、膵がんの発症率は5-8%~15-20%、STK11が原因遺伝子であるPeutz-Jeghers症候群では、膵がんの発症率は8-36%、PRSS1/SPINK1が原因遺伝子である遺伝性膵炎では膵がんの発症率は40%といわれています。ただ、膵がん患者さんのうち、これらの遺伝性疾患が原因として占めている割合は3%未満と限定されています。
 若年発症の膵がんに関与する遺伝子の研究もすすんでいます。膵がんの発症は通常60歳代、70歳代ですが、60歳未満の若年発症の膵がんが20%未満で存在しています。嚢胞性線維症という病気の原因遺伝子であるCFTRと膵がんの若年発症との関係を調べた研究があります。嚢胞線維症は白人に多い遺伝性疾患で、原因は塩素イオンチャネル(CFTR)の遺伝子異常のため水分の流れに異常をきたし粘液の粘度が高くなります。その結果、慢性副鼻腔炎、慢性気道感染症、慢性膵炎、腸閉塞、肝硬変などをおこす疾患です。若年発症膵がん患者さん166名と60歳以上の膵がん患者さんにおいてCFTR遺伝子変異について調べたところ、前者では8.4%、後者では4.1%と有意に若年発症患者さんでCFTR遺伝子異常を有したキャリア(嚢胞線維症を発症はしていないが遺伝子変異をもっているこのような状態をキャリアといいます)が多いことがわかりました。
 以上のように膵がんの発症と遺伝子の異常との関係が一部で明らかになりつつありますが、一方で、家族歴のない、孤発性の膵がん患者さんが80-90%を占めており、これらの患者さんの原因遺伝子をさらに解明することが膵がんの早期発見のため重要になってきます。
 「膵がんは遺伝するのか」という質問に対して現時点で答えるとすると、次のようになります。遺伝が原因で膵がんにかかる患者さんは膵がん患者さんの一部にすぎませんが、原因遺伝子が明らかになっているものもあります。ただし、膵がんの大部分は孤発性で、喫煙、肥満、糖尿病、膵炎などが関係している可能性がありますが、これらの孤発性の膵がんについても、さらに関連する遺伝子異常などが同定できないか研究がすすんでいます。日本では、日本膵臓学会が2013年に日本膵臓学会家族性膵癌レジストリ委員会が発足し、今後の登録に向けての体制を整えているところです。今後の膵がん発症と遺伝子との関係を調査する研究の発展が期待されます。膵がんの発症に関与する遺伝子の同定がすすめば、膵がん発症の危険性が高い集団を絞り込むことができ、このような集団にスクリーニング検査を定期的におこなうことで膵がんの早期発見が可能になり、膵がんによる死亡を減らすために非常に役立つといえます。


略歴
宮澤基樹(みやざわ もとき)

平成13年和歌山県立医科大学卒業後、同附属病院にて臨床研修を修了し、平成15年より和歌山県立医科大学外科学第2講座所属。関連病院の外科での研鑽を経て、平成21年和歌山県立医科大学附属病院 学内助教。平成23年がん免疫治療の基礎的研究にて学位取得。 医学博士、日本外科学会専門医
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